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60話 レイヴァン隊


 『獄炎』の魔装士シュミット・アリウールの死から一週間が経った。

 シュウは自宅で新聞を読む。自身が起こした騒動で染まっていた一面も、今日で終わりとなる。何故なら新しいスクープが入ってきたからだ。



「コルボ王国でクーデター……ね」

「また革命軍リベリオンなのです?」

「ああ」



 記事の内容は帝国の属国だったコルボ王国でクーデターが起こり、革命軍リベリオン側についていた当時の王子が国王として即位したとのことだ。

 革命軍リベリオンに対処していた獄炎将軍シュミット・アリウールが死んだことで軍部も混乱し、早期の収束に当たれなかったというのが新聞の主張である。そして恐らく事実だろう。



「俺に依頼を出したのはこのためか」

「そうだと思うのですよ」

「それ以外の理由もあると思うが、概ねこのためだった。だからあんなに報酬もデカかったのか。一国をひっくり返すなら、金も捻出できると」



 今回、シュミット一人を殺すだけで十年は軽く暮らせる金を手に入れた。シュウがスバロキア大帝国に来たのは黒猫の会合に参加するという目的でもあるため、後は何もしなくても会合まで過ごせる。

 しかし、金蔓……もとい最重要顧客である革命軍リベリオンからの依頼は可能な限り聞くつもりであった。金はいくらあっても困らないからである。何より、金貨というのは有用だ。仮に帝国が滅びたとしても、金貨は金として再利用できる。紙幣ならば国が滅びた時点で紙切れ同然だ。

 だが、金は永久的に価値あるものとして利用できるので、集めて損はないということである。



「シュウさん。しばらくどうするのです?」

「まぁ、様子見だろうな。暫くは依頼もないだろうし、『獄炎』がいなくなったことで革命軍リベリオンも動きやすくなるだろう。何もすることがなければ遊んで暮らせばいい。身体が鈍れば、たまに魔物でも狩りに行くか」

「賛成なのですー」



 『死神』の休息は一体いつまで続くのか。

 それはイコール、帝都アルダールの安寧期間である。

 人々は恐怖し、貴族たちは畏怖し、魔装士たちは慄く。

 皇帝は『死神』という帝国の敵に対し、遂に具体的な対策をとりはじめた。












 ◆◆◆















 ギアス・スリタルティ・ムルジフ・バラット・ノアズ・スバロキア。

 それがスバロキア大帝国の皇帝だ。

 大公ノアズ家の直系であり、若くして皇帝となった。そして優秀な部下を揃え、絶対的な存在として君臨している。しかし、皇帝も所詮は人でしかない。ナイフ一本で殺せてしまう人間なのだ。

 国を揺るがす暗殺者を放っておくなど有り得ない。



「来たか。ルト・レイヴァン……いや、『絶界』のルト」

「お呼びとあらば、陛下」



 胸に付けられた紋章は銀の鷹。つまりは将軍の次に地位を持つ上尉兵という立場である。

 それが『絶界』の魔装士ルト・レイヴァンだった。



「先日は破滅ルイン級の魔物を討伐してくれたのだったな。任務御苦労。確か―――」

仙道九尾妖狐トゥルー・ナイン・テイルズでございます」

「――そうだった。通常は複数のSランク魔装士で対抗するのだったな。それを貴様と貴様の軍団の部下だけで成し遂げたのは快挙であるぞ」



 破滅ルイン級魔物。

 それは軍隊での討伐が不可能な領域となる。Sランク魔装士が複数名で討伐することが前提となる強者の魔物だ。そして破滅ルイン級の中には『王』の魔物も稀にいる。油断しなくても死ぬ相手なのだ。

 ルトが率いて討伐したのは仙道九尾妖狐トゥルー・ナイン・テイルズ

 九本の尾を持つ狐の魔物だ。

 非常に狡猾で賢く、魔術すらも使用することが出来る。



「調査段階では災禍ディザスター級の天狐エルクスだったはずだが……貴様が到達するまでに進化していたのだとか?」

「はい。撤退も考慮したのですが、戦闘を避けることが出来ず。お恥ずかしい限りでございます」



 本来はSランク魔装士が一人いれば討伐出来る魔物だった。

 しかし、僅かに目を離して進化を許してしまい、破滅ルイン級魔物、仙道九尾妖狐トゥルー・ナイン・テイルズを目覚めさせてしまったのだ。

 戦闘を回避しようとしたが、既に遅く、ルトの率いる部隊は仙道九尾妖狐トゥルー・ナイン・テイルズと戦うことになる。

 本来、ルトは死ぬはずだった。

 しかし、限界を超えて生き残った。

 真なるSランク魔装士……覚醒魔装士として。



「今回の功績を以て、ルト・レイヴァン……貴様にこれを与える」



 皇帝ギアスが目配せすると、側近の一人がトレーを手にしてルトに近寄る。



「金獅子の紋章だ。本日をもって、貴様はルト・レイヴァン将軍となる」

「はっ。ありがたき幸せにございます」



 ルトは金獅子の紋章を受け取った。

 同時に皇帝ギアスは辞令を与える。



「さて、覚醒へと至り、金獅子の貴様には絶界軍団を解体して新しい部隊の隊長をして貰う」

「……はっ」



 残念ながら、ルトが率いていた絶界軍団はかなりの戦力が仙道九尾妖狐トゥルー・ナイン・テイルズによって殺された。故に、一度再編成しなくてはならない。

 これはどうしようもないことだった。

 しかし、まさか解体されるとは思わず、ルトは思わず返事が遅れてしまった。



「では……アレを」



 再び皇帝ギアスが目配せすると、側近がトレーに乗せた辞表を持ってきた。ギアスは手に取って広げ、ハッキリと読み上げる。



「ルト・レイヴァン。貴様を対『死神』少数精鋭部隊の隊長として任命する。この部隊は通称、レイヴァン隊と呼ばれることになる。これはSランク魔装士だけで構成された特殊部隊。故に率いることが出来るのは覚醒魔装士となった貴様以外にはいない」



 それを聞いてルトは驚いた。

 『死神』という帝国を騒がせる暗殺者を想定した特殊部隊というのも勿論だが、それがSランク魔装士だけで構成されているなど驚きを通り越して冗談かと思ってしまう。

 しかし、これを告げたのは皇帝だ。

 決して嘘でないことは理解できる。



「構成員は隊長である貴様を含めて六人だ」

「残る五人をお伺いしても?」

「勿論だ」



 皇帝ギアスは続けて読む。



「『魔眼』『無限』『反鏡』『天空』、そして新人でSランクとなった『炎竜』だ」

「『炎竜』? 聞いたことがありませんが」

「学院を卒業し、即座にSランクの地位を与えられたからだ」



 『魔眼』『無限』『反鏡』『天空』の四人はルトも認知していた。既にSランク魔装士として活躍している四名なので、知らないはずがない。

 聞けば『炎竜』は魔装士候補生が通う学院を卒業してすぐにSランクとなったという。

 これは驚くべき快挙だ。

 普通ならば、噂になってもおかしくない。

 なぜ聞いたこともないのか、ルトは首を傾げた。

 その様子を見た皇帝ギアスは、ルトに答える。



「彼はどうしても目立つ。故にあえて秘密裏の昇格を言い渡した」

「候補生であるFランクからSランクへの昇格。確かに悪い意味で目立つでしょうね」

「それ以外にも悪い噂が立つ要素を持っているのだが……それはまぁよい。実力が本物だと認められたからSランクなのだ。貴重な戦力に心的負担をかける訳にはいかん。だからこその処置だ」



 スバロキア大帝国は力が優先される国だ。

 弱者には冷たいが、強者に対してはどこまでも優遇してくれる。特に最高戦力と言えるSランク魔装士は一生が保証されていると言っても過言ではないのだ。身体が弱くなって引退してからも、その後の生活は国が面倒を見てくれる。

 当然、就任中はさらなる好待遇となる。

 新人の『炎竜』という魔装士もその対象だ。



「世界最高の暗殺者を倒す。そのために魔装士を集めた。期待しているぞ」

「仰せのままに陛下」



 この日を以て、スバロキア大帝国に特殊部隊が結成された。

 闇組織・黒猫の幹部にして世界最高の暗殺者『死神』。それを消す部隊の名はレイヴァン隊。

 隊長はルト・レイヴァン。

 重力を操る『絶界』の覚醒魔装士である。













 ◆◆◆













 帝都アルダールは広い。

 ここには様々な施設が揃っており、中には軍人用の魔法演習場まである。しかし、Sランク魔装士ほどの力を留めるには少し心もとない。そこで、帝都の外がSランク魔装士専用の演習場となっていた。移動は面倒なのだが、ここならば間違ってモノを壊しても弁償する必要がない。

 自然が勝手に修復してくれるからだ。



「暇ー」



 演習場にいた少女の一人が呟く。

 彼女の目の前には異質な光景が広がっていた。それは石化した木々である。これらは石像ではなく、本物の木が魔装の力で石となったのだ。

 『魔眼』のミスラ・コーヘン。

 Sランク魔装士の一人である。

 彼女の呟きに答えたのも、Sランク魔装士の一人だった。



「私達に隊長ができるって聞いたよ。なんか新鮮」



 それを言ったのはまたしても少女。

 彼女の名はエリナ・イスカテル。『無限』の二つ名を持つSランク魔装士だ。彼女の周囲には無数の鎖が蠢いており、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

 尽きることのない鎖を生み出し、敵をがんじがらめにしていく様子から『無限』と呼ばれた少女だ。



「Sランク魔装士だけの部隊だって。珍しいよね!」



 元気よく答えたのはユーリ・クルフス。

 またしても少女であり、どことなく元気の良さを感じる。当然、彼女もSランク魔装士だ。『反鏡』の二つ名を持っている。だが、彼女は大きな木の枝に腰かけているだけであり、その能力は不明だ。



「皆さま。訓練をするのではなかったのですか? たるみ過ぎですわ!」



 背中に翼をはやして宙を浮くのはまたしても少女。その名も『天空』のサディナ・ロアーヌ。彼女もSランク魔装士である。自在に空を飛べるだけの魔装なのだが、彼女の真骨頂は魔術だ。全属性の第八階梯までをたった一人で発動できる。

 空中から降り注ぐ魔術の雨は悪夢以外の何ものでもない。



「ねぇ、そう言えばは?」



 そう聞いたのは『無限』のエリナ。

 答えたのは上空で見ていた『天空』のサディナである。



「さっき演習場の外を走っていましたわ」

「ふーん。ストイックよね」

「ミスラもそれぐらいの訓練をしたら?」

「嫌ー。面倒」



 面倒臭がりで有名な『魔眼』のミスラは運動が嫌いだ。彼女は生まれ持った魔力量と優れた魔装により、これまで敵がいなかった。見つめるだけで敵は石化する。それが彼女の魔装なのだから。



「それにしても、隊長となる方が来ませんわね」



 『天空』のサディナは呟いた。

 こうしてSランク魔装士が五人も集まったのは、新しく設立された特殊部隊の顔合わせとして呼ばれたからだ。Sランク魔装士だけの部隊など帝国の歴史において初である。期待しない方がおかしい。

 どのような人物が隊長になるのか、わくわくしていた。

 これはここにいる少女四人に共通していることである。

 演習場に集められたSランク魔装士は五名だ。ここにいるのは『魔眼』『無限』『反鏡』『天空』の四人であり、残るもう一人『炎竜』の魔装士は演習場の外を走っている。



「まぁ、生半可な隊長だったら私がぶっとばしてやるわ」



 『無限』のエリナが鎖を操りながら、まだ見ぬ隊長に挑む気概を見せていた。帝国は力の世界だ。部隊の隊長に出世するのも力を示してこそ。

 自身が所属する部隊の隊長を武力で叩きのめした場合、隊長が入れ替わることがあるくらいだ。

 しかし、エリナの言葉は迂闊だった。

 何故なら、その言葉はこの特殊部隊の隊長に聞かれていたからである。

 覚醒魔装士、ルト・レイヴァンに。



「あら? やれるものならやってみなさい」



 どこからともなく、そんな声が聞こえる。

 だが、その声が聞こえた時には既に遅かった。辺り一帯を強烈な重力が襲い、全ての存在を大地に縫い付ける。『魔眼』のミスラ、『無限』のエリナ、『反鏡』のユーリ、『天空』のサディナは言葉を発する間もなく、重力によって地に伏した。












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