88話 黒猫の分裂
スバロキア大帝国を含め大陸の西側には多くのギルドが存在する。ギルドは魔装士たちが作る傭兵組織であり、個人的な護衛などを受けている。流石に軍が個人を護衛することはないので、一定数は必要とされる組織だ。中には独自に魔道具や魔術を生み出すギルドもある。
戦力を提供する企業のようなものだ。
そしてギルドの中でも違法なものが闇組織と呼ばれるのだ。
特に黒猫は精鋭揃いで影響力も凄まじい。
帝都という煌びやかな街に幾つもの拠点を構えるほどだ。
今日の会合は前に利用した高級バーとは別の店だった。大帝国の伝統料理を提供する高級料亭である。
「さぁ、今日も始めようか」
ボス『黒猫』が告げる。
集った十一人の幹部が円卓に座り、料理を口にしながら会合に臨んでいた。
「前回の復習だけど……『死神』と『鷹目』が色々と細工をしたんだってね? その結果を聞かせて貰おうかな」
そんなことを言っているが、ここにいる幹部は誰もが知っている。
帝都アルダールで起こっている異常と言えば一つだけだ。
『死神』シュウは面倒臭そうに答えた。
「大帝国の貴族は大体死んだ。動く死体のせいでな。今も動く死体が潜んでいるらしいな」
「貴様が言うか」
白々しいシュウに対し、『幻書』は呆れた様子だ。
前回の会合でシュウの正体が冥王アークライトであることを明かした。そして冥王アークライトの所業は調べればすぐに分かる。
「ラムザ王国王都を消滅させ、聖騎士を殺害。その後も数々の暗殺を成功させ、
『幻書』の補足説明は幹部の誰もが知っていることのようだ。誰一人として表情を動かさない。
シュウもこれぐらいは予想できた。
場合によっては『鷹目』に情報を売られていることも考慮していたので、構うことはない。
「文句でもあるのか『幻書』」
「動く死体も貴様の魔術であろう。確か貴様は死魔法を使うといったな? 大規模破壊魔術、完全凍結の魔術、そして動く死体の魔術とは……実に多彩じゃな。興味深いものだ」
「何ならあとで教えてやろうか?」
「ほう。認めるんじゃな?」
「隠すことでもない」
公然とシュウによる仕業だと認めた。
いずれバレる予定だった事実だ。全く困らない。
「誰が引き起こそうと構わないよ。事実、帝都は機能のほとんどを失った。これは今から足掻いても変えられない事実だ。『死神』と『鷹目』が言っていた通り、これからのことを考えようじゃないか」
相変わらず表情が読めない『黒猫』がまとめる。
現在、貴族街で発生した動く死体事件は被害を拡大し続けている。既に一日以上経っているにもかかわらず、軍は全てのゾンビを始末できずにいた。
その理由は、生きている人間と動く死体の区別がつかないからだ。
危機感のない貴族たちは、歩いている親類や友人に近づいて噛みつかれる……という事件が多発した。また夜の内に騒ぎが起こったこともあり、情報伝達が不十分だった。これにより、警戒される前に多くの貴族が動く死体となってしまったのだ。
動く死体の正体はシュウが魔術で生み出した新種の魔術だ。
大帝国軍はその原因すらつかめていない。魔装によるテロ行為ではないかと予測しているだけである。貴族の多くが殺されたこともあり、統治の面でも不安が出ている。今は皇帝と大公が中心となって休む間もなく働いているが、そのうち崩壊するだろう。
スバロキア大帝国は良くも悪くも力がものをいう。統治者となるためには金と権力が必要だ。つまり、貴族こそが巨大な大帝国を統治している。その貴族がいなくなれば、政治形態に混乱が生じるのは自明だ。
収束しないゾンビ事件。
そして神聖グリニアの圧力。
何か一つ、きっかけがあれば滅びる可能性が高い。
「こちらとしては大帝国を支援したいね」
「あたしも。動く死体は研究してみたいけど……」
相変わらず『白蛇』と『若枝』はスバロキア大帝国を勝利させたいらしい。それは賭博や金貸しをする『天秤』も同様、あるいは二人以上に必死である。
魔道具や薬物を研究する『白蛇』や『若枝』は、その気になれば合法的な研究もできる。だが、賭博を嫌う魔神教が『天秤』を許すはずない。
「ふん。儂は皇帝を支援させて貰うぞ。すでに多額の献金をさせてもらったからな!」
「ならば戦争でもするか?」
シュウは冷たい視線を向けながら宣告する。
相手が冥王と知る『天秤』は焦りを覚える。相手は最強の暗殺者だ。何かの間違いで殺されてはたまらない。しかし、今日の『天秤』は強気だった。
「い、幾ら貴様が『王』の魔物でも大帝国に歯向かうのは不可能だ! 愚か者め!」
「そうかな?」
「当たり前だ。貴様は魔物だから知らんのだろう! 大帝国の覚醒魔装士をな!」
「ふぅん……」
スッと視線を強くして、周囲を見回す。
冷たい空気が降りる。
誰もが食事の手を止め、シュウに注目した。
「実は
「ふははははは! 破壊活動は俺の仕事なのだがなっ!」
「これでも砦破壊の実績があるんでね。俺の殺し範囲は個人から集団まで様々だ」
それは暗殺なのだろうか、と皆が思う。
シュウは『死神』としての身分こそあれ、本質は魔物だ。どんな行動をしてもおかしくない。大帝国軍が
何もしゃべらない『赤兎』『灰鼠』『黒鉄』『鷹目』は様子を見守っている。
『鷹目』を除けば、彼らは大帝国が滅びても勝っても良いと思っている。むしろ『王』の魔物だと名乗ったシュウに興味を抱いているように見えた。
「これは珍しいね。我ら黒猫が半分に割れてしまった」
一方でボス『黒猫』は相も変わらずだった。
危惧するべき事案ですら、まるで読めない表情と語調を崩さない。
「では対決するといい。すでに黒猫はどちらかに加担する場合ではなくなったからね。互いの陣営として戦い、黒猫の行く末を賭けるといい。そして幹部としての力を示すんだ」
闇に潜む組織は一枚岩でなければならない。幾つもの派閥があれば、そこから切り崩されてしまう。
だが、『黒猫』はそれを許容した。
互いの利益のため、幹部の意見が割れて争うことを認めている。
「スバロキア大帝国、神聖グリニア、そして中立……それぞれに分かれて貰おうか。僕は中立だよ」
ボスとして告げる。
彼は組織としてではなく、幹部の意見を尊重した。
即座にシュウと『鷹目』は答える。
「俺は神聖グリニア」
「私も『死神』さんと同様ですね」
それに対抗するようにして『天秤』は叫んだ。
「儂はスバロキアの皇帝を支援するぞ! 間違えても魔神教に手を貸すものか!」
同意見の『幻書』『白蛇』『若枝』も続くように同意する。
「儂もじゃな」
「同じく」
「あたしも」
「これで二対四だね。他の幹部たちはどうかな?」
幹部の数は大帝国側が勝っているが、戦力としては神聖グリニア側が有利である。最悪の暗殺者と、凶悪な情報屋が組むのだ。負けはあり得ない。
焦っているのは大帝国側だった。
そこに救いの声がかかる。
「俺は大帝国に付くぜ。そちらの方が戦い甲斐がある」
破壊と暴虐の幹部、『暴竜』の宣言は四人を安心させた。
圧倒的な攻撃力で魔神教の聖堂すら破壊するのだ。経歴から考えても頼りになる。
一方でシュウに対して信頼を寄せる者もいた。
「俺は『死神』を信頼するぜ。冥王アークライトって言えば……あの魔神教が必死で追ってるやつじゃねぇか。あの魔神様が大好きな連中を手玉に取るなんて、流石だぜ」
「つまり神聖グリニアに付くと?」
「そうさボス。『死神』さんの狙いは知らねぇが、勝つのは神聖グリニアだと確信しているぜ」
運び屋『赤兎』はシュウを信用した。
それは長年の勘に基づく予測でもある。運び屋という仕事は基本的に戦わない。綿密にルートを練り、もしもの時に使う逃走手段の確保、そして現場の空気を読み取るスキル。それこそが運び屋として仕事するために必要なものだ。
逃げの姿勢が冥王としてのシュウ・アークライトに危機感を感じ取った。
「あたしも神聖グリニア……ううん、『死神』につく」
盗みを生業とする幹部『灰鼠』も内心で警報を鳴らしていた。
冥王は危険であり、決して敵に回してはならないと感じていた。
「少なくとも『死神』の邪魔はしない」
「私も『赤兎』や『灰鼠』に同意だ。大帝国に付くと言った貴様らは実感がないかもしれんが、『王』の魔物は危険だ。間違っても敵対することはしない。だが、私は敢えて中立となろう」
護衛の『黒鉄』はシュウを非常に恐れていた。
どういうことかと、ほとんどの幹部が彼を見つめる。すると『黒鉄』は簡潔に話す。
「私は『王』を見たことがある。不死王ゼノン・ライフをな。愚かな貴族が不死王を倒すと意気込み、私を護衛として奴の拠点に乗り込んだ。一瞬にして全てが滅び去ったがな」
「おや、君は不死王を見たのか」
「偶然、私は生き残った。あの脅威を見れば『王』の魔物に逆らおうとは思わない。信用する気にもならんゆえに、私は中立だ」
『赤兎』『灰鼠』『黒鉄』の三人は神聖グリニアというより、シュウと敵対したくないための選択をした。
神聖グリニア側が四人。
大帝国側が五人。
そして中立が二人。
「綺麗に分かれたようだね」
黒猫の準備は整った。
組織内部の小さな争い、大帝国の内乱、そして大陸を揺るがす大戦……事態は様々な規模で進む。
「今回はここまでだ。お互い、最高を尽くすように」
二度目の黒猫会合は、幹部を二つの勢力に分けて終わった。
◆◆◆
戦うべき敵は大帝国軍第二連隊。
対する
「あれが噂に聞く大帝国軍のうちの五軍団というわけか」
望遠鏡を覗く将軍の一人が呟く。
彼はフラシオ王国軍の大将であり、今回の戦いは初めての戦争でもあった。フラシオ王国は早くから大帝国の属国として国を存続させてきた。ゆえに軍とは魔物の脅威や自国内の犯罪者へ対処する組織と化していた。
彼、アレイ将軍も軍を相手とする戦争は初めての経験だった。
「Sランク魔装士が五人もいると聞いています。間諜が手に入れた情報によると、大将軍が率いているとか……」
「やはり質では勝てないか。スバロキア大帝国の層は厚い。指揮官の腕が問われるな」
「アレイ将軍ならきっと勝てます。私も全力で補佐します」
正直に言えば、不安だった。
アレイも思わず副官に愚痴を漏らしてしまうほどである。本来、士気の観点から指揮官が弱気になるわけにはいかない。だが、あの大帝国と戦争というだけで脚が震える。
「ふぅ……」
いつまでも怖がっているわけにはいかない。
アレイは号令を発した。
「敵は大帝国! 自由のため、新たな時代のために命を懸けよ! 突撃!」
大地を揺らし、二つの軍勢が激突した。