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71話 討伐隊の作戦


「さて、ここからが本番だな」

「ですねー。シュウさん」



 眼前に現れた覚醒魔装士ルト・レイヴァン。恐らくはスバロキア大帝国で最も強い魔装士の一人である。噴き出る魔力は圧倒的の一言だった。

 まずはルトが口を開く。



「久しぶりね。あのお店では世話になったわ。メモのお蔭で私の部下は元気一杯ね」

「ああ。それは何よりだ」

「ついでに死んでくれないかしら?」

「それはお前たち次第だ。やってみることだな」



 ルトによる重力の支配領域が広がり、シュウとアイリスを捕えようとする。そこで、二人は魔術陣を展開し、移動魔術によって下方に逃げた。

 だが、そこに光り輝く一匹の鳥が迫る。

 ビリビリと空間を引き裂くような雷撃の塊。それは眷属型の魔装だった。『雷帝』リュークは雷鳥を操る魔装士であり、多数の遠隔攻撃を有している。たった一匹の雷鳥は分裂し、避ける隙もないほどの全方位攻撃を仕掛けてきた。



「シュウさん!」

「問題ない」



 シュウは回避する必要がない。魔装による攻撃なら、死魔法で容易に吸収できる。魔装を魔素としてエネルギー変換し、奪い取る。エネルギー消失という死の法則により、雷鳥の魔装を消し去った。

 冥王アークライトに魔術や魔装は効かない。

 シュウ・アークライトは王の魔物、始原魔霊アルファ・スピリットなのだから。



「雑魚が多いな。やれ、アイリス」



 あらゆる魔術攻撃や魔装攻撃はシュウが消し去る。

 空中にいる以上、物理攻撃は届かない。

 つまり、アイリスが魔術を発動するのに十分な時間と隙を確保できた。



「やるのですよ!」



 詠唱を開始すると同時に青白い魔術陣が展開される。魔術陣は詠唱に沿って広がり、複雑化していく。それを見た帝国の魔装士や魔術師たちは、アイリスを集中的に狙い始めた。

 空を飛ぶことが出来る者は少数であり、攻撃もそれほどではない。特に行動範囲が立体的になる空中においては、同じ攻撃量でも攻撃密度は下がる。あとはシュウが守れば、アイリスに近づくことも出来ない。

 唯一の懸念は、覚醒魔装士であるルトだけだった。



「させないわ!」



 ルトが発動しようとしたのは、革命軍を消し去ったブラックホール。極小のブラックホールによってあらゆる物質を圧し潰し、消し去る魔装の奥義である。

 覚醒魔装の力は究極の一である。

 しかし、王の魔物が扱う魔法も至高の一だ。



「重力を殺せ……俺の魔力」



 死の概念を凝縮した魔力。

 それが死魔力だ。万物に対して死を与える、概念の力。重力という死のない現象に対してすら、死魔力は死を与えるのだ。

 シュウが暗黒の魔力を放つと、圧縮されようとしていた空間が元に戻った。

 そしてアイリスは魔術を完成させる。



「完成したのですよ!」



 アイリスは座標指定によって、地上の帝国兵を標的とした。発動するのは風の第八階梯《大放電ディスチャージ》である。第八階梯魔術とは、別名で極大魔術とも呼ばれる。たった一度の発動で数十人は死に至らしめるだろう。

 一度の発動でそれほどの人を殺せる兵器など、普通はない。

 戦争においても運用が重要視される程の魔術をたった一人で発動させるというのは、帝国の宮廷魔術師からしても恐ろしい所業である。禁呪を扱う時点で『死神』シュウとアイリスの力は畏怖そのものだったが、禁呪という凄すぎてよく分からない領域よりも、極大魔術という宮廷魔術師なら誰もがチャレンジした領域で比較した方が分かりやすい。彼らは改めてアイリスの力を思い知る。

 バチバチと電気が弾け、広範囲を大電流が襲った。

 だが、ここで『雷帝』リュークが活躍する。

 魔装の雷鳥により、《大放電ディスチャージ》の電流を吸収したのだ。そして電気エネルギーを得た雷鳥は巨大化してアイリスへと向かう。



「おいアイリス」

「ご、ごめんなさいなのですよ!?」



 ただ、流石に電流が吸収されるのは予想外である。

 シュウは死魔法で雷鳥を吸収した。

 ここで帝国軍も落ち着きを取り戻し始め、飛行魔術などで空を飛ぶ魔術師や魔装士も陣形を整える。空を飛べない帝国兵たちも、魔道具などを使って支援する用意が完了した。

 まずはSランク魔装士、『深海』のヴェールが魔装を展開する。

 彼はこの瞬間のため、魔力を溜め続けていた。

 ヴェールの魔装は領域型で、指定した空間を海に沈める。それは遥か上空でも同じであり、シュウとアイリスは巨大すぎる水の塊で覆われた。その気になれば巨大な街すら沈めることが出来る。それが『深海』のヴェールである。



(脱出するのは困難だな)

(息苦しいのですよ……)

(魔術で何とかしておけ。どうせお前は不死だろ)

(苦しいものは苦しいのですよ!)



 シュウは霊系魔物であり、空気がなくても生きていける。しかし、アイリスは不老不死とは言え、生身の人間だ。溺死しなくても息苦しい。




(だが、何故このタイミングで使ったんだ? 味方ごと沈めてどうする?)



 街すら沈める巨大な水の塊は、仲間であるはずのルトたち魔装士すら飲み込んでいた。空を飛んでいた魔術師も海中に沈んでいる。

 何をするつもりなのか、見当もつかない。

 だが、ここでシュウは莫大な魔力を感じた。それは地上から発せられており、白い光を放っている。たびたび閃く閃光から、雷だと分かった。つまり、『雷帝』リュークの魔装である。



(シュウさん!)

(ああ)



 アイリスも感じたらしく、シュウに呼びかける。

 『深海』の魔装士ヴェールは莫大な水を召喚して操る。そして、ヴェールが生み出す水は海水である。つまり塩水なのだ。

 海水には塩化ナトリウムの他、多数の金属イオンが含まれている。

 水は絶縁体だが、その中にイオンが溶けていることで電気を通す。つまりイオンが大量に含まれている海水は電気を通しやすい。純水と比較すれば、数値にして八万倍ほどになる。

 『死神』を仲間ごと捉え、大電流によって殺す。

 それが帝国の立てた作戦なのだろう。

 魔術師もレイヴァン隊も囮でしかなかったのだ。



(まぁ、問題ない。アイリスは大人しくしていろ)



 シュウが小さな魔術陣を展開する。

 その瞬間、巨大な水の塊に雷の鳥が突っ込んだ。










 ◆◆◆










「これで、終わると良いんだけどね……」

「はっ。俺の出番がまるでなかったじゃねーかよ」



 安堵する『雷帝』リュークに対し、特に活躍できなかった『獣王』アズカは不満そうである。そもそも、『死神』が空中戦を仕掛けてくるなど想定していなかった。

 地上で『死神』を囲い込み、海中に閉じ込めて、雷撃によるトドメを刺す。

 その作戦においてアズカは前線に立ち、『死神』を足止めするつもりだった。しかし、空を飛べないアズカに出番はなかった。



「結局、こいつも出番なかったじゃねーか」



 アズカがリュークに見せつけたのは小さな指輪である。スバロキア大帝国が研究を重ねた魔道具であり、電気に対して耐性を与えることが出来る。無効化は不可能だが、魔装士や魔術師ならば指輪の耐性に加えて魔力による防御があれば耐えきれる。

 流石に、この作戦でSランク魔装士や宮廷魔術師を使い捨てる訳にはいかない。

 だからこそ、このような魔道具まで持ち出したのだ。

 準備は万端である。



「これで死んでくれたら……と思ったのだけど」

「魔力を感じる限り死んでねーな。手ェ抜いたんじゃねぇのか? おいリューク?」

「そんなわけないと、君なら分かっているハズさ」

「……あァ」



 二人が感じた通り、膨大な水の塊に混じって強大な魔力が二つあった。

 リュークとアズカの側に、ヴェールも現れる。



「なんだァ? 『深海』の旦那じゃねーかよ」

「今ので倒すことが出来なかったようだな。奴の魔力を感じる」



 リュークの魔装は雷の鳥だ。

 そして、この鳥は遠隔でリュークの魔力を受け取り、大電流を放出する。電圧も電流も凄まじく、岩に直撃すれば、発生する熱エネルギーによって岩も解けてしまう。電気伝導率の高い海水でそのような電流が流れた場合、間違いなく人間は黒焦げだ。魔力で防御したとしても限度がある。

 『死神』が何かしたに違いないと予想した。

 一方、上空に留まり、ヴェールによる魔装で海中に閉じ込められていたサディナやアイクも驚いていた。

 顔を見合わせた二人は、まず海水の檻を脱出することに決める。

 サディナがアイクの腕を手に取り、翼で海水を掻きながら進む。パシャリという音と共に二人は脱出に成功した。



「効いていません。どういうことでしょう。私達と同じように、雷耐性の魔道具を……?」

「……あいつは俺の魔装を無効化したんだ。そういう能力を持っているのかもしれない」

「ですが『死神』の力は人を殺す能力だと聞いて言います。他にも氷を扱うとか……。それに加えて魔装を無効化するなんて」



 人間など百人殺してもおつりがくる攻撃だったはずだ。

 しかし、この事態に直面して流石のアイクも混乱していた。アイクは自分が『死神』を殺したかったからこの作戦には消極的だった。反対はしたが、ルトから『それなら作戦が実行されるまでに仕留めてみせなさい』と言われてしまったのだ。だからこそ、作戦が実行する前に『死神』を殺そうと、無茶な特攻を仕掛けていたのである。

 アイクにとって『死神』が死ななかったのは嬉しい反面、悔しくもあった。



「……作戦は失敗した。後は俺が好きにやってもいいよな」

「アイクさん」



 もはやサディナにも止める理由はない。

 しかし、彼女はアイクが一人で特攻し続けるのを看過できなかった。



「ヴェールさんの魔装で今は、あのように。どうやって攻撃いたしますか?」

「蒸発させる」

「え……ですがまだ宮廷魔術師の方が。それに隊長だって」

「分かっている! 言ってみただけだ!」



 本気ではなかったようだが、アイクの実力なら不可能ではない。

 それにルトだけなら魔装の力で耐えきれても、魔術師たちには不可能だろう。もう一度リュークが雷鳥の魔装を使用するという手もあるが、二度目だから通用するという都合の良い期待はしない。

 まだ水中にいるルトも警戒して『死神』を観察していた。

 ルト達は水中呼吸用の魔道具も使用しているため、水中であっても長時間の活動を可能としている。



(電撃が全て『死神』に集中したのを見たわ。そして電撃が吸収されるのもね)



 シュウが発動した魔術は、電気抵抗を操作する魔術である。これによってアイリスの電気抵抗を引き上げ、逆にシュウの電気抵抗を引き下げた。

 これによってシュウの方に電流が集中したのである。

 避雷針の応用だ。

 ある程度はアイリスにも流れてしまうが、それは魔力で防げる。

 そしてシュウはどんな大電流でも死魔法で吸収できる。

 これによって完全防御したのである。

 同時に、シュウはこの巨大な水の塊を掌握していた。



(完了した)



 右手を伸ばしたシュウは、ゆっくりと閉じて行く。



(水の質量エネルギーを奪い取る。『デス』)



 質量はエネルギーに変換できる。

 そしてエネルギーならば、シュウは死魔法で回収できる。大質量ゆえ把握に時間が掛かってしまったものの、シュウは街をも沈める水を掌握した。

 質量エネルギーが魔素に変換され、シュウに吸収される。



「仕上げだ!」



 さらにシュウは右手を掲げた。

 すると天を覆うほどの大魔術陣が展開される。禁呪《地滅風圧ダウンバースト》だ。水の質量エネルギーを利用して発動したのである。

 二度目の禁呪発動。

 渦巻く突風が、大地を破壊するため降る。

 グレン岩場は更地となった。













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