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74話 帝都魔術研究所

お久しぶりです。今日から古代篇・5章を開始します。

今回は私の予想外に長くなりました。忙しいので感想返信はしませんが、予約投稿だけしておきます。


あと、TOブックス様より書籍化します。TOブックスホームページに表紙が掲載されていますので、気になる方はどうぞ。


 スバロキア大帝国はかつてないほどに軍事的弱体化していた。

 その原因は革命軍リベリオンである。東方の属国エルドラード王国から始まった組織であり、今では多くの属国を味方につけている。

 経済力、戦力、知識を次々と吸収し、巨大組織となっていた。

 それこそ、大帝国軍と正面からぶつかって勝てる可能性が芽生えるほどに。

 勿論、それはスバロキア大帝国軍の弱体化、そして革命軍リベリオンの強化があってこそだ。



「ってわけで、この国もそろそろ終わりだな」

「ですねー」



 シュウとアイリスは帝都の自宅で寛ぎつつ、今後の話をしていた。

 まだスバロキア大帝国の国土までは侵略されていない。しかし、革命軍リベリオンは属国の殆どと連合を組み、宗主であった大帝国に反旗を翻していた。

 革命軍リベリオンからの軍事的な圧力だけに留まらず、スバロキア大帝国は内部からも崩されつつあるのだ。貴族の中には革命軍リベリオンが勝つと踏んで裏切りの準備をしている者すらいる。

 『死神』として暗殺任務を遂行するシュウには、その辺りの噂も入り込んでくる。そのため、スバロキア大帝国は近い内に崩壊すると考えていた。



革命軍リベリオンには神聖グリニアも手を出しているみたいだな」



 社会が荒れると裏社会が顔を出す。

 闇の組織・黒猫も活発に動いていた。勿論、『死神』であるシュウも幾度となく暗殺を実行し、大金を稼いだ。そのお金で黒猫から情報を買い取り、様々な知識も得ている。

 『鷹目』は黒猫の情報を司る幹部だが、彼以外からでも情報は購入できる。



「あの国は布教に熱心ですからねー。どうせ見返りに魔神教の進出を約束させているのですよ」

革命軍リベリオンも可哀想にな。頑張って革命を成功させても神聖グリニアが横取りか……」

「あの国がやりそうなのですよー。あそこには未来視の魔装使いがいますから」

「先行投資ってことかな」



 神聖グリニアは東側の大国だ。魔神教という教えを広める大国家であり、周辺国は全て魔神教を国教としている。魔装の神エル・マギアに選ばれた人、魔装士が人類を統べるべきであるという教えだ。

 統制された平等な社会こそ、神聖グリニアの目指すもの。

 魔神教のトップは完全な社会を目指し、大陸統一を実行しようとしている。

 崩すのが困難なスバロキア大帝国より、寄せ集めの正義感と利益で集まった革命軍リベリオンの方が与しやすい。



「大陸全土が神聖グリニアの勢力下になると……面倒だな」

「私たちは過ごしにくいですねー」

「そういうことだ。もう少し帝国と革命軍リベリオンを争わせるつもりだったけど、ちょっとやり過ぎたな」



 シュウは黒猫に所属することで金を稼ぐ。そして闇組織が蔓延るには国家が必要だ。

 黒猫の力を強めるために革命軍リベリオンと争わせたのだが、シュウが『死神』としてやり過ぎたのでスバロキア大帝国の力がかなり落ちてしまった。

 東の神聖グリニアも裏からちょっかいを出しているので、近い内に大帝国は崩壊の一途をたどる。

 それがシュウの予想だった。



「滅びる前に、俺たちも力を得ておかないとな」

「何をするのです? 魔術の開発ですか?」

「いや……奪う」



 シュウは影の精霊を呼び出した。

 真っ黒な蛇が影の精霊であり、その口から資料を吐きだす。



「黒猫から買った大帝国の魔術研究所の情報だ。ここから魔術の記録を奪う」

「大丈夫なのです?」

「大丈夫だろ。最近は主戦力が革命軍リベリオンとの戦争に出かけているからな。覚醒魔装士はまだ投入されていないみたいだけど」

「幾らシュウさんでも覚醒魔装士が複数いたら勝てないかもしれないですよ?」

「まぁな。これまでは若い覚醒魔装士としか戦ったことなかったしな」



 覚醒魔装士は成長の限界を突破している。つまり、時が経てば経つほど強くなる。

 シュウが戦った覚醒魔装士は二人。セルスター・アルトレインとルト・レイヴァンだ。この二人はまだ覚醒魔装士として若い方であり、強さもそれなりでしかなかった。

 大帝国や神聖グリニアには百年を超える時を生きた覚醒魔装士もいる。

 そういった相手は戦って勝てるかまだ分からない。



「覚醒魔装士の対策としては……死魔力を使えば何とかなると思う。ただ、かなり魔力を使ってしまうけどな」

「魔力がないとシュウさんは存在を保てないですからねー」



 シュウほどの魔物ともなれば、魔力を溜めるだけで一苦労である。

 死魔力は切り札であり、連続してポンポン使いたくはない。以前、ルト・レイヴァンを殺害したときにかなりの魔力を吸収した。しかし、死魔力を使い続ければあっという間に使い切ってしまうだろう。



「魔力については、質量エネルギーを吸収する方法を会得したからな。破壊し尽くせば魔力は回収できるようになった……ただ、あんまり大国は滅ぼしたくないから、匙加減が難しい」

「国がないと暮らしが不便ですからねー」

「そういうことだ。大規模に山とかを削り取っても目立つからな。それに生物から魔力を奪った方が効率もいいし」



 魔力は質量エネルギーを遥かに超えるエネルギーだ。

 当然である。魔術で岩を生み出したり超高温を生み出すには相応のエネルギーが必要なのだから。質量エネルギーを奪ってもそれなりしか魔力は回復できない。

 効率的なのは戦争で殺害しまくることである。

 ラムザ王国の王都を滅ぼした時のように。



「取りあえずこれからの計画としては……大帝国を完全に滅ぼす。革命軍リベリオンに帝都侵攻を行わせ、それに乗じて冥王が《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》を使う。魔力を回収して……そうだな、これだけ規模があれば次の進化も出来ると思う。その後は身を隠すか」



 シュウもアイリスも無限の寿命を持っている。

 革命が燻ぶるような国で長く暮らすよりも、混沌に陥れて魔力を搾取する方がシュウとしては良い。



「じゃあ、まずは魔術書を盗むのですねー」

「そういうことだ」



 冥王は笑みを浮かべた。



(大帝国には気になるものも封印されているようだし……)











 ◆◆◆












「何? 断られただと?」

「まぁな。予定が合わないとか、そんな言い訳を貰ったぜェ」

「ちっ……都合の良い奴だ。『死神』め」



 皇帝ギアスと、彼の従兄であるノアズ家当主が密かに話し合う。

 その内容は北の属国に反乱の兆しがある、ということについて。反乱の首謀者を『死神』に暗殺させようとしたのだが、それを断られてしまったのだ。



「奴が使えぬなら……覚醒魔装士を使うか。あれなら単騎でも反乱を鎮められる」

「あんまり使いたくはねぇがな。奴らは神聖グリニアとの決戦でお披露目する戦力だったはずだぜェ」

「そういうことだ。何代もの皇帝が……いや四大公家が秘匿してきた。反乱の鎮圧とは言え、公式の戦争に出すわけにはいかん。ルトの奴はまだ未熟だったから『死神』討伐作戦に入れたが……本来ならあれも危険な賭けではあった」

「ま、覚醒魔装士を出すのは難しいよなァ」



 ノアズは頭を掻きむしる。

 『死神』にかかわってからというもの、大帝国は衰退傾向にある。獄炎将軍シュミット・アリウールが暗殺されて以降、軍事力は下がり続けている。

 ただ、低下した軍事力など覚醒魔装士一人分にすらならない。

 神聖グリニアとの戦争には支障がない。

 しかし、内乱続きで経済にまで影響すると大帝国として困ってしまう。事実、大帝国全体としての経済状況は悪化しつつあるのだ。まだ帝都アルダールにまでは影響がでていないものの、長く続くようなら戦争準備にも支障がでる。



「陛下ァ、今のうちに落としちまうか? 神聖グリニア」

「それも手だが……落とした後がな」

「ま、だろうなァ。今のままじゃ、大陸全土を統治するのは難しいわなァ」



 神聖グリニアを陥落させるということは、大陸全てを統治するということである。大陸を統治するためにはそれなりの影響力が必要だ。

 今のスバロキア大帝国は求心力が低下しており、覚醒魔装士を利用して神聖グリニアを陥落させたとしてもその後で影響力を届かせるのは難しい。ノアズにもそれは分かっていた。



「やはりアルベインの杖で再び力を示す必要があるようだな。覚醒魔装士は……考慮しよう」

「だろうなァ」



 大帝国に伝わる伝説の勇者、アルベイン。

 実話を元にした神話は今でも伝わっており、獄王ベルオルグを封印した杖こそ皇帝ギアスの切り札。あらかじめ決まっていたことを、二人は再確認した。










 ◆◆◆











 シュウは予定通り、帝都の魔術研究所に侵入していた。この研究所は城に隣接された軍事機密だらけの場所であり、警備が厳重だ。しかし、シュウは霊化して壁をすり抜け、容易く潜入したのである。

 勿論、魔術を警戒する魔法道具は備え付けてある。

 しかし、残念ながら魔物を警戒する装置は付けられていなかった。シュウの能力は魔術ではなく魔物としての力、魔導の一種であり、魔術は感知できない。そしてシュウは魔力を隠していたので、魔力による感知も防げる。

 なお、物理的な感知は死魔法で殺せばよい。



(中々の蔵書だ)



 研究所の書庫には大量の魔術書が並べてある。また、魔術書だけでなく魔装や魔導の研究について記された論文も多数あった。

 深夜にもかかわらず、幾人かの研究員がまだ書庫を歩き回っている。

 そこでシュウは光の魔術で姿を偽装し、研究員に成りすましていた。他の研究員もシュウという見慣れない男がいるにもかかわらず、研究員の姿をしていることで違和感すら抱いていない。



(流石に禁呪はその辺に並べていないか)



 シュウは一冊の本を手に取り、パラパラとめくる。

 それは炎、水、風、土の軍用魔術リストとその効果である。禁呪以上ともなれば効果不明のものもあるようだが、かなり詳細に記されている。ただ、魔術を会得するには向かない書物だった。

 現在、軍用魔術として利用されるのはアポプリス式魔術と呼ばれる方式だ。他にも幾つか方式は存在するのだが、アポプリス式が最も効率的でアレンジしやすい。最小限の魔術陣で最大の効果を発揮する、これ以上改良できない最高の魔術方式と言われているのだ。

 魔術陣が最小限で可能な限り簡素にしているため、アレンジもしやすいというわけだ。

 流石に第八階梯以上の魔術は難易度が上がってしまうが。



(なるほど。こんな禁呪もあるのか)



 リストを見る限り、第十五階梯……つまり神呪も記されている。かなり詳しいリストだ。

 念のため貰って行くことにする。

 魔術探知のあるここで影の精霊を呼び出すわけにはいかないため、普通に手に持ったまま他の書物を探し始めた。研究員の恰好をしているので、貴重な書物を手に持っても怪しまれない。

 尤も、怪しまれないという時点でここを利用する研究員の警戒が甘すぎるのだが。



(禁呪があるとすれば……)



 分かりやすく封印されている場所だろう。

 専用の魔術認証キーで開く仕組みとなっている。尤も、魔術による封印ということは、シュウの死魔法で簡単に解除できてしまうのだが。



(さてと)



 周囲の気配を探り、誰もいないことを確認する。

 そして手を伸ばし魔力を掌握した。

 後は奪うだけである。



「『デス』」



 小さく呟くと同時に封印は消え去る。

 不正な方法で封印を解除した時の警報魔道具も魔力を奪う。これで警報もならない。

 シュウは封印された禁書区画へと足を踏み入れた。



「少々お待ちになってください」



 シュウの背後から声がする。

 同時に、右肩にポンと手を置かれた。








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