2.47.模擬戦
戦える鬼たちは城を離れ、広い場所に出ていた。
その数二千。
そして対するガロット国七千の兵士たちもその場に陣を取っていた。
「よーし! 第一部隊! 前に出ろー!」
一つの部隊が前に出てくる。
その数は鬼たちが五百で、ガロット国の兵士たちが千七百五十。
倍以上の戦力差があるが、鬼たちは接近戦では群を抜く。
だが、全員手に持っているのは武器ではなく、こん棒だったり木刀だったりと、殺傷能力の低い物ばかりだ。
もちろん当たったら痛いのだが、打ちどころが悪くない限り死にはしない。
そう。
鬼と兵士たちは今、実戦を模した模擬戦をしている最中である。
どうしてこうなったか。
それは少し時間を戻して説明しなければならない。
◆
―数時間前―
「模擬戦じゃ!」
皆、ライキの言ったことの意味が全く分からなかった。
全員が頭の上にクエスチョンマークを浮かばせている。
この期に及んで冗談を言うことはないはずだ。
だが冗談か何かだと思うほうが自然な策だった。
「えっと……ライキ様。それはいったいどういうことでしょうか……」
恐る恐るアスレの家臣であるジルニアが質問をする。
確かに模擬戦という言葉だけで全てを悟れなど無理である。
俺でも全く分からない。
だがライキは至って真面目だった。
「ま、そうなってしまうわな。では説明しよう。まず体裁として戦ったという事実が必ず必要じゃ。だがどちらも被害は出しとうない。そこで、戦いはするが規則を決めて戦いをするのじゃ」
「規則……つまり、ルールを決めるということですか」
「その通り。わしが考えている規則はまず一つ、殺さない。一つ、武器を鈍器へ。だがアスレ殿の兵は実際に使う武器を使用しても構わん。一つ、投石物や弓は使わない、などと言ったものじゃな。そして四つの部隊に分けて計四戦模擬戦を実施する。これでかなり戦ったという実感は沸くはずじゃし、兵たちとしても良い経験になるぞ。それに武具もボロボロになるじゃろう。そんなボロボロの状態になったお主らは敗走という形で帰国する。四千の兵はこちらでしばらく預かろう。しかし、一週間じゃ。それ以上は兵糧が持たん。その一週間の間に王と兄を王座から降ろすのじゃ」
預かる兵士たちは戦死したとしておくのか。
確かにボロボロになって帰っても全ての兵士が帰ってきたら怪しまれるだろうしな。
だけどそれで大丈夫なのだろうか?
確認に来た国の兵士たちが監視している可能性もあるが……。
まぁウチカゲがいるし大丈夫か。
その辺はちゃんと考慮しているのだろう。
しかし一週間で王を王座から降ろすか……。
これが一番大変そうだ。
言ってしまえば反旗を翻すわけだからな。
本来なら準備に準備を重ねて決行する物だ。
難易度は相当高いといえるだろう。
それに国に残っている兵士たちはこのことを知らない。
必ず王を守る輩が出て来るはずである。
「一週間……」
アスレもこの時間の短さを再確認するように言葉にした。
だがその目は鋭くなっており、これからのことを考えているようだ。
既にやると決意しているのだろう。
「これも策があるが……聞くかの?」
そこまで考えていることに俺は驚いた。
いったいどこまで見据えているというのだろうか。
だがアスレはそれを一度手で制してから、首を振った。
「いえ頼ってばかりでは私の力にはなりません。私もいくつかの策を思いつきました。こちらのことは私どもにお任せください」
「よく言った! では、まず模擬戦を開始するぞ! 模擬戦が終わったらすぐに帰るのじゃぞ?」
「わかっております。しかしお願いがあります。よろしいでしょうか?」
「ふむ。なんじゃ?」
だんだんライキの機嫌がよくなっている。
先ほど怒鳴り声をあげた人物とは思えない。
「一人か二人でいいのですが、鬼の方を連れていきたいのです」
「……ふむ。面白いことを考える。いいだろう。テンダ、ウチカゲ。今日の夜ガロット王国に向かえ。その前に準備をしておくのじゃ。良いな?」
「「は!」」
俺たちはこの二人の会話についていくことはできないが、ライキがそれを読み取って承諾したのだ。
間違いなく良い策なのだろう。
その後、アスレは自軍へと戻りこの事を伝え、兵を広い所に移動させた。
勿論兵士たちには今の王家の状況をすべて伝えたようだ。
そこにアスレが声を出して自らがガロット王国の王になると宣言した。
国の状況を聞いた兵士たちはそれに賛同し、大きな歓声を上げていたようだ。
反感があるかと思ったが、どうやら兵士たちも今の王と長男には不満があるようだったので、すんなり受け入れてくれた。
やはりボロは出そうとしていなくても漏れだすものだ。
こちらも武器をすべて回収し、鬼たちには訓練用の木刀などを配ってから城を出てもらう。
勿論模擬戦ということを伝えているので全員が気楽な感じで歩いていく。
相手方も今回は合同練習と、王座を奪う策として伝えられている。
どちらもよい経験になるので、全員が全員やる気に満ち溢れている。
「よーし! 第一部隊! 前に出ろー!」
ということで先ほどの場面に戻ってくるわけだ。
その後は「おおおおおお!」という掛け声とともに両者走り出して衝突する。
鬼たちは戦うのが好きなのか、心底楽しそうに笑いながら突撃していた。
少し怖い。
衝突しても鬼たちは不動で誰も転ばない。
逆にガロット国の兵士たちは布切れのように軽く吹き飛ばされてしまう。
鬼たちの持っているのは木刀ではあるが、どれも攻撃が当たると相手の鉄の装備がベッコリとへこんでしまうほどの攻撃力がある。
途中で木刀が折れてしまう者もいたが、そういった者たちは棒きれとなった木刀を捨てて、素手で戦っていた。
ガロット国の兵士たちなのだが、盾兵はごと吹き飛ばされ、盾はひしゃげてしまう。
重装歩兵は吹き飛ばされこそしないものの、数回の衝撃で防具がばらばらと壊されてしまっていた。
倍以上あった戦力差にも関わらず、鬼たちの第一部隊は完勝してしまった。
鬼たちの方から大きな歓声が上がる。
倒された兵士たちは痛んだ体を引きずって自軍へと戻っていく。
流石にそれを見届けた第二部隊は引き気味だ。
だがこれはやってもらわなければならないことなので、全力で戦ってもらう。
口々に「俺たちはこんな奴らと戦おうとしていたのか」などと弱音を吐いている者もいた。
俺もガロット王国の兵士であれば同じことを言うだろう。
第二部隊、第三部隊、第四部隊も似たような感じだった。
だが第四部隊は精鋭なのか、動きがほかの部隊に比べてよかった気がする。
集団戦法で一人の鬼につき四人くらいで戦いに行っていたようだ。
勝つこともあったが、やはり負けることの方が多かった。
だがまともに勝てていたのは第四部隊なので、魔法の使用を許可すれば鬼たちとも互角に渡り合えるのではないだろうか?
模擬戦は夕方まで続いた。
それからは鬼たちは兵士をまとめて城下町に連れ込み、様々なもてなしをしてくれたそうだ。
流石に家には入りきりそうになかったので、大通りで寝ている人も多い。
だがそれくらいは慣れているだろう。
残り三千の兵士たちはガロット国に敗走という形で帰ってもらうことにする。
その中にテンダとウチカゲ、そして俺が同行することになった。
まぁ俺がお願いしたんだけどな。
ちょっと用事あるし。
「おうれんざま~……お、おぎをつけて~……」
泣くなよ姫様……。
鬼は泣いちゃいけないんじゃなかったのかよ。
すでにガロット王国の兵士たちは帰国の準備を整えている。
みんな模擬戦でボロボロになっており、疲れている表情が抜けていない。
これは演技でないというのがまたいい所だ。
あくまで兵士たちは敗走しているわけだしな。
元気なのに帰ってきたら怪しまれるだろう。
実際、鬼たちは手加減こそしていたものの、怪我人が多くでていた。
腕の骨が折れたり打撲したりしている兵士など様々である。
ちょっとやりすぎじゃね?
俺たちは姫様とシム、そしてライキとデンに見送られて出発する。
すでに進軍は開始されていて、俺たちは最後尾に歩いていく予定だ。
「ではの、アスレ殿。武運を祈る」
「ははは、若造でいいですよ。そっちの方が身がしまります」
二人は固く握手をした。
その時間は短かったが、今は急ぎなのだ。
ゆっくりはしていられない。
「お主の策は、帰ってきたテンダに聞くとしよう。テンダ、しかとみておくのだぞ」
「はっ!」
「ではこれで……お二方、しっかりついてきてくださいね」
「わかった」
シムと姫様、ライキとデンを背後に、俺たちはガロット国へと向かうことになった。
目的は王の座を奪い取り、玉座にアスレを座らせること。
そしてその期間は一週間。
一週間経てば四千の兵士たちがガロット国に帰ることになってしまう。
そうすれば敗走したという事が嘘だとバレてしまい、今回の作戦がパーになってしまう。
敗走したと思わせている内に、王の座を奪い取らなければならないのだ。
それも短すぎる時間で。
しかし、アスレは策があるという。
一体どうするつもりなのか……。
まぁ俺はそれを見届けるということもあるが、本来の目的を実行する時が来た、と思っている。
この一週間のうちにサテラを見つけ出す必要があるのだ。
大分時間がかかってしまったが……食事も昨日のうちに取っているのでもうレベルはMAXだ。
ウェイブスネークに進化ができる。
まだ進化はしていないが、頃合いを見て進化することにしよう。
レベルが1に戻ってしまうからな。
進化する場所は考えておかなければ。
それに今の体だと目立ってしょうがないからな。
よし、絶対に見つけて助けてやるからな。
そう心に決めて、俺たちはガロット王国に向かったのだった。