<< 前へ次へ >>  更新
89/365

89話 転生と変容


 フラシオ王国とガルバ皇国……革命軍リベリオンの連合軍は津波のように攻め込む。正面から大帝国軍第二連隊を叩くのは不用意過ぎる。相手はSランク魔装士すら擁する軍団なのだ。次々と遠距離魔装攻撃が放たれ、連合軍は爆発に包まれる。



(く……これで良いのだ……)



 アレイ将軍は唇を噛む。

 普段は犯罪者を捕縛するのが仕事であり、犠牲を出すことのないように立ち回る。だが、戦争においては犠牲を受け入れる作戦が必要だ。特に戦力で劣る連合軍側は、数の利で圧倒するしかない。



(上手く背後に回り込んでくれ)



 希少な魔装士を少数精鋭部隊として編成し、大帝国軍第二連隊の背後へと回り込ませている。隠密効果を与える領域型魔装士のお蔭で可能となった作戦だ。

 奇襲攻撃を仕掛けて大帝国軍の足並みを乱し、前面に展開する通常部隊で叩き潰す。数は連合軍が圧倒しているのだ。



「伝令!」



 連合軍の野営地に一人の兵士が走り込む。

 そして息を切らせながら叫んだ。



「作戦は成功です! 敵軍は崩れ始めています!」

「次の作戦に移れ!」



 アレイは歓喜した。

 これで北方の戦いを制することができる。魔装の力は絶大だが、絶対ではない。魔力も有限なので、大軍で攻め込めば敵を敗走に導ける。



(何とかなりそうだ)



 大将としての責任は果たせそうだ。

 アレイはそう考え、安堵した。

 大帝国軍第二連隊との戦争初日は、連合軍有利に始まった。










 ◆◆◆









 大帝国軍第二連隊と連合軍の衝突から半日。

 互いに攻めきれず、戦いは翌日へと持ち越された。流石に夜間の戦闘を行うつもりはないのか、互いに陣地へと引き下がっていた。

 そして大帝国軍の空気は重かった。



「これはどういうことだ」



 第二連隊を任されたグロア・メネテス大将軍は怒りを顕した。

 集められた各軍団の団長たちは口を閉ざす。

 グロアは大帝国でも有名な女大将軍である。厳しく配下を躾け、彼女の率いる軍団は一糸乱れぬ最強の兵士となる。陰では女帝とすら言われているほどだ。



「何か言わぬか貴様ら!」



 今年で四十歳になるとは思えない美貌と覇気。

 重くのしかかる空気。

 四人のSランク魔装士たちは口を閉ざしていた。口を開けと言われても、何かを言える空気ではない。



「敵は寄せ集めの反逆者だ。なぜ対等に戦っている。圧倒せよ! 私はいくさの前にそう言ったはずだが?」



 本来なら大帝国軍が圧倒的な勝利を収めたはずだった。

 この体たらくは唾棄すべきものである。

 グロアはそう言っている。



「明日は私が出る。そして貴殿にも出陣して頂く。我が軍はこのような所で停滞しているわけにはいかん」



 女大将軍が見つめる先にいたのは黄金の鎧に包まれた大男だった。

 各軍団長であるSランク魔装士だけが集められたこの場所で、彼だけが異質であった。



「よかろう」



 黄金の大男は厳かに告げる。



「吾輩の力、敵軍に見せつけよう。援護射撃は存分に行うがよい。吾輩は決して傷を負わぬ。この不敗黄金ガルドロスを巻き込むつもりでやるがよい」

「ふっ……流石は我が国の切り札。私も期待している」



 連合軍の奮戦は、大帝国に火をつけた。

 余裕で勝てるという傲慢は捨て去られ、確実に叩き潰すという殺意が残る。

 覚醒魔装士となって二百年の不敗黄金ガルドロスが戦場へ赴くことが決まった。



「決まりだな。油断することは許さんぞ」



 グロアは全員を睨みつける。

 覚醒魔装士と援護射撃をする魔装士たちがいれば、一方的に敵を殲滅できる。

 翌日、二度目の戦端が開かれた。

 一方的な魔装の暴力により連合軍は壊滅。

 革命軍リベリオンに協力したフラシオ王国とガルバ皇国の結末は、言うまでもない。










 ◆◆◆











 少し時は遡る。

 監獄都市シェイルアートで悪だくみをする万象真理フラロウス閻魔黒刃クロムリアは、無事に仕込みを完成させていた。

 そして閻魔黒刃クロムリアは眷属魔装を発動し、今回のキーとなる人物の元へと派遣した。



『時は来た』

「あなたは……『気まぐれな真理』フラロウス」

『シェリー・クロウ、貴様の望みを言え』



 天井から上半身だけ覗かせた漆黒の悪魔。

 黒い霧に包まれ、両目だけが紅く光っている。シェリーは恐ろしさを感じつつも告げる。

 既に覚悟はできているのだ。

 恋人を蘇らせるため、手段は問わない。



「私に、力を……」

『良かろう』



 黒い霧のように揺らぐ悪魔、フラロウスは魔力を放つ。

 すると、シェリーを中心として魔術陣が広がった。彼女の座る位置に一つ、その真上となる天井に一つ、そして部屋の四方にそれぞれ一つ。

 これらの魔術陣は力を集め、圧縮するための魔術陣だ。

 魔術陣はこれだけでなく、監獄都市シェイルアート全体にまで広がっている。万象真理フラロウス閻魔黒刃クロムリアは都市そのものに仕掛けを施している。



「ぐっ……痛っ」

『耐え忍ぶのだ。貴様が生まれ変わるのに必要な儀式だ』

「ええ……うっ!」



 大量の魔力がシェリーへと流れ込み、彼女を変質させる。その肉体を分解し、随時造り替えるのだ。濃密な魔力は青白い光から黒へと変わっていく。密度が上がるほど、魔力は黒に近い色を放つ。そして最大まで密度が上がると、漆黒となる。

 今のシェリーは黒い魔力に覆われ、呻いていた。



『そうだ。そのまま耐えろ』



 フラロウスは術式を維持しながら甘い言葉をかける。



『貴様がその痛みに耐え抜いた時、目的を達成する力を得るのだ』



 術式の正体は魔力をシェリーへと集め、魔物に転生させるというもの。そして魔力はどこから集めているのか。勿論、シェイルアートに住むすべての人間からである。

 シェイルアートに仕掛けた魔力を抽出する魔術は万象真理フラロウスが生み出した。魂魔術の応用である。当然、異端審問官たちはその痕跡を追って尋問部屋へと訪れた。



「貴様シェリー! 何をして……悪魔だと!?」

「馬鹿な。どうやってここに」

「早く排除だ!」



 シェイルアートでは人々が魔力を奪われ、倒れている。魔力は生命力から生成されるエネルギーであり、大量に奪われると死に至ることもある。

 そんな大事件が起これば、即座に教会が専門の者に調査させる。

 僅かな時間でシェリーの独房が術式の中心であると見抜いた力量は流石であった。



『ふむ。邪魔が入ってきたようだ』



 ドロリと粘液質な霧が床にまで滴る。それと共に悪魔フラロウスも落ちてきた。

 同時に黒い刃が鞭のようにしなる。異端審問官たちは即座に首を飛ばされ、血飛沫が散る。シェリーもそれを見て怯えた。

 シェリーは死霊術師として捉えられているが、その研究は死者を蘇らせるというもの。生きた者を殺して死者に変えるといった残酷なものではない。ゆえに、彼女自身は死に対してあまり耐性がなかった。



「ひぃ……」



 一瞬、痛みも忘れる。

 思わず儀式を止めたいと思ってしまった。

 だが、目的のために止める訳にはいかない。

 そんな葛藤をしている間に儀式は完成した。



『くるぞ!』

「う……あぁ、う、あああああああああああああああっ!」

『生まれ変われ! 不死属、真祖吸血鬼トゥルー・ヴァンパイアへとな!』



 シェリーは激痛に襲われる。

 魂すら造り替えられるような、深い痛み。そして、痛みは徐々に快感へと変わった。



「あ、ぁ」



 漆黒の魔力は繭となって彼女を包む。

 そして次の瞬間、内包された魔力が弾け飛ぶ。圧縮された魔力は、解放されるだけで高威力の攻撃となり得る。独房は破裂した魔力で破壊され、轟音と共に消し飛んだ。

 そして誕生したのは災禍の魔物。

 真祖吸血鬼トゥルー・ヴァンパイアである。



「はぁぁぁぁぁぁぁ……!」



 繭の中から現れたのは漆黒のドレスに包まれたシェリーだった。しかし、その瞳は深紅であり、あらゆる生物を誘惑する。

 そして彼女からは理性すら失われていた。



「私、目的……彼を蘇らせなきゃ」



 魔力の吸収は止まらない。

 シェリーの転生は完了したが、シェイルアートには生きている人間がまだ残っている。その全てから魔力を奪い取るまで術式は完了しない。

 都市から集められた魔力がシェリーへと入っていく。

 吹き飛ばされた独房の周辺では魔装士たちが集まり始めていた。



「何でこんなところに魔物が!」

「だめだ! 逃げよう! 魔力がもうない!」



 彼らが聖騎士だったなら、魔物の殲滅という教義のために戦っただろう。しかし、彼らはシェイルアートの警備を任されただけの魔装士だった。

 だが、生まれ変わったシェリーは逃さない。



「その血、頂くわ」



 瞬間移動を思わせる速度で動き、目に付いた二人の魔装士の頸動脈を裂く。そして噴き出した大量の血がシェリーの体に吸い込まれた。

 まるで沁み込むように、その全てが吸収される。

 不死属の中でも吸血鬼の系統は、血を媒介して魔力を吸収する。それが吸血鬼系統の魔導だ。そして位階が上がるほど、その吸収能力も向上する。下位ならば直接吸い取るしかなくとも、真祖吸血鬼トゥルー・ヴァンパイアほどになれば体全体で吸収できる。



「あはぁ」

『生まれ変わった感想はどうかな?』

「最・高!」



 肉体だけでなく、精神すら造り替えられた。

 シェリーは殺しをいとわない、完全な魔物となってしまった。

 それでいて人間としての『記録』を保有し、目的を失っていない。



『貴様は力を得た。思うがままにするのだ』

「もっと、もっとよ! もっと力を! これだけの魔力があれば!」



 シェイルアートの魔力はまだまだある。

 この場所は危険人物も収容されているため、そういった者たちが持つ莫大な魔力が全てシェリーへと奪われる。万象真理フラロウス閻魔黒刃クロムリアが仕込んだ魔術陣はまだまだ効果が切れない。

 シェリーへと魔力が集まり続け、やがて新たな種族へと変化する。



「まだ魔力が足りないわ。もっとよ……」



 始祖吸血鬼ヴァンパイア・アンセス

 破滅ルイン級の魔物である。魔力が豊富な都市を一つ壊滅させたことで、一度の吸収でここまで進化してしまった。

 だが、彼女は満足していない。

 恋人に復活の魔術をかけるためには、さらなる魔力が必要だ。



『ほう。まだ魔力を求めるか』

「そうね」

『ならば行くがよい。思うがままに魔力を吸収するのだ。人を襲い、街を壊し、国を滅ぼせ。そして最強の魔を得た時、貴様は恋人を蘇らせるだけの力を手にするだろう』



 フラロウスは唆す。

 そして理性の消えたシェリーは思うがままに、目的のために魔力を集める。



『予定通り。あとは待つだけか』



 シェイルアートを蹂躙し始めた始祖吸血鬼ヴァンパイア・アンセスシェリーを眺めつつ、フラロウスは静かに姿を消した。










<< 前へ次へ >>目次  更新