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55話 招集の知らせ


 革命軍リベリオンとエルドラード王国警備隊および傭兵団の戦いは熾烈を極めていた。だが、士気の高い革命軍リベリオンの力は一方的であり、あっという間に王都城郭の正面門へと辿り着いた。

 破られるのも時間の問題だろう。

 王城では第一王子ロータスが近衛の魔装士を集め、逃げる準備をしていた。



「早くしろ!」

「殿下。しかし殿下の母上様、王妃殿下はどうなされるのですか」

「どうでもいい! それよりも私だ」



 最近のロータスはかなり荒れ気味だった。エルドラード王国政府の敗戦が続き、王家の信用は地に落ちていると言って良いだろう。比較的に権威のあった第一王子という地位も、今や表面的なものでしかない。

 多くの貴族が既に離反し、民の信用もない。

 控えめに言って落ち目の王族だ。

 何より、ロータスの横暴によって臣下たちすらもついていけないと思い始めているのだから。



「早くいくぞ! 何をしている」



 渋い顔で立ち止まっている衛兵たちに向かってロータスは叫ぶ。

 だが、八人いた衛兵の内、六人がロータスに向かって槍を向けた。



「な……何をしている! 無礼だぞ。私を誰だと思っている!」



 残る二人は咄嗟にロータスを庇う位置へと移動するが、槍の石突きで鳩尾を殴られて倒れた。衛兵の内、リーダー格の者がロータスに向かって呟く。



「もはや貴方にはついていけません。近頃の横暴はもはや見逃せるものではない。侍従や侍女に向かって日常的に暴力を振るい、国の財で豚のように食い漁る。これではもはや仕える方と思えません」

「なんだと!」

「私達は第三王子レインヴァルド様に下りました。大人しく捕らえられてください」

「馬鹿な……裏切りだと!」

「違います。先に裏切ったのは貴方ですよ。ロータス殿下」



 衛兵はすぐにロータスを取り押さえようとする。

 しかしロータスはこれでも王子である。いざという時のために護身用の魔道具も持っていた。激しい閃光によって目をくらませる魔道具である。

 攻撃性の高い魔道具は使い方を間違えると自爆しかねないので、この程度が最適なのだ。



『ぐああああああああああああああ!』



 衛兵たちが目を抑えて叫んでいる隙にロータスは逃げる。そして王家だけが知る秘密の逃走通路に向かっていた。

 とある通路にかけてある絵画の裏に鍵穴があり、そこにロータスが持つ鍵を差し込むことで隠し扉が開かれる。その奥が地下に通じる逃走路なのだ。



「裏切り者が……!」



 ロータスは悔しさに拳を握りしめつつ走る。

 自分は第一王子であり、生き延びることさえできれば何とでもなると考えていた。現に出奔した第三王子であり弟でもあるレインヴァルドはそれを成し遂げた。レインヴァルドに出来て自分に出来ないはずないと思ったのである。

 今のロータスについていく者が一人としていない時点で、レインヴァルドと同格とは言い難いが。



「まずは……大帝国、に、逃れなければ……な!」



 エルドラード王国はスバロキア大帝国の属国である。革命軍リベリオンに支配されようとしている今、正当な王家の後継者であるロータスには価値があると見なされるだろう。

 ロータスはそのように考え、大帝国に亡命しようとしていた。

 だが、甘い。



「やはりここに来たかロータス」

「誰だ……!」



 通路の暗がりから呆れた口調で声が飛んできた。ロータスは立ち止まり、鋭く聞き返す。

 すると、通路の向こうから複数の人間が現れた。その先頭に立っているのはレインヴァルドである。



「貴様! レインヴァルド!」

「久しいですねロータス……いえ兄上」

「黙れ賊が!」



 その言葉に反応して側に控えていたレイルとリーリャが剣を抜いて構える。武器を向けられたロータスは思わず悲鳴を上げた。



「ひっ……」



 レインヴァルドは二人を制して再びロータスに語りかけた。



「既に父上……いや国王陛下は捕らえた。王家の隠し通路から逆に侵入してな。大人しく捕まれ」



 もはや丁寧な言葉もやめたのか、些か命令口調である。すでに表の革命軍リベリオンは殆ど勝利が確定しており、裏ルートから侵入したレインヴァルドの部隊によって王族も捕らえられようとしている。

 革命軍リベリオンの勝利は確定だった。



「断る! 私は大帝国に逃れ、再び正当な王家を復活させる。血の繋がった弟と言えど、貴様のような逆賊にエルドラード王家を渡すことなど出来―――」

「無礼な」

「ぎゃあああああああああ!」



 リーリャが手に持っていた短槍でロータスの右足を突いた。激痛によって叫び、血を流しながら通路で倒れて足を抑える。

 レインヴァルドは呆れたようにリーリャを諫めた。



「落ち着け。ここで殺すわけにはいかないのだからな」

「しかしレイ様。こんな無礼者を許すわけにはいきません」

「これでも血の繋がった兄上だ。最後は名誉ある処刑で終わらせてやりたい」

「……はい。申し訳ございません」



 リーリャはすぐに頭を下げた。そしてレイルがロータスに近づき、簡易的な治療を施す。



「これで王城も制圧だ。このまま王座に向かい、臣下たちも全て掌握する。行くぞ」

『はっ!』



 この日、革命軍リベリオンは反政府テロ組織ではなく、エルドラード王国の正当な支配者となった。














 ◆◆◆













「陛下、本日の執務はこれまでとしましょう」

「……そうだな。リーリャはお茶でも入れてくれないか?」

「かしこまりました」



 数か月後、レインヴァルドはエルドラード王国の新たなる王として君臨していた。今や革命軍リベリオンではなく、正当な政府となったのだ。

 しかし革命軍リベリオンが解体されたわけではない。



「私達の道は始まったばかりだ。盤石にしなければならない。時間はかかるが、今は耐えるときだ」

「独り言ですか?」

「ああ、やるべきことを確認しなければ。やるべきことを忘れそうになってしまうからな。私の目的はエルドラード王国の王になることではない」

「スバロキア大帝国の圧政から解放されること、ですよね」

「ああ」



 そのとき、執務室に側近のレイルが入ってきた。

 今、彼はレインヴァルドと革命軍リベリオンの架け橋となって働いている。



「レイ様。革命軍リベリオンからの報告です。付近の属国と交渉を開始しました」

「そうか!」



 レインヴァルドは立ちあがって喜んだ。



「ようやくスバロキア大帝国に対抗する二歩目を踏み出したな。よくやったぞレイル」

「はいレイ様。あの革命の日、『死神』がスバロキア大帝国の絶影軍団を滅ぼしてくださいました。そのお蔭でスバロキア大帝国は革命軍リベリオンを過剰に警戒しています。各駐屯地の軍団も最低限を残して本国に戻りましたからね。これで革命軍リベリオンは裏で活動しやすくなります」

「スバロキア大帝国の圧政に苦しむ属国は多い。少しずつ賛同者を集めよう」

「勿論ですレイ様……いえ、陛下。このレイルに任せてください」

「頼りにしているぞ」



 エルドラード王国を手に入れても革命軍リベリオンの活動は終わらない。レインヴァルドを影のリーダーとして、新しい指導者の元、まだ活動をしている。

 多くの魔装士と技術を持つ大帝国に反旗を翻す、その意思は着実に広がっていた。













 ◆◆◆













 一方でスバロキア大帝国では、一部で混乱が広がっていた。

 金獅子の紋章を授かり、Sランク魔装士という地位すら持っている『絶影』のクルーゲ・ピエルが死んだからだ。彼は大将軍にすら近いとされていた逸材。その損失は計り知れない。



「皇帝陛下ァ。どうするんだ?」

「煩いぞ。というか敬え。俺は皇帝だ」

「幼馴染ばかりの会議だから今更よねぇ?」

「……一応は公的な会議だ。ちゃんと皇帝陛下は敬え。幼馴染とは言え、今は目上の存在だ」

「どちらの意見も一理あるが、今はどうでもいいだろう?」



 円卓を囲むようにして五人の人物が座っていた。

 尤も豪華な椅子に座るのがギアス・スリタルティ・ムルジフ・バラット・ノアズ・スバロキア。スバロキア大帝国の皇帝である。残る四つの席に座るのが皇帝に次ぐ権力を持った大公家の当主たちだ。

 スバロキア大帝国は頂点の家系としてノアズ家、イスタ家、サウズ家、ヴェスト家の四大公家がある。歴代の皇帝は、この四つの大公家から選ばれることになっている。

 現皇帝ギアス・スリタルティ・ムルジフ・バラット・ノアズ・スバロキアは、その名の通りノアズ家から選ばれた皇帝である。そして現ノアズ家は皇帝の従兄に当たる人物が当主に就いている。馴れ馴れしかったのはそれが原因だ。



「で、陛下。『絶影』の穴はどうやって埋める?」

「そうだ。サウズの言う通り、早急に対処する必要がある。全く、幾ら東端にある属国の出来事とは言え、情報速度が遅すぎるのは問題だな」



 ちなみにこの会議では苗字で呼び合う。

 四大公家の子は生まれた時、全ての大公家から一つずつ名前を貰う。名目上、四大公家は等しい地位を持っているため、平等を計るために名字で呼ぶのだ。友人同士の付き合いならば、実家によって付けられた名前を名乗るのが一般的である。

 例えば皇帝ならばギアスを名乗る。



「イスタ。お前が手に入れてきた情報だったな。詳しく話せ」

「分かりましたわ。とは言っても、それほど細かいことは分からないの。黒猫が関わっているらしいということは判明しているのだけど……」

「黒猫か」

「面倒臭いな。裏組織は辿るのが大変だ」

「そうね。どうやら『絶影』を殺したのは『死神』だそうよ」

「意外だな。暗殺者に殺されるような奴ではなかったと思うが……」

「かなり派手な殺され方をしていたと聞いたが……本当に『死神』の犯行なのかと疑うな」



 Sランク魔装士というのはそれだけの力を持っている。

 有名な闇組織の幹部『死神』と言えど、殺されたなど俄かには信じがたい。しかも、暗殺ではなく正面戦闘で殺されたような形跡もある。そもそも絶影軍団が全滅していたのだ。とても暗殺とは言い難い。



「陛下、少なくともあの『絶影』と絶影軍団を一網打尽にできる何かが存在していることは確か。念のために付近のSランク魔装士は引き上げています。情報を共有し、何が起こったのかを調査することが先決かと」

「それでいい。おいヴェスト、お前は裏組織にも伝手があったな。黒猫を探れ」

「いいでしょう。承りました」



 皇帝と四大公家の円卓会議はまだ続く。



「さて、次の議題だな。そろそろ北部の属国で反乱が起きそうだとか?」

「それは俺が出した報告書だな」

「お前かノアズ」

「詳しい資料は出来ている。まずはこれを見てくれ」











 ◆◆◆











 冥王シュウ・アークライトとアイリスはエルドラード王国から離れて東に向かっていた。その途中で立ち寄った村の宿に二人は泊まっていた。



「ん?」

「どうしたのです?」

「いや、ちょっとな」



 シュウが唐突に取り出したのは『死神』のコイン。表には杖を持った猫、裏には髑髏とナイフが刻まれている。闇組織・黒猫の幹部である証……それが小さく震えていたのである。

 まるで携帯電話の着信だった。



「なんだ……」

「これ、魔道具なのです? 魔力を受信しているのですよ」

「通信するようなものじゃないな。一方的にメッセージを受け取る道具か」



 震えるコインは魔術陣を展開し、シュウは魔術陣を読み取る。これによってメッセージ受け取る仕組みが組み込まれていることに気付いた。ただのコインだと思っていたが、実は魔道具だったらしい。

 魔術陣が展開し終わると、それは一つの文章になる。



『五年後、第六の月、第十一の日、スバロキア大帝国の帝都に集まれ』



 それを見た瞬間、シュウは一つのことを思い出す。



「そう言えば『鷹目』が言っていたな。幹部には定期的な集会に出席する義務があるって」

「じゃあ、これがそうなのです?」

「だろうな」



 シュウは『死神』のコインを手に取り、懐に仕舞った。



「五年後とは悠長だが……各地の幹部を帝都に集めるまでの時間だろうな。その点、俺たちは都合がいい。このままゆっくり帝都に向かうとしよう」

「なのです!」

「目標は変わらず。スバロキア大帝国の帝都アルダールだ」












これで古代篇3章・革命軍は終わりです。

今章は次章以降に向けた伏線の意味が強い章です。なのであまり面白くなかったかもしれませんね。また4章が完成してから投稿しますので、暫くお別れです。ではまた!

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