64話 レインヴァルドの苦悩
普段は強力な魔物を狩っている、レイヴァン隊のような精鋭が戦争に参加したことで戦況が大帝国側に傾き始めたのだ。
「大帝国の力を侮っていたな」
とある場所で
エルドラード王国の周辺にある多くの国々を
大帝国軍と少しは戦えるだけの力を手に入れていた。
しかし、ひとたび大帝国が本気を出せば
「どういたしますかなレインヴァルド王」
「黒き力を使う魔装士、炎の竜を生み出す魔装士、そして魔術を生み出す魔装士、石化の魔装士……先にあったトゥールヘイム皇国を主軸とした戦争でも確認できた部隊ですな。あの部隊は既に幾つもの戦場に現れ、戦況をひっくりかえしておる」
「天候を操る魔装士なども確認されているそうじゃな」
「ああ、確か『雷帝』リューク・フェルマーですね。彼の使役する雷鳥の魔装は、雷雲を操るということでした。次々と雷を落とし、金属の鎧をまとった私たちの兵を焼き払ったとか」
彼らは
遠距離通信を可能とする魔装士により、自国にいながら国主たちは会議できるのだ。そして
「せっかく、あの『獄炎』を始末したのだが……やはり大帝国の魔装士は層が厚い」
『死神』ことシュウ・アークライトに依頼し、『獄炎』の魔装士シュミット・アリウールを始末したことは記憶に新しい。その混乱に乗じて
戦勝が続いて忘れていたが、
「レインヴァルド王よ。どうする? また『死神』を頼るのかね?」
「……それも一考するべきだと思っている」
「何度も暗殺が通用するのですかねぇ。『死神』を雇うとなれば、金もかかるのですが」
「言いたいことは分かるが、強い兵士を育てる金と、『死神』を雇う金ならば……まだ『死神』を雇った方が安くなる。戦争時に傭兵を雇うのと同じだ」
戦争は頻繁に起こるものではない。
国家といえど、常に兵士を用意して軍備を整えるには莫大な財力が必要となるのだ。また、兵士をゼロから一人前に育てるとしても、かなりの税金を使ってしまうことになる。
ならば、いっそのこと戦いの専門家である傭兵を雇った方が安かったりする。自国で育てた兵士よりも、数々の戦場を潜り抜けてきた傭兵の方が良い結果をもたらしてくれるというのも理由の一つだが。
同じ理由で、『死神』を雇うのは悪くない方法と言える。
「しかし、いちいちSランク魔装士を暗殺していてはキリがないのでは?」
とある国の首相が遠慮しがちに口を挟む。
国王と首相では身分に大きな違いがある。この場における立場は対等だが、遠慮してしまうのは仕方のないことだった。勿論、他の王たちは気分を害することなく、その言葉に耳を傾ける。
「確かにその通りだ。では暗殺ではなく、傭兵に依頼して砦ごと破壊してはいかがか?」
「黒猫にも『暴竜』という幹部がいたはずだ。奴は破壊工作が得意だったと思うが、どうだろう」
黒猫には十一人の幹部がいる。その中の一人に『暴竜』という幹部がいるのだ。破壊工作を繰り返し、その悪名を全世界に知らしめてきた。
その『暴竜』に依頼すれば、大帝国軍を殲滅してくれる。
間違いないだろう。
多くの王たちが同意した。
「なるほど。それは良いかもしれん」
「まずはエルダ砦を破壊したいところだが……」
「あの場所は大帝国に食料を輸送するルートの道中だったな。あそこを抑えれば、かなり弱体化できるはずだ」
「しかしあの砦は大帝国も重要性を理解している場所。Sランク魔装士が常駐していると聞くが……『暴竜』でも勝てるのか?」
「いや、そもそも『暴竜』の噂は神聖グリニアで、ある国の聖堂を破壊したというのが最後だったはずだ。依頼すること自体可能なのか?」
黒猫の幹部は常に世界を飛び回っている。『死神』は偶然にも大帝国にいたが、他の幹部がどこにいるのかは運任せだ。『暴竜』のように目立つ幹部は偶に噂が流れるものの、中には全く足取りの掴めない幹部もいるのだ。
『鷹目』など、その一人である。
「大帝国の近くで噂を聞いたのは『死神』『黒鉄』『天秤』『赤兎』の四人。『天秤』は金貸し、『赤兎』は運び屋だったはずです。戦力になるとすれば『死神』か『黒鉄』ですか」
「それに『黒鉄』は護衛専門。破壊工作となれば……一番近いのは『死神』でしょうね」
「結局は『死神』か……」
レインヴァルドとしても『死神』の方が依頼しやすい。実際にあったことがあるし、その実績も確かだ。そして暗殺方法から、『死神』には広範囲を凍結させる力があると判明している。
それは水の第五階梯《
「では、『死神』が可能としてる凍結の複数人同時暗殺。それを期待して依頼するということでよろしいか?」
迷走しつつある会議をまとめるため、レインヴァルドは結論を急ぐ。ここには一国を従える国王まで参加しているため、民主的な決定は苦手である。結局、誰かが引っ張る必要がある。
盟主としてレインヴァルド王はこのような手段を取った。
「破壊作戦を『死神』が可能なのか。それを見極めるためにも、エルダ砦の破壊を依頼しよう」
最近は『死神』が中々依頼を受けてくれない。
そのことを知りながらレインヴァルドは決定した。勿論、相応の誠意と報酬は見せるつもりである。必要な予算のことを考え、レインヴァルドは少し頭が痛くなった。
◆ ◆ ◆
朝から昼過ぎにかけてバイトを行い、その後帰ってティータイムを楽しむ。それがシュウとアイリスが過ごす基本的な日常だ。今は二人にとってくつろぎの時。
そんな時、シュウの影から配下の精霊が現れた。
「……黒猫から依頼か?」
影の精霊である黒蛇は、シュウの体を登って肩のあたりまで来る。そして口から書類と一枚のカードを吐きだした。
シュウは手に持っていたカップを置き、書類を読み始める。
「……また革命軍か。押されているらしいな」
「また断るのです?」
「ああ、もう少し身を潜めようと思う」
今回の依頼は暗殺ではなく、破壊工作だという。完全に依頼する相手を間違えているとしか思えない。今は目立たないことを第一としている以上、破壊工作などという依頼を受けるのはナンセンスである。
しかし、シュウはもう一つ、添付してあったカードに気付いた。
「これは……?」
手に取って指で撫でてみる。
魔力の反応があるので、魔術道具の一種だろう。試しに魔力を流すと、カードから声が聞こえ始めた。
『聞こえているかな『死神』の名を持つ黒猫の幹部よ』
物々しい声音に眉を顰め、シュウはカードを机に置いた。
『これは録音の道具なのだが、あまり長くは記録できない。手短に語ろう』
「聞いたことのある声だな」
「なのです」
魔道具から聞こえた声はシュウとアイリスの記憶にあった。しかし、思い出せない。
僅かに頭を悩ませていると、すぐに答えが魔道具から聞こえてきた。
『私の名はレインヴァルド・カイン・リヒタール。久しぶりだ』
「レインヴァルドか……」
懐かしい。
そんな感情を覚える。エルドラード王国で
「わざわざレインヴァルドが声まで送ってくるとはな。よほど焦っているのか?」
『どうかこの依頼を受けて欲しい。君の力は暗殺に留まらないと私は確信している。詳細は書類に記されている通りだ』
間違いではない。
かつて国の首都を破壊したシュウなら、砦の一つや二つなど簡単に落とせる。書類に記されていたエルダ砦は、常に複数のSランク魔装士が滞在しているという。しかし、遠距離から魔術攻撃を放てば関係ない。魔装士も人には変わりないのだから。
『君が身を潜めていることは知っている。どうやら、『死神』を専門とした新しい小隊まで結成されたようだ。だが、私はお願いしよう。敢えて、目立って欲しいと。君が目立てば大帝国は揺れる。君はそれほどの暗殺者なのだ。そして相応の願いをかなえよう』
報酬は望みどおりに。
普通ではあり得ない提示だった。つまりこれは、どんなに吹っ掛けられても応えるという意思表示に他ならない。金銭のみならず、危険な物品や規制された情報まで報酬となり得る。
まさに破格だ。
実に都合がいい。シュウはそう思った。
『このカードは再生が終わると自壊する。望む報酬は黒猫を通して連絡して欲しい。良い返答を期待している』
そこでレインヴァルドの通信は途切れ、カードが粉々になった。
散らばったカードの破片は邪魔なので、アイリスが風を操り掃除する。そしてシュウに尋ねた。
「嬉しそうな顔をしているのですよ。依頼を受けるのです?」
「ああ、欲しい報酬があるからな」
そう答えながら、シュウは先程流し読みした書類を精読する。
メインはエルダ砦の陥落。
この砦は大帝国が保有する大きな道の途中に存在する。この道は民間人には秘匿されている、軍専用の道路なのだ。そして道中には複数の基地も存在しており、砦に敵が迫った場合、それらの基地から援軍が到着するようになっていた。
食料を輸送する重要な道であるため、厳重な警備が行われるのは当然である。
この軍用道路は各戦線に直通となる複数の道路と繋がっており、一度食料はこの砦を通った後、各戦場へと送られるのだ。勿論、各戦線への増援も、大部分はこの道路を使って進軍する。
つまり、この砦を奇襲で破壊した場合、
「厄介事も報酬が釣り合うなら受けてもいい。砦を破壊する程度なら簡単だからな。また《
「《
「それもそうだな。神聖グリニアの影響がある国家で使ったとはいえ、情報はスバロキア大帝国にも伝わっているかもしれない。アイリスの言う通りか」
今のところ、冥王アークライト=『死神』という図式が成り立たないよう気を付けている。時が来ればバレても良いが、今は隠す予定である。
《
「シュウさんは何を書いているのです?」
小さな紙切れに何かを記しているシュウを見て、アイリスは尋ねた。
シュウももったいぶることなく答える。
「求める報酬だ。勿論、前払いさせる。確認出来たら依頼を実行する旨を記している」
「報酬なのです?」
「なんでも望めるらしいからな。吹っ掛けてやろうかと思って」
「金貨千枚とか無茶を書いたのです?」
「いや」
シュウは首を振って否定した。
最近は大帝国と
しかし、シュウが望んだのはそれ以上のものだった。
「報酬は風属性の禁呪について記された書物だ」
「禁呪なのです!?」
「第十一階梯から第十四階梯が禁呪と呼ばれる魔術。そしてそれらの情報は各国が機密情報として保持している。国によっては禁呪の一部しか情報を持っていないみたいだが……まぁ、エルドラード王国も風の禁呪を一つぐらいは持っているだろ」
つまり、アイリスのための報酬だった。
既に一人で戦術級魔術すら使えるアイリスだが、シュウは更に彼女を強化する。
常識はずれな報酬に、驚愕するレインヴァルドの顔が見えるようだった。