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97話 龍の雷哮


 革命軍リベリオンはスバロキア大帝国の反撃により、主戦力の幾つかを失った。しかし、レインヴァルドのいる革命軍リベリオン本隊は健在である。

 そして革命軍リベリオンは本隊による進軍が実行されていた。



「シュウさん、暇なのですよ」

「煩い。何かしたいと言ったのはお前だアイリス」



 革命軍リベリオンには傭兵部隊もある。魔装士たちが結成しているギルドを雇い、戦力の一部にしているのだ。魔装士の少ない革命軍リベリオンからすれば、貴重な存在である。

 シュウとアイリスはそんな傭兵部隊に混じっていた。

 数の多い革命軍の中に一人や二人ほど混じったところでバレない。

 これを逆手にとって、スバロキア大帝国の軍人も潜入しているので、革命軍リベリオンの移動ルートはバレバレなのである。さすがに一人一人をチェックする訳にもいかず、革命軍リベリオンの上層部は間者の存在を知りつつも放置している。



「すぐに何か起こるさ」

「そうですかねー」

「大帝国はこの大軍を見逃せないはずだからな」



 革命軍リベリオン本隊は十万人を超える大軍だ。まさに地を埋め尽くすほどの軍勢である。

 全ての戦力を終結させた切り札の戦力であり、この本隊が敗北すれば革命軍リベリオンは事実上壊滅ということになる。

 スバロキア大帝国が見逃すことはあり得ない。

 現在、三人の覚醒魔装士が革命軍リベリオンの軍勢を叩き潰すために精力的な活動をしている。単独で行動しているので、特に各居場所が掴みにくい。転移能力を持つ『鷹目』の力でも中々追えないほどだ。

 それでも、この大軍を放置するハズがないので、覚醒魔装士は必ず現れる。

 つまりシュウの狙いは、革命軍リベリオン十万人を利用した釣りであった。



「ほら、言っている内にかかったぞ」

「え? あっ!」

「お前の魔力感知でも分かるだろ。この魔力が」



 人間が保有するとは思えない魔力。

 二百五十年の研鑽によって膨れ上がった魔力量は、遠くからでも充分に感知できた。まるで隠す様子もないので、無系統魔術を使える者なら初心者でも感知できる。



「覚醒魔装士の魔力だ。待ちに待った、な」

「なのですよ!」

「じゃあ、アイリス。後は頼むぞ。魔力は分けてやる」



 シュウはそう言ってアイリスに触れ、魔力を分け与える。アイリスには強大な魔術を使ってもらう予定なので、足りない分の魔力を補ったのだ。代わりにシュウは魔力を失ったが、問題はない。死魔法で回収できる算段は付いている。

 元からシュウは始原魔霊アルファ・スピリットとして膨大過ぎる魔力を蓄えている。絶望ディスピア級は伊達ではない。禁呪を何発撃っても切れない魔力量であるため、アイリスに分け与えたところで困るはずもないのだ。



「魔力感知で座標は分かるな?」

「大丈夫なのですよ」

「それと仕事が終われば俺が迎えに行く。あまり動くな。お前は方向音痴だからな」

「わ、分かっているのです!」

「……」



 最後は目が泳いでいた。

 だが、シュウとしても時間がないのでこれ以上は追求しない。



「まぁいい。期待はしないが迷子になるなよ」

「はーい、なのですよー」

「じゃあ、頑張れ」



 シュウは姿を消した。

 残されたアイリスは、浮足立つ周囲に目もくれないで隠れる場所を探す。身体を隠す必要はないのだが、できるだけ目立たない場所がベストだ。

 近くに大荷物を載せた馬車があったので、その陰に隠れて魔術を発動させる。

 発動するのはアイリスが改良した禁呪だ。

 禁呪の書を解析して立体魔術陣として組み直し、コンパクトにまとめた。勿論、それが実際に発動することはシュウが確かめている。



(えっと、気圧と温度の操作、電子移動……)



 無詠唱で順番に魔術陣を起動し、それを重ねて立体化する。

 これまでの禁呪と異なり、立体魔術陣は非常にコンパクトだ。天を覆うような大魔術陣が展開されるようなこともない。隠密性にも優れている。

 莫大な魔力も、凍姫宮殿ルフィルの魔力に隠されて分かりにくい。

 魔術によって不自然な暗雲が立ち込めても、誰一人として不思議に思わなかった。

 それはアイリスにとって好都合である。



(座標は……あの辺り)



 これより放つ禁呪は、禁呪の中では珍しく範囲が狭い。狭いといっても直径にして一キロ範囲は確実に滅ぼす威力なので、他の禁呪と比較すればという話に過ぎない。

 範囲をある程度絞り、そこに全ての威力を注ぎ込むのがこの禁呪だ。

 集中的な破壊力は神呪にも匹敵する。

 暗雲の中に白い閃きが見えた。

 少し遅れて轟きが響き渡る。

 魔術で生み出された積乱雲の内部で帯電が生じ、大量の電子が溜まっている。地上との電位差が充分であれば落雷となるだろう。だが、その雷すら制御するのがこの禁呪だ。雲の内部に溜めた電気を限界まで留める。

 そして制御ギリギリまで膨れ上がった電気を、移動魔術によって一気に地上へ叩き付ける。

 これこそが禁呪たる風の十一階梯魔術――



「――《龍牙襲雷ライトニング》なのです!」



 遥か先、アイリスが凍姫宮殿ルフィルの魔力を感じた場所で光の柱が立った。それは一瞬のことだったが、だからこそ閃光ライトニングを思わせた。

 そして十秒後。

 雷による轟音が革命軍リベリオンの元まで届いた。












 ◆◆◆












 アイリスと別れたシュウは、霊体化によって地中へと沈み、加速魔術で遥か前方へと移動していた。そこは凍姫宮殿ルフィルが魔装によって氷の軍勢を生み出しているところであり、シュウはその場所に堂々と現れた。



(覚醒魔装士の魔力は……こっちか)



 シュウは実体化して魔力を感じる方へと進む。

 勿論、氷の兵士たちはシュウに襲いかかった。しかしシュウは見向きもせず死魔法を発動し、魔力を奪い去ることで氷の兵士を消し去る。魔力の消えた魔装は消えて当然。シュウの糧にしかならない。

 アイリスに与えた魔力を回収するつもりで死魔法を執行し、次々と氷の兵士を消していく。

 一歩進めば数十の兵士が消える。

 二歩目で氷の騎士すら消された。

 三歩、四歩と進むと氷の巨兵まで消えた。



(そろそろか)



 見上げれば、天は暗雲で覆われている。

 太陽の光は雷の光に置き換わり、今にも落雷しそうであった。

 恐らくは発動直前である。

 シュウは再び霊体化した。

 同時に、《龍牙襲雷ライトニング》が発動する。禁呪としての威力を発揮した破滅の落雷は、シュウの進む先を中心として地上を蹂躙した。

 《龍牙襲雷ライトニング》は一点集中の落雷が落ちた後、その雷撃の余波が周囲一キロほどに広がって蹂躙する。余波の雷でも人を殺すには充分であり、まして落雷の中心点は大地が一部蒸発するほどのジュール熱すら生み出す。

 これこそ、自然現象を意図的に引き起こし、さらに強化して放つ禁呪の威力だ。

 自然現象を利用しているので、霊体化した霊系魔物には効かないという欠点はある。

 しかし、禁呪は人間の戦争を想定しているのでデメリットにならないデメリットだ。そしてシュウにとっては無傷で自爆特攻が可能というメリットに変わる。



(俺の魔力を使ったとはいえ、アイリスもよくやったな。あとで褒めてやるか)



 エルデラ森林で魔物に追われていた頃が懐かしい。

 落ちこぼれだったアイリスが、今や禁呪を発動するまで成長したのだ。不老不死の魔装に加えて禁呪クラスの魔術技量となれば、シュウの相棒として相応しい実力と言える。



(しかしアイリスの魔装も不可解な点が多い。傷を負えば自動的に回復し、歳を取らないし病気にもならない。不死というより再生能力に近いが……)



 魔装の能力は使っている内に何となく分かってくるものらしい。シュウには分からない感覚だが、アイリスは自分の魔装を不老不死だと認識した。しかし、それだけでは説明できない再生能力がある。もしかするとアイリスには隠された別の本質があるのではないかと疑うほどだ。



(まぁ、それは追々だな)



 まだ電撃が地上に残っているので、実体化はしない。

 霊体を維持したまま進み、《龍牙襲雷ライトニング》の中心点を目指した。中心点へと近づくにつれて地面の様子が変わっていく。木々は燃えて森林火災が生じ、草は焼け焦げて一掃されていた。そして地面の一部はガラス化していたり、融解して深紅の光を発している。

 落雷も極めればこれほどの威力になるという実例だった。

 勿論、大国の軍前を思わせた氷の兵士も全て砕け散っている。新しい氷の兵士が生み出されないことからも、凍姫宮殿ルフィルの状態が予測できた。



(あそこだな)



 中心点は綺麗にガラス化していた。

 恐らくは落雷による一撃で地面が融解すると同時に、凍姫宮殿ルフィルの氷で急冷されたのだろう。そうでなければ、これほどの短時間で融解した地面が冷え固まるはずがない。

 そして不気味な光沢を放つ大地の一か所で、黒く焦げた人型の塊が一つ転がっていた。

 シュウは近づき、見下ろす。



(これが俺の探していた覚醒魔装士か。まだ生きているな)

「こひゅ……ひゅー」

(折角の魔力だ。奪って殺そう)



 放置しても凍姫宮殿ルフィルは死ぬ。

 氷の宮殿を生み出し、その中に留まっていた凍姫宮殿ルフィルも禁呪の一撃で死の淵に瀕した。どうせ攻撃など届かないと高を括っていたのだろう。凍姫宮殿ルフィルの油断がこの結果を招いた。

 シュウは実体化して、焦げた凍姫宮殿ルフィルの体を踏み潰した。

 その行為によって、スバロキア大帝国最古の覚醒魔装士は息絶えた。



「他愛ないな」



 もう電撃はすべて地面に吸収されている。

 残る惨状は燃え上がる森林と焦げたり融解した地面、そして死体が一つだ。凍姫宮殿ルフィルも自分一人に禁呪まで使うとは思っていなかったのだろう。そもそも、革命軍リベリオンが禁呪を使うなど想定していないはずだ。

 これは油断であると同時に、認識不足でもある。

 革命軍リベリオンはともかく、それに味方する冥王一派の力を見誤った結果だ。

 『鷹目』の情報力。

 アイリスの魔術。

 そして冥王シュウ・アークライトの戦闘能力。

 僅か三人であるがゆえに、フットワークが軽い。そして精鋭としての強さもある。対個人であろうと、対国家であろうと、この三人ならばあらゆる方法で滅ぼせる。制圧能力に欠けるという短所はあるが、それは『鷹目』の情報操作で他者を操り、他者によって実行させれば問題ない。

 『王』の魔物、禁呪を操る魔女、そして情報収集に長けた覚醒魔装士。この三人が揃って不可能なことなど無に等しいのだ。



「禁呪分は問題なく回収できたな。流石は覚醒魔装士……得られる魔力は桁違いだな」



 もう少しで進化できそうな気がするのだが、まだ足りない。

 やはりここまで来ると進化は遠い。



「さて……」



 シュウは背後を見る。

 そこにはいつの間に現れたのか、闇が滲みだす黒騎士がいた。



「後二人だな」



 この戦場にいる覚醒魔装士は凍姫宮殿ルフィルだけではなかった。

 万象真理フラロウス閻魔黒刃クロムリアもいた。

 革命軍リベリオン本隊さえ消してしまえば、この歴史的大反乱も幕を下ろすことになる。三人の覚醒魔装士が揃ったことにも納得がいく。

 そして容易く凍姫宮殿ルフィルを屠ったことで、シュウは警戒されたことだろう。



「まずはお前か……いや、それは眷属型魔装で生み出した操り人形ってところか?」

『……』



 悪魔を思わせる黒の騎士は、無言でシュウに斬りかかってきた。












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