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66話 風の十三階梯《地滅風圧》


 禁呪《地滅風圧ダウンバースト》と魔術反射の魔装が激突する。

 自然現象のダウンバーストと異なり、禁呪である《地滅風圧ダウンバースト》は積乱雲から風が渦を巻きつつ落下してくる。吹き降ろすというより、渦巻く空気の塊が落下してくるという方が正確な描写と言えるだろう。



「う……くぅ……」



 魔術反射の鏡を発動したユーリは、魔力を注ぎ尽くす。

 禁呪ともなれば、その魔力は膨大である。破滅ルイン級魔物であるシュウの魔力を借り受けたアイリスの禁呪を反射するのは、簡単ではない。それに、この禁呪は魔術によって引き起こされた自然現象とも言える。

 魔術陣で気象条件を整え、自然現象であるダウンバーストを発動させる。

 そのダウンバーストをさらに魔術で強化変質させる。

 これが主な魔術陣の意味である。

 魔術を反射するユーリの鏡は、自然現象を反射できない。つまり、完全な反射は不可能なのだ。



「ユーリ! 頑張って!」

「お願いしますユーリ様!」

「いけー!」

「Sランク魔装士の力を見せてくれ!」



 同僚のエリナを始めとして、エルダ砦の屋上にいた帝国兵は皆がユーリを応援していた。

 だが、《地滅風圧ダウンバースト》だけでなく、基本的に禁呪は自然現象を利用したものが多い。気流と圧力を操作して積乱雲を呼び出し、条件を整えてダウンバーストを発生させるのが《地滅風圧ダウンバースト》だ。

 渦巻く空気の爆弾がユーリの鏡を破壊する。

 千枚以上も展開していた鏡が少しずつ割れて行く。



「そ……んな」



 ユーリの魔装は魔術を無条件で跳ね返す。

 空を覆い尽くすほどの大魔術陣から放たれた魔術とは言え、跳ね返せないはずなかった。だが、ユーリも禁呪を見たのは初めてであり、跳ね返そうと試みたのも初めてだった。

 禁呪が自然現象を利用した大魔術であることなど、ユーリも知らない。

 そもそも、禁呪は国家機密に相当するため、Sランク魔装士ですら閲覧不可能だ。

 禁呪の秘密を知るはずもない。

 なにより、破滅ルイン級の魔物が発動を手助けしている。たかだか一人のSランク魔装士の力で、対抗できる訳がない。


 ミシ……


 嫌な音と同時に全ての鏡が罅割れた。



「みんな伏せ―――」



 そしてユーリは魔装の維持を諦め、叫ぶ。

 魔装の鏡は割れ、大風の渦がエルダ砦を穿った。













 ◆◆◆













 エルダ砦があった場所は放射状に破壊され、荒廃した地となっていた。

 木々は薙ぎ倒され、何処からか飛んできた瓦礫によって道路は無残な状態となっていた。



「ほー。驚いたな」

「禁呪って凄いのですー」



 最低でも半径数キロを殲滅し尽くす禁呪。渦巻く風が地上を抉った結果だった。

 遠くから観察するシュウとアイリスは雑な感想を漏らす。



「これで砦も破壊完了か。思ったより威力出たな」



 自然現象のダウンバーストでこれほどの被害は出ない。魔術として強化しているからこそ、これだけの威力がある。第十三階梯禁呪の実戦投入など古代の文書を紐解かなければ記録がない。それが今夜、再現された。

 歴史に残る大事件となるだろう。

 そして『死神』は禁呪すら操ると裏業界で噂されることだろう。



「エルダ砦と、エルダ砦に通じる道も破壊した。革命軍リベリオンの依頼通りだろ」

「ですねー」



 エルダ砦と周辺の破壊工作という依頼は完遂した。

 アイリスは魔力をほとんど使い尽くし、ぐったりしている。魔力は生命力と直結しているため、魔力を使いすぎると死に至る。そして回復するにはよく食べて良く寝るしかない。

 覚醒魔装士を除けば、魔力は自動回復するものではないのだ。



「これで禁呪も大体の感覚を掴んだ。自然現象を利用する術式が有用なことも再確認できた」



 魔力だけで膨大な力を引き出すことは困難だ。シュウのような災害の如き魔力を持つ魔物でさえ、消滅を覚悟して全ての魔力を費やさなければならないだろう。

 だからこそ、自然現象を利用する。

 例えば神呪級の大魔術《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》は反物質を生成し、対消滅反応で質量からエネルギーを取り出す。つまり魔術によって大規模な自然現象を引き起こしているのだ。



「帰るぞアイリス」

「はーい、なのです」



 凄惨な傷跡を残しつつ、二人はその場から消えた。

 当然、生きている者は一人としていなかった。













 ◆◆◆














 禁呪の発動で夜空に展開された魔術陣は遠くからも見えていた。

 エルダ砦の東方で激戦を繰り広げていた革命軍リベリオンと大帝国軍も、巨大魔術陣をハッキリと認知していた。時間が夜であったこともあり、二つの勢力は互いの陣地で休息を取っていた。

 そんな時に、星の光すら塗り潰して輝く魔術陣が見えたのだ。

 騒いでいる間に魔術陣は発動し、この戦場にまで暴風が訪れた。



「なんだこれ!」



 天幕から飛び出したのはレイヴァン隊の『炎竜』アイクである。

 革命軍リベリオンと一戦交え、休息のため眠っていたのだ。しかし、強風によって天幕が揺れ、外ではかなりの見張兵士たちが魔術陣で騒いでいた。

 これで目を覚ましたアイクが、何事かと思って飛び出してきたのである。



「アイク様! 実はエルダ砦の方で空を覆うほどの魔術陣が……」

「エルダ砦だって!?」



 あの砦には仲間であるエリナとユーリがいる。そのことをアイクは知っているので、報告をしてくれた兵士に掴みかかる勢いで尋ね返した。



「砦は! エリナとユーリは無事なのか!?」

「え? は? だ、誰でしょうか?」

「レイヴァン隊に所属している二人だ。Sランク魔装士の仲間だよ!」

「エリナ、ユーリ……まさか『無限』と『反鏡』の魔装士様ですか!?」

「そうだ。聞いていないのか?」



 しかしそれは無茶である。巨大魔術陣は先程発動したばかりなのだから。



「申し訳ありません。まだ何も伝わっては……」

「く……」



 アイクの手に自然と力が入る。

 いつのまにか胸倉を掴まれていた兵士は悲鳴を上げた。

 そんな時、アイクの手を掴んで止める者が現れる。



「止めなさいアイク。彼は悪くないわ」

「隊長……すみません」



 アイクも落ち着き、手を離した。

 そこに『魔眼』のミスラと『天空』のサディナも現れる。隊長ルトも心配なのか、厳しい表情を浮かべて西側を眺めている。



「急いで戻りましょう」

「いいんですか隊長?」

「アイク。私達は独立部隊なのよ。だから何かあったら自由に行動してもいいわ。勿論、指揮官には連絡しないといけないわね」



 つまりルトも仲間が心配なのだ。

 それに、元々レイヴァン隊は『死神』を殺すために結成された。こうして戦場で戦うこと自体、本来の仕事からずれている。



「ねぇ、指揮官に伝えてくれないかしら? 私達はあの魔術陣を調査するためにエルダ砦へ向かうわ」

「は、はい。わかりました!」



 アイクが掴んでいた兵士に連絡を頼み、ルトは歩き始めた。



「私は重力を使って高速移動するわ。アイクも魔装で移動しなさい。サディナはミスラを抱えて飛んで頂戴ね」



 その命令に従って、アイクは火炎竜を纏う。そしてサディナは翼を広げ、ミスラはトコトコ歩いてサディナの腕の中に納まった。

 ルトは重力を操作して宙に浮く。



「行くわよ」

「はい」

「全力ですわ!」

「サディナ、頑張ってー」



 四人のSランク魔装士は飛び立った。

















 ◆◆◆


















 深夜、かがり火を焚きながら行軍する一団があった。彼らは革命軍リベリオンの部隊であり、『死神』に依頼したエルダ砦破壊工作の締めを担う部隊であった。



「隊長、この荒れ具合は一体……」

「あの魔術だろうな。お前たちも見ただろう。空を覆い尽くす魔術陣をな」

「ええ。隠密のため、かなり離れたところから観察していたのは正解でした。まさか『死神』があんな方法を使うなんて」



 彼らは破壊したエルダ砦を制圧するために出撃した部隊だ。隠密行動を意識し、遠見の魔道具なども利用しながら情報を集め、こうしてチャンスを見つけた。

 まさか大魔術で一気に破壊されるとは思っていなかったが、これはこれで都合が良い。

 あの超威力の魔術を直撃されては、堅牢なエルダ砦も確実に破壊され、守っていた大帝国兵も死んでいるはずだ。制圧が楽になるのは間違いない。



「それにしても進みにくいな……どうにかならないものか」

「魔術や魔装で可能な限り整備していますが……細かくすると時間を浪費してしまいます。ご容赦を」

「いや、文句を言って済まないな。進もう」

「はっ……」



 彼らは兵士であり過酷な環境で戦うことにも慣れている。そして何より、革命の強い意思によって、士気は高い。

 エルダ砦を落とせば、近頃は押され気味だった大帝国軍との戦いも巻き返せる。

 兵站運用の重要地であるエルダ砦は、大帝国にとってなくてはならない場所なのだから。



「ん……?」



 せめて星空を眺めて癒されようと思い、隊長は視線を上に向ける。

 すると、流星のように移動する何かを見つけた。



(あれは……)



 それはまるで何かの生物だった。紅蓮に燃え盛る……竜のような。



「っ!? 拙い!」



 炎の竜と言えば、革命軍リベリオンを煩わせる新たなSランク魔装士アイク・アリウールだ。どうやらこの部隊が焚いているかがり火に気付いたらしく。急襲を仕掛けてくる。

 隊長は慌てて命令を下した。



「戦闘用意! 敵襲だ!」






………………

…………

……









「がふ……っ」

「そろそろ吐く気になってくれたかしら?」



 エルダ砦を制圧する革命軍リベリオンの部隊は、帰還中のレイヴァン隊によって殲滅させられた。情報源として隊長を含む数名だけが生かされ、尋問されている。



「ねぇ?」

「ぎゅ……ぎぃいいいいいっああああ!」



 ルト・レイヴァンによる重圧。プレッシャーではなく、文字通りの圧である。既に隊長は両腕が潰され、今は左足が潰された。



「今度は右足……残るは」



 拷問をするルトが右足を指さしながら、スッと移動させて付け根へ……いや、股を差す。隊長はルトの言おうとしていることを理解してしまった。



「わ、分かった! ひいぃ……言う! 言うから止めてぇえええ!」

「そう。素直ね。それで砦を破壊したのは誰かしら?」

「『死神』だ……奴に依頼した! 間違いない!」



 ルトの拷問に陥落してしまう。しかし隊長を責めることは出来ない。四肢を順番に潰されていき、最後には特別に痛いであろう部分を指摘された。

 心が折れてしまったのだ。

 そして聞かれた内容が革命軍リベリオンの機密ではなかったことも理由の一つである。外部の戦力と言える『死神』の情報など、吐いたところで痛くも痒くもないし責任もない。



「なるほどねぇ。『死神』……」



 最初にアイクが火炎竜で突撃を仕掛け、その後は離脱してエルダ砦へと向かった。砦にいたエリナとユーリが心配なので、アイク、ミスラ、サディナの三人はそちらへ先に行ったのである。

 そしてルトは火炎竜の攻撃で混乱した革命軍リベリオンの部隊を殲滅し、隊長クラスの人間を拷問して情報を得ていた。



「もういいわ。楽にしてあげる」

「ひぎゃ……」



 不要になった情報源は、重力で圧し潰す。



あっちはどうなったのかしらね……」



 ルトは不安そうに砦の方角へと目を向けた。

 かつて仙道九尾妖狐トゥルー・ナイン・テイルズに殺され尽くした絶界軍団の仲間たちが思い出されたのは、虫の知らせだったのかもしれない。













 ◆◆◆













 抉り取るようにして崩壊したエルダ砦。

 瓦礫を押し退け、アイクは抱き合いながら血まみれになって倒れている二つの死体を見つけた。



「嘘だろ……エリナにユーリも、なんで」



 エルダ砦を覆ったのは超巨大魔術陣だった。

 そして魔術ならばユーリの魔装で反射できるはずだった。しかし、発動された禁呪は自然エネルギーを操る類の術式である。ゆえに反射が効力を発揮しなかった。

 このような事実を知らないアイクからすれば、不可思議であるし、何より悔しい。



「くそおおおおおおおおおおお!」

「そんな……エリナ様だけじゃなくユーリ様まで」

「……」



 サディナは口元を抑えて涙を流し、ミスラも目を見開いて黙っている。



「うわああああああああああああああああああ!」



 虚空の夜にアイクの叫び声が虚しく響いた。

















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