84話 無限の光
この領域の魔物は、数の力が通用しなくなる。同じ圧倒的な個の力によって対処しなければならない。
「死霊魔術……それも魔物を生み出す禁忌。なるほど、まさに悪魔ですな」
魔術は自由な力だ。
魔装のように固定されていないため、想像力があればどのような術式でも生み出せる。だが、それは悪用される可能性も秘めていた。
たとえば
未完成魔術であり、生贄を必要とする。
二十六万の人間を犠牲にして不死属系魔物を生み出す魔術など、魔神教が認めるはずもない。
「ここでその技術、途絶えさせて頂きましょうか」
リヒトレイは生み出された
聖騎士と悪魔が打ち合う中、光の矢が不死者の騎士に迫る。
だが、
(老師が悪魔を殺るなら……私はコイツを仕留めないと)
肉体の一部が壊れても動き続けるのが不死属系の特徴だが、その肉体を完全に破壊すれば倒せる。
「炎よ……」
左手に弓を、右手に魔術陣を。
詠唱しつつ、まずは炎の第八階梯《
そしてここからがフロリアのオリジナルだ。
完成した魔術陣から魔術を放つのではなく、折り畳んで圧縮する。
魔装と組み合わせることで、魔術陣を一本の矢としたのだ。白く輝く矢を弓につがえる。勿論、狙うは
「ウオオオオオオオオッ!」
純白の兜からは悍ましい叫び声が聞こえる。
フロリアに狙われたことで
(遅いわ)
正確無比な魔装による射撃。
輝く矢が音速の五倍で空気を貫く。常人では眼で追うこともできない速度だ。
しかし、それこそフロリアの狙い。
炎の第八階梯《
白い焔で広範囲を焼き尽くす《
「っし!」
思わず喜びの声が漏れる。
生まれたばかりで知性の低い魔物だったことが幸いした。同じ不死属系の
ただ、油断はできない。
吹き飛んだ左上半身から魔力が流れ出るも、止まることなく攻撃を仕掛ける。しかし、こうなった
「炎よ」
続いて炎の第七階梯《
右手に具現した魔術陣を魔装の力で圧縮し、矢に変えた。今度はマグマのように赤い紅蓮の矢である。
フロリアは躊躇うことなく、トドメの一撃を放った。
一直線に
「こんなものね」
フロリアは弓を下ろした。
覚醒魔装士ほどになれば、大都市を滅ぼしてお釣りがくるような魔物ですら容易く屠る。
そして同じ覚醒魔装士であり、フロリアよりも長く生きるリヒトレイも悪魔を追い込んでいた。
『面倒な』
光を操るリヒトレイは、それを杭のようにして悪魔に打ち込んでいた。全身を覆う甲冑に幾つものヒビが走り、今にも割れそうだ。だが、クロムリアの動きは全く変わらない。ハリネズミのような状態に見えて、光の杭は甲冑で止められているのだ。
クロムリア本体にダメージはない。
それはリヒトレイにも分かっているのか、油断することなく堅実に攻撃を重ねていた。
(小さな攻撃は効かぬ、ということですから。ならば……)
重い一撃で貫く。
リヒトレイは光を操り、上空から落とした。クロムリアは闇の刃を変形させて、盾とする。全てのレーザー攻撃を受け止めた。
だが、それはリヒトレイにも予想できたこと。動きを止めた隙に距離を取ることが本当の狙いだ。本命である全力の一撃を以て、悪魔を貫くために。
魔装の槍を逆手に持ち、周囲の光を吸収した。覚醒魔装士として目覚めたリヒトレイが得た力は、光を吸収して無限に圧縮するというものだ。夜間では自身の魔力を光に変換するというプロセスが必要だが、昼間ならば太陽の光を際限なく吸収させることができる。ほとんど魔力もかからない。必要なのは、圧縮した光を安定させる分の魔力だけである。
そもそも、彼が生み出す光の槍も、光を圧縮させる手法の応用に過ぎない。光の杭も、光を圧縮して固めたものだ。覚醒して得た能力は、進化ではなく本質だった。
単調な本質も、極めれば必殺の一撃となる。
「申し訳ありませんが、これで終わりとしましょう。フロルの王には謝罪が必要となるかもしれませんね」
そう告げながら、槍の柄を右肩に乗せつつ構える。
右手と肩の二点で安定させ、悪魔を睨む。
リヒトレイの奥義は、圧縮した光を投槍として放つこと。光速であらゆる物質を貫き、狙われた者は一撃で死に至る。
だが、凄まじい威力だけにリスクもある。
「地図の書き換えは最小限となるよう、調整いたしましょう」
飛び上がったリヒトレイは上から光の槍を投げ降ろした。
地面と水平方向に投げると、その直線上にある全てのものが貫かれてしまう。そこで、上から下に向かって放てば、被害は最小限となるのだ。長く生きてきた彼の経験則である。
光速の一撃は回避することも不可能。
悪魔クロムリアを中心として激しい閃光が広がった。凄まじい熱量が地面を融解させ、ドロドロに溶かす。爆発音もなく、静かに光を放った。
太陽よりも強い光は、柱のようになって空を衝く。
それは不安を感じるフロル王国の王都民にもはっきり見えていた。静かなる光の柱は、まるで悪魔を浄化する天罰だ。脅威は祓われたのだと安堵が広がる。
そしてリヒトレイも悪魔の消滅を確信していた。
彼には見えていたのだ。
光の槍が直撃した瞬間、悪魔クロムリアの甲冑が飛び散って融解するところを。
「終わりですな」
トン、と着地したリヒトレイは呟く。
すぐにフロリアも駆け寄り、その手際を褒めた。
「流石は老師……あれ程の悪魔を一撃だなんて」
「これも年の功、というやつですよ」
光の槍が着弾した場所には、巨大なクレーターが出現していた。周囲は真っ赤に融けた地面がグツグツと煮え立っている。
これが水平方向に放たれた場合、一直線上がこのようになるのだ。
リヒトレイが配慮したように、土地への被害は最小限である。
「『ブラハの悪魔』は無事に消滅したようです。さて、帰還しましょう」
「はい」
二人の聖騎士により、フロル王国で悪魔被害は食い止められたのだった。
だが、これは悪魔による災害ではなく大帝国による攻撃。それに気付かず見逃してしまった代償は大きい。
◆◆◆
悪魔クロムリアは、
ただ、一度消滅した眷属型魔装は、術者の近くでしか復活できないという制約がある。これは
仕方なく、遠くから操っていた
「今回の実験は終わりだな」
「そうだね。次の悪魔信望者を探す?」
「いや、死霊魔術師をターゲットにするのはどうだ? 今度は儂がメインになろう」
死を制することで不老不死へと至る。それが死霊魔術師である。
逆に命を伸ばすことに熱意を捧げるのが錬金術師だ。錬金術師は物質加工や魔術付与について研究するのが一般的だが、源流は不死の秘薬を追い求める者たちも含まれる。卑金属から貴金属を生み出すという文字通りの意味で研究する錬金術と、朽ちることのない黄金の生命に変質する方法を研究する暗示的意味の錬金術の二種類が存在するのだ。
この錬金術は魔神教も認めている。
同じ不死の研究でも死霊術の応用は認められず、苛立ちや燻ぶりを覚えて魔神教に恨みを持つ死霊術師は非常に多い。そして怨みを返すために、敢えて魔神教の影響が強い国で密かに研究していたりする。
迫害されてまで死霊術の研究をしているほどだ。
彼らは相当なプライドの持ち主なのである。
少し唆せば、面白いほどに踊ってくれるだろう。
「どうするの?」
「愚かな死霊魔術師を不死属に転生させるのだ。それに、かの不死王ゼノン・ライフも不死属へと転生した元人間だと聞いたことがある。儂の魔力を使えば、面白い魔物が生まれるだろう」
「じゃあ、私の役目は?」
「貴様は眷属を使え。冥府の使者とでも名乗れば、奴らは食いつくだろう。そして儂の知識を授け、儀式魔術によって転生を促すのだ」
「面白いじゃない。乗ったわ」
二人は同時期に覚醒したこともあり、仲が良い。見た目こそオジサンと少女というミスマッチな組み合わせだが、不老である覚醒魔装士には些細なこと。
あっさりと次の方針が決まった。
「それなら、魔神教に恨みを持つ死霊魔術師を見つけないとね」
「ある程度の実力も必要だがな。ポンコツに儂の知識を与えるつもりはない」
ここが一番の難関だ。
隠れ潜んでいる死霊魔術師を見つけるのは困難を極める。誰も訪れない森の中でひっそりと研究していることもあるし、堂々と街の中に拠点を構えていることもある。
スラダ大陸の東半分の中から見つけるとなると、どれだけの時間がかかるかかわらない。
「いい考えがある。聖騎士が捕まえた死霊魔術師を使う。それなら優秀かどうかも分かる」
「なるほど。教会の奴らは自分たちの功績を布告する。捕らえた死霊魔術師がどれほどの脅威か発表してくれるなら、わざわざ儂らが調べる必要もない。そうだな……『黒猫』に情報を探らせればよいだろう」
「なら、早速行こう」