2.44.Side-アスレ・コースレット- 不満と疑問
兵士たちを指揮して配置させていく。
その指揮官であるアスレ・コースレットは、疑問と不安をついに戦場にまで持ってきてしまっていた。
だがそんなことは兵士たちの前で言えるはずもなく、ただただ指揮をとって目標である城を攻め落とそうとしている最中だ。
(……私は何をしているのだろう)
それが今、私の抱えている疑問だ。
どこの馬の骨ともわからない奴に使者を任せ、報告を聞いて、約束通りに兵を出兵させた。
なぜ父上はあのような者たちの言うことを、こうも簡単に信じることができたのか。
長男であるラッド兄様もそうだ。
父上の言うことは絶対。
従っていれば問題ないと言い張ってはいたが、自分は何もしていないではないか。
それでは次期王として駄目なのではないか?
そもそもだ。
どうしてこうなってしまったのだ?
事の発端はあの噂が街に広まってからだ。
それは「我らに反旗を翻す勢力がある」という噂だ。
あれから民たちには不安が募り、王家に安心して暮らせるようにしてくれ、などと言い放ち始めた。
確かに王家の務めは民たちを守り、国を繁栄させていくことにある。
だから話を聞かない父上とラッド兄様は放っておいて、私と次男であるバルト兄様と常に密会を開いて話をしあった。
そこで出た議題が『何処からそんな噂が流れたのか』ということだ。
もう広まってしまった噂の根元を探し出すのは、広大な森の中に落ちたコインを探すよりも難しい。
もっと言うなれば深い海の中に沈んでしまったコインを探しに行くようなもの。
そんなこと無理に決まっている。
そう、無理なのだ。
それこそが一番の問題点であった。
どんなに頑張ってもその噂がどこで流れたかなど探し当てれるはずがない。
だったら、その噂が本当かどうかを確かめに行く必要があった。
この噂が本当であれば、その裏切ろうとしている国、もしくは里の名前が必ず浮き彫りになってくるはずである。
これがなければまずこの噂は成立しない。
だが、ちゃんと名前が出てきてしまった。
前鬼の里。
これは鬼たちが住まう里であり、一つの国である。
城下に囲まれるように大きな城が建造されていて、とても美しい国だ。
あのような建築工法は見たことがない。
だが種族が鬼であるため誰もが怖がり、碌な文化交流ができていないのが現状だ。
私たちが何も知らない国が反旗を翻す。
俺たちは何もしていない。
勿論相手方も何もしてないのに、なぜそんな噂が流れたのか……。
というかそもそも、前鬼の里はガロット国と同盟は結んではいない。
噂にある「反旗を翻す」という言葉は少し使い方を間違っているように感じる。
だがそれを指摘しても、噂からなるこの事案は尾ヒレが付いて、そういう言い回しになっただけだと言われてしまい、要領を得なかった。
バルト兄様もそのことには気が付いていたようで、裏で何か探りを入れていたようだが、結局噂の真相を確かめることはできなかった。
そしてそのまま説得をしに行く流れになり、兵を用意してここにきてしまったのである。
私は王家から「考えすぎて一歩を踏み出せない臆病者」といわれ蔑まれてきた。
この戦いでそれも改善されるのではないかと、私を総指令として送り込んだのだ。
王である父上と、兄様の命令では断るわけにもいかなかった。
私は確かに物事を深く考えることが多い。
それは認めよう。
だが断じて臆病者ではない。
私が考えている大体の事柄は、今後のことだ。
その土地を誰が授かればよくしてくれるのか、この商品を売ればどのように民たちに行き渡っていくのか。
今目の前にあることだけではなく、次のことを見据える時間が私は長いだけなのだ。
今回もそうだ。
ここに来るまで騎乗でずっと考え事をしていた。
兵をどう動かせば相手がどう動くのか、ということを。
この辺の土地を調べ上げて城の攻め方を考えた。
流石に城内の地図は手に入らないので、斥候に外から見た景色をスケッチしてもらい、その絵から想像して城の構造を考えてみる。
そんなことを考えている間にここに来てしまったが……戦うからには全力を尽くさねばならない。
今回はほぼ奇襲となるように夜の間に来たのだが……どうやらバレていたようだ。
既に城下町に人はいない。
私たちが出立したのは昨日の昼だ。
昼辺りにはこの国の民たちが普通に城下町で生活していたと報告を受けたのだが……そんな短期間で民たちを城に入れるとは。
どうすればそんなことができるのか私には皆目見当もつかない。
相手は私以上の策士かもしれないな。
まだ疑問は残っているが……ここで考えてももう来るところまで来てしまった。
考えていても仕方がない。
今は目の前にあるできる限りのことをしよう。
「アスレ隊長! ご報告申し上げます! 兵が全て配置につきました!」
私の所に一人の斥候が走ってきて報告をしてくれた。
思ったより展開が遅い。
見立てより土地の起伏が激しいのかもしれないな。
本来であれば使者を使わす時に周辺の土地を確認しておくべきなのだが……。
どこの馬の骨とも知らない奴が使者に行ったのであればそのような事前調査などするはずもない。
全く役に立たない使者だった……。
「わかりました。では、使者を送りましょう」
「あの使者を使わすのですか?」
「貴方は馬鹿ですか? 一度断られている使者を何度も使わせていいわけがないでしょう。今回はこちらから用意いたします。穏便に事が済ませられれば、戦争自体避けられますからね。相手方に戦う意思がないのであれば、この噂を根本から探し出さなければならなくなります。ったく……噂だけでこんなことにまでなるとは……嘆かわしい限りです。というかあの使者は何処ですか? 本当に役に立たない」
私は家臣の二人を指名して、使者として説得を試みるように、と伝えて城の方へと走らせた。
この家臣が持って帰ってくる話は全て信じてもいいはずだ。
やっと自分から話を聞き出せると安堵し、馬から降りて腰を下ろす。
他の兵士たちが飲み物やタオルなどを持ってきてくれるが、今は戦場なのでそんなものはいらないと片手で制して下がらせる。
本当であれば次男であるバルト兄様にもここに来ていただきたかったが、病弱なため来ることができなかった。
家臣たちの話を聞いて、意見を賜りたかったのだが……いない人に頼っていても仕方がない。
私だけでこの場を乗り切らねばならないのだ。
もし私が敗走すれば、また王家の者から非難の声を浴びることになるだろうが、元々出来損ないと言われて来たんだ。
今更何を言われようと、期待など既にされていないのだから関係ない。
ズドン!
何か重い物が落ちてくる鈍い音が近くでした。
一体何事かと兵士たちが音の発生源へと向かって武器を構える。
一時的にその場は騒然となったが、隊長格の呼びかけにより次第に冷静になっていった。
私もその音の原因を確かめるべくその場に近づこうとするのだが、家臣たちに一々止められてしまった。
出来損ないと蔑まれ続けている私を心配してくれるのは、この家臣たちしかいない。
その行動はとても嬉しい物ではあるが、確認しないわけにはいかないだろう。
私は家臣たちを押しのけてそれに近づく。
近づいてみれば、その場所には小さなクレーターができていて、その中心に誰かが死んでいた。
胸の真ん中には大きな穴が開いているが、それ以外は綺麗なままだ。
とは言っても骨折していたり血を流したりはしているが、人としての原形はとどめていた。
その死んでいる人物には、見覚えがあった。
「…………この前の使者か」
私たちに使者として志願した、どこの馬の骨ともわからないこの人物だ。
見間違えるはずもない。
だが今、こいつがどうなっていたとしても関係はない。
今重要なのは、ここまでこいつが飛んできたことだ。
「……全部隊に通達してください! 防衛陣形の展開、盾兵は前線と中央に展開して上空から降ってくる投石物を防がせ、魔法部隊は後方にて投石物の破壊を指示させてください! 急いで!」
「「「は!」」」
もし、これがあの鬼たちの仕業である場合、城の中からここまで投石物を投げ出せる力があるということになる。
ここまでの距離は弓は勿論のこと、投石機でも難しい。
着弾点の土がへこんでいるので相当な威力がある。
盾兵では耐えることはできないかもしれないが、ただ受けるよりましだろう。
迅速な民たちの移動、そして兵の配置。
更に城下町を超え、田畑を超えてここまで投石物を投げれる技術……。
敵に回す相手を間違えていないか?