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61話 ルトの実力


『魔眼』のミスラ、『無限』のエリナ、『反鏡』のユーリ、『天空』のサディナ。

 四人は帝国でも有名なSランク魔装士であり、簡単に封じ込められる存在ではない。Sランクとなるだけの魔力量なら、無系統魔術の肉体強化である程度の拘束は破壊できる。それこそ、運動が苦手な『魔眼』ミスラでも鉄製の鎖を引きちぎったりできる。



「あら? 私をぶっ飛ばすんじゃなかったのかしら?」



 レイヴァン隊の隊長としてこの場に現れた『絶界』ルト・レイヴァンは、生意気なことを言っている部下に立場を分からせるつもりだった。

 この『死神』を想定した特殊部隊は癖の強いSランク魔装士だけで構成されている。ルトは隊長として就任した以上、上下関係はしっかり教え込むつもりだった。

 ちなみにルト・レイヴァン。

 帝都では少し有名なサディストである。



「その程度?」



 ここ一番の笑みと共に盛大な煽りを加える。

 どこか生き生きとしたルトを見て、『無限』のエリナは頭にきた。



「そ、んな……わけないでしょっ!」



 元から元気のよい彼女は反骨精神も中々のものだ。売られた喧嘩は安く買いたたく性格なのである。

 魔力が噴き出し、大量の鎖が無から生成された。鎖はうねりながら重力に逆らってルトへと殺到する。魔力によって動く鎖は、重力という制限のある中でも無理矢理動かすことが出来る。そもそもエリナの生成した鎖は熱で溶けることもなければ、電気を絶縁させることも出来る。

 鎖の性質を自在に操作し、敵を拘束、そしてすり潰す。

 これこそがエリナの戦い方である。



「ほう」



 ルトは凄まじい重力の中でも鎖を操るエリナの技量に感心した。しかし、エリナはSランク魔装士だと分かっている。感心はしても驚きはしない。それに、ルトは脅威とも思っていなかった。

 何故ならルトは真なるSランク。

 覚醒魔装士だ。

 人としての法則を外れ、無制限の魔力を獲得した。限界を超え、尽きぬ寿命と際限のない魔力成長すら約束されている。もはやルトとエリナでは生物としての格が違った。



「潰れろ」



 ルトは自身の持つ重力の魔装で鎖を潰す。超重力によって一点に押し潰したのだ。それによって極小のブラックホールが生じてしまうが、それすらも制御する。

 この場に生まれた小さなブラックホールはルトが指を一度鳴らすだけで消え去った。

 流石の事態にエリナだけでなく、『魔眼』のミスラ、『反鏡』のユーリ、『天空』のサディナも言葉を失ってしまう。

 この『反鏡』のユーリは運動エネルギーを反転させる魔装を持っている。つまり超重力から抜け出せるだけの能力だ。しかし、この場で運動エネルギーを反転させた場合、超重力が逆転して途轍もない上方向への力が働き、上空へ向かってスカイダイビングをすることになる。残念ながら、一部の運動エネルギーを反転させて一部は反転させないといった器用な真似は出来ない。

 そして空を飛ぶ能力を持った『天空』のサディナは勿論の如く能力を生かせない。強いて言えば魔術を使える程度である。

 そこでサディナは無詠唱で魔術を発動して見せた。



「むっ?」



 小さな魔力――といっても覚醒魔装士ルトの基準――が膨れ、ルトは魔術の発動を感じ取った。同時に強い爆発がルトの頭部を襲う。人の体など簡単に吹き飛ばしてしまうだけの威力があった。

 サディナが発動したのは炎の第四階梯《爆発ボム》。

 特定座標に強力な爆発を引き起こすため、対個人の魔術としてはかなり優秀だ。暗殺でも用いられるので、要人はこの手の魔術に対する対策を施していることが多い。

 そんな爆発がルトの頭を襲ったのだ。

 しかし、まるで効いていなかった。



「もっと魔力を隠蔽することだな。魔術発動の兆候が見えていれば意味がないぞ?」



 ルトは無系統魔術の障壁を身体に纏い、《爆発ボム》を防いでいた。

 障壁の無系統魔術は魔装士の中でもポピュラーであり、かなりのバリエーションもある。身に纏う形だったり、壁のようにしたり、ドーム状の結界にしたり、障壁を動かして敵を圧殺するなどという変わった使い方まであるのだ。

 しかし、この障壁はあらゆる魔術や魔装の力を防ぐわけではない。

 ちょっとした抜け道がある。



「私がやる」



 片目だけ開いた『魔眼』のミスラが石化の魔装を使用した。睨みつけた対象を強制的に石化させることが出来るのだ。つまりは即死攻撃である。

 魔力障壁は半透明であるため、光は透過してしまう。魔眼のように見つめることで効果を及ぼす力や、光を利用した攻撃は物理的理由により防げないのだ。

 これはルトも石化で死ぬかと思われた。

 だが、残念ながら便利な石化の魔眼にも弱点がある。あらゆる対象を石化で即死させることが出来る強力な面を持つ一方、強大な魔力を持つ相手には効果がないという決定的弱点があった。つまりは覚醒魔装士であるルトが魔力で勝っているため、ミスラの魔眼は全く効かなかった。



「うそー……」



 今までミスラは魔力量で負けたことがなかった。それこそ、昔から大帝国に仕えている古参のSランク魔装士にしか魔力で負けたことがない。魔力が足りないと役立たずになる欠陥魔装を持ちながらSランクの地位を手に入れたのは、ミスラが強大な魔力を持っていたからだった。

 残念ながらルトに及ばず、気の抜けた声を上げながらギブアップする。

 面倒臭がりなだけあって、石化が効かなければ負けを認めてしまうのも彼女の性質だった。



「まぁ、こんなものかしら?」



 四人を無力化したルトは満足気に頷く。

 Sランク魔装士の四人も弱いわけではない。四人ともスバロキア大帝国の中では最高クラスの戦力なのである。覚醒したルトだからこそ、こんな風にSランク魔装士を扱える。

 これでレイヴァン隊に所属する五人の内の四人は上下関係を理解したはずだ。

 残るは背後から奇襲を仕掛けてきた『炎竜』一人である。



「ふっ!」

「あなたが最後の一人……『炎竜』ね」



 剣で斬りかかってきた『炎竜』の二つ名を持つ最後の一人。学院を卒業したばかりでSランクの地位を与えられたというのは本当らしく、まだまだ青い少年といった見た目だった。

 ルトが意識を向けるとアイクに対する重力が急激に上昇し、アイクは地面に叩きつけられた。



「君が新人Sランク……アイク・アリウールかしら?」

「ぐ……」



 『炎竜』の正体とは『死神』シュウが仕留めたシュミット・アリウールの息子、アイクだった。学院を卒業したばかりにもかかわらず、凄まじい魔力と強力な魔装によってSランクの地位を与えられた。

 元大将軍の息子ということで優遇されているのではないか。そんな悪意ある噂を避けるために、アイクの情報は大きく公表されていない。



(魔力は大きいわね。流石は大将軍の息子ってところかしら?)



 重力で地面に縫い付けられたアイクは鋭い目でルトを睨みつける。そして魔力が一気に膨れ上がり、アイクは魔装を発動させた。



「やら……れて! たまるか!」



 アイクの魔装は憑依型だ。

 魔力を身体に宿らせることで自身を強化する系統の魔装である。アイクの周囲に熱が生じ、渦を巻いて赤く輝く炎となる。炎はアイクを焼くことなく留まり、一つの形となった。彼の二つ名『炎竜』を表すがごとく、巨大な竜の形へと。

 そして憑依した炎のドラゴンは重力の影響を受けることなくルトへと咬みつこうとする。



「へぇ?」



 僅かに口角を上げたルトは再び指を鳴らした。

 すると局所的重力が極端に大きくなり、火炎竜の頭部が潰される。そして極小ブラックホールとなった。ルトが魔装を制御するとブラックホールは蒸発して消え去る。



「く、そ!」



 超重力で呼吸もままならないアイクは、潰された竜の頭部を再生させる。火炎竜はあくまでも魔装によって具現化したものであり、魔力での再生は簡単だ。それに、憑依型は属性と形のある魔力を纏うことで自身を強化するタイプである。火炎竜を憑依させるアイクは、憑依させた魔力を強制的に動かすことで、逆に自身を動かすことも出来た。



「はああああああああああ!」



 深紅の翼を広げ、熱気を吐きだす火炎竜がルトに咬みつかんとする。火炎竜の胸部にはアイクが留まっており、常時凄まじい魔力を放出していた。

 憑依型は攻防一体の強力な魔装だが、繊細な魔力コントロールを必要とする。粗雑な者には決して扱えない魔装だ。学院を卒業したばかりということは、アイクはまだ十六歳ほどである。その歳で憑依型を完全顕現させるほどの魔力コントロールを身に着けているのは実力者の証だった。

 火炎竜はルトに覆いかぶさるようにして爪を叩き付けようとした。

 憑依型としてコントロールしているとは言え、炎の竜だ。触れれば火傷もする。

 そこでルトは覚醒魔装士として新たに手に入れた能力を使った。



「吹き飛べ」



 そう告げる。

 これだけで火炎竜は吹き飛ばされてしまった。

 あらゆる質量を引き寄せる引力の逆……つまり斥力によって吹き飛ばしたのだ。覚醒したことによって魔装が変質し、引力だけではなく斥力という新しい力を手に入れたのである。

 吹き飛ばした先で重力球を生成し、その中にアイクを捉えた。

 ルトの魔装は領域型で重力を操るという最悪の組み合わせだ。殲滅、捕縛のどちらでも使える。現段階では格下であるアイクを無力化するなど簡単なことだった。



「実力差は理解したかしら? 私がレイヴァン隊の隊長ルトよ。これからよろしくね」



 五人のSランク魔装士を力づくで抑えながら、ルトは宣言した。スバロキア大帝国は力の国。従えるならば力を示さなければならない。ルトは帝国の文化に従い、力を以て従える。

 アイク、ミスラ、エリナ、ユーリ、サディナもルトを上司と認めたのだった。



「私達の目的は『死神』を殺すこと。革命軍リベリオンに与する『死神』は利用価値などない。皇帝陛下はそのように判断なさったわ。さて、早速だけど一番初めの計画を立てましょうか」



 ルトの笑みはアイクを魅了した。

 そして何より、彼女の言葉はアイクの憎悪を燃え上がらせた。










 ◆◆◆











 一方で『死神』であり冥王でもあるシュウ・アークライトは自宅で影の精霊から手紙を受け取っていた。蛇の形をした影の精霊は、影の世界を移動することで黒猫の酒場と秘密のやり取りをしている。

 シュウは酒場に影の精霊を派遣しており、酒場では黒猫に依頼された暗殺任務を影の精霊に託して『死神』へと送る。

 そういうやり取りがなされている。



「……ふーん」

「シュウさん? 依頼なのです?」

「ああ、貴族暗殺のようだ。これは大帝国からの依頼だな。汚職をしているが法で裁ける証拠がなく、暗殺に頼ることを決意したらしい」

「受けるのです?」

「そのつもりだ」



 シュウが受け取った依頼書に記されていたのは腐敗した貴族の暗殺である。前金としてそれなりの額も添付されていたし、依頼書には暗殺対象となる貴族の顔写真まで載っていた。丁寧である。

 暗殺対象の首を持ってくるという条件はあったが、特に問題ない。

 断る理由はない。



「明日にでも片付ける」

「はーい」



 暗殺者と狩る者。

 二つは同時に動き出す。













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