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99話 絶望的な成果


 帝都アルダールでは、皇帝と大公が密かな話し合いをしていた。

 議題は分かり切っている。覚醒魔装士の死だ。



「……」



 流石のギアスも平常心を保つことができそうにない。

 このまま発狂して喚き、嘆き、叫びたい気分である。スバロキア大帝国の歴史であり、切り札が四人も殺されてしまったのだ。ギアスを責めることはできない。

 勿論、皇帝に近い権力と権限を持つ大公も同様だった。



「……」

「……」

「……」

「……」



 皆が一言も喋らず、小さな部屋に重い空気が満ちる。

 これでは何も進まないと思ったのか、大公ノアズが口を開いた。



「最悪だなァ」



 そこに秘められた意味は言われずとも分かる。

 大帝国の歴史において最悪だ。比喩的な意味ではなく、事実的に最悪だ。歴史上、最も悪い時代になってしまったという意味だ。



革命軍リベリオンを退けたとして、神聖グリニアの猛攻は防げませんね。今は緋王シェリーという新たな『王』の魔物が神聖グリニア本土で暴れているようですが」



 大公サウズはできるだけ希望的な意見を述べる。大帝国で冥王の被害に遭っているのと同時に、神聖グリニアでも緋王が猛威を振るっていると。

 サウズは皇帝から緋王シェリーについて調べるように言われていたので、この中では最も神聖グリニアの現状に詳しい。



「緋王は数多の不死属を従え、都市の襲撃を繰り返しているようですね。そしてその住民を魔法によって不死属へと造り替えているとか。今では百万を超える不死属の大軍になっているそうですよ」

「人間を魔物だと? どういうことだサウズ」

「陛下も知っての通り、不死属系魔物の祖は不死王ゼノン・ライフです。かの『王』は永遠の命を得るために不死属へと転生し、史上初の不死属系魔物となりました。つまり、人という種は転生によって不死属系に変質し得るのです。どうやら緋王にはそれを成す魔法があるようで……」

「なるほどな。緋王は利用するまでもなく、放置しても脅威と」

「冥王の件で思い知りましたが、『王』とは別格ですね」



 冥王と緋王は最も新しい『王』の魔物だ。

 年月が経つほどに力を増すのが『王』の魔物であり、それを考えるとこの二体は弱い方であると考えられる。尤も、死魔法による魔力の急激な向上がある冥王には当てはまらないのかもしれないが。

 ともかく、最弱の『王』によってスバロキア大帝国は危機に瀕し、神聖グリニアも領土を踏み荒らされている状況だ。



「あらサウズ……楽観視は良くないわ」

「イスタに同意だ。我々はもう後がない。楽観的な予測で動くわけにはいけない」

「なら、イスタとヴェストはどう考える?」



 ギアスは二人の大公に問う。

 正直、今の大帝国に可能な対抗手段は少ない。二人は僅かな時間だけ考え、答えた。



「帝都で革命軍リベリオンを迎え撃つ……それが効率的だと考えますわ」

「陛下が初めに仰っていた、あの兵器。アルベインの杖を使うべきかと」

「お前たちの意見もそうなるよな……まぁ、俺も同じ考えだ。やはり他の手段はなしか……」



 スバロキア大帝国はまだ大量の魔装士と軍団を保有している。迎え撃つならば、それが可能なだけの戦力は残っているのだ。

 そもそも、十万を超える大軍団が迫っていると考えると、戦力の分散は愚策である。帝都アルダールに全ての戦力を結集し、最後の戦いとしてぶつける。また、帝都なら様々な戦略兵器もあるので、迎撃もしやすい。

 戦略兵器の一つがアルベインの杖というわけだ。



「なら陛下よォ。アルベインの杖の状態はどうなんだァ?」

「完成はした。今は兵器として魔道具に組み込んでいるところだ」

「しかし陛下、危険はないのでしょうか? 私としましてはそちらが気になるのですが……」

「危険はあるが、制御もできている。研究者の言葉を借りるなら、薄氷の上を歩くようなものらしいがな」



 アルベインの杖はスバロキア大帝国の秘宝だ。

 かつて『王』の魔物である獄王ベルオルグを封印したものなのだ。その封印は驚くほど堅く、何もしなければ獄王は永久に復活しないだろうと言われていた。それを僅かでも緩めて兵器として利用するのだから、何かの間違いで封印が解けてしまうこともあり得る。

 イスタはそれを危惧していた。



「イスタの危惧も分かる。だが、どちらにせよ滅びるなら力を使う。それだけのことだ」



 出し惜しみして敗北しては意味がない。

 ギアスが言っているのはそういうことだった。

 それを聞いて大公たちも納得し、帝都アルダールでの迎撃に向けて準備を始めた。











 ◆◆◆











 緋王シェリーの軍勢は神聖グリニアで脅威と認定されていた。

 彼女の血液魔法は、血を与えることによってその存在を不死属に変質させるというもの。人も動物も魔物も全て不死属になってしまう。

 そして変質した人間は中位ミドル級の吸血従鬼ヴァンプ・スレイヴになる。その人間の魔力が高ければ高位グレーター級の吸血鬼ヴァンパイアへと変質することもある。

 とにかく、中位ミドル級や高位グレーター級の魔物が百万以上の群れとなって襲ってくるのだ。

 それは凄まじい脅威であった。



「こうして見ると怖くなるわ」

「ふふ。怖気づいたの?」

「少し」



 この緊急事態に対応するため、二人のSランク聖騎士が送られた。

 『樹海』のアロマ・フィデアと『天眼』のフロリア・レイバーンである。



「雑魚は私が、そして首魁たる緋王はフロリアが……手筈通りにね」

「はい。分かっています」



 今回の事件で幸いだったことは、緋王シェリーに軍略がなかったことだ。つまり、手に入れた配下を集めて進軍させているだけなのである。数を活かして複数の都市を同時に攻めたり、少数の兵で釣ってから伏兵で袋叩きにしたりといった作戦がまるでなかった。

 数と魔物としての力で上から叩き潰す。

 それだけだった。



「まずは、私が」



 フロリアは魔装の弓を顕現する。そして魔術の詠唱を実行した。

 彼女は魔術を矢として生成し、放つことができる。そして『天眼』の二つ名通り、どれほど遠く離れた標的でさえ撃ち抜くのだ。

 今回は相手が『王』の魔物ということで、使う魔術も相応のものを選ぶ。

 炎の第九階梯《紅蓮炎焼ヴァーミリオン・ノヴァ》だ。

 本来この魔術は紅蓮の炎を天より降らせる効果だ。それを一つの矢に込め、威力を集中させる。魔術詠唱が完成すると、深紅の矢が弓につがえられていた。

 狙うは勿論、緋王シェリーである。

 フロリアの眼は、既にその姿を捉えていた。



「首魁を討って指揮が乱れたところを私の魔装で一掃するわ。失敗は許されないわよ」

「私が外すことはあり得ない」

「それもそうね」



 フロリアの矢は必中だ。

 外れることなど有り得ないのである。弧を描いて不死属の群れの奥へと消えていく矢を、フロリアは天の視点によって追っていた。

 矢の速度は音速を超えている。

 不意打ちなら防ぐことも避けることもできないだろう。

 そして直撃した瞬間、秘められた炎の戦術級魔術が緋王を内側から焼き尽くすのだ。



「見えた」



 眼に自信のある彼女は、緋王の姿を見た。永遠を約束された緋王シェリーは、夜を象徴するかのようなドレスを纏っている。

 だが、すぐにドレスごと塵になるまで焼き尽くされるはずだ。

 矢は、緋王シェリーの眼前まで迫っていた。

 だが次の瞬間、シェリーの右腕がぶれる。そして飛来した紅蓮の矢を掴み取っていた。



「…………は、ぁ?」



 これにはフロリアも思わず奇声を上げた。

 普通の矢を掴むのは分かる。いや、音速で飛来する矢を掴むのだからあり得ないことだが、まだ理解の範疇だ。しかし、魔術で構成された不安定な矢を無造作に掴んで見せたのだ。普通なら、そのまま魔術が炸裂してシェリーは焼け焦げていただろう。

 フロリアは何が起こったのかしっかりと見る。

 すると、シェリーの右掌には血が滴っていた。



(私の矢で傷を負わせた? いや、そうじゃない!)



 シェリーの力は血液魔法だ。

 血液によって他の生命体を不死属に変質させるだけでなく、血液そのものを操る力もある。シェリーは血を操り、魔術の矢を受け止めた。血に宿るシェリーの魔力が、力技で炸裂しようとする魔術の矢を抑え込んだのだ。

 無茶苦茶である。

 フロリアの様子がおかしいと気付いたアロマは、何があったのか問いかける。



「どうしたの?」

「……矢を掴み取られた。あり得ないわ」

「じょ、冗談よね?」

「そんなわけないでしょ!」



 フロリアの矢を素手で掴むのは、アロマにも不可能だ。最も古いSランク聖騎士である『樹海』のアロマにも不可能な業なのだ。驚くのも無理はない。

 だが、真に驚くべきはここからだ。

 シェリーは手で掴んだ矢を、血で模った弓でつがえた。同時に、炎魔術で生み出された矢はシェリーの血液魔力で覆われていく。そして血を元に矢の魔力が呼び醒まされ、その魔力の主を目指して逆向きに飛ぶ。

 つまり、矢を放ったハズのフロリアに必中となる矢だ。

 血は源。

 シェリーの血液魔法は眠る力を覚醒させる。

 覚醒した矢が放たれた。

 それは一直線にフロリアの元へと返ってくる。



「や、やってくれるわね……」



 第九階梯魔術を凝縮した矢がそのまま返ってくるのだ。

 逃げても意味がないと察した彼女は、矢を以て矢を撃ち落とそうとする。同じ第九階梯魔術を凝縮していたのでは時間が足りない。そこで第七階梯《大爆発エクスプロージョン》を凝縮した矢を放つことにした。

 矢を逸らすことができれば十分だ。

 フロリアは防御のために矢を放つ。飛来する小さな矢を撃ち落とすという神業も、彼女の魔装ならば容易く可能だ。空中で矢と矢がぶつかった。

 だが、第九階梯相当の魔力にシェリーの血液魔力が混じった矢を止めるには足りない。フロリアが迎撃として放った矢は瞬時に吸収されてしまい、魔力が融合して威力が増す。これはフロリアにも予想外だったのか、慌てる。



「迎撃できない……っ!」

「仕方ないわね!」



 アロマも上空で深紅に輝くものを見つけたようだ。

 それが撃ち返された矢だとすぐに分かった。第九階梯魔術に加え、緋王シェリーの血液魔力、そして最後に第七階梯魔術も吸収された。その威力はアロマとフロリアを殺すのに十分な威力である。

 覚醒魔装士も結局は人だ。

 膨大な魔力で身体を保護しているが、元の耐久値は人間と変わりない。魔術の直撃を受ければ簡単に死んでしまう。これこそ、覚醒魔装士が『王』の魔物に敵わない理由の一つだ。



「大樹よ」



 アロマは大地に両手を置き、魔装を発動させた。

 途端に地面が割れ、そこから大樹が出現する。幾重にも現れた大樹が、二人の盾となった。

 勿論、これが普通の樹木なら魔術で形成された矢で破壊され燃やし尽くされてしまうだろう。だが、アロマの魔装で生み出された樹木は魔力を吸収する。最強にして最古の聖騎士と呼ばれるだけあって、彼女の魔装は強力だった。

 紅蓮の矢が盾として生み出した大樹に突き刺さる。

 そのまま矢は大樹を燃やし尽くすかと思えたが、まるで包み込むように矢を抑え込んでしまった。



「フロリア、先に雑魚を消した方が良さそうね」

「緋王を倒すには二人で協力するしかない、か……」



 前哨戦として、二対百万の戦いが始まった。












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