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73話 膨れる死の幻影


 『死神』と『絶界』の戦いは熾烈だった。

 しかし、王の魔物は絶対強者である。覚醒魔装士の力も相当なものだが、彼らは不老の特性を生かして修行を積み重ねることで力を得る。

 人は魔物モンスターではないのだ。

 地道な修行によってでしか力を獲得することが出来ない。



「はぁ……はぁ……」



 結果として、ルトは敗北しようとしていた。

 死魔力で左腕を失ってからは一方的な戦いとなってしまった。人は五体全てでバランスを取っており、腕一本が失われるだけで平衡感覚に狂いが生じる。激しい戦闘では小さなバランス変化が影響する。あっという間に追い詰められ、形勢はシュウの側に傾いた。



「覚醒して百年も経っていたら、もっと対等に戦えたかもしれないな」

「あなた……一体何者なの?」

「覚醒魔装士と会うことは稀だ。もう少し魔力を徴収させて貰うぞ。死魔力でかなり使ってしまった分、回収する」



 シュウは死魔法でルトから魔力を奪う。

 覚醒魔装士であるルトは即座に回復させる。

 もう一度、シュウは死魔法で魔力を奪う。

 魔力は回復する。

 その繰り返しによって魔力を大量に奪い始めた。



「く……うっ……」

「これでも貧乏性でな。使った分は回復しないと気が済まないんだ」



 魔導を魔法へと覚醒させた王の魔物は、残念ながら魔力の自然回復手段を持たない。魔物たちは魔力を奪うしかないのだ。

 生命を殺すことで生命エネルギーの一部を奪い、食事によって魔力を生成する。シュウはこれ以外に死魔法という魔力獲得手段を持つ。

 覚醒魔装士に限り、無制限に魔力を奪い取れるのだ。

 ルトは右手と両足を鉄の杭で穿たれ、地面に縫い付けられていた。まともに動くことが出来ず、魔力を吸い取られ続けていることで魔装も上手く扱えない。



「さて、そろそろ終わりだ」



 シュウは足元に魔術陣を展開する。結合魔術により、鉄の杭を形成したのだ。

 そして杭はルトの心臓に振り下ろされた。










 ◆◆◆










 青い空が紅蓮に染まる。

 熱気を放つ竜が空を飛んでいた。

 『炎竜』の魔装士アイク・アリウールの魔装である。彼は変身型の魔装使いであり、その中でも特殊な憑依系統を操る。強大な力を持つ火炎竜を体に宿し、戦うのだ。

 アイクが目指すのは『死神』の魔力が感じ取れる地点。



(隊長の魔力が弱くなってる……!)



 禁呪《地滅風圧ダウンバースト》でかなりの距離を飛ばされていたらしく、移動するだけで時間が掛かる。その時間がもどかしい。

 アイクは強化の無系統魔術によって視力を強化した。

 遠くにルトが倒れているのが見える。



(あれは!)



 ルトは左腕を失い、残りの四肢を地面に縫い付けられ、シュウによってトドメを刺されようとしていた。ルトはアイクに残された最後の仲間であり、またしても『死神』に奪われようとしている。



「間に合―――」



 ――うはずがない。

 ルトは背中から鉄の杭で貫かれた。心臓を穿たれ、恐らくは即死。

 またアイクは見ていることしか出来なかった。

 時が止まったような、心が凍るような感覚に陥る。しかし、次の瞬間には憎悪を燃え上がらせた。



「うおおおおおおおおおおおおああああああああああっ!」



 魔装に魔力を注ぎ込み、燃える流星となって『死神』に特攻する。

 その速度は亜音速にも至り、激しい熱気は更に高まる。ただの一撃で小さな村を焼滅しょうめつさせる威力だ。一人の人間に使えば、間違いなく殺せる。

 『死神』シュウはアイクに気付いた。

 しかし、もう遅いと考える。

 『死神』が対応するよりも早く攻撃できる。



「はああああああああっ!」



 ズンッと土埃が舞う。

 熱気が通り過ぎた。

 そして土煙が晴れた時、アイクはシュウによって顔を掴まれていた。



「不意打ちなら声を出さずにするべきだったな」



 災害のような魔装攻撃も、シュウは死魔法で吸収できる。アイクのように目立った攻撃を仕掛ければ、当然のように防ぐことが出来た。

 アイクは呻きながらもがく。



「はな……せっ!」

「いいぞ」



 シュウはアイクを放り投げた。アイクは受け身も取れずに転がり、痛みの声を漏らす。

 戦いを外から眺めていたアイリスはようやくシュウの側に寄る。



「このまま殺すのです?」

「ああ、生かす価値もない。殺した方が益だ」



 スバロキア大帝国の中で『死神』を狙う大戦力を壊滅させる。これはシュウにとって益となっても、決して害とはならない。

 力の差は絶対的。

 覆ることはない。



「呪ってやる……俺が死んでもお前を殺す」

「そうか。死ね」



 慈悲はない。

 シュウは死魔法でアイクを殺した。生命エネルギーを瞬時に奪い取り、魔力に変換して吸収する。倒れたアイクが動くことはなかった。

 最後の呪いを吐きだしたが、それに力はない。



「終わったな。アイリス」

「けほっ! びっくりしたのですよ」

「あんな分かりやすい攻撃だったんだ。気付け」



 アイクが最後に仕掛けた攻撃の衝撃波により、アイリスは吹き飛ばされていた。不老不死の魔装によって傷は消えたが、口の中に入った砂までは無くならない。口の中の砂を吐きだそうとする。

 ペッという音がシュウにも聞こえた。



「予定通り、俺を狙う帝国の勢力を潰した。皇帝たち上層部の反応が楽しみだな」

「引っ掻き回しましたからねぇ。シュウさんを……『死神』を斃そうとする人はいなくなったはずなのですよ!」

「ああ、革命軍リベリオンにも宣伝は出来た」



 『死神』の力は世界に伝わった。より正確には、大帝国の圏内で伝わったハズである。

 シュウを殺そうとすれば甚大な被害を被るのだと理解したはずである。つまり、鬱陶しい『死神』殺害の計画は消えることだろう。逆にシュウに上手く取り入ろうとするはずだ。

 そして闇組織・黒猫は今代の『死神』が有用であることに気付く。

 シュウの力は増していく。

 それは実力や権力ではなく、恐怖という見えない力が増すのだ。『死神』という幻影が勝手に成長し、急激に膨れ上がる。

 要人暗殺。

 禁呪による要塞の破壊。

 大帝国が保有する覚醒魔装士の撃破。

 言葉の容量はそれほどではない。しかし、その重みは桁外れである。



「戻るぞアイリス」

「はーい、なのです!」



 二人はその場から姿を消す。

 五日後、連絡のない討伐隊に差し向けられた偵察隊が訪れるまで、この地に誰も来ることはなかった。そして平地となったグレン岩場は後にこう呼ばれるようになる。 

 塵の平原。












 ◆◆◆










 『死神』の討伐に失敗した。

 その報告はすぐに皇帝へと伝わった。当然、四つの大公家も知っている。



「覚醒者であるルト・レイヴァンが死んだか。まさか『死神』も覚醒者とはな」



 皇帝ギアス・スリタルティ・ムルジフ・バラット・ノアズ・スバロキアが呟く。覚醒魔装士を殺せるのは覚醒魔装士だけであり、そのことから『死神』を覚醒者だと勘違いしたのである。

 まさかその正体が魔物だとは思いもしないだろう。

 同じ部屋にいる大公たちも口々に言葉を発した。



「若手の覚醒者を育てようとしたのが裏目に出たなァ」

「そうですわね。帝国の覚醒者誕生は五十年ぶり。期待をしていたのに、残念だわ」

「仕方ありません『死神』を侮っていた我らの落ち度でしょう」

「今回ばかりは我々のミスだな」



 ノアズ、イスタ、サウズ、ヴェストの各大公が順に言った。スバロキア大帝国には、切り札とも言うべき覚醒魔装士が複数名いる。それは東の神聖グリニアも同じだ。

 国にとって覚醒魔装士は戦争の切り札。

 たった一人で戦局を左右する。

 戦略兵器にも等しい存在だ。

 無限の寿命を手にした覚醒魔装士は、鍛練によって無限の力を得る。殺されない限り成長し、いつまでも大帝国の戦力となり得るのだ。



「仮に『死神』が覚醒者なら、こちらから手を出すのは控えるべきだな。対価を差し出し、雇うのが正しい。幸いにも奴はフリーではなく、組織に所属しているからな。俺としては、これ以上『死神』のせいで兵力が失われるのは避けたい。革命軍リベリオンのこともあるからな」

「その点は俺も皇帝陛下と同意見だ。『死神』は利用するべきだろう」

「なんだノアズ? 利用したい事案でもあるのか?」

「ああ、前に言っていた北の属国……あれが本格的に反乱を始めるみたいでな。革命軍リベリオンの影響を受けているのは間違いねぇ。ここはひとつ、『死神』に依頼して奴らの首級を獲る。神聖グリニアが革命軍リベリオンを支援して利用しているなんて噂もあるからな。余計な予算と手間はかけたくねぇ」

「俺も聞いている。使える案だな。予算を組んで書類を提出しろ。俺が直々に印を押してやる」

「ああ、この後に出そう」



 もう彼らの中に死神を斃そうとする考えはなかった。

 元々、闇組織・黒猫はスバロキア大帝国にとっても欠かせない組織だった。強力な闇の組織が暗部を占めているお陰で、余計な闇が広がらずに済んでいる。必要悪というやつだ。

 『死神』は黒猫の一部であり、暗殺部門を担当する幹部だ。

 大将軍だった『獄炎』のシュミットを殺されたことは業腹だが、最早気にすることはない。損得の計算もできない皇帝や大公ではないのだ。



「皇帝陛下、そういえば間もなく黒猫が集会を開く時期ですわね」

「嫌な時期に集まってきたものだ」



 イスタの提言は皇帝ギアスも知る所だった。

 革命軍リベリオンが勢力を増し、神聖グリニアも大帝国の隙を伺っている。間もなく大陸は戦乱を迎えるだろう。これを予想して、スバロキア大帝国は力を蓄え、更には過去の力を掘り起こしていた。



「戦争に備えて、俺も準備をしている。報告書はお前たちにも行っているハズだ」

「アルベインの杖ですね。まさか伝説の勇者が使っていた力を復活させるとは……」

「正確には勇者の力ではなく、勇者が封印した力だがな」

「しかし戦争の切り札にはなりますわね」

「実験の記録を見たが、もう実用化も近いな。俺は期待している」



 ノアズは強い賛成の意を示した。勿論、ノアズだけでなくイスタ、サウズ、ヴェストも反対ではない。ただし、伝承の通りだとすれば勇者アルベインの杖には恐ろしい力が封じられている。

 そういった点でサウズが懸念を示した。



「しかし本当にコントロールが可能なのですか? 確かにあの杖には覚醒魔装士にも匹敵する力が……あるいはそれを超える力が封じられています。ただの人間にコントロールできるとは思えないですね」



 サウズは何の根拠もなくそう言っているわけではない。

 実験レポートを読み、専門家のアドバイスを受けてこのように言っているのだ。それについて、ギアスは答える。



「ああ、確かに俺の方も報告は受けている。完全な力は使えないとな。理想的な条件下で七割……実際の戦場では半分の力も使えたら僥倖だと聞いたな」



 スバロキア大帝国は通常でも多数の魔装士と兵士を揃えている。魔道具や水薬の貯蔵も充分だ。何より複数名の覚醒魔装士、そして獄王ベルオルグを封じた勇者アルベインの杖こそが切り札だった。



「何にせよ、黒猫の集会を何事もなく迎えることが先決だな」



 皇帝の言葉に、他の四人は深く頷いた。

 これからは大帝国と革命軍リベリオンで『死神』の奪い合いが始まるだろう。如何にして魅力的な報酬を提示するかという戦争だ。

 『死神』……いや、冥王シュウ・アークライトの力は無視できなくなっていた。

 国の運命は冥王の気分次第。

 大陸は混沌の時代を迎えようとしていた。















これにて『古代篇4章・死神』は終わりです。

次章はとうとう黒猫の会合が開催されます。そして革命軍と大帝国の戦争にも決着が・・・


5章が完成すれば、また投稿します。

それでは!

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