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90話 軍団暗殺①


 帝都アルダールに存在する小さな酒場。ここは寂れた雰囲気ながらも個室の用意がある。

 そして店主は裏の人間ともかかわりを持つ人物だ。

 個室には裏の人間が頻繁に訪れ、何かの話し合いをしている。盗聴対策は完璧ということもあり、闇組織のボスクラスですら利用することもある。



「良い流れですね」

「ああ、ひとまずは上手くいっている」



 シュウ、アイリス、『鷹目』もこの店で秘密の話し合いをしていた。



「帝都は俺が生み出した動く死体で混乱中。先に貴族を動く死体にしたから、権力が皇帝に集中することになったな」

「ええ。そして集中し過ぎた権力は扱いきれない。権力には相応の責任も付随します。今の皇帝と大公たちは国を運営するだけで精一杯でしょうね」

「このタイミングで革命軍リベリオンの侵攻も始まったからな。それで他はどうだ?」



 シュウは『鷹目』に問う。

 契約により、『鷹目』はシュウに情報を無料で提供することになっている。その代わり、シュウは『鷹目』の計画に手を貸すのだ。



「神聖グリニアのあたりでは、シェイルアートが消滅したようですね」

「シェイルアート?」

「それ、私が知っているのですよ!」



 軽めの酒を飲んでいたアイリスが口を挟む。



「シェイルアートは監獄都市とも呼ばれているのです。凶悪犯罪者を捕縛して拷問するためだけに作られた都市なのですよ」

「凶悪犯罪者?」

「たとえば死霊魔術師なのです。教会はその手の研究を完全消滅させるため、一度捕らえてから研究施設の位置やアジトの場所を吐かせるのですよ」



 流石は元聖騎士なだけあって、アイリスは教会の事情に詳しい。

 シェイルアートは情報規制されている都市でもあるため、シュウは知らなかった。



「で、そのシェイルアートが消滅したって?」

「なんでも始祖吸血鬼ヴァンパイア・アンセスが現れて滅ぼしてしまったとか」

「それは『王』なのか?」

「確認した限りでは魔法は使っていなかったようですね。魔導に留まっていました。しかし、その始祖吸血鬼ヴァンパイア・アンセスは行方をくらましては近辺の都市を襲撃しているようです。かなりの魔力を集めていますので、そのうち『王』に変異するでしょうね」

「教会は動いているのか?」

「確定情報ではありませんが、Sランク聖騎士……つまり覚醒魔装士を派遣するとか」



 本当に破滅ルイン級が誕生したとすれば、軍隊での討伐が不可能となる。つまり、通常の聖騎士では歯が立たないということだ。魔神教の切り札、覚醒魔装士を投入するのも頷ける。

 覚醒魔装士の情報は秘匿するべきものであり、『鷹目』といえど簡単に手に入れられるわけではない。しかし、かなり真実に近い情報であるとシュウは考えた。



(その始祖吸血鬼ヴァンパイア・アンセスが『王』に至るなら使えそうだけど、そうじゃなかったら討伐されるだろうな。わざわざ俺が手助けする程でもないし)



 シュウとしても全く無関係の魔物を助けるつもりはない。それが役に立つならともかく、『王』として覚醒するかも分からない魔物のために時間を割く余裕はない。



「そういえば始祖吸血鬼ヴァンパイア・アンセスが誕生した原因は何だ?」

「不明ですね。しかし誕生経緯を考えれば人為的という可能性もあります」

「このタイミングで重要都市に魔物が出現したってことは……」

「スバロキア大帝国の覚醒魔装士かもしれませんねぇ」



 あり得る話だ。

 シュウは少し思案する。



(……放置しても問題ないか。結局は革命軍リベリオンが勝てばいいわけだ。重要なのは神聖グリニアよりも俺の動き)



 『死神』として革命軍リベリオンからの仕事は幾つか受けている。その一つは、大帝国軍の第二連隊を潰して欲しいというもの。正確には指揮官クラスの人物を暗殺するのが仕事である。

 そうして地道に大帝国軍を敗北させていけば、スバロキア大帝国が滅びることになるのは間違いない。



始祖吸血鬼ヴァンパイア・アンセスは無視だ。例の依頼を先に片付ける。ただ、始祖吸血鬼ヴァンパイア・アンセスの情報もできる限り調べてくれ」

「そのつもりです。それと『死神』さんが向かう第二連隊の話ですが……」



 『鷹目』はどこからともなく地図を取り出し、それを広げた。その地図は大帝国周辺の地図であり、かなり正確である。そして『鷹目』は赤い駒を置いた。



「ここが大帝国軍第二連隊の現在位置です。そしてここが第一連隊、こちらが第三連隊、最後の第四連隊はここですね」

「第二連隊……潰せって依頼がくるだけあって重要な所を突いてくるな」

「ええ。ここは北の大街道。鉄を含む金属の鉱山と繋がる道です。どうしてもここだけは革命軍リベリオンに取られるわけにはいかないでしょうね。そして第一連隊は帝都アルダールへと続く道を守っていますから、ここも重要です」

「第一連隊と第二連隊には覚醒魔装士が同行している……ってことか?」

「はい。確定情報です」



 つまり、シュウの仕事は第二連隊の指揮官と覚醒魔装士を暗殺することだ。

 それによって革命軍リベリオンが鉱山を抑え、大帝国の弱体化と同時に経済へのダメージを与えることができれば御の字である。それに、今の大帝国は多くの貴族を失っている。余計な仕事が増えれば増えるほど、皇帝は余裕を失う。

 第二連隊を潰すだけで幾つもの利点があった。



革命軍リベリオンが勝利したら、神聖グリニアはどれぐらいの速度で魔神教を侵食させてくると思う?」

「あっという間でしょうね。革命軍リベリオンに属する幾つかの国と交渉し、戦後に魔神教を国教とすることを条件として支援しています」

「なら、俺もわざわざ時間をかける必要はないか……」



 さっさと大帝国を消して、目的を達する方が良い。

 シュウは今後の展開を計算し、最適と思われる行動を導き出した。



「俺が第二連隊、第三連隊、第四連隊を全て潰す。依頼を受けていない第三と第四連隊はただ働きになるけどな」

「それでしたら、私が革命軍リベリオンと交渉しましょう。そして金銭が発生するよう、依頼という形にしておきます」

「なら頼む」

「それと『灰鼠』にも依頼しましょう。彼女には帝都の銀行で金庫破りでもして頂き、経済的ダメージを与えていきます。彼女が手に入れた金銭は革命軍リベリオンに流すということで」

「それはいいな」



 黒猫の幹部は犯罪のスペシャリストだ。

 悪だくみの夢が広がる。



「なら、奪った金の輸送は『赤兎』にお願いするか。折角、俺たちの側に付いてくれたんだ。有効活用しないとな」

「大帝国側には『若枝』『幻書』『白蛇』『天秤』『暴竜』の五人が付きましたからね。彼らも何らかの形で干渉してくるはずです。警戒はしておきましょう」

「ああ」



 勝利に必要な条件は揃っている。

 警戒するべき敵もいるが、それらは力でねじ伏せることも可能だ。



「まずは俺が第二連隊の覚醒魔装士と指揮官を殺す。アイリスは俺についてこい」

「はーい」

「『鷹目』は情報を頼むぞ。戦争が終わった後に、俺たちが身を隠す場所もな」

「契約の通り、力を尽くしましょう。第二連隊と革命軍リベリオンの戦場までは私が送ります」



 シュウとアイリスは立ちあがる。

 覚醒魔装士である『鷹目』は、かなりの精度と範囲で転移が可能だ。マーキング地点ならば距離に制限はなく、魔力の限り人数制限もない。



「では、いきましょう」



 『鷹目』も立ち上がり、懐から巾着を取り出してテーブルに置いた後、転移を発動した。

 一瞬のうちに三人の姿が消える。

 部屋に残ったのは三つのグラスと、酒代として残された金の入った巾着だけだった。










 ◆◆◆









 転移したシュウとアイリスは革命軍リベリオン陣地の中に紛れて隠れた。そして革命軍リベリオン連合指揮官と交渉するのは『鷹目』である。

 暗殺者であるシュウは顔を見られない方が良い。アイリスも然りだ。

 そこで変装技能のある『鷹目』が交渉に向かったのである。



「どんよりしていますねー」

「敗戦に間違いないからな」



 アイリスは陣地の空気が居心地悪いのか、いつもの煩さがない。

 下手に騒げば間違いなく怨みの目線を向けられるだろう。



「まぁ、明日には何とかなると思うけどな」

「シュウさんが暗殺するからです?」

「そういうこと」



 怪我人も多く、溜息を吐きながら不味い夕食を取っている者も多い。少しでも士気を高めようと振る舞われた酒ですら、手を付けている者は少数だ。

 シュウはその数少ない酒を飲んでいる者たちの側に近づく。



「――でよ! 何とか生き残ったって訳だ!」



 酒を飲む男は自慢げに語る。

 どうやら前線で戦っていたらしく、その武勇伝を広めているらしい。シュウは丁度いいと考えたので、その隣に座る。



「俺にも聞かせてくれないか?」

「んん?」

「戦ってたんだろ? どんな奴だった?」

「おうよ。ありゃ、やべぇやつだったぜ」



 アイリスもシュウの隣に座り、聞く姿勢を取る。

 美人が側に来たからか、彼は再び武勇伝を語り始めた。



「俺はガルバリオってんだ。ガルバと呼んでくれ。それで俺は大帝国の野郎どもに正面から戦いを仕掛けたのさ。十人……いや、二十人は殺したぜ」

「凄いな」



 大帝国軍はほとんどが魔装士だ。

 その精鋭である魔装士を十人殺せたのなら、それは優秀といっても良い。どこまで本当かは分からないが、仮に二十人殺したのなら充分に自慢できる。

 シュウのように都市を壊滅させる魔物とは違うのだ。



「どんな戦いだったんだ?」

「初めは俺たちが勝ってたさ。だが、あいつらが出てきた途端に空気がヤバくなりやがってよ。赤い霧に触れた奴が次々と死んじまったんだ。あれだけは逃げるしかなかったぜ」

「赤い霧?」

「噂じゃ、『緋毒』の大将軍サマが出てきたってよ」



 シュウも緋毒軍団は聞いたことがある。

 女帝とも呼ばれる軍団長により完璧な統制が行われた、大帝国で最も規律正しい軍団であると。その軍団長は大将軍を意味する金竜の紋章を有している。間違いなく、魔装士としても超一流だ。



「あとは……あれだ、金ぴかの大男だな」

「金ぴか?」

「大男なのです?」

「おうよ。そこの嬢ちゃんの倍はあるだろうぜ」



 ガルバはぐっと酒を飲む。

 よほど恐ろしい思いをしたのか、冷たい酒に反応したのか、ブルリと震えた。



「俺もあいつには当ててやったさ。だが、奴はものともしねぇ。それにとんでもねぇ攻撃力だったぜ。殴っただけで地面に大穴が空くんだ」

「へぇ、よく生きてたな」

「おうよ。頑丈さだけには自信があるのさ。まぁ、直撃してたら死んでたかもしれねぇが……」



 最後の一言だけは小声でシュウに耳打ちする。

 恐らくは防御型の魔装士なのだろう。余波とはいえ、地面に大穴を開けるほどの攻撃を受けてピンピンしているのだ。魔装士が普段から纏っている魔力防御では足りないはずだ。なぜなら、黄金の鎧が纏った大男というのは大帝国の覚醒魔装士だ。

 覚醒魔装士の攻撃を体験したのだから、参考になる。



「凄い威力だったのか?」

「直撃くらった奴は死体も残らなかったさ。奴が攻撃した途端に俺たち連合軍は総崩れ。指揮官の野郎もすぐに撤退命令を出したよ」

「最近の小競り合いはずっと?」

「ああ。やつらが出てきた途端に戦闘は終わり。俺たちは戦線を撤退させるばかりでよ、つまんねぇぜ」



 初めは革命軍リベリオン、つまり連合軍が押していた。数が多いので、戦端が開かれた瞬間は有利となる。だが、時がたって『緋毒』が毒を展開し、黄金の覚醒魔装士が暴れ始めると大帝国軍が圧倒するのだ。

 援護射撃の魔装士たちが仕掛ける遠距離攻撃魔装も厄介だ。

 とにかく大帝国は質の良い魔装士を揃えている。

 時が経つほど、質の良さが戦果として現れてくる。

 戦勝が続いていた革命軍リベリオンも、ここで陰りが見えていた。



「なるほどな。ありがとう」

「なんだ? もう行っちまうのか? 俺の武勇伝はここからだぜ?」

「またの機会があればにするさ」

「そいつは残念だぜ?」

「ま、安心しろ。明日の戦いでもっといい武勇伝が生まれるさ」



 何故なら、今夜が大帝国軍第二連隊の最後。

 明日、大帝国軍は指揮官無しで戦争することになるだろう。夜の内に逃げようものなら、察知されて追撃される。指揮官のない撤退戦は死を意味する。

 ガルバは何も知らない一人の魔装士であるため、顔を赤くして首を傾げるばかりだ。

 シュウとアイリスは立ちあがる。



「じゃあな。頑張れよ」

「なのですよー」

「おうよ」



 それでも酒の力か、ガルバは機嫌をよくしたまま酒を飲み続けた。

 一方でシュウはアイリスを引き連れて陣地の寂れた方へと向かう。すると合わせるように仮面の男が寄ってくる。どうみても『鷹目』だった。



「どうだった?」

「想定通りです『死神』さん。指揮官と覚醒魔装士を殺せ、と」

「それなら今夜のうちに終わらせておく。アイリスは医療テントに行って治療を手伝え」

「はーい」

「俺が戻るまでに迷子になるなよ」

「き、気を付けるのですよ」



 偶に忘れそうになるが、アイリスは方向音痴だ。

 シュウは念を押して、革命軍リベリオン陣地から消えた。








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