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58話 大帝国での初依頼


 いきなり人前で勝負を仕掛けてきた『獣王』アズカ・フラップ。

 急なことで周囲は凍り付いた。



「言っておくが、テメェに拒否権はねぇ」



 この国は実力主義だ。

 そして獣王軍団の団長という立場を得ている上に、Sランク魔装士の地位もあるアズカは権力もそれなりに持っているのだ。

 そのアズカが拒否権がないと言えば、拒否権などないのである。

 故にシュウを助けてくれるものなどいなかった。

 帝都アルダールで『獣王』アズカはそれなりの知名度を持っているため、誰も止めようとはしない。



「これは俺が自ら申し込んだ勝負だ。逃げるなんて出来ねぇぜ」



 これが権力。

 無茶苦茶である。しかし、シュウもアイリスも逆らうことは出来ない。このまま勝負をして撃退することしか道はないのだ。



「どうするアイリス?」

「面倒なのです。もう勝負した方がいいと思うのですよ。どうせシュウさんが勝つのです」

「まぁ、あの程度ならな」



 これでもシュウは覚醒魔装士すら倒したことがある。愚かなSランク魔装士一人程度、簡単に勝ってしまうだろう。勝負ではなく狩りになってしまうほど実力差がある。

 ここでそれを分からせた方が、話は早く終わる。

 シュウもアイリスもそのように判断した。



「この場で戦うのか?」

「は! 他にどこがあるってんだ?」

「いや、ここって普通に街中―――」

「おら死ねよ!」



 了承した瞬間、即座に襲ってきたアズカ。話を聞かない馬鹿である。

 そこでシュウは正当防衛ということで魔術を解禁した。流石に死魔法は物騒なので、ベクトル反転の加速魔術を盾とした。シュウの前に一瞬で展開された魔術陣を見て、アズカは驚く。

 魔術は詠唱によって展開されるアポプリス式が一般的であり、無詠唱というのは非常に高度な技術なのだ。ましてや瞬時に魔術陣を展開するなど前代未聞と言って過言ではない。

 高名な魔術師であったとしても、魔術は素早く発動できないのが普通なのだ。

 ただ、残念ながらアズカはバカだった。この上なく。

 故にシュウが凄まじく実力のある魔術師であることに気付いていなかった。



「ぎゃっ!?」



 ベクトル反転によって衝撃が自分に全て跳ね返る。その痛みでアズカは叫び声を上げた。その隙をシュウが逃すわけもない。即座に新しい魔術陣を展開した。

 それはシュウが得意とする術式《斬空領域ディバイダー・ライン》。

 地面に魔術陣が広がり、極薄の分解魔術がアズカの体に刺し込まれる。普通は体内の魔力に阻害されて、身体の中に直接魔術を発動させることは出来ない。しかし、シュウは死魔法の応用で一部の魔力を奪い取り、体内に分解魔術を完成させたのだ。



「へ……あ、ああああああああああああああああああああ!」



 シュウが狙ったのは両手両足。

 その全てを切断されたアズカは痛みで転がりながら叫んでいた。大量の血が流れ、周囲に鉄臭さが充満していく。野次馬根性で行方を見据えていた人々は、叫び声を上げて逃げて行った。

 流石にアイリスは呆れる。



「シュウさん。四肢切断は可哀想なのですよ」

「治してやれ。それぐらいなら出来るだろ」

「はーいなのです」



 アイリスは切断されたアズカの四肢をくっつけ、陽魔術を発動させる。流石に腕を生やすのは難しいが、くっつけてから陽魔術を使えば治すことは出来る。

 その要領で、全ての四肢を治した。



「終わったのですよ」

「ああ、ナイスだ」



 シュウは最後に魔術陣を展開し、アズカを覆う。立体魔術陣という常軌を逸したものを惜しみなく使い、それによってアズカを拘束した。

 これでアズカは動けない。



「後は杭でも刺して物理的にも動け無くしておくか」

「物騒すぎるのですーっ!?」



 シュウが魔術陣を展開し、地面から鉄の杭を錬成する。これは《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》を開発するときに物質変換について研究した。地面から鉄の杭を作成するぐらい、簡単なことである。

 その杭を手に持ったところで、待ったをかけた人物がいた。



「少々お待ちください」



 どこからともなく電撃が飛来し、鉄の杭に引き寄せられる。

 そこでシュウは反射的に絶縁させる魔術陣を展開し、電撃を散らした。ゆっくりと電撃が飛来してきた方を見ると、糸目の男がそこに立っていた。



「おお、やりますね。ところでそこに倒れているアズカ君は軍にとって重要な人物です。これ以上、痛めつけるのは止めてくださいますか?」

「先に襲ってきたのはそちらだが」

「非礼は詫びましょう。ここで引いてくださるなら、こちらとしても問題を大事にまで発展させるつもりはありません」



 シュウとアイリスは怪しいその男に警戒の目を向ける。

 それを感じ取った男は、何かを思い出したかのように再び口を開いた。



「申し遅れました。これでも『雷帝』の二つ名を頂く魔装士リュークです。大帝国軍にて雷帝軍団の団長もしております」

「つまりSランク魔装士。コイツと同じか」



 シュウは下に目を向けつつ言葉を漏らす。リュークは頷いて肯定した。



「ええ。彼を回収しに来たのです。よろしいですよね」



 有無を言わせない圧力が放たれる。シュウからすればそよ風程度であり、撥ね退けることも難しくはない。しかし問題にさせるのも面倒なので、素直に引き渡すことを決める。



「別に構わない」

「感謝しますよ。彼にはよく言い聞かせておきます。世の中には強い人など幾らでもいることをね」

「そうしてくれ」

「そうそう。貴方もどうですか? 軍に入ってはいかがですか?」



 唐突な勧誘。

 まともな表向きの仕事を探しているシュウとしては、受けても良い話だ。しかし、軍のように縛られるのは望むところではない。任務によっては、本職である暗殺業が滞ってしまうからだ。

 だからこそ、時間に融通の利くパートタイムの仕事を求めていた。

 故に答えは決まっている。



「残念だが、断らせて貰う」

「そうですか。本当に残念です」



 リュークは意外とあっさり引く。強引に勧誘するつもりはないようだ。

 そもそも、シュウは万全の状態となったアズカを一瞬で無力化した実績がある。強引に誘っても、強引に振り払うことが出来ると思われたのだろう。実力主義に違いはないのだから。



「さてと」



 アズカを背負ったリュークは、シュウとアイリスの方を向く。



「それではデートをお楽しみください」



 細い目をさらに細めて、彼は去って行ったのだった。

 シュウとアイリスは犬にでも吼えられたと思うことにして、デートの続きを楽しむことにした。














 ◆◆◆













 帝都アルダールでの生活は、アズカに襲われたこと以外、おおむね順調だった。仕事は適当に探した結果、割とあっさり見つかった。現在は幾つかのバイトを掛け持ちしつつ、金を稼いでいる。

 これでどこからともなく金を持ってきたとしても、怪しまれることはない。

 あまりに多すぎればバレてしまうが、普通に生活する分には問題ないハズだ。

 そしてもう一つの変化は家を購入したことだ。

 帝都の一等地とまではいわないが、生活に便利な物件を選んで購入した。一括購入のため、金貨を数千枚ほど使用することになった。



「よし、そろそろ仕事するか」

「仕事はしているのですよー」

「バイトじゃない。俺の本職だアホ」



 シュウとアイリスは購入した家で寛いでいた。

 二階建ての一軒屋はかなり高かった。しかし、買っただけの甲斐はある。リビングは広くて開放的だし、キッチンも充分にある。個室もあるし、ゲストルームまで用意できる。二人で住むには広すぎるぐらいだ。

 買ったときにあった汚れはシュウが分解魔術で原子レベルにまで壊している。

 今では新品同様の綺麗さがそこにあった。



「家を買ったから金がない。生活費はバイトで良いけど、金があることに越したことはないからな。まぁ、『死神』が帝都に来ているってアピールを黒猫にする意味もあるけど」



 四年ほど前、死神のコインを通して黒猫から連絡があった。それは帝都アルダールで黒猫幹部の会合が行われるというものである。

 一応は参加するつもりなので、黒猫の酒場に一度顔を出し、『死神』が到着していることを知らせておくのも良いと思った。そして今代の『死神』がどれほどの実力を持っているのか示すためにも、ある程度の依頼はこなした方がいい。

 余分な金は影の精霊に保管させれば問題ない。



「取りあえずはコイツに……」



 シュウは魔力を使用して影の精霊を呼び出す。そして死神のコインと手紙を持たせた。



「酒場に行って依頼を受けてこい」



 これでも『死神』は暗殺者であるため、顔バレを防ぐことは必須だ。情報力が弱かった弱小国ならばともかく、スバロキア大帝国のような大国ではあっという間に調べ上げられてしまう。

 少なくとも黒猫の会合があるまでは平和に暮らしたいので、顔を隠すことにしたのだ。



「便利ですねー」

「少なくともお前よりは賢い」

「酷いのですー!?」



 影の精霊はこっそりとその場を後にした。











 ◆◆◆










 黒猫の酒場。

 それは一見すると何の変哲もない普通の酒場だ。流石は帝都だけあって、揃えられている酒の数や種類はかなりのものである。しかし、滞在している客はまばらだ。

 時間帯の上で客が少ないのは勿論だが、この酒場は人気も微妙なのである。

 何故なら内装の趣味が悪い。

 また、掛けられている音楽の趣味も悪い。まるでわざと客を遠のけているのではないかと疑いたくなるものだった。

 実を言えば、それは的を射ているのだが。



「ん……?」



 グラスを拭いていたマスターは足元に黒く渦巻く闇を発見する。それは魔力を発しており、魔術か魔装によるものだと判断できた。

 マスターは警戒して下がる。

 丁度一人いた客はどうしたのかと問いかける。



「何かあったのですか?」

「悪いが警戒してくれや。あれを見な。魔力の反応だ。攻撃されたのかもしれねぇな」



 客の一人への話し方。そこから、客も黒猫の関係者だと分かる。



「気を付けな『鷹目』の旦那」



 そう、客は『鷹目』だった。

 黒猫の幹部であり、情報を司るというのはマスターも知っていた。戦闘力よりも逃げることや撹乱に特化しているため、いざとなればマスターは『鷹目』を逃がすつもりだった。

 しかし、『鷹目』は立ちあがってマスターの肩に手を置く。そして落ち着いた口調で告げた。



「大丈夫ですよ。私はこの魔力に覚えがあります」

「は? いやでも……」

「これは『死神』の魔力です。五年……いや四年前ですか。一度会いましてね」



 黒い渦から現れた影の精霊を見て『鷹目』は嬉しそうな顔をする。以前は神聖グリニアで聖騎士をやりつつ情報を集めていたのだが、今は帝国に潜んでいる。

 そしてまた、情報操作によって遊んでいたのだった。



「まぁ、マスターも見ていてください」



 『鷹目』がマスターを落ちつけてじっと待っていると、蛇の形をした影の精霊は、スルスルと机を登ってきた。そして口から『死神』の金貨を吐きだす。髑髏とナイフが刻印されたコインを見間違えるはずもなく、マスターは驚く。

 同時に影の精霊は手紙も一枚吐きだした。



「マスター。恐らくあなたへの手紙ですよ」

「ああ」



 マスターは手に取って手紙を読む。

 挨拶や自分が『死神』だという序文をサッと読み飛ばし、本題を頭に入れる。要約すれば、仕事が欲しいという内容だった。



「なるほど。丁度いい」



 マスターはニヤリと笑みを浮かべる。



「さっきアンタが相談してきた仕事を『死神』に任せようじゃねぇか」

「あの話ですか。確かに、あれは『死神』ならば簡単でしょうね」

「おいおい。アンタも随分と信頼しているんだな」

「ええ。彼の恐ろしさは身に染みていますからね」



 マスターは依頼情報と共に、報酬前金となる六百金貨を袋に詰める。それを影の精霊に渡すと、黒い蛇の姿をしたそれは一口で呑み込んでしまった。

 影の精霊は、そのまま再び黒い渦に消えていったのだった。









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