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80話 黒猫の会合①


 黄金に満ちた部屋で十一人の男女が会合する。

 一人一人が裏組織の幹部であり、世界を揺るがすだけの影響力を持っている。

 円卓の上には幹部を象徴するコインが並んでいた。



「良く集まってくれたね、歓迎するよ」



 平凡な青年が一番に口を開く。

 顔も体格も雰囲気も平凡の一言。全く特徴がない。

 空気が薄いといって良いだろう。

 青年の前には三匹の猫が刻まれたコインが置かれている。つまり、何の特徴もない若い男が黒猫のリーダーであり、幹部の一人『黒猫』なのである。



「僕は先代から『黒猫』のコインを受け継いだものでね。君たちのことは情報でしか知らない。是非とも自己紹介してくれないか?」



 今回の会合までに入れ替わった幹部が、シュウの他にも数名いる。

 基本的に黒猫という組織は幹部たちを中心に回っている。たとえ幹部が消えたとしても、コインを受け継ぐ者がいれば新しい幹部となる。

 『死神』のコインのように、奪い取られてしまうこともある。

 その時は黒猫が総力を尽くして奪い返すのだ。



「そうだね……じゃあ、僕の右隣りにいる君からお願いしよう」

「えぇ……あたしぃ?」



 白衣の女が眠そうに答える。

 彼女の目の前には枝と葉と実が刻まれたコインが置いてある。



「あたしは『若枝』。まぁ、薬物関係を扱ってるわ。最近は魔薬の改良品を作っているんだけど、中毒症状を出さないようにするのが難しくてねぇ。最近もあんまり眠ってないのよ」



 目の下に隈があるので、眠っていないのは事実だろう。

 彼女が開発しているという魔薬は、危険薬物として禁止されている。一時的に魔力を増強させる効果があり、魔装などを強化できる。あるいは発動の難しい魔術を扱うために、ドーピング剤として利用されたりもする。

 どちらにせよ、ロクな薬物ではない。

 依存性も高く、脳にも悪影響を与えるからだ。



「魔薬など軟弱なことだ」



 そういったのは、『若枝』の隣にいた大男である。

 彼は暴力的な気配を常に放っており、『若枝』を馬鹿にしたような態度だった。



「俺は『暴竜』。壊したいものがあれば俺に頼むがよい」



 火を噴く竜が描かれたコインが『暴竜』の証である。

 あらゆる破壊工作を引き受け、この前も神聖グリニアの大聖堂を身一つで破壊した。大柄で傷だらけの男による破壊事件の噂は、だいたいが『暴竜』による仕業である。



「次は儂のようじゃな。『幻書』じゃよ。魔術の研究をしておる。今の研究に行き詰っておってな。実験試料が確保できんのだ」



 杖を傍らに置いた老人は怪しい笑みを浮かべていた。

 燭台と本の描かれたコインこそ、『幻書』の象徴。魔術に命を賭けた叡智の証である。

 だが、その叡智を得るためには倫理感すら捨て去った。

 必要とあらば人体実験も厭わない。



「『幻書』の爺さんは相変わらずですね……私は『白蛇』です。どうぞよろしく」



 『若枝』と同じく白衣の男がシンプルな挨拶をする。顔色が悪く、いかにも研究者といった風貌である。『白蛇』は魔道具研究を担当しており、中には違法なものもある。

 禁止された技術や、危険な技術を研究している。

 彼のコイン、尾を咬む蛇の紋章が示す通り、自身にすら牙を剥くほどの技術もある。

 そんな『白蛇』を隣で睨みつけたのは、厳格で真面目そうな男だった。



「貴様が余計な研究をするから私が苦労する。違法な魔道具が暗殺に利用されるのは常だ」

「やめてくださいよ『黒鉄』。私は私の仕事をしただけです」



 剣と盾の紋章こそ『黒鉄』のコイン。

 彼は護衛という仕事をしている。それも要人の守護ではなく、狙われるのが常な裏の人間が雇うのである。裏組織のボスなどにとって、黒猫の『黒鉄』といえば絶対安心の護衛なのだ。

 『白蛇』が開発した爆弾の魔道具や、毒を散布する魔道具などにより、『黒鉄』は色々と苦労しているのである。

 こうして黒猫の幹部どうしが対立することもある。

 だがそれも幹部たちの意のままに、ということだ。



「次は俺だな」



 髑髏とナイフのコイン。

 それを前に置いたシュウは名乗る。



「『死神』だ。よろしく。帝都ではかなり儲けさせて貰った」



 帝都アルダールでは『死神』の暗殺も有名となっている。表沙汰にはなっていないが、『獄炎』のシュミット・アリウール大将軍を暗殺したことは事実として知られている。

 それだけでなく、『死神』を始末するためだけの部隊まで結成された。

 幹部たちは新しい暗殺者に興味を抱いていた。

 だが、今はまだ自己紹介の段階である。まだ黙っていることにしたようだ。



「『鷹目』です。お久しぶりな方が何人かいますね。今後ともよろしくお願いしますよ」



 情報屋である『鷹目』は他の幹部ともかかわりが多い。

 彼の力は地味だが、かなり大きい。

 続いて口を開いたのは煙草を咥えた男である。顔に傷がたくさんあるため、人相も悪く見える。



「俺は『赤兎』さ。会合のためにわざわざ大帝国に来たんだ。俺の活躍はあんまり知られていないだろうなぁ」



 クールな男である。

 修羅場を潜ってきた男という印象だ。

 『赤兎』は運び屋をしている。危険な場所へ潜り込んだことも多い。兎と車輪が刻まれたコインを軽くたたき、己を示す。

 そして同じぐらいの歳だが、『赤兎』とは対極に太ってだらしない男が隣にいた。禿げており、歯も幾つかが金に置き換わっている。服装こそ清潔だが、風貌のせいで不潔に見える。

 彼は腹を揺らしながら口を開く。



「儂か! 『天秤』の儂は相変わらず金儲けに精を出しておるぞ。新しい賭博場も作ったからな!」



 天秤と積まれたコインは、まさに彼自身を表していた。

 『天秤』は色々と汚い手も使っている。高利貸しなども彼の仕事だ。また、もっと酷い手段も使う。

 彼は笑みを浮かべながら、隣にいる最後の幹部を見た。そこに座っていたのは小さな女の子である。ボブカットの彼女は、ずっと黙ったまま汚物を見るような目で見返す。



「煩い」

「おやおや。儂は君に報酬を支払った客だよ。そんな目で見られては困るな」

「土地の権利書を盗ませてそこに賭博場を建てたんでしょ?」



 最後の幹部は『灰鼠』。

 盗みを生業とする黒猫の一員である。



「あたし、『灰鼠』。依頼された盗みはするけど、この男みたいなのはごめん。死ねばいいのに」



 辛辣である。

 『灰鼠』が嫌っているのは『天秤』の仕事ではなく、単に彼が生理的に受け付けないというだけだ。

 だが、それでも『天秤』は全く気にしていないようだが。



「さて!」



 パンッと手を叩いて注目を集める。

 リーダーの『黒猫』は幹部の自己紹介が終わり、立ち上がった。



「我ら黒猫の会合を始めるとしようか! 今回の議題は一つだけ……帝国についてだ」



 やはりか、とシュウは考える。

 黒猫は裏組織であり、活動するためにはある程度の社会が必要となる。そして、大帝国のように資本主義の国家は活動しやすい。逆に神聖グリニアのような統制された社会では肩身の狭い思いをすることになる。

 今までも神聖グリニアの影響下で活動はしてきた。

 だが、活動のしやすさはスバロキア大帝国の方が上である。

 そのスバロキア大帝国が革命軍リベリオンによって崩されつつある。

 黒猫はどうするのか。

 大帝国を助けるのか。

 いっそ滅ぼし、神聖グリニアが支配を確立する前に基盤を築くのか。



「黒猫は幹部の裁量により、その活動の自由を認めている。でも、こればかりは幹部で意見を統一させておきたいものでね」

「『黒猫』よ。儂らの考えを聞きたいということか?」

「そうだね『幻書』のおじいさん」

「ならば儂は大帝国が残っている方が良いな。魔術の研究はこの国の方がやりやすい。神聖グリニアの連中は魔術研究を独占しておる」



 『幻書』としては自由に研究できる方が良い。つまり大帝国の方が都合の良い国だ。

 それは勿論、『白蛇』や『若枝』にも言えることだ。



「研究者ということなら、私もですね」

「あたしも。神聖グリニアは規制が厳しいもんねぇ」



 そして活動のしやすさという点では『天秤』も同様である。

 不満そうに太った体を揺らしながら彼は続ける。



「儂もだな。あの馬鹿な国は賭博を禁止しておる。それに金利も低い。金貸しとして動くことも出来んからな」



 神聖グリニアでもスバロキア大帝国でもあまり関係ない幹部もいる。

 『死神』『鷹目』『灰鼠』『赤兎』『暴竜』『黒鉄』である。

 スバロキア大帝国を滅ぼす方向で一致している『死神』と『鷹目』は密かに結託して大帝国滅亡反対派に意見する。



「俺は大帝国を滅ぼす予定だな」

「私もその予定ですねぇ」



 『死神』と『鷹目』が大帝国を滅ぼすという意見を示したことで、『暴竜』が同意する。



「そいつは面白れぇ。こりゃ戦争だぜ」



 スバロキア大帝国が西の覇者であるなら、神聖グリニアは東の管理者。

 相容れぬ二国が争う時、大陸を揺るがす戦争となる。

 破壊を楽しむ『暴竜』は戦争を待ち望んでいた。

 しかし、『天秤』からすれば最悪の展開である。



「ふん。戦争なぞ金儲けにならん。儂は絶対に反対だ!」



 戦時特需という金儲けのチャンスではある。しかし、『天秤』は賭博場や高利貸しによって儲けているのだ。軍需品による商売はノウハウが必要である。残念ながら『天秤』にはそのノウハウがない。

 彼の得意技は弱みを握って欲しいものを差し出させること。

 まともな商売は苦手である。

 ずる賢いのだ。

 それに対し、『鷹目』は容赦ない。



「無駄ですよ。既に戦争は止まりません。私が少しばかり情報を流しましてね。スバロキア大帝国は神聖グリニアが本気で攻めてくると考えているでしょう。それこそ、覚醒魔装士すら投入してね」

「なんだとぉっ!?」

「ついでに魔神教もスバロキア大帝国が覚醒魔装士を投入してくると思っているようですね。その情報を流したことで、本当に覚醒魔装士を戦争に出しますよ。奴らはね」

「な、な……何ということをしてくれたのだ!」



 顔を真っ赤にさせて『天秤』は苛立ちを露わにする。

 彼にとってスバロキア大帝国と神聖グリニアの戦争は死活問題なのだ。

 だが、幹部が集うこの空間に濃密な殺気が満ちる。

 それは首元にナイフが突きつけられているといった生易しいものではない。まるで全身を溶かされるかのような静かで粘液質な殺気である。

 殺気の主は『死神』シュウ・アークライトだった。



「黙ってろ。殺されたいのか?」



 シュウの周りには暗黒の魔力が滲み出ていた。

 それは概念すら殺す死魔力。

 完全なコントロールにより、周囲を殺すことなくシュウの周りに留まっている。あらゆるものを殺せる死魔力は、その場にあるだけで恐怖を与える。根源的に生物がかかえる、死の恐怖を。



「いいか? 『鷹目』の遊び・・で大帝国と魔神教の戦争は確定した。お前は無駄な文句を言ってないで神聖グリニアに食い込む方法でも考えてろ」

「ぐっ……」



 戦う者ではない『天秤』に、シュウの殺気は強過ぎた。

 先程までとは反対に、顔を真っ青にして怯える。

 一方、リーダー『黒猫』は平然とした顔つきだった。



「流石は『死神』……これほどの殺気を平然と出すとはね」



 そして戦いに身を置く『暴竜』は興奮気味だった。



「良い殺気だ……俺という刃が研がれていくようだぜ」



 今にも飛びかかりそうな気配である。

 勿論、場をわきまえている『暴竜』は抑えていた。彼はどこでも戦いを仕掛ける愚か者ではない。依頼を受ければ破壊をもたらす。それが災いのような男、『暴竜』である。



「戦争は確実に始まるようだね……ならば黒猫は腹をくくるしかないようだ」



 平凡な青年が呟く。

 『黒猫』はどこか面白そうだった。








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