<< 前へ次へ >>  更新
56/365

56話 帝都

本日から古代篇4章を開始します。

暫くは毎日更新です。尤も、予約投稿だけして私は旅行に行きますが(笑)


 スバロキア大帝国はスラダ大陸西方を支配する巨大国家だ。唯一の皇帝を中心に国家が成立している。また、皇帝を輩出する四つの大公家、ノアズ家、イスタ家、サウズ家、ヴェスト家の権力も強い。

 そしてスバロキア大帝国の特徴として最も注目するべきなのは、実力主義という点だ。

 また資本主義でもある。

 魔装士としての純粋な力、古くから続く名家などの権力、そして何よりも財力、これらがものを言う世界なのである。力ある者はのし上がり、力なき弱者は搾取される。

 そんな国の首都アルダールにシュウとアイリスは入り込んだ。



「ようやくか」

「遠かったですねー」

「だいたい四年か。まぁ、徒歩ならこんなものか」



 大帝国首都の大通りを歩きながら二人は感慨深げに話し合っていた。エルドラード王国での革命軍リベリオン事件からおよそ四年。革命軍リベリオンの動きは徐々に広まっていき、いまやスバロキア大帝国の圧政に対抗する一大組織へと発展していた。

 一部では神聖グリニアから支援を受けているという噂もあるが、シュウもそこまでは事実かどうか確認していない。



「それにしても賑やかだな」

「なのですー」

「他国とは桁違いだ。経済力は特にな」



 首都アルダールはスバロキア大帝国で一番の都市だ。当然、その栄華もひとところに集まっている。大通りには繁栄の欠片が見えていた。



「あれは……?」

「観劇のようですねー」

「無料でやっているのか?」

「そうみたいです。無料って書いてあるのですよー」



 観劇自体は無料だが、飲み物や食べ物は有料で売っている。どうやら、観劇は国が運営している劇団で、文化の向上を目的として無料で公演しているらしい。

 飲食を売っている者たちは、無料公演に便乗しているだけのようだ。

 こうして国民の衣食住ではなく、文化的向上を国策として進めることが出来る時点で、スバロキア大帝国がいかに豊かなのか理解できる。



「少し見て行くか」

「賛成なのです」



 シュウとアイリスは適当な飲み物を買い、劇が見える位置に座る。途中から見ることになったので話の流れは分からない。だが、魔装士と思われる男が杖を片手に大げさな仕草でセリフを叫んでいた。



「陛下! この私があの獄王ベルオルグを打ち倒して見せましょう! 恐怖におびえる民を憂う陛下を私の魔力で救い出して見せます!」

「おお。そなたならばそう言ってくれると確信していた。頼むぞ魔装士アルベインよ!」



 普通そんな喋り方しねぇだろ、というのはナンセンスである。

 何故なら劇の公演なのだから。



「ああ獄王! だが、あれを倒すには私でも足りぬ。どうすればよいのだ!」



 シーンが変わって魔装士アルベインが苦悩する。



「そう、私では足りぬのだ。命を懸けて封印するしかない。だが、それでは妻と子が残されてしまう。私はどうすれば良いのだ。陛下と国民、あるいは家族……どちらを取れば良いのだ……っ!」



 迫真の演技で悩む姿が演じられている。思わずシュウとアイリスも見入ってしまった。そして、その話を見てシュウは思い出していた。



(確か、前に本で読んだことあるな。スバロキアの勇者だったか)



 獄王ベルオルグを杖に封じた魔装士の勇者アルベイン。

 一応は歴史上の事実のようだが、こうして物語となった過程で幾つかの加筆が行われているのは確かだろう。シュウとしてはあまり興味のない話だが。



(ただ……獄王ベルオルグを封じた杖。実在しているのか?)



 伝承によれば、かつて王の魔物、獄王ベルオルグが実在したのは本当らしい。シュウも書物を読んで勉強しているし、各地域に伝わる伝承にも気を付けている。

 そして獄王ベルオルグが存在したとすれば、それを封じた杖が実在してもおかしくはない。



(まぁ、今は良いか)



 興味はあるが、わざわざ調べるまでもないことだ。

 今は観劇に集中することにしたのだった。











 ◆◆◆









「結構面白かったのですよ」

「ああ、本で読むのとはまた違った迫力がある。また観てもいいか」



 感想を交わしつつ二人は帝都の通りを歩いている。この帝都アルダールは見所ばかりだ。ついつい、色んな方向に足を向けてしまう。

 しかし、まずは宿を探さなければならない。

 帝都なので宿も多いだろう。しかし、夕暮れになるまでに入りたい。



「その内、家でも買った方がいいか」



 帝都にはそれなりに滞在するつもりである。宿に泊まり続けるのも金がかかるので、家を借りた方が結局は安上がりになる。更に長く滞在するなら、中古でも買ってしまった方がいい。



「アイリスはどのあたりに住みたい? それを見ながら帝都を回ろう。ついでに宿を探すか」

「やっぱりお城が見える場所がいいのですよ! 名所なのです!」

「あれ、観光できるのか?」

「外観を見るなら自由なのですよ」

「それはそうか」



 栄華を誇る大国の城だけあって、その作りは荘厳の一言だ。

 帝都の中心にそびえる城はどの角度から見ても美しさが損なわれない。妥協のない、皇帝の威厳を充分に示すことが出来るものだ。



「帝都は食べ物も充実している。金さえあれば困ることもなさそうだな」

「シュウさんはアレで稼ぐのです?」

「暫くは稼ぐ必要のないぐらい金は持ってる。革命軍リベリオンのお蔭で暗殺依頼は幾らでもあったからな」

「そう言えば私ってお財布事情を知らないのですよー」

「贅沢しなければ五年は暮らせる。贅沢しても一年は余裕だな」

「凄いのです」



 現在、スバロキア大帝国は革命軍リベリオンという潜在的脅威にさらされている。属国は圧政から解放されるために、密かに革命軍リベリオンへと手を貸す。

 中には、王族の一人をスバロキア大帝国に従属させ、別の王族は革命軍リベリオンを支援させることで、勝った方に付くという蝙蝠根性を見せる国もある。

 国が期待してしまうほど革命軍リベリオンは強いのだ。

 そして、革命軍リベリオンが強い力を手に入れたのは、シュウが『死神』として多くの暗殺を成功させたからである。革命軍リベリオンにとって邪魔な存在は『死神』が処理してきた。故にあっという間に力を増したのである。

 ともかく、暗殺のお蔭でシュウの懐は非常に温かかった。

 影の精霊に持たせた分だけでなく、銀行口座にもかなりの額が貯金されている。



「そう言えばお腹すいたのです」

「適当な店に入るか」

「あそこなんかが良さそうなのです!」



 アイリスが指差したのは魚料理の店だった。

 焼いたり、煮たり、揚げたり、生だったりと種類も豊富らしい。流石は大都会と言うべきか、調味料も調理方法も桁違いである。料理も文化の一種であり、属国から様々な文化を吸収して融合してきたスバロキア大帝国はあらゆる料理が揃っていた。

 恐らく、どの店に入っても外れはないだろう。

 そう思わせてくれる。



「人が並んでいるな。そこそこ待つことになりそうだが?」

「それだけ美味しいということなのですよ。早速並ぶのです!」

「わかった」



 シュウは魔物であり、空腹という概念はない。幾ら待ったとしてもシュウは構わない。

 結局のところ、食事は魔力の獲得手段でしかないのだ。それに、魔力獲得も敵を殺したり死魔法を使った方がはるかに効率がいい。シュウにとって食事など、娯楽に過ぎない。

 ちなみに、暗殺の中でかなりの魔力を獲得したシュウだが、次の進化はまだ遠いようだ。



「ところでシュウさん」



 列に並ぶアイリスはシュウに話しかける。



「帝国では何をするのです?」

「んー……」



 シュウは少しだけ空を見上げ、思考を整理する。

 それからアイリスに向かって答えた。



「一つは情報集め、あとは例の会合だな。特に情報集めは魔術関連の知識が欲しい。戦略級魔術……つまり第十階梯もお前に覚えさせておきたいし」

「えー……そんな魔法いらないのですよー。それより陽魔術を鍛えたいのですー」

「そう言えばお前は陽魔術も得意だったな」

「回復の陽魔術はどこでも重宝されるのです。鍛えて損はないのですよ」



 シュウはそれも予定に組み込む。

 そしてシュウにとってメインとなるのは黒猫の会合だ。『死神』として幹部の会合に参加するのは義務らしい。シュウも組織の恩恵を受けているので、義理は果たす。そのつもりだった。



「優先順位は住処、次は本でも買って優雅に過ごすか。観光しながらな」



 シュウとアイリスが列に並びながら話し合っていると、通りの向こうが騒がしくなった。ざわざわと人々が話す声の他に、罵声も聞こえる。道を開けろ、邪魔だ、という声が遠くまで響いていた。

 そして人の波が分かれていき、通りの中央が開かれる。



「シュウさん」

「ああ、なんだ? 貴族でも通るのか?」

「どこの国でも大変なのです」



 だが、現れたのは貴族ではなかった。

 武装した多数の集団が帝都アルダールの外からやってきたようだ。見ると帝国軍の制服を纏っている。



「何処かの部隊か……?」



 シュウは疑問に感じつつ、周囲の様子を窺った。

 自分たちは帝都アルダールに来たばかりだが、ここの住人は現れた軍人の正体を知っているだろうと思ったからだ。

 事実、耳を傾けるとヒソヒソと話す住人が情報を与えてくれた。



「あれって……アズカ様じゃない?」

「あの『獣王』の? 初めて見たよ」

「獣王軍団の団長、そしてSランク魔装士だからね。私達とは天と地ほどの差があるわ」

「格好いいわねー」

「まぁ、性格は最悪って噂だけどな」

「シッ! 聞こえちゃうわよ」



 スバロキア大帝国軍にはSランク魔装士が大量にいる。

 歩いてきた軍団の先頭を行くアズカという男もSランク魔装士の一人である。



「確かにかなりの魔力だな。だが、覚醒はしていないか」

「かなり強い魔装士ですねー。流石はSランクなのですよ」



 シュウもアイリスも無系統の魔力操作魔術《感知》でアズカを調べる。かつ、《隠蔽》によって魔力を隠した。

 『獣王』アズカと呼ばれた人物は随分と偉そうに歩いている。実力主義のスバロキア大帝国において、Sランク魔装士とは最高峰の権力者に準ずると言って過言ではない。偉そうな態度は事実でもあった。

 アズカは軍団を率いながら舌打ちする。



「ちっ……邪魔な奴らだ。俺は腹が減ってんだよ」

「団長抑えてくださいよ。国民に暴力振るうなんてダメですからね」

「うるせぇな」

「うぐっ……」



 アズカは副官と思しき男を殴った。殴られた男は腹を抑えながら呻く。それでも倒れないあたり、魔装士としてかなりの実力があるのだろう。無系統魔術《障壁》で守ったのだ。

 ただ、その防御を貫いている時点でアズカの実力がS級だと分かるのも確かだ。



「ああ、腹減ったな。任務終わりなんだからさっさと飯食いたいんだよ」



 獣王軍団はとある強大な魔物を討伐する任務に出かけていた。その魔物はアズカ一人でも討伐可能だったが、皇帝の威信を示すためにも軍団で出向する必要がある。アズカは面倒臭かったのだ。

 そのストレスを発散するためにも、腹に何か収めたかった。



「おい、もうあそこでいいだろ。入ろうぜ」



 遂にアズカは魚料理で有名な店を指さす。それはシュウとアイリスが並んでいる店だった。

 先程殴られた副官の男はすぐに諫める。



「だからまだ任務中です! 城に帰るまでが任務だと何度も――」

「うっせぇっての」

「がふ……うっ」

「後は任せたぜぇ。報告も宜しくな!」



 勝手なアズカは副官にすべて任せて店の方に歩いていく。他の団員も、実力であの『獣王』アズカを抑えることが出来ないのだ。故に何も言えない。反抗すれば、副官のように殴られるのがおちだ。せめて防御できる実力がなければ、全治数か月は免れない。

 悠々と店の方に近づいたアズカは、並んでいる客に向かって叫んだ。



「邪魔だ! どけろ!」



 如何に実力ある者だとしても、それはマナー違反である。これは当たり前のことであり、実力主義のスバロキア大帝国であったとしても普通のことだ。

 だが、若くして魔装の力に目覚め、Sランク魔装士としてチヤホヤされてきた者の中には勘違いしてしまう者もいる。『獣王』の魔装士アズカ・フラップもそんな勘違いをしている魔装士の一人だった。



「俺はSランク魔装士だぞ! 『獣王』のアズカ様だ! お前ら下民はさっさとどけろ」



 あまりに横暴である。

 そして並んでいた人々は渋々と引き始めた。横暴であり、抗議できる事態ではある。しかし、結局のところはアズカが強過ぎるのだ。一般人からすれば、雲の上の存在。

 退避するしかないのである。

 しかし、シュウとアイリスだけは避けなかった。



「なんだ。空けるなら俺たちが進んでいいのか?」

「シュウさん空気を読むのですよ……」

「ふん」



 寧ろ空いた列を勝手に進んで前に行く。当然、アズカなど存在していないかのように無視だ。

 無論、破滅ルイン級の魔物であるシュウはSランク魔装士が複数名でようやく勝負になる強さだと言える。また、死魔法を使うシュウを相手にするには覚醒魔装士でなければ即死は免れない。

 つまり、一般人からすれば脅威となるSランク魔装士でも、シュウからすればそこそこ程度でしかないのだ。正直、無視しても問題ない程度である。

 若造の魔装士なら尚更だった。

 ただし、当然ながらアズカは怒り狂う。



「てめ! 俺を無視するんじゃねぇ!」



 アズカは怒りで歯をむき出しにした。

 いや、変身系の魔装士であるアズカが獅子に変化したのだ。いかに獣王軍団の団長と言えど、街中で魔装を勝手に発動することは禁止されている。

 その禁を破ってまでアズカは怒りを表した。

 つまり彼は馬鹿なのである。



「死にやがれ」



 そしてアズカはシュウに襲いかかった。

 愚かな行為と知らずに。












<< 前へ次へ >>目次  更新