54話 無情の魔術
遂に王都ドレインではエルドラード王国警備隊および魔装士の傭兵団、そして
互いに武器を構え、魔力を滾らせる。
しかし、士気は圧倒的に
「レイ様。遂にこの時が来ました」
「ああ。お前たちにも苦労を掛けたな」
最後の軍議を行う
そこではリーダーのレインヴァルドを始め、
「さて。俺たちは腐敗したエルドラード王国に見切りをつけ、新たな光として立ち上がった。一時は壊滅に追い込まれたが、遂にここまで巻き返したのだ!」
その功績に黒猫の『死神』が関わっていることは暗黙の了解だ。
暗殺者の活躍は闇に葬られるべき。これは権力者の誰もが知っていること。故にレインヴァルドもあえてこの場では口に出さない。
「今こそ祖国に真の王を取り戻す時だ。この俺が! いや、私が! レインヴァルド・カイン・リヒタールが新たな王としてエルドラード王国を取り戻す。スバロキア大帝国から!」
その演説に幹部の誰もが席を立ち、敬礼する。
彼らは既にレインヴァルドを王としているのだ。
「さぁ、出陣だ! 第一王子ロータス、そして国王ヤンバールを捕え、国を取り戻す!」
大帝国の圧政から逃れる初めの一歩。
まだ一歩ではあるが、重要な一歩だ。決して踏み外すことは許されない。後退するなどもってのほか。
「作戦通り、城門を破るふりをして正面から戦う。王家の者は隠し通路を通って逃げようとするだろう。先回りをして王族を捕えるのだ。警備兵団はエルドラード王国の治安を守るために必要。殺し過ぎるな」
『はっ!』
決戦が始まった。
◆◆◆
一方、冥王シュウと魔女アイリスは大帝国軍駐屯地と王都ドレインを結ぶ軍用道路にいた。王都で決戦する
それを殲滅するのがシュウの仕事なのだ。
本来はクルーゲだけ暗殺すれば依頼達成なのだが、アイリスの魔術練習に最適と考え、軍団ごと迎え撃つことにしたのである。
「そろそろだ」
シュウは水魔術でレンズを作り、振動系魔術で焦点距離を調整して遠距離にいるクルーゲの絶影軍団を捕捉する。その距離はまだまだ遠い。
しかし、魔術の射程には入りつつある。
風の第九階梯《
制御が難しい戦術級魔術を発動した上にちゃんと当てるのは結構難しいのだ。
何故なら、シュウのように魔術を解析しているのではなく、何となくのイメージと詠唱で発動しているのだから。
「うー。ほんとにやるのです?」
「さっさと詠唱始めろ。俺が照準と制御の補助をしてやる」
「はいはいなのですよー」
アイリスは渋々だが詠唱を始めた。シュウは全く興味のないアポプリス式魔術の詠唱。覚える気もないのでさっさと制御に集中する。
(エリア指定、空気分子の解析開始、完了、分布掌握)
絶影軍団は刻一刻と移動しているため、エリア指定はそれを予測した地点となる。アイリスの詠唱にシュウの制御が加わるならば、問題なく発動できるだろう。そこは問題ない。
一番の問題は、その空間が情報改変されている形跡を察知されることだ。
高度な魔術や魔装の使い手は、その力の兆候を知ることが出来る。特にエリア指定の魔術は、魔力によって世界へと思念が伝えられた兆候が分かりやすい。気を付けていれば分かってしまう。
それを隠蔽するのがシュウにとっての大きな課題だ。
「アイリス、いけるか?」
「い、けるのです!」
「やれ。絶影軍団を滅ぼす」
「風の第九階梯《
戦術級魔術が発動した。
◆◆◆
「将軍、すでに王都では
「そうか。これならば、我らが到着するときには丁度良い塩梅となっていよう。陛下より預かったこの軍団を以て
「ええ、勿論ですピエル将軍」
『絶影』の二つ名を持つSランク魔装士クルーゲ・ピエルはスバロキア大帝国の将軍だ。金獅子の紋章を授かっただけあり、その功績は凄まじい。
単独での敵拠点制圧、一度の戦場で五百人を超える撃破、属国で発生した反乱の早期鎮圧など、挙げきれないほどの功績によって軍における二番目の権威、将軍の地位を手に入れたのだ。さらに上の地位である大将軍も近いとされている。
恐らく、このエルドラード王国における
そしてクルーゲもそれを確信していた。
「此度の鎮圧。失敗は許されんぞ」
「存じておりますよ将軍。尤も、『絶影』たる貴方がいるのですから、敗北はあり得ません。そしてこの絶影軍団にはAランク魔装士、Bランク魔装士ばかりが揃っています。強いといっても田舎の属国で蜂起した賊なのですから、負ける要素など微塵程度もありませんよ」
「聞けば闇組織・黒猫が
「将軍もお耳に入れていましたか」
「この我を侮らぬことだ。『死神』が奴らに手を貸したそうだな。あの気まぐれな暗殺者が負けの確定した賊に手を貸すとは意外だったが」
「ええ。しかし黒猫は行動が不明ですからね。考えるだけ無意味かと」
黒猫という組織はスバロキア大帝国において非常に大きな名を持っている。リーダー『黒猫』を含めた十一の幹部が仕切っているとされており、どのような目的でどのような活動をしているのかは全く知られていない。
尤も、黒猫は幹部が自由気ままに活動する組織だ。
目的不明であることも仕方がない。
「だが『死神』も所詮は暗殺者。軍団相手ではどうにもなるまい」
「どうせなら武に優れるとされる『
「ククク。それもそうだな」
護衛の仕事において右に出る者はいないとされるのが黒猫の『黒鉄』だ。Sランクにも匹敵する魔装士であるとされている。戦闘力もかなりものものだ。尤も、その正体は不明だが。
しかし、軽口を叩いていられたのはその時だけだった。
「そ、総員! 防御だ! とんでもない魔術反応がある!」
叫んだのは感知が得意な団員だった。
行軍において弱点となるのは集団であることだ。大魔術を撃ち込まれると一発で全滅する。勿論、それだけの魔術を行使する代償に見合った成果が必要だ。その点、絶影軍団を大魔術一発で滅ぼせるなら、高位の魔術師を数人犠牲にしたとしても割に合う。
あり得ぬ話ではなかった。
クルーゲは全員に指示を出す。
「総員、魔力障壁を張れ」
流石は訓練された軍団である。クルーゲの指示に従い、無系統魔術で防御を張る。これは魔力を使って体に纏う障壁を張る基礎的な術であり、訓練すれば割と誰でも会得できる。
ある程度の魔術や魔装攻撃、そして物理攻撃を防ぐことが出来る。
しかし、意味がなかった。
「ぐ……ああ」
「うぐっ……」
「……っ!」
団員たちは首元を抑えて苦しそうにする。そして顔を青ざめさせて倒れた。
クルーゲは目を見開いた。
「これは……!」
途端にクルーゲも息苦しさを感じる。
咄嗟に口元を抑えた。
(毒……いや、違う! まさか―――)
◆◆◆
「死んだな」
「発動しちゃいましたね……第九階梯が」
「当たり前だ」
風の第九階梯《
これは空気中の成分を百パーセント窒素に偏らせる魔術だ。つまり、エリア内の生物は窒息死する。絶影軍団が障壁の無系統魔術を使っていたが完全に無意味だった。
「しかし奴らも意外と優秀だったな。俺が隠蔽を張ったハズなんだが……最後の一瞬で気付かれた」
「うー。発動も結構大変だったのですよ」
「だが成功しただろう。いずれは一人で発動できるようになれ」
「えー。厳しいのですー」
そもそも戦術級魔術は一人で発動するような術式ではない。本来、宮廷につかえるレベルの魔術師、あるいは魔装士が複数名でようやく発動を成功させる。
シュウの助けがあったとはいえ、アイリスは単独で発動を成功させたのだ。
褒めてしかるべきである。
ただし、褒めると調子に乗るので敢えてシュウは褒めなかったが。
「ん……?」
そのとき、シュウは何かに気付いた。
キョロキョロと周囲を見渡していると、アイリスが尋ねてくる。
「どうしたのです?」
「いや、ちょっとな」
シュウが感じ取ったのは魔力。それも隠蔽の感覚があった。しかし、一瞬で消えた気がしたのだ。どうしても違和感がぬぐえず、キョロキョロと見まわしていたのである。
(魔術関連なら……)
仮に何かの力で隠蔽が働いているのだとすれば、エネルギーを奪ってしまえば良い。
シュウは死魔法で周囲のエネルギーを奪い取った。
勿論、アイリスや気温などは避けて、である。
「ぐお……ばかな!?」
すると、シュウの影からクルーゲ・ピエルが飛び出してきた。彼の持つ影を操る魔装によって、シュウの影に隠れていたのである。
アイリスの第九階梯《
こうしてシュウとアイリスを殺す隙を狙っていたところ、見つかってしまったというわけである。
まさかエネルギーを奪われてしまうとは思いもしなかったのだろう。
そんな方法で魔装が破られるなど前代未聞であり、思わず止まってしまうのも仕方がない。魔装が絶対の力であったのだ。
「貴様らが我の軍団を!」
しかし流石は金獅子の紋章を授かる強者。すぐに持ち直す。
そして魔装の力を使い、影の槍でシュウとアイリスを殺そうとした。
「遅いな」
とはいえ、冥王アークライトを前に隙を見せすぎた。その間に《
影の槍は地面から伸びてシュウとアイリスの目の前にまで迫った。
しかし、突き刺さる直前でサラサラと消えていく。
「ば、かな……」
ズルリと体がズレ始め、クルーゲはその場で崩れた。
そして大量の血が溢れ、地面を汚す。
「まぁ、こんなもんだろ」
「超ギリギリだったのですよーーーーっ!?」
アイリスの叫び声が響いた。