68話 偶然の因縁
『炎竜』アイク・アリウールの精神状態を危険と判断したルトは、上層部にレイヴァン隊の休暇を申請した。未来のある若者がそのような状態であれば、帝都アルダールにいる専門のカウンセラーが治療を試みるのが普通である。
特に希少なSランク魔装士なら、そのあたりも優遇される。
結果として、上層部はレイヴァン隊に一月の休暇を認めた。
「こちらですわ隊長」
そしてルト、ミスラ、サディナは休暇を楽しむべく、帝都の有名なカフェを探していた。このカフェは貴族の中でも有名であり、貴族であるサディナが家族から聞いて訪れたいと言い出した。そこで休暇を使い、ちょっとした女子会を開くことに決めたのである。
ルトもミスラもサディナも魔装士の世界を生きて来た女だ。残念ながら色恋沙汰には疎く、今のところ恋人すらいない。
特に貴族の娘であるサディナは、この歳なら婚約者がいてもおかしくない。しかし、強過ぎる魔装士ゆえに、嫁の貰い手がいない状態だった。今日はそのような愚痴を含め、女子だからこそ話せることを話し合おうという目的で集まったのである。
「あの店かしら。繁盛しているようね」
「そうですわ。席が確保できると良いのですが……」
「早く食べたい。パンケーキ楽しみ」
最近ではアイスクリームという冷たいスイーツが流行っているらしく、それをパンケーキに乗せた新作が発売された。今はそれを目当てに集まる女子は尽きることがない。
ミスラも楽しみにしているらしく、普段は眠そうにしている目を輝かせていた。
早速、三人は店の中へと入る。
すると、案の定、座れる場所は見当たらなかった。
「どうしましょう。出直すしかありませんわね……」
サディナが困った顔をしていると、店員が声をかける。
「ようこそお越しくださいました。三名様でしょうか?」
「ええ、そうよ。席は空いていないみたいね。出直そうかしら」
そんなルトの問いかけに対し、店員は恐る恐ると言った様子で答えた。
「相席でよろしければ、すぐにご用意できますが」
「その相席の相手は了承しているの?」
「はい。当店では混み合うことが常ですので、来店してくださったお客様には相席の許可を頂くことになっております。拒否することも可能ですが、その分だけ追加料金を頂いておりますので」
「そう……ミスラとサディナはそれでいいかしら?」
三人ともSランク魔装士であるため、お金には余裕がある。追加料金を支払って、三人だけの席を確保することもできるだろう。しかし、そのためには待たなければならないのだ。
相席というのは悪くない提案だった。
なにより、ミスラが待ちきれない様子である。
「……構わないみたいね」
察したルトは、相席で構わない旨を店員に伝える。
すると店員は三人を案内する。そのテーブルには既に二人の客がいた。一人は髪の長い男であり、黒っぽい服装をしている。もう一人は若い女だった。
どちらも黒髪であり、この辺りの人種ではないらしい。
「お客様、相席をしたいというお客様がいらっしゃるのですが、構いませんか?」
「どうするアイリス。俺は構わないが」
「私も大丈夫なのですよ!」
「そういうことだ。構わない」
「ありがとうございます。ではこちらの席にどうぞ」
席に座っていたのは奇しくもシュウとアイリス。
『死神』の一味と、それを討伐するレイヴァン隊が邂逅した瞬間だった。
◆◆◆
同時刻、スバロキア大帝国を象徴する皇帝の城。
ギアス・スリタルティ・ムルジフ・バラット・ノアズ・スバロキアは地下の巨大空間で研究者たちの報告を聞いていた。
「現在、封印は八割ほど解放済みです」
「ほう」
皇帝ギアスが向ける視線の先には、無数の魔術陣で覆われ、謎の機器が接続された杖があった。人の身長ほどもある長い杖であり、蛇の意匠が施されている。
煌びやかな紋章も宝石もなく、ただ実用性重視を思わせる形である。
「封印から解放された所で、制御できるのか?」
「勿論でございます。仮測定の結果となってしまいますが、現段階では制御可能と判断しております」
「本当に力のみを抽出できるのだな?」
「ええ勿論ございます」
ギアスは素晴らしく優秀な皇帝だが、魔術の研究にまで手を出しているわけではない。心理学や政治学などはともかく、魔術にまで詳しいわけではないのだ。
よって、研究者から専門的なことを言われても、何が良くて何が拙いのか理解は出来ない。
研究者もそれは分かっているのだろう。
そこで、こんな提案をした。
「では、少しばかりですが実験をいたします。見学されますか?」
「ふむ。では見せて貰うとしよう」
「はっ。少々お待ちください」
これは研究者としても歓迎するべきことだった。
自身が出した成果を、皇帝に見て貰えるのだ。功績次第では、褒美もあり得る。それだけに、研究者の男は張り切っていた。
近くにいた助手を呼び、命令する。
「実験三号を開始する。用意しろ」
「は? しかしその実験は先日既に……」
「陛下が御所望だ。それにデータは沢山あった方が良い。そうだろう?」
「わかりました。準備します」
「急げ」
研究室は慌しくなり、多数の研究者が実験の用意を始める。ある研究者が機械を操作すると、封印されていた杖に魔力が供給され始めた。別の研究者によって檻に入れられた魔物が用意される。更に別の研究者は計測用の機械を起動させた。
魔術陣が青白く輝き、杖が反応する。
「アルベインの杖は正常に魔力需給を開始」
「術式に異常なし」
「拘束術式は正常に反応しています」
「もう少し魔力を込めてください。保護術式を維持できません」
「許可する」
着々と実験は進んでいき、アルベインの杖は起動した。
「皇帝陛下、良くご覧になってください」
研究者は的として用意した魔物、
実験対象、アルベインの杖から黒い炎が現れる。
球体となって制御された黒い炎は、檻に入れられたオーガへと飛来した。この檻は魔物を大人しくするため、魔力を沈静化させる効果が刻まれている。故に、外から魔術や魔装の攻撃を当てても、魔力ごと霧散してしまうのが普通である。
魔術に疎いギアスでも、それぐらいの知識はあった。
だが、今回の場合は心配する必要もなかった。
「ほう」
黒い炎は、檻を一瞬で溶かし、内部の
明らかに普通の炎とは異なる。
「陛下。実験段階ですが、既にこれほどの威力となっております。完成となれば、一軍を焼き尽くすことも出来るでしょう」
「完成を急げ。
「御意に」
皇帝ギアスは立ちあがった。今まで控えていた従者が側に寄り、付き従う。
彼はスバロキア大帝国と属国を支配する偉大な皇帝であり、国を守る義務がある。軍事力によって国家を安定させるという歴代皇帝の政策に従い、今まで国を治めてきた。
今までも内乱はあったが、ここまで大事になったのは初めてである。
歴史ある皇帝の中で、ギアスだけが内乱を許してしまったというのは、許せないことだった。しかし起こってしまったことは覆せない。せめて鎮圧しなければ示しがつかない。
弱い皇帝に強者は集まらない。
この実験は、皇帝の威光を取り戻すための実験でもあった。
(『獄炎』……アリウール大将軍が暗殺されたのは痛すぎたな)
この実験は歴代皇帝が進めてきたものでもある。
しかし、危険だと判断していたのも事実だ。それを実戦投入にまでこぎつけるのは相当な執念だ。スバロキア大帝国という眠れるドラゴンを叩き起こしたのは、紛れもない『死神』だった。
◆◆◆
人気カフェにて邂逅してしまった『死神』とレイヴァン隊。
しかし、意外にも和気藹々とした様相だった。
「へぇー。皆さんって軍の魔装士なのです?」
「ええ、そうなのよ」
アイリスとルトは既に仲良くなっていた。誰とでも仲良くなれるアイリスを見て、シュウは流石とだけ思う。
(まさかこいつらが噂のレイヴァン隊とはな)
会話の自己紹介で、ルト、ミスラ、サディナの名前を知った。シュウは『鷹目』からレイヴァン隊の情報を聞いていたので、彼女たちの正体に辿り着いたのである。
軍の魔装士であり、名前が一致する。
まさか偶然の一致ということはないだろう。それに目の前の三人は、Sランク魔装士として遜色ないほどの魔力量だ。疑いようのない証拠である。
(それにルト・レイヴァン……コイツだけは規格外だな。覚醒魔装士か)
ルトが覚醒魔装士であることも、『鷹目』より聞いている。流石に街中で暴れるようなことはないと思うが、少しだけ警戒していた。
重力の魔装を操り、超重力により
アイリスと仲良く話しているところを見れば油断しそうになるが、この女は大帝国でも最強クラスの魔装士なのだ。
「でも、なんか元気ないのですよ。任務で失敗でもしたのです?」
「っ! 元気ないように見えたかしら?」
「ふふん。私の眼は誤魔化せないのですよ!」
シュウはアイリスをアホの子だと思っているが、愚かではないとも思っている。そして彼女は人の心に入り込むのが得意であり、その表情を読むことに長けていた。
故にルトが隠していた感情を読み取ったのである。
「そうね。確かに私は悩んでいるわ。部下が精神的に不安定なの。こういうのは専門のカウンセラーに任せることなのだけど、本人は全く相手にしてくれなくてね。父親が殺され、仲間が殺されたのよ。アイクの年齢を考えれば、不安定になるのは仕方ないわね」
「アイクは馬鹿だから仕方ない」
「ミスラさん。そんなことを言ってはいけませんよ」
無心でパンケーキを食べていたミスラが口を挟む。サディナは止めたが、ミスラは不満そうにアイクの悪口を漏らした。
「アイクは馬鹿。隊長が心配しているのに口も利かない。それに戦場でも一人で勝手に突撃する。あんなの馬鹿以外に表現方法がない」
「もう。ミスラさん……」
ミスラは怒っていた。
普段は感情を出さない彼女も、アイクの態度には思うところがあった。苛々とした感情をパンケーキを食べることで発散しつつ、文句を垂れ流す。
そんなミスラを見て、サディナは溜息を吐いていた。
「隊長というのも大変なんだな」
「あら。シュウ君は分かってくれるのね」
「しかし重症だな。隊長の言葉にも耳を貸さないとは。力あれど、制御できぬものは使えない。軍から除名した方が良いんじゃないか?」
「そうもいかないわ。精神的に不安定だけど、実績は積み重ねているの。除名は無理ねぇ」
大帝国は力こそすべて……とまではいわないが、かなり優先される。
アイクは上司の命令にこそ従わないが、スバロキア大帝国軍の総意である
スバロキア大帝国軍にとってアイクは新しい英雄となりつつあるのだ。
まして除名など不可能である。
「隊長。今日は楽しみに来たのですから、仕事のことは忘れましょう。アイクさんのことも心配ですけど、隊長だって心労が溜まっていますわ」
「仕事のことは忘れる……ねぇ。それなら『隊長』なんて呼び方はしないで欲しいわ」
「す、すみません」
貴族の娘であるサディナは、公私を使い分けるのが苦手だ。常に貴族としての振る舞いを求められた父親の教育により、サディナはいつも堅い。いつだって仕事モードが忘れられない性格なのだ。
「真面目ですねー」
「話に聞いたアイクってのとは真逆だな」
しかしシュウとしては少し心苦しい。
どうやら『死神』であるシュウのせいで、アイクはかなり病んでいるようだ。尤も、シュウがそれを解決してやる義理も、関わる義務もないが。
(シュウさん。絶対にこれ、シュウさんが悪いですよ)
(知らん)
(後始末ぐらいしたらどうなのです?)
(俺たちには被害もないんだから、別にいいだろ)
アイリスは魔術で再現したテレパシーを使い、シュウに話しかける。
魔物であり、『死神』であるシュウには関係のないことだ。何より、シュウは仕事をこなしただけである。何も悪くないとは言えないが、後始末をするほどのことではない。
だが、アイリスは何も考えずにこの提案をしたわけではなかった。
(ふふん。これを機に『死神』の名を上げるのですよ! 大帝国を一人で翻弄できると分かれば、報酬を吹っ掛けることが出来るようにもなるです)
(ほうほう)
(つまり、禁呪の魔導書だって手に入れることが容易くなるのですよ!)
(一理ある。アイリスにしては賢いな)
(私も成長しているのですよ!)
アイリスの提案は悪くない。
『死神』という名を売る、当初の目的にも沿っている。となれば、下手に隠すより、今回ばかりは大体的なアピールが必要だ。
シュウはおもむろに一枚の紙を取り出し、サラサラと何かを書き始めた。