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59話 大将軍暗殺


「ん? 帰ってきたのか」



 シュウは戻ってきた影の精霊から依頼情報を受け取る。封筒に入れられた書類と金貨袋を吐きだし、影の精霊は影の中へと消えていった。

 まずは依頼が記された書類を読み始める。

 そこにアイリスがお茶を入れて持ってきた。



「シュウさん。お茶を入れてきたのですよ」

「そこに置いてくれ」

「今日のお菓子はフルーツパイなのです」

「分かった」



 依頼を読み進めるシュウ。

 その間にアイリスは着々とティーセットを完成させる。そして最後にアイリスも正面に座った。



「それは依頼なのです?」

「ああ、『死神』への依頼だ。大将軍を殺して欲しいとさ」

「凄い依頼ですねー」

「ああ、獄炎軍団の軍団長、『獄炎』のシュミット・アリウール。今回のターゲットの名前だ。どうやら革命軍リベリオン殲滅の任務に就いている最高責任者らしくてな。殺して欲しいんだとさ」

「じゃあ革命軍リベリオンからの依頼なのです?」

「そういうことだ」



 革命軍リベリオンの活動は広まりつつある。それに伴い、スバロキア大帝国の鎮圧も激しさを増していた。以前にも増した圧政が属国を苦しめ、革命軍への賛同が高まっているのだ。

 中には国が二分していることもあり、その混乱に乗じて革命軍リベリオンは力を増していた。

 そんな中、『獄炎』の大将軍シュミット・アリウールが鎮圧の最高責任者に選ばれた。

 金竜の紋章を皇帝から与えられたシュミットは、自身すら赴いて各地の反乱を鎮圧している。彼と彼の軍団が通った土地には焦土しか残らないとまで言わしめるほどの苛烈さに、シュミットを恐れる声は多い。

 しかし、それこそがシュミットの狙い。

 敢えて被害を大きくし、その恐怖で鎮圧しようとしているのだ。



革命軍リベリオンにとっては恐怖の象徴。それを除いて欲しいとさ」

「受けるのです?」

「当たり前だ。稼ぐチャンスだからな。前金で六百金貨、成功報酬で二百金貨だ。前金が遥かに多い珍しい依頼だからな。精々、革命軍リベリオンに恩を売ってやる」



 元々、シュウが革命軍リベリオンに恩を売っているのは、金払いが良いからだ。今は大きく力を増しており、経済力も大国に匹敵すると言われている。当然、暗殺依頼は金払いが良い。だから無茶な依頼にも付き合っている。

 そして、このまま恩を売れば良い仕事を回して貰えるようになるだろう。

 シュウも生活する上で金を消費するので、これはかなり嬉しい。

 とくに家を購入して金が殆ど底をついた今は、貴重な収入源となる。



「シュミットって人はどんな人なのです?」

「……この資料に書いてあるな。結構な情報量だ。まず、『獄炎』の二つ名から分かるように炎系統の魔装を使うらしい。この炎は水すら蒸発させる熱量だそうだ。そこそこ使い手の水魔装使いでも、一瞬で黒焦げになるとさ」

「こわいですねー」

「俺の場合は死魔法でエネルギーを奪えるから余裕だがな。それとこいつは覚醒もしていないみたいだ。だが覚醒も近いと言われているみたいだな」



 シュミット・アリウール。

 その魔装は武器型と防具型の複合であり、爆炎を操る。ただの一度、剣の切先を向けるだけで砦が爆発四散したなどという逸話まであるぐらいだ。

 戦闘スタイルは対多数であり、一対一の戦いは得意としていない。

 また、金竜の紋章を与えられるだけあって、皇帝からの信頼も厚い。一代限りではあるが、貴族位も与えられているようだ。

 また息子が一人いて、今は魔装士候補生として学校に通っているらしい。

 それらが書類に記されていた内容だった。



「どうするのです? 息子を人質に取るのです?」

「そんな面倒な真似するぐらいなら、息子ごと家を破壊するっての……」

「……冗談を言ったら斜め上の外道行為が返ってきたのですよ」

「家ごとターゲットを殺すのは有用な暗殺だろ」



 何を言っているんだ? という風に返すシュウ。人としての記憶こそあれ、今は魔物としての感情に支配されている。特に気にしていない。

 シュウにとって大切なのは自分とアイリスのみなのだから。



「いつ行くのです?」

「今夜終わらせる。幸いにも屋敷の場所まで記してあるからな。パッと行ってパッと終わらせてくる。首でも回収しておけば証拠になるだろ。有名人みたいだし」



 覚醒していない魔装士など敵ではない。

 何故ならシュウは『王』の魔物なのだから。覚醒魔装士を超える強者とも言われる王の魔物は魔法という法則を越えた力を使う。どこまでも超越した存在が王なのだ。

 年を取ったSランク魔装士ぐらい、簡単に殺せる。

 まして対人特化していないなら一瞬だ。



「じゃあ、今夜は留守にする。まぁ、すぐに帰ってくるから先に寝てろ」

「はーい。ベッドを温めておくのですよ!」

「寝る部屋は別だ」

「冷たいのですー」



 久しく、『死神』が動く。











 ◆◆◆











 夜の帝国は明るい。

 深夜であっても明かりが途絶えることはなく、歓楽街では一定の声量が常に響いている。しかし、その影を縫うようにシュウは動いていた。



(これだけ賑やかなら霊化してもバレないな)



 シュウは普段こそ人の姿をしているが、本来の姿は精霊である。種族は始原魔霊アルファ・スピリット。霊系魔物を統率する程の強者だ。

 本来は街中に出現するなど厄災でしかない。



(確かこっちだったな)



 地図の内容は頭に入っている。

 可能な限り見つからないルートを通り、建物の隙間を通り、壁をすり抜け、アリウール邸を目指す。大将軍だけあって屋敷は大きく、既にここからでも屋根が見える。



(あれだな)



 この位置なら《冥府の凍息コキュートス》も使えるので、殺すのは簡単だ。しかし、首を土産にしようとしているため、直接乗り込むことになる。

 どうせならと屋敷に侵入することにした。



(アイリスの期待を裏切ってちゃんとシュミットだけを殺すとするか。珍しいものがあったらついでにかっぱらっておこう)



 外道である。

 が、それは所詮、人の定めた道。魔物であるシュウが従う必要はない。ゆえに外道ではない。シュウが貫くのは己を示す覇道。人のそれに左右されない、揺るがぬものだ。

 シュウは無音で浮遊し、壁を透過してアリウール邸へと侵入する。そして周囲を見渡した。



(ここは……)



 真っ暗な部屋。

 恐らくは客間だろう。そして家の主人は大抵の場合、邸宅の最上階に寝室を置いている。この邸宅は三階建てであるため、そこにいるのかと考えた。

 念のために魔力を感知する。



(上に超巨大魔力。隠す気もないシュミットだな。もう一つ大きい魔力があるけど……息子のアイクって奴か? 確かS級は確実と言われてる候補生だったな)



 まだシュミットは眠っていないらしく、二階にいるらしい。そこでシュウは天井にまで浮き上がり、すり抜けた。一階と二階の間を移動し、シュミットがいる部屋の間下まで移動する。

 こうすれば誰にも見つかることはない。

 当然ながら魔力は隠しているため感知でも分からない。



「……今日はこのぐらいにするか。明日はアイクに稽古をつける約束もしたことだ。早めに寝るとしよう」



 そんな声が聞こえる。

 どうやら完全に油断しているらしい。言葉の雰囲気から、床に潜むシュウに気付いている様子はない。

 シュウは音もなく浮上し、部屋に出現した。



「――っ! 貴様は―――」



 当然ながらシュミットも気付く。流石は武の大将軍だけあって反応は早かった。しかし、既に遅い。シュウはただの暗殺者ではないのだから。見た瞬間に逃亡するべき相手なのだから。

 少しでも反撃の意を見せた時点で死は確定している。



「纏え――」


(死ね)



 部屋の温度が上昇し、シュミットを深紅の鎧が覆いかけた。だが、それよりも先にシュウは右手を伸ばしてギュッと握り潰す。

 あらゆるエネルギーを魔力として奪い去る最強最悪の魔法。

 死魔法がシュミットの生命力を奪い取った。



(こんなものか)



 魔装は消え去り、同時に命の鼓動も途絶えた。

 ばたりと倒れたシュミットへと近寄り、実体化する。そのまま《斬空領域ディバイダー・ライン》を発動してシュミットの首を切断した。首から血液が噴き出て部屋に散らばる。



「影の精霊、来い」



 シュウの足元から黒い蛇が現れて転がったシュミットの首を飲み込む。これで証拠品の回収は終わった。

 そこでシュウは部屋を見渡す。

 大きなデスクが一つと、血が付いた大量の書類。そして壁には四つの本棚。本棚にはかなりの本が治められているため、確認には時間が掛かりそうだ。



(特に面白そうなものはないか)



 書類などは機密系が含まれているかと思ったが、流石に家の中に機密書類を持ち込む男ではなかったらしい。対革命軍リベリオンについての書類ばかりだが、それほど機密度の高いものではなかった。

 別に持ち出すほどのものでもないだろう。

 他に持ちだすものはないか、部屋を物色し始めた。



「これは指輪? まぁ要らんな。読みかけの本……難しい哲学か? まぁ要らん」



 割と失礼なことを言いながら物色するシュウ。

 しかし、ターゲットを始末したからと油断していた。



「父上! 何があったのですか!」



 扉を蹴り破る勢いで少年が入ってくる。

 父上と呼ぶことから一人息子のアイクなのだろう。



(しまったな。俺の魔力は消していたけど、シュミットの魔力は消せなかったか)



 よく考えれば当たり前のことである。

 自分の家でわざわざ魔力を隠す必要などない。それに魔装も半分ほど解放しかけた。それで魔装士であるアイクは気付いたのだろう。父親が魔装を展開するような事態に陥ってしまったと。

 部屋に入ったアイクは、首が消えた父親の死体を目の当たりにする。



「あ……」


(あ、やば)



 シュウはアイクがシュミットの死体に目を向けている隙にフードで顔を隠す。そしてすぐに振り返り、部屋の窓を開けて身を乗り出した。

 それに気付いたアイクは慌てたように魔術を構築する。

 魔術陣が形成された。



(あれは……)



 後ろ目に魔術陣を解析したシュウはそれが炎の第二階梯《炎槍フレイム・ランス》であることを悟る。これは炎の槍を投げるのではなく、熱線を飛ばす魔術に近い。なので直線上から避ければ問題ないのだ。

 だが、シュウは別の方法で回避する。



(消えろ)



 死魔法で魔術を吸収する。

 いきなり魔術が消えたことで、アイクは慌てた。



「なんで!? そんな!」



 魔術を無効化する魔術などない。

 候補生として優秀なアイクも、実戦経験が少なく取り乱してしまった。それは戦場における致命的な隙となり得る。

 だが、幸運なことにシュウは殺すのではなく逃げることを優先した。

 ターゲットであるシュミットを殺したので、もはや興味がないのだ。



「くそ!」



 アイクは再び《炎槍フレイム・ランス》を使おうとするが、既にシュウの姿はなかった。開け放たれた窓から風が入り込み、ヒラヒラとカーテンが揺れる。

 新鮮な空気で生臭い血の匂いが消えていった。



「うっ……おえぁえええぇ!」



 そこでアイクも死体を意識してしまったのか、夕食で食べたものを吐いてしまう。

 騒ぎを聞きつけた使用人が入ってきた。



「どうされたのですか主人! アイク様!? なんだこの匂いは……」



 家令をしている男がシュミットの死体を目の当たりにして絶句する。

 一瞬だけアイクが殺したのかとも思ったが、親子仲は良好だったのでそれはあり得ない。ならば考えられるのは暗殺者だろう。

 しかし、暗殺とは言え大将軍シュミットを殺せる人物など限られている。

 家令には心当たりがあった。



「『死神』……」

「うぅぇ……なんだよ『死神』って」

「世界最高と言われる暗殺者です……まさか、そんな、馬鹿な……」



 自然と声が震える。

 シュミットを殺せるとすれば、闇組織・黒猫の『死神』しかありえない。『死神』は将軍クルーゲ・ピエルを殺したとも聞いている。

 アリウール邸はその日、喧騒に包まれた。










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