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81話 黒猫の会合②


 戦争が止まらないのは確定だ。

 そして今回の戦いで間違いなく大帝国が敗北する。

 一つの理由として、戦場が帝都アルダールにまで及ぶ可能性があるからだ。神聖グリニアが革命軍リベリオンを支援することで、帝都まで攻め込むこともあり得る。覚醒魔装士を有するスバロキア大帝国も、神聖グリニアの覚醒魔装士が抑え込めば問題にならない。

 他の理由は『死神』と『鷹目』がすでに動いていることだ。『死神』は暗殺によって、大帝国に対し甚大な被害を与えている。そして『鷹目』には情報操作がある。幾らでも大帝国が不利となるように立ち回ることが可能だ。



「いやいや。『死神』と『鷹目』には先手を取られてしまったね」



 黒猫のリーダーは実に楽しそうである。

 混乱を呼ぶ不幸の黒猫は、大帝国を滅亡させる方向でまとまりつつあった。

 だが、やはり『若枝』、『幻書』、『白蛇』は不満そうである。



「規制が厳しくなるから困るわね」

「戦争は分かったが、それなら大帝国に勝たせればよいじゃろ? なぜ神聖グリニアなんじゃ?」

「私も同感ですね」



 薬物も魔術も魔道具も、高度な技術として認識されている。

 神聖グリニアだけでなく、魔神教の影響力のある国では高度な技術を教会が管理している。脅威になり得る技術はすべて管理し、逆に教会こそが最先端であり続けるためだ。こうした規制が反発を生み、凶悪な裏組織を生み出す結果にもなっているが、それでも大帝国と比較すれば凶悪犯罪は少ない。



「俺はどちらでもいいさ。運び屋の俺にはあまり関係ない」



 『赤兎』は戦争には興味があるようだが、どちらが勝つかには興味がないようである。同じように『灰鼠』や『黒鉄』も無関心なのか、首を縦に振って同意していた。

 そして『暴竜』は破壊の依頼さえあれば、どちらでも良いというスタンスである。戦争には大賛成である一方、やはり勝者に関しては無関心だ。



「俺はこの国の皇帝サマに売り込みをかけるぜ。俺は魔神教の大聖堂を壊しまくってるからな。神聖グリニアは雇ってくれないだろうさ」



 笑う『暴竜』は大帝国に味方すると決めたようだ。

 事実、彼は神聖グリニアやその属国で暴れまわっている。どう考えても神聖グリニアが『暴竜』を雇うことはない。そもそも魔神教は裏組織を含む、非正規の魔装士を認めない。魔神教のルールに従い、裏組織の手は借りないハズだ。たとえ国家の危機だとしてもだ。

 保有する聖騎士の力だけで解決しようするだろう。

 彼らが信じる神が勝利へと導いてくれると確信しているのだ。

 つまり、裏組織が介入するとすれば大帝国側となる。

 『暴竜』の選択は間違いではない。



「あたしも大帝国に手を貸すわよ。滅びちゃ困るから」



 便乗した『若枝』もスバロキア大帝国を支援すると決めたようだ。この流れでは『幻書』や『白蛇』も大帝国に力を貸すだろう。

 このままではシュウや『鷹目』の思い通りにはならない。

 そこで、シュウはもう一度だけ殺気を放った。



「あまり目先の利益に囚われるな……浅ましさは身を滅ぼすぞ?」



 まるで部屋全体が水に沈んだと思わせるほどの思い空気。

 死を直感させる気配。

 『黒猫』『鷹目』『暴竜』を除いて誰一人、シュウの殺気の前では動けない。経験豊富な『赤兎』は額から汗を流して実力差を察し、『灰鼠』に至っては隙あらば逃げようとしているほどだ。

 しかし、シュウも暴力で屈服させようと考えたわけではない。

 ある意味ではその通りだが、これは時間稼ぎだ。



「十日。あと十日で状況が変わる。俺は十日後にもう一度、この会合を開くことを提案しよう。スバロキア大帝国と神聖グリニア……どちらが滅びるのか、その時に分かるだろう」



 軍事力の面では大帝国が有利だ。

 支配領域全土から強力な魔装士を集め、競合により技術発展を図っている。軍事力の成長力から見て、神聖グリニアにはない技術や戦術も多く持っているだろう。

 神聖グリニアは聖騎士以外に侵略戦力を保有していない。

 国軍は自衛のための組織であり、侵略に用いられることがないのだ。

 僅か十日で何が変わるのだろうか、という思いが正直な所である。

 しかし、シュウにはそれを可能とする力がある。



「この戦争は大国の力を削ぎ落し、俺たち黒猫が強固となるためのチャンスだ。魔神教の厳しい教義や規制など放っておけ。あれはすぐに自滅する程度のものだ」

「自信があるね『死神』」

「まぁな。そもそも大帝国も自滅するからな」

「どういうことだい?」



 『黒猫』は表情を変えることなく問いかける。

 しかし、答えたのは『鷹目』だった。



「私が情報を掴みましてね。どうやら大帝国は切り札を使うようです」

「切り札というと、覚醒魔装士かな?」

「いいえ、かつて『王』の魔物を封じたとされる杖ですよ。勇者アルベインの杖と言えば、聞いたことがあるのでは?」



 アルベインの杖は大帝国で有名な童話である。

 実話を元にしているため、歴史といっても良い。

 皇帝に仕えた魔装士アルベインが『王』の魔物を封じた。それがアルベインの杖である。実在しているという噂こそあれ、それが事実であることを知る者はごく一部だった。



「実在していたのですね……是非とも解析してみたいものだ」



 魔道具を研究する『白蛇』が興味深げな視線を向ける。

 伝説の魔道具が存在すると判明したのだから、当然の反応である。また、『幻書』も同様の理由で興味を示した。



「『王』の魔物ということは、獄王ベルオルグじゃな? まさかそれを使役する術を手に入れたとでもいうのか大帝国は?」

「いや、使役は無理だな」



 シュウが否定する。

 自分が『王』の魔物だからこそ、封印如きに縛られないことを理解していた。厳重に封印し続けられているならともかく、そこに僅かでも綻びを作ってしまえば獄王ベルオルグは自ら封印を破る。つまり、完全復活となるのだ。



「スバロキア大帝国はアルベインの杖から獄王ベルオルグを復活させてしまい、自滅する。俺はそう予測しているわけだ」

「儂はそう思わんな。大帝国の技術力は儂もよく知っておる。恐らくは完璧に制御する技術を開発しておるはずじゃ」

「あまり『王』を侮るなよ『幻書』。魔法・・とはそれだけの力だ。ハッキリ言えば、覚醒魔装すら相手にならんな。封印など、僅かに綻べばあっという間に消し飛ぶ」

「ふん。貴様は『王』を知っているとでも言いた気だな『死神』よ」

「ああ、そうだ。よく知っている」



 余裕の笑みを浮かべ、頬杖をついたシュウは右手の上に黒い魔力を生み出した。全てを奪い、全てを消し去り、全てを殺す完全なる死。悍ましいその魔力は踊っていた。

 今こそ、シュウが考えていたタイミング。

 情報を使うべき時だ。



「俺は『死神』。そして同時に冥王アークライトだ。この俺こそが『王』の魔物の一人だ」



 二人を除いて皆が息を飲んだ。平然としていたのは『黒猫』と『鷹目』である。

 まるで感情の動きが見えない『黒猫』は不気味だ。

 全員を畏れさせることができると考えていたシュウからすれば誤算である。しかし、この程度の誤算ならば問題にならない。



「たとえば俺の魔法、死魔法は全てを殺し尽くす。仮に封印されたとしても、俺の魔力はその封印を殺すだろう。魔法とは新しい法則そのもの。魔術も魔装も、全てを超越した力だ」



 シュウは魔術陣を円卓の上に展開し、土の人形を生み出す。

 そして右手に浮かべていた死魔力を放ち、土人形に当てた。概念すら殺す死魔力は、一瞬にして土人形を消し去ってしまう。



「……これでも『王』の魔物を使役できると思うのか?」



 人間と魔物では基礎能力がまるで違う。

 進化によって順調に強化される魔物と異なり、人間は覚醒したとしてもナイフ一本で死ぬ。魔物には魔力がなければ存在を維持できないという弱点もあるが、そんなものは『王』からすれば弱点になり得ない。

 黒猫の幹部に魔物が混じっていたというショックからか、皆が黙り込んだ。

 いや、リーダーである『黒猫』に関しては表情が読めないが。



「スバロキア大帝国は『王』の魔物について勘違いしているようだ。なぜアルベインが命をかけて完全な封印を施したのか忘れている。自滅は時間の問題だ」



 ならばアルベインの杖を使わせないように立ち回ればよい。一部の幹部はそう考えた。だが、すぐにその考えを否定する。

 そんなことで止まれるわけがない。

 神聖グリニアが覚醒魔装士すら投入する覚悟を決めているのだ。当然、大帝国も持てる力を全て出してくる。禁忌に抵触するような技術すら、厭わず投入するだろう。



「なるほど。君の言い分は理解したよ『死神』。僕としては十日ぐらい待っても良いと思うね。十日後に再び幹部を招集するとしよう。これは『黒猫』としての決定だよ」



 シュウの言葉に納得したのか、『黒猫』は提案を受け入れた。

 そして黒猫という組織に属している以上、リーダーの決定には従う。いや、ここで従わなければ『死神』が送り込まれるのではないかという恐怖もあった。暗殺者によって命と、幹部の証しであるコインを奪われる可能性は充分である。

 平凡故に不気味な『黒猫』ならやりかねない。



「さぁ、今日は解散だ。十日後にまた会おう」



 それを聞いて『天秤』が逃げるように部屋を出ていく。

 続いて他の幹部たちも立ち上がり、退室し始めた。勿論、シュウも立ち上がる。



(しかし『黒猫』……何者だ?)



 シュウは最後に平凡な青年へと目を向け、部屋を出た。










 ◆◆◆











 スバロキア大帝国は大抵の技術を受け入れているが、禁止している技術もある。それは死霊魔術と呼ばれる死体操作の技術だ。元は不老不死の研究であり、それが転じて悍ましい軍事技術として発展し、禁忌として指定された。これと対を成すように有名なのが悪魔召喚と使役である。

 そして当然ながら魔神教も禁忌扱いしている。なぜなら、悪魔は魔物の一種だ。殲滅を目的とする魔神教は悪魔を使役する者や、悪魔信奉者を許さない。

 だが、魔神教による徹底的な迫害は反発を生んだ。

 つまり、悪魔を信じる邪教団が存在するのだ。

 魔装神エル・マギアは祈りに応えてくれない。だから悪魔を信じる。そのような者も多い。特に貧しい辺境では、絶望に瀕した民が悪魔に縋るケースもある。 

 勿論、それらは察知した魔神教により聖騎士が派遣され、すぐに壊滅させられる。



「ゲーチス様! ゲーチス様! もう入口を突破されました」

「予想より早いですね聖騎士……」



 スラダ大陸のほぼ中央に位置するバロム共和国で事件は起こった。この国は西にスバロキア大帝国の属国と接しており、かつては侵略を受けた。そこを魔神教に救われたのである。魔神教を国教として受け入れることで、聖騎士を派遣して貰ったのだ。

 だが、今回は悪魔信奉者討滅という名目で八人の聖騎士が派遣されていた。

 悪魔信奉者の司教として潜伏していたゲーチスは舌打ちする。

 そして振り返り、悪魔像に向かって祈った。



「どうか助けてください。奴らは傲慢にして無力。どうか姿を現してください」



 ゲーチスは悪魔を召喚するために多くの生贄を捧げてきた。周辺から子供を誘拐し、あるいは処女の血を捧げた。犠牲者は数十名にも及ぶ。だからこそ、魔神教に目を付けられたのだ。

 勿論、悪魔など召喚できるはずもない。

 幾ら生贄を捧げたところで、魔物である悪魔は応えない。



「悪魔様……どうか」

「聖騎士が祭壇の近くまで迫っています! 早く逃げましょうゲーチス様!」



 悪魔信奉者の司教、ゲーチスは祈り続けた。

 応えぬはずの悪魔像に。

 祈りも虚しく、悪魔信奉者が潜伏する場所へと聖騎士が突入した。



「そこまでだ!」



 Aランク聖騎士だけで編成された部隊は、八人といえど過剰戦力だ。すでに悪魔信奉者のほとんどを捕縛し、残るは祭壇の間にいるゲーチスとその側近だけである。

 これで終わり。

 邪悪な司教ゲーチスも聖騎士たちも考えは一致した。

 だが、諦めかけたゲーチスが祈りをささげる悪魔像に異変が生じる。木の像でしかない悪魔から闇が噴き出たのだ。そして瞳が紅く染まる。



『貴様か……私を呼んだのは』



 ゲーチスは歓喜した。









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