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69話 死神の宣戦布告


 シュウが急に何かを記し始めたことで、ルト達は首を傾げた。

 その後、小さく折り畳まれたメモはルトへと渡される。開いて読もうとしたルトをシュウが止めた。



「それは精神的に病んでいるとかいう部下に渡すといい」

「私は読まない方がいいのかしら?」

「二番目なら読んでも構わない」

「そう……」



 見知らぬ男から貰った謎のメモ。

 ルトもミスラもサディナも気にならないと言えばウソとなる。何か変なことが書いてあるのか、それとも事態を解決する劇的なことが記されているのか、確認したい気持ちはあった。



「どうして見たらだめなの?」



 ミスラは堪らず聞いてしまう。

 それに対して、シュウは右目を閉じつつ少しだけ首を傾けた。理由を話す気はないという返答である。察したミスラは大人しくなった。

 ルトは折り畳まれたメモに触れつつ、魔力を感知する。



(魔術や魔装の痕跡はないわね……本当にただのメモなのかしら。呪い……ってことはなさそうね)



 いきなりメモを渡すなど、疑ってくれと言っているようなものだ。正直に言えば、ルトは中身を確認したいと思っている。しかし、中身を見てはいけないと言われてすぐにメモを開くのは良心が憚られる。

 暗殺などに注意しなければならない立場であるため、後で確認はするつもりだ。

 しかし、ここでメモを開くのはやめた。



「シュウさん。私は食べ終わったのですよ!」

「そうか。なら、俺たちは出よう」



 考え事をしている間に、シュウとアイリスは立ちあがる。

 真面目なサディナは一緒に立ち上がってお礼を言った。



「あの! ありがとうございます!」



 高貴なる者なら、何時何処で誰が相手でも優雅であれ。

 それがサディナの教わってきた貴族の姿である。彼女は貴族出身であったが、軍人として平民に丁寧な礼を述べることが出来る程度は柔軟だった。



「ありがとう」

「私からもお礼を言うわ」



 続いてルトやミスラも感謝の言葉を伝える。

 シュウとアイリス。

 見知らぬ帝都の民は三人の前から消えていった。










 ◆◆◆








「ねぇ隊長」

「分かっているわミスラ」



 少しして店を出たルト、ミスラ、サディナは大通りを歩いていた。しかし、人が多いこんな場所でメモを開き、読むのは邪魔となる。



「一度レイヴァン隊の作戦室に向かいましょう。そこで読むわ。有用な内容ならアイクに見せるわよ」

「気になる」

「我慢ですよミスラさん」

「む……私は子供じゃない」



 頭を撫でて諫めるサディナに対し、ミスラは文句を言う。

 サディナからすれば、ミスラの態度は子供というより妹のようであり、ついこのような態度を取ってしまうのだ。

 ともかく、三人は気になるメモの内容を知るため作戦室へと向かう。

 自然と足が早まる。

 大通りを過ぎ、皇帝が住まう城の近くへと歩き、側にある基地に入る。慣れた通路を通って、これまた慣れた部屋に入った。彼女たちの頭には例のメモしかなく、ここまでの景色など覚えてはいない。

 ただの癖でここまで辿り着いた。



「隊長早く」

「慌てないで」



 せかすミスラに対し、ルトは自分のデスクまで歩く。

 そしていつものチェアに腰を下ろし、メモを開いた、内容が気になるミスラとサディナもデスクを囲むようにして集まる。

 三人でメモを覗き込んだ。







―――――――――――――――――――――


十日後、グレン岩場で待つ


『死神』から『炎竜』へ


―――――――――――――――――――――







 三人は思わず息を飲んだ。

 そして何かの間違いかと考え、読み直す。しかし、綴られた文字が変わることはない。



「え……」

「えー……」

「えっ!?」



 驚きの声が重なる。

 何かの悪戯や冗談かと思ったが、ルトはすぐに思い直した。



「私は『死神』のことなんて話していないわ。どうして私達の悩みが『死神』だと分かったのかしら」

「あ! 確かにそうですね!」


 サディナは納得の声をあげる。

 一応は機密事項であるため、レイヴァン隊のことも『死神』のことも具体的には話していない。それにもかかわらず、メモにはピンポイントで悩みの種が記されていた。

 ここから判明する事実は一つ。



「あの男が『死神』……そう考えていいわね」

「ですが隊長。あの男性、シュウさんは『死神』と単なる知り合いであるという可能性もあります」

「いいえ、ありえないわ。ただの知り合いが、こんな約束をする権限を持っていると思えないもの」



 ルトはそう言ってメモをピラピラと揺らす。

 暗殺者である『死神』が、わざわざ正面戦闘を仕掛けてくると宣言しているのだ。しかも、幾らでも細工できるような時間設定までされている。暗殺者がここまで不利な設定をするなど、普通ではない。まして『死神』本人でない者が、そんな約束をするなど有り得ないと断言できる。

 このことから、シュウ=『死神』の方程式が得られた。



「ねぇ。だったらあのアイリスって子は何者?」

「そうよねぇ……」



 ミスラの疑問は尤もだった。

 しかし、今ある知識では予想も出来ない。精々、死神のガールフレンドではないかと推察できる程度だ。ともかく、ここで大事なのは『死神』の正体が判明したことである。

 あまりにも不気味だった。



「このメモ……素直に受け取って良いものか悩むわね」

「どういたしますか隊長」

「それはこのメモを信じるかどうかということ? それともアイクに渡すかどうか?」

「どちらもですわ」

「そうねぇ……」



 ルトは考える。

 これが事実だとすれば、『死神』を討伐するチャンスである。レイヴァン隊は『死神』を殺すために結成されたのであり、影すら捕らえることの出来ないターゲットを万全に迎え撃つ最高の機会だ。

 一番の問題は、このメモをアイクに見せるかどうかである。

 とは言え、悩む必要など初めから無かった。



「見せるしかないわよね」



 このメモは劇薬と同等だ。

 精神的に病むアイクに対する特効薬となり得る一方、更なる復讐の狂気へと憑りつかれてしまう危険性だって孕んでいる。しかし、このまま堕ちる所まで堕ちるくらいなら、この劇薬を投与してみるのが最善である。

 ルト、ミスラ、サディナは覚悟を決めた。



「アイクを呼びましょ。それと皇帝陛下に報告した方がいいわね」



 ルトはデスクの引き出しを開き、そこに入れてある金獅子の紋章を手に取る。皇帝ギアスから受け取ったスバロキア帝国軍将軍の証である。

 これを手にした以上、職務に対する責任がある。

 『死神』を想定したレイヴァン隊は、これまで与えられた仕事をこなせなかった。ここに来て任務を達成するための光明が見えた。それを皇帝に報告するのは当然の責務と言えるだろう。



「それなら、早速謁見する?」

「待ちなさいミスラ。まずは準備をするわ。シュウという男、アイリスと言う女の人相を思い出して、宮廷絵師に書いて貰うわよ。それで指名手配をしなさい」

「しかし隊長。ただの悪戯だったらどうするのですか?」

「軍部を混乱させた罪に問えるから問題ないわ」



 出来ることはするつもりだ。

 約束の日、十日後まで待つほどルトは甘くない。権力を使って先に捕えることも考慮する。



「まずはこちらで作戦を立てるの。それから陛下に報告よ。予算を貰わないと、始まらないものねぇ」



 軍は力だけで動かせるわけではない。

 初動において最も大切なのは……金だった。












 ◆◆◆











 結局、その日のうちに皇帝ギアスは決を出した。

 『死神』と思われる男シュウの人相が手配書に記され、大量コピーされて帝都アルダールに広がる予定となっている。

 更には『死神』が見つからなかった場合に備え、十日後に『死神』を討伐する用意もしている。複数の魔装士や宮廷所属の魔術師、一般兵二百名、魔道具なども多数……。

 確実に暗殺者を殺せるだけの戦力である。

 勿論、レイヴァン隊も出陣予定だ。



「遅いわね」



 レイヴァン隊の作戦室でルト達は待っていた。勿論、待っている相手はアイクである。

 『死神』からのメモを見せることにしたのだ。

 三人の間には緊張が走っている。



「アイクさん。これを見て暴走しなければ良いのですが……」

「馬鹿だから、飛び出していく。絶対」

「大丈夫よ二人とも。その時は私の魔装で止めてあげるわ。ふふっ」



 ルトは重力を操る領域型の魔装士だ。そして覚醒魔装士である。

 当然ながらアイクよりも強い。

 いざとなれば、押さえつけることなど容易いのだ。



「来たわね」



 足音と共に近づく巨大な魔力。隠すつもりのない強大な魔力はアイクに間違いなかった。

 ノックもなく扉が開かれる。

 休日にもかかわらず急に呼び出されて不機嫌なのかと思ったが少し様子が違った。訓練用の服を纏い、所々汚れている姿を見ると、今日も訓練していたらしい。顔に疲れが見えていた。



「今日は何の用ですかルト隊長」

「全く……不愛想ね」

「俺は訓練をしていたんです。それを言うだけなら帰らせて貰います」

「あら、とっておきの情報があるのに良いの? 『死神』の居場所についてなんだけど」



 その一言でアイクの雰囲気が豹変した。荒々しい炎を思わせた空気が、一気に鋭くなる。まるで岩をも切り裂く剣のように。

 しかしルト達の予想とは異なり、アイクは冷静を保っていた。



「……どこですか?」

「思ったより冷静じゃない。あまり煩かったら重力で押さえつけようと思っていたのよ?」

「俺はそんなに愚かじゃありませんよ。殺すと決めた相手は簡単ではありませんから」

「そこまで思慮できるなら、私も安心して教えることが出来るわね」



 アイクの殺意は本物だ。近くで会話しているルトにも伝わってくるほどである。

 しかし、アイクは取り乱すことなく冷静に話を聞いてくれた。これは予想外のことであり、同時に想定以上のことだった。

 これならば、安心してメモを渡せる。



「これを読んでみなさい」



 ルトが差し出したメモ。

 アイクは受け取って目を通す。最早、じっくり読む必要もないほど簡素な手紙である。宿敵であり、仇である『死神』から送られてきた挑戦状。待つと言われて待てるほどおとなしくは出来ない。しかし、それは『死神』を探して走り回るというわけでも、早めにグレン岩場へ乗り込むわけでもない。



(俺に出来ることは……)



 『死神』が待つグレン岩場とは、帝都から北に三日ほど進んだ場所にある荒地だ。かつての戦場跡であり、土の第十階梯《大隕石メテオ》が発動した結果、岩場が残ったとされる。当時の宮廷魔術師であり、《大隕石メテオ》を発動した術者の名を取ってグレン岩場と名づけられた。

 そのグレン岩場まで普通に歩けば三日だが、魔装士が身体強化して急げば一日もかからない。

 十日後に待つという『死神』の言葉を信じるなら、まだ余裕がある。

 ならば、与えられた時間で確実に『死神』を殺す術を身に着けるまでだ。



「……もう一度、訓練場に行ってきます」

「そう。今日は休んだらどうかと思ったのだけどねぇ?」

「そんな暇はありません。奴を殺すために魔装を磨かなければならない……」



 アイクも革命軍リベリオン殲滅だけに時間を注いでいたわけではない。暇があれば軍の資料室へと赴き、闇組織・黒猫と『死神』について調べた。

 人を変死させる、一瞬で周囲を凍り付かせるといった能力が解明されており、そのどちらかが魔装ではないかと思っている。あるいはどちらも魔装であり、片方が『死神』の魔装、もう片方は『死神』の仲間が持つ魔装ではないかと予想できる。

 能力の解明と対策は必須。

 その上で、確実に『死神』を殺すすべを開発するのだ。



「私も行く」

「なら、わたくしも手伝わせて頂きますわ!」

「……勝手にしろ」



 アイクの鋭い空気に触発されたのか、ミスラとサディナも乗り気だった。

 彼女たちにとっても、『死神』は仲間であるエリナとユーリを殺された仇なのだ。当然と言えば当然である。



(ふふ。『死神』のお蔭でレイヴァン隊がひとまとまりになるなんてね)



 ルトはそんな皮肉を考えつつ、微笑んでいた。













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