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94話 大帝国の本気①


 革命軍リベリオンは大帝国の主要街道を抑えながら侵攻し、既に幾つかの都市を占拠していた。

 スバロキア大帝国が出動させた討伐軍は二十の軍団。その内の十五軍団は『死神』シュウによって壊滅している。そのお蔭で非常にスムーズな進軍ができた。



「あの『死神』……やってくれたな」



 目頭を押さえて呟くのは、革命軍リベリオンリーダーのレインヴァルド・カイン・リヒタールだ。『死神』の暗殺によって、大帝国軍の第二連隊は無事に突破できた。

 だが、同時に第三連隊と第四連隊も壊滅したのは予想外である。

 確かに喜ぶべきことだが、同時に革命軍リベリオンにも動揺を与えた。

 それでレインヴァルドは面倒臭そうなのである。



「ですがレイ様。『死神』と冥王が同一人物というのは事実ですか?」

「ああ。間違いないだろう」



 側近であるレイルは資料を読みながら疑問を投げる。本物の『死神』に会ったことがある身としては、あれが魔物であるとは信じられなかった。

 魔神教の信者でなくとも、魔物は滅ぼすべき敵という考えが一般的だ。

 話し合いの通じる、理性ある相手が魔物であるとは思えない。



「言いたいことは分かる。だが、様々な状況が真実だと示している。まずは冥王の出現場所。ラムザ王国の王都で現れ、次は近隣国のエリーゼ共和国で『死神』が現れた。そのエリーゼ共和国で神聖グリニアのSランク聖騎士が殺されたらしい。間違いなく、冥王の仕業だろう」



 Sランク聖騎士とは、すなわち覚醒魔装士だ。

 覚醒魔装士を殺せるならば、それは『王』の魔物か覚醒魔装士である。近隣で出現した冥王を追うためにSランク聖騎士が派遣されたと考えると、冥王に殺されたと考えるのが自然だ。

 そこから『死神』=冥王の仮説が生まれた。



「エリーゼ共和国の件から冥王の噂は聞かなくなった。『王』の魔物が噂を立てないなんてありえない。理性を以て身を隠していたに違いない」

「だから人間と会話する程の知性があったわけですか」

「前代未聞だがな……」



 魔物が闇組織で暗殺者をしているなど、誰が信じるだろう。

 あまりにも馬鹿馬鹿しい事実であるためか、証拠を掴んでもほとんどの者が信じない。それで、一部の者しか知られていない事実となっていた。



「それと他にも問題がある」

「これですねレイ様」

「ああ」



 もう一人の側近、リーリャが資料を差し出す。

 レインヴァルドは受け取り、読む。それは革命軍リベリオンの運営に必要な予算案だ。その収入は莫大なものである。複数の国家から支援されているので、当然と言えば当然だ。

 しかし、その中に謎の収入がある。

 項目としては『黒猫収入』となっている。



「なぜか黒猫から支援金が届けられるようになったが……」

「どうしてでしょうね……」



 『灰鼠』が銀行の金庫から金を盗み、『赤兎』が届ける。

 そうして革命軍リベリオンの資金力を援助しているのだ。レインヴァルドからすれば意味が分からないといった気持である。



「いや、確かに支援してくれるなら歓迎だが……」

「不気味、ですよね」

「そうよねぇ」



 レインヴァルドだけでなく、レイルもリーリャも溜息を吐く。

 まさか闇組織が無償で資金提供してくれるなどとは誰も思わなかった。それだけに不気味であり、何かあるのではないかと勘繰ってしまう。

 まさか黒猫が二つに分かれて争っているとは思わない。



「何が起こっているのか……」

「レイ様、神聖グリニアの方も色々と動きがあるようです」

「ああ、注意しておこう」



 騒乱は始まったばかりだ。

 順調な革命軍リベリオンにも迫る陰はあった。










 ◆◆◆










 大帝国軍第一連隊は決断を迫られていた。

 犠牲者を出さないように消極的な持久戦を心掛けていた。だが、アディル・クローバー大将軍は積極的な殲滅を提案。凍姫宮殿ルフィルも同意した。



「これは皇帝陛下による勅令だ」



 大将軍の号令が魔装士たちを奮い立たせる。

 確かに、このまま遠距離砲撃戦と突撃離脱戦を繰り返せば、少しずつ相手を削ることができる。だが、革命軍リベリオンは他の連隊を突破しているため、そちらの部隊が合流すれば数の上で不利を強いられるだろう。

 圧倒的な数による完璧な包囲作戦が結構され、いずれは敗北する。

 そうなる前に決着をつけなければならない。



「ゆえに!」



 力強い声がさらに強くなる。



「我々は絶対の勝利を手にしなければならない」



 アディルは右手を高々と天に掲げた。



「今日を以て、眼前の敵は消え去る……いや、消し去るのだ!」



 鬨の声がする。

 それは大地を揺らし、空気を震わせた。

 木々は身震いし、魔物は逃げた。

 革命軍リベリオンは誇っても良い。

 何百年という長きに渡り最強国家であり続け、大国として支配者であり続けたスバロキア大帝国に本気を出させたのだ。必要のないことだと判断された本気というものを引き出した。

 戦乱の時代を生きぬき、大帝国において最初の覚醒魔装士となった凍姫宮殿ルフィルに全力の覚醒魔装を使わせた。

 革命軍リベリオンは誇るべきである。



「進め。我らが軍の蹂躙を以て、野蛮な賊軍に真の力を魅せるのだ!」



 凍姫宮殿ルフィルが力を解放する。

 無制限の魔力により、氷の砦が生まれた。そしてこの氷で生成された砦には守護者がいる。砦と同じく氷で生み出された騎士だ。

 一人軍団。

 現役時代の凍姫宮殿ルフィルはそう呼ばれていた。事実、彼女の軍団には数名ほどの補助要員しかいなかった。あまりの規格外魔装が、一人の方が強いという状況を生み出したのである。

 蹂躙の時が始まった。










 ◆◆◆










 第一連隊と相対していた革命軍リベリオンは、突然の地響きに上手く対応できなかった。

 そして突然現れた氷の砦と氷の騎士。

 これに驚く。

 確かに、いままでも氷の砦や氷の兵士はあった。だが、それは非常に小規模であり、恐るべき魔装ではなかった。術者が見つからないので無限に生成され、厄介ではあったが。

 そして今回は驚くほど巨大な氷の砦と、数えきれないほどの騎士である。

 兵士ではなく騎士だ。

 氷の馬に騎乗した氷の騎士が砦の前に並んでいる。



「ありゃ一体なんだべ? 神様の軍団みてぇだぁ」

「何を言うとるんじゃ。ありゃ魔装に決まっとるけ」

「んだ。馬鹿なこと言ってんでねぇ」



 魔神教の威光が届いていないため、この辺りでは地域ごとに信仰される神がいたりする。『冷たい軍勢を従える神』を信仰する田舎出身の兵士たちは、見当違いなことを言っていた。

 そして魔装士たちは恐れる。



「なんだあの魔力……次元が違う」

「この距離でヤバい感じがガンガン伝わってくるぜ」

「逃げるなら今のうちってか?」

「馬鹿。軍規違反で殺される」



 魔装を使えるからこそ分かる。

 一体どれほどの魔力があれば、一軍に匹敵する魔装を具現できるのだろうかと。言い換えれば、たった一人で軍団に匹敵する魔力を保有しているということだ。

 一夜どころか一瞬にして生まれた冷たい砦。

 そこに大帝国の魔装士が配置される。

 『機装』のアディル・クローバー大将軍すら、自ら魔装を全力展開した。氷の砦に重なって、無数の砲台が並ぶ。

 氷の騎士と魔力の砲台。

 これを備えた即席の砦は、充分な防御と攻撃性能を獲得した。

 対する革命軍リベリオンはいつも通りの陣地を敷いただけ。誘い込み、包囲によって殲滅するための陣形だ。基本的に攻め込むことは想定しておらず、囲い込みと撤退の動きだけは素早くできる。



「下がれ! 戦線を下げよ!」



 優秀な革命軍リベリオン指揮官は叫んだ。

 第一連隊と相対する革命軍リベリオンは、サルーダ王国とフォヴィア王国とプリネラ連邦の連合軍だ。そして総指揮官はサルーダ王国の第二王子に任されている。王族でありながら軍の総帥でもあるサルーダの英傑であり、実力は勿論だが指揮官としても優れていた。

 その第二王子リアロは凍姫宮殿ルフィルの魔装を感じ取り、敵わないと本能的に悟った。



「魔装士と魔術師を殿軍として残し、結界による防御を途絶えさせるな。また炎使いに積極的な攻撃をさせろ。氷の騎士は溶かしてしまえ。同時に切り札を切る」



 リアロは今回の作戦にあたり、切り札を擁していた。

 それは詰めとして放つべきものであり、このような撤退戦で使う類ではない。しかし、今は必要だと判断した。



「戦略級魔術の使用を許可する。《火竜息吹ドラゴン・ブレス》を用意せよ」



 たった一撃で街に壊滅的被害を与えるほどの魔術。それが戦略級魔術だ。

 勿論、砦の攻略に使えば相応の価値を発揮する。

 迫る騎馬とそびえる砦は共に氷だ。ゆえに炎の第十階梯《火竜息吹ドラゴン・ブレス》が有効であると判断した。

 リアロは同様に他の属性の第十階梯も用意している。魔術師を複数招集し、同時に魔術を構築させることで何とか発動させるのだ。つまり儀式発動という形式である。



「リアロ様、伝令完了いたしました」

「ご苦労。これから仕切り直しだ。あれ程の魔装があると分かった以上、別働の連合部隊と合流するしかあるまいな。付近の部隊は?」

「北はアレイ将軍のアレイ連合軍が鉱山の主要街道を抑えております。ここから人員は割けないでしょう。南部も同じく街道を抑えていますから、やはり難しいと思われます。ここは時間をかけても後ろに控えている革命軍リベリオン本隊を待つべきです」

「レインヴァルド殿の部隊だな……うむ」



 元々、革命軍リベリオン本隊は帝都アルダール陥落のために結成されている。そのために様々な用意をしており、温存するべき部隊だ。

 しかし、ここを突破して帝都まで行かなくては意味がない。

 恥を忍んで本隊に助けを求めるのが正しい選択だ。

 しかしリアロとしても面子がある。

 こうして連合軍の一つを任されている以上、無理なので撤退しましたでは済まされない。



(どうするべきか……)



 決断は一分一秒を争うようなものではない。

 この戦いは撤退して前線を下げると決めているため、決断には余裕がある。しかし、いつまでも後回しにはできない。前線を下げた後、再び下げることになりかねない。

 氷の砦は魔装の力であるため、前線が移動したならば、移動した先で再展開できる。

 つまり移動可能な要塞だ。



(いや、限界まで前線を下げるか。北と南から部隊を融通して貰い、大帝国軍を誘い込んでから挟み撃ちにするというのは……)



 そこまで考えてリアロは首を振った。

 相手は移動可能な氷の砦を生み出せるのだ。つまり籠城戦を可能としている。通常、砦のような戦略的価値のある建造物を落とす場合、敵軍の数倍から十倍の戦力が必要となる。また、じっくりと時間をかけて戦うことになるため、革命軍リベリオンからすれば不利だ。

 ここは既にスバロキア大帝国の領内であり、大帝国はその気になればどこからでも支援部隊を送り込むことができる。敵軍の奇襲を気にしながら包囲戦を仕掛けるのは骨が折れるだろう。結局は革命軍リベリオン本隊の助けを借りることになるかもしれない。



(く……一つの魔装でここまで覆されるとは)



 大帝国の魔装士は強い。

 それはリアロもよく知っていた。SランクやAランクとも呼ばれる高位魔装士が多く所属し、Bランクのような秀才はゴロゴロいる。

 逆に大帝国の属国は弱い魔装士ばかりだ。

 スバロキア大帝国による魔装士優遇政策により、各国の優秀な魔装士はこぞって帝都を目指した。帝都で成功すれば、貧相な属国の国民から帝都市民に移籍できる。

 そうして財も力も搾取してきた。

 ここで力の差が顕著に現れた。

 考えても考えても力の差は覆らない。圧倒的な質と圧倒的な財力と圧倒的な技術力こそ、スバロキア大帝国が保有する力なのだ。そして革命軍リベリオンは、全ての属国が協力して初めて数だけは上回ることができた。

 勝てる部分は数だけ。

 質で圧倒されたらどうしようもない。

 スバロキア大帝国の圧倒的な質に対抗するとすれば、やはり同じ質。



「頼りたくはなかったが……」

「リアロ様?」

「ガラン・リーガルド殿を呼べ」



 敵は間違いなく覚醒魔装士。

 ゆえにリアロも神聖グリニアの覚醒魔装士を起用することにした。大国に搾取された歴史もあり、神聖グリニアもあまり頼りたい国ではない。

 だが、リアロにはそれほどの余裕がなかった。



「一度下がり、『浮城』のガラン殿の魔装で再び攻め込む。今夜は酒を振る舞う用意を」

「はっ」



 恐らくは明日。

 スバロキア大帝国と神聖グリニアを代表して覚醒魔装士がぶつかり合う。











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