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75話 『鷹目』との契約①


 侵入がバレたのか? と疑った。

 しかし、死魔法はエネルギーを奪うという特性上、魔力感知では察知できない。禁書庫への侵入を阻む封印は死魔法で排除したので、察知できないはずだった。

 封印が解かれたことを知らせる仕組みごと消し去ったのだから、間違いない。

 シュウは恐る恐る振り返る。



「奇遇ですね『死神』さん」



 肩に手を置いて呼び止めた男は、シュウの正体を知っていた。

 一瞬だけ警戒するが、その男の魔力を感知して力を抜く。

 シュウは手を払いのけながら小声で言い返した。



「ああ、久しぶりだな『鷹目』」



 姿こそしがない研究員だが、見覚えのあるその魔力は『鷹目』に間違いなかった。情報収集のプロだけあって、変装も上手い。どうやら声も自在に変えられるようだ。



「何の用だ?」

「いえ、面白い場所へと侵入されるところを目撃してしまったので、ついて行こうと思いまして。了承を取らなければ殺されかねませんからね」

「まぁ、不審な奴がついてきてたら即座に殺してたな」

「おお怖いですね」



 『鷹目』は表情を変えない。

 本当に怖がっているのか微妙な所だ。それに、シュウの侵入は偶然目撃されたわけではない。禁呪の味を占めたシュウがここにやってくると考え、待ち伏せていたのである。

 情報収集だけでなく情報操作においても『鷹目』は優れている。

 ただ集めるだけでは情報に価値などなく、使ってこそ真価を発揮する。『鷹目』はそちらの意味でも情報屋として非常に優れていた。

 そして『鷹目』の要望だが、断る理由はない。



「まぁ、ついてきてもいい。その代わり、良さそうな情報をくれ」

「ええ。では移動しながら話すとしましょう」



 シュウはさっと周囲を確認して、禁書庫へと進む。『鷹目』もそれに続いた。

 この禁書庫は普段から魔術による封印と管理が施されており、許可を受けた研究員以外が立ち入ることはない。また、立ち入り可能な研究員も限られている。毎日利用されることはなく、仮に数日籠ったとしても気付かれないだろう。

 禁書庫が密閉されているということを考えれば、秘密の話にも向いている。



「で、こんな書庫に何の用だ?」

「いえいえ。実はどこかの暗殺者が活躍し過ぎたので、そろそろ大帝国が滅びるのではないかと危惧しましてね。滅びる前に機密を集めておこうかと思いまして」

「なるほどね。どこかの暗殺者か」



 間違いなくシュウ・アークライトこと『死神』のことだろう。

 『鷹目』から見てもスバロキア大帝国は既にボロボロということだ。勿論、まだ覚醒魔装士という未知の大戦力が控えている。そこだけは『鷹目』でも予測のつかない領域だ。



「で……どんな情報をくれるんだ?」

「まぁまぁ慌てず。それよりも禁書庫に着きましたよ。中々の蔵書じゃありませんか。まずはこれらを見て回りましょう」

「それもそうか」



 『鷹目』が約束を破ることはないだろう。

 それはこれまでの付き合いで分かっている。この金にがめつい情報屋は、対価さえ払えばしっかりと情報提供してくれる男なのだ。

 それに、『鷹目』の話はいつでも聞けるが、この禁書庫は限られた時間しかいられない。先に禁書をチェックした方が効率的である。

 シュウは棚の蔵書を眺め、魔術に関する本を手に取る。

 『鷹目』は少し離れた場所で本をパラパラとめくっていた。



(これは……死霊術に近い魔術だな。不死化によって死なない改造兵士を量産する。なるほど、禁忌になるわけだ。流石にこれは使えんな)



 禁書には幾つか種類がある。

 公にできない情報であるため秘匿されている場合、世の中に危険をもたらすので秘匿されている場合、そして情報を有効活用できる人物がいないので保管されている場合などだ。

 このアンデッドを意図的に生み出す魔術は、危険ゆえに封印されたのだろう。

 また、スバロキア大帝国の南西部に不死属系の魔物が『王』として君臨していることも関係している。不死王ゼノン・ライフは死霊術でアンデッドの配下を生み出している。そのこともあり、禁忌扱いされていた。



(こっちは錬金術か。土から金を生み出す、本当の意味で錬金術の研究だな。金貨を使っている大帝国ならではの研究ってことか)



 現在、大帝国で使用されている金貨には、金以外の金属も混ぜ込まれている。流石に純金の金貨を作っていては足りなくなるからだ。ただ、この錬金術は失敗している。それに、この研究を元に誰かが錬金術を完成させてしまった場合、偽造金貨が流通する可能性もあるのだ。一部の人間にしか見せたくないという心理は当然である。



(お、魔術陣の解析書か)



 パラパラとめくったところ、かなり詳しく解析していた。シュウの扱う魔術陣と似た理論が用いられている。ただ、役に立たない。すでにそれ以上の理論を確立しているためだ。

 いくつか面白そうな魔術書もあったが、それよりも禁呪の書が優先だ。



(禁呪……禁呪……)



 禁書扱いの本はかなり多い。

 それだけの歴史を重ねてきた大国なのである。

 勿論、属国を含め大陸の半分を支配したという実績もあり、その過程で禁呪や神呪の記録も集めている。使用されたことはなかったが、研究されたのは事実だ。使用者がいなかった結果、こうして禁書の棚に置かれたのである。

 シュウもようやく目的のものを見つけた。



「これか……」



 風の禁呪、そして神呪についての書物だけではない。炎、水、土の属性全てが揃っている。折角なので、遠慮なくすべてを奪い去った。

 禁書庫は魔力も遮断されているので、魔術を使ってもばれない。

 影の精霊を呼び出し、禁書を預けた。

 蛇のような黒い精霊が禁書を飲み込み、再び影に戻っていく。

 すべて回収した頃に、背後に気配を感じた。



「終わりましたか?」

「ああ、そっちはどうだ『鷹目』」

「面白い情報がたくさん手に入りましたよ。お蔭さまでね」

「そうかよ」



 本音の表情かどうかは分からないが、喜んでいるのは間違いない。

 だが、『鷹目』は急に真面目な態度で話し始めた。



「そろそろ話しましょうか」

「そうだな……そう言えば幹部集会があるよな。どこでやるんだ?」

「ああ、それならここですよ」



 どこからともなくメモを取り出し、シュウへと渡す。『鷹目』は多才で、シュウもどこから取り出したのか分からなかった。なかなかに手先が器用である。

 シュウが確認すると、よく知っている高級バーだった。そこの支配人に合言葉を言えば案内してくれるらしい。思ったより雑である。てっきり、秘密の地下室でもあるのかと思っていたシュウからすれば拍子抜けである。

 ただ、逆に言えば黒猫がそれだけ力ある組織ということだ。

 有名なバーも、恐らくは黒猫が裏で運営しているのだろう。



「なるほどね」

「ええ、まもなくこの国は神聖グリニアに飲み込まれるでしょうからね。闇の組織が活動しにくい国柄ですから、それについての会議になるでしょう」

「そうでもないだろ。大陸統一は面倒が多くなる。俺たちの活躍もあるはずだ」

「だといいですがね。恐らく『天秤』や『白蛇』、あとは『若枝』は活動しにくくなるでしょうね」

「それも幹部か」

「はい。『天秤』が金貸しや賭博、『白蛇』は違法魔道具研究、『若枝』は薬物を扱っています。魔神教はこれらを規制していますからね」

「ま、大帝国の方が活動しやすいだろうな」



 スバロキア大帝国は経済力や魔力がものをいう。闇組織であっても経済力があれば国に食い込むことができる。

 一方で神聖グリニアは魔神教が世間を支配している。魔装士すら完全管理され、魔術などの戦争に利用可能な研究は全て教会が接収する。絶対に個人の戦力を保有させないシステムなのだ。同時に賭博は禁止で、金貸しも少ない利率で定められており、登録のない違法魔道具はすぐに取り締まられ、薬物に対する規制も厳しい。

 黒猫が活動し辛くなる可能性は高かった。



「お前としてはどうなんだ『鷹目』?」

「私ですか……?」



 シュウは興味本位で尋ねる。

 情報収集を得意とする『鷹目』は神聖グリニアの支配下でも活躍できそうだ。それに諜報員になれば国家公務員として安定した活動も出来るだろう。あるいは、聖騎士として活躍できるかもしれない。

 だが、『鷹目』は悍ましい笑みを浮かべた。

 思わずシュウが引き攣るほどの、憎しみを込めた笑みを。



「私は大帝国を滅ぼします。ええ、大賛成ですよ」

「……意外だな。お得意の情報操作で国を滅ぼすのか?」

「いえいえ。私の目的は一つですよ」

「目的?」



 シュウは問いかける。

 すると『鷹目』は即座に答えた。



「神聖グリニアを滅ぼすことですよ。無残にね」



 積年の恨みを感じさせる声音だった。









 ◆◆◆












 ―――二十二年前。

 神聖グリニアのはるか南にある属国で事件があった。

 魔物による幼児の洗脳事件である。



「ねぇ、騎士のおじさん」

「どうした坊主」

「お腹すいたよ」

「これを食え」



 鎧の騎士が少年に食料を差し出す。それは甘い木の実だった。

 少年は木の実を受け取り、それを口に入れる。



「これ、飽きたよ」

「文句を言わないでくれ。肉は貴重なんだ」

「おじさん、狩りが苦手だもんね。いっつも獲物を叩き潰しちゃう」

「すまないな……」



 全身鎧の騎士はしょんぼりしていた。

 不気味な雰囲気を放つ騎士も、少年の言葉は胸に響いたらしい。

 だが、騎士は唐突に顔を上げて周囲を見回した。



「どうしたの?」



 少年は声を掛ける。

 だが、騎士は人差し指を唇に当てて声を出さないように指示した。少年はそれに従う。



「……誰か来るぞ」



 騎士は剣を抜き、大きな盾を構えた。

 見つめる方向からはガサガサと草を掻き分ける音がする。動物ではなく、人型の何かだった。

 現れたのは白の服装で統一された三十名ほどの人間である。

 全員が魔神教の聖騎士だった。

 先頭に立っていたのは一組の男女である。



「これが災禍ディザスター級の魔物、悪鬼騎士デス・ナイト

「ええ、それに子供もいるわ。五歳ぐらいかしら?」



 騎士、悪鬼騎士デス・ナイトは少年を背後に隠した。

 魔物であるにもかかわらず、悪鬼騎士デス・ナイトは人間の少年を守ろうとしていた。

 だが、聖騎士たちはそう思わない。



「子供を人質に取るなんて……」

「汚い奴め!」

「この位置取りは遠距離攻撃でも狙えないぞ!」



 魔神教において魔物は悪だと教えられる。

 まさか悪鬼騎士デス・ナイトが捨てられた子供を保護し、育てているなどと思いもしない。魔物に慈しみの心があると認めないのだ。

 聖騎士の一人が先頭の二人へと問いかけた。



「どうしますか……シルバーブレットのお二人さん」



 二人の聖騎士は夫婦だった。

 丁度、少年と同じぐらいの娘がいるため、どうにかして少年を助け出したいと考えていた。だが、少年を後ろに隠す悪鬼騎士デス・ナイトに対して思うところもあった。



「ねぇ、ダリア」

「ああローズ……あの魔物、親と同じ雰囲気だね」



 人質を取っているようには見えなかった。少年に怯えはなく、寧ろ悪鬼騎士デス・ナイトを信用しているようにも見える。

 子供を持つからこそ、悪鬼騎士デス・ナイトに親の影を見た。

 後ろに隠れている少年は悪鬼騎士デス・ナイトを信用している。そして悪鬼騎士デス・ナイトは少年を守ろうとしている。

 まるで聖騎士が悪役だった。

 だが、ダリア・シルバーブレットは悪鬼騎士デス・ナイトに問いかける。



「子供をこちらに引き渡してくれないかな?」

「坊主が望めば引き渡そう。この子を育てたのは私だ。無理矢理ということなら、抵抗させて貰う」

「それは困るな……」



 悪鬼騎士デス・ナイトは少年を守ろうとしていた。

 森に捨てられていた幼子を拾い、ここまで育てた。当然、少年は騎士が魔物であると知っている。しかし親同然の悪鬼騎士デス・ナイトを怖がることはなかったし、むしろ本当の親だと思っていた。

 少年は悪鬼騎士デス・ナイトに愛を注がれて育ったのだ。

 ゆえに少年はハッキリと口にした。



「僕は……僕は騎士のおじさんと一緒がいい!」



 邪悪な姿の悪鬼騎士デス・ナイトは、どこか嬉しそうだった。









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