<< 前へ次へ >>  更新
53/365

53話 革命のために


 第四王子メドラインが暗殺されてから四か月経った。

 そして僅か四か月の間に、エルドラード王国は七割が革命軍リベリオンのものとなった。既に残っているのは王都ドレインの他、王家直轄の都市や大帝国寄りの西方都市のみである。第四王子が暗殺されたことで、革命軍リベリオンのために編成した鎮圧軍も空中分解。もはや革命は目の前だった。



「陛下。今こそ全軍を以て革命軍リベリオンを名乗る愚か者を始末するのです! 我が国の魔装士に加え、大帝国からも軍を借りれば簡単なことでしょう」

「うむ……」



 王城の会議室で声を張るのは軍務を司る貴族だった。正確には軍務ではなく、王国全体の治安を維持する仕事なのだが、今は暫定的に軍務と呼ばれていた。

 もはや革命軍リベリオンはテロ組織ではなく、立派な反政府軍だ。

 つまり現状、エルドラード王国は内乱状態なのである。言い換えれば戦争だ。治安の維持などという悠長なことは言ってられない。



「アンバー侯爵。そなたの言いたいことも分かる。だが、革命軍リベリオンに対抗するためには、もはや決死の力を振るわねばならぬだろう。鎮圧できたとしても、この国には何も残らぬよ」



 国王ヤンバール・キール・リヒタールは冷静に答える。彼は賢い王とは言えなかったが、王としての資質は持っていた。何事にも冷静に考えるだけの器は秘めていた。

 ただ、普段からその力を使わず、追い詰められて初めて王らしくなるのだから、賢いと言えないのだ。



「だから大帝国に力を借りるのです」

「奴らが力を貸すのか? 今までは内乱に手を貸すことはないと言っていた奴らが」

「それは無条件で力を貸せと言ったからです。こちらも妥協しなければなりません」



 エルドラード王国は大帝国の属国である。ゆえに大帝国には属国を守る義務がある。それこそが、国を従えるという意味なのだから。

 しかし、大帝国は本当の意味でエルドラード王国を支配するために、ギリギリまで力を貸さなかった。内乱が大きくなるまで待っていたのだ。革命軍リベリオンが小さかった時に助けるよりも、革命軍リベリオンが真の脅威となるまで待ってから助けた方が、大帝国にとっては利益がある。

 つまり、エルドラード王国の王都が攻められるまでは力を貸さないだろう。

 また、王都を攻め落とすために革命軍リベリオンが集結することも狙っている。大帝国からすれば、革命軍リベリオンは潰せるときに全て潰したいのだ。散り散りになって再び力を蓄えられても厄介だからである。



「陛下。どうかご決断ください。こちらは残りの東方都市を手放し、王都にて決戦を行います。そして大帝国から支援を受ける理由を作るのです」

「む……むぅ……」



 ヤンバール王は悩む。

 既にかなりの都市を革命軍リベリオンに奪われているので今更だが、わざと手放すのはどうにも我慢できない。しかし、そうしなければ道は開けないのも事実。これはヤンバール王も理解しているのだ。

 アンバー侯爵は更に畳みかける。



「駐屯基地に滞在している絶影軍団にも話は通しています。王都が危険ならば、属国を守護する大帝国の軍人として任務を遂行するとの言質も頂いております」



 仕事が早い。

 故にアンバー侯爵は重要なポストを手に入れたのだが、王は唸るしかなかった。



「王よ! ご決断ください」

「……分かった。東部の街にいる警備兵を引き上げさせよ。統治している貴族が逃げる用意もだ。そしてアンバー侯爵は駐屯基地と連絡を密にして、より綿密な計画を報告せよ。これにて会議は閉廷する」

『はっ!』



 会議という名の、アンバー侯爵による一方的なプレゼンテーションが終了。

 エルドラード王国の方針は決まった。

 ヤンバール王も子を殆ど殺され、残りは第一王子ロータス、そして革命軍リベリオンのリーダーとなった第三王子レインヴァルドだけとなった。つまり後継者の問題もある。

 王都の民も革命軍リベリオンの噂を聞いて不安を覚え、夜逃げする家族も増えつつあるのだ。

 問題は山積みであり、王の仕事は終わらない。

 ヤンバール王は次の会議のため、まずは一息つくのだった。









 ◆◆◆











 高級宿の一室でお茶を飲んでいたシュウとアイリス。そこへ窓からは暖かな陽が差し込んでおり、部屋の中に薄っすらと影を作る。



「このお菓子は一等区画の大通りで買ったのですよ! 人気店なのです」

「ほう。砂糖ではなく蜜を使っているのか」

「わかりますか? そうなのです。これが人気の秘密なのですよ」



 樹液から生成した蜜は高級品だ。いわゆるメープルシロップの類似品である。この国にはカエデの木がないので単純に蜜と呼ばれているが、生産量が僅かな高級嗜好品なのだ。

 尤も、それを買えるシュウとアイリスも金持ちなのだが。



「そう言えばこのお茶は?」

「はい。シュウさんが好みだと言っていた茶葉に蜜を落としてみたのですよ!」

「なるほど。美味いな」



 シュウはまた一口含む。

 しっとりとした甘みと、スッとした香り。それらが心を落ち着けた。

 そんな時、僅かに影が蠢く。



「連絡が来たようだな」



 シュウがそう呟くと、影から黒い蛇が現れた。それはスルスルとテーブルに昇り、口に咥えた手紙を落とす。シュウはそれを拾い、開封した。

 この黒い蛇は影の精霊だ。

 シュウはこれでも精霊の一種であり、その魔力から下位の精霊を生み出せる。そして現在、シュウは黒猫の依頼を受けるときに精霊を利用しているのだ。

 いちいち依頼を受けに行くのが面倒というのもあるが、こうした方が身バレが少なくて済む。暗殺という任務をしている以上、自分の情報は秘匿するに限るのだ。



「……」

「どうですシュウさん?」

革命軍リベリオンからの依頼だな。王都を落とすために、大帝国のSランク魔装士『絶影』のクルーゲ・ピエルを暗殺して欲しいそうだ」

「大物ですねー」

「それだけに報酬金もかなりでかい」



 シュウがそう言うと、影の精霊である黒蛇は大量の金貨が詰まった袋を吐きだした。

 手紙に記されている通りならば、五百金貨である。



「受けるのです?」

「ああ、いずれ大帝国の首都に行く予定だからな。今のうちに帝国金貨は稼いでおきたい。それに、影の精霊を使えば収納も出来る。多い分には困らない」

「便利ですよねー」



 暗殺者『死神』として金を稼ぐのは良いが、その金をどうやって管理するかが問題だった。紙幣と異なり、金貨は嵩張るし重たい。移動に不便なのだ。

 そこで、シュウは新しい魔術《眷属召喚》を考案した。

 今までの物理法則に作用する魔術とは異なるので苦労したが、これによって雑種ウィードから中位ミドルまでの魔物ならば苦も無く生み出せるようになったのである。



「さて、じゃあこのサインを黒猫の酒場に届けてくれ」



 シュウは引き受ける旨とサインを記したメモを影の精霊に託す。黒い蛇の形をした精霊は、テーブルから飛び降りて影に飛び込み消えていった。

 影を使った移動術である。

 転移のように瞬間的な移動は出来ないのだが、影と影の間にある障害物を無視して、直線的に移動することが出来る力だ。よってある程度の移動時間が掛かるので、遠距離の連絡には向かない。しかし、同じ街にいる限りならば、非常に有用な連絡手段となる。



「大帝国のSランク魔装士ですかー。また死魔法で倒すのです?」

「面倒だから駐屯基地ごと《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》で消し飛ばすのもありだな。大帝国が保有する軍団だから、魔力量の多い魔装士も揃っているハズだ。魔力の吸収にはもってこいだな」

「またアレを使うのですか?」

「それが一番楽だ……が、問題もあるな」

「問題なのです?」



 アイリスは首を傾げる。《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》で一掃する計画は、一見すると完璧なように見える。しかし、見逃せない部分が一つだけあった。



「冥王アークライトが『死神』だとバレる」

「あー」

「別に一部の人間にならバレても良いけど、大々的に公表するつもりはない。それに大帝国がこれをきっかけに冥王討伐を打ちだしたら嫌だし」

「流石にラムザ王国の王都が滅びた件は伝わっているのですよ。絶対にバレるのです」

「アイリスもそう思うだろ?」



 一撃でラムザ王国を滅ぼした《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》はかなり有名になっている。一般市民は知らずとも、各国の権力者は既に認知しているだろう。当然、スバロキア大帝国の皇帝もだ。

 半径十キロを消滅させる魔術であるため、直撃を受けた者たちは全て死んだ。

 しかし、効果範囲が広すぎるという理由で、遠くの街でもそれを目撃した者はいる。

 また、ラムザ王国王都の残骸と比較すれば、シュウが《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》を使ったことが一瞬でバレる。当然、『死神』シュウと冥王アークライトを結び付ける者も出てくるだろう。



「絶影軍団を潰すときには別の方法を考えないとな」

「新しい神呪でも作るのです?」

「神呪がそんなポンポン作れて堪るか」

「痛いのです!!」



 シュウはアイリスに手刀を振り下ろした。それが痛かったのか、涙目になりつつシュウを睨んだ。尤も、シュウはどこ吹く風でお茶を飲んでいたが。

 ちなみにアイリスの睨みつけは可愛いだけなので、一ミリも怖くない。



「うー……じゃあ、どうやって倒すんですかー」

「魔術で仕留めるのも良いけど、魔力を消費してしまうからな。回復に時間が掛かるから非効率的だ」

「まぁ、そうですよねぇ」



 魔物であるシュウは、魔力を消費すると力を失ってしまう。生物を殺害して吸収したり、死魔法で吸収したり、食事をすることで魔力は回復するのだが、自然回復という概念はない。

 魔力を自然回復するのは覚醒魔装士だけだ。

 当然、大規模魔術によって莫大な魔力を消費した場合、シュウは大きく力を損なうことになる。ただし、破滅(ルイン)級魔物、始原魔霊アルファ・スピリットであるシュウはかなりの魔力を秘めているため、一度ぐらい禁呪規模の魔術を使ったところで問題にはならないが。



「だから今回はお前がやれ。アイリス」

「へ……?」

「風の第九階梯魔術《無情無空コンセントレイト》で絶影軍団を滅ぼすぞ」

「わ、私はまだ戦術級魔術なんて使えないのですよ!?」

「詠唱は知っているだろ。後は俺がサポートしてやる」



 アイリスは嫌な顔をするが、それは戦いに参加したくないとか、人を殺したくないとかの理由ではない。単純に第九階梯魔術が使えるか不安だからだ。

 戦術級魔術とも言われる第九階梯は一発で百人以上を殺害する、あるいは街に大規模な被害を与えるレベルの魔術である。当然、単独での発動は非常に難しい。アイリスの魔力量を考慮すれば、発動できるのは間違いない。しかし、まだ技量が足りないのだ。



「私に出来るのですか?」

「問題ない。第八階梯《大放電ディスチャージ》を使ったときも同じようにサポートしただろ」

「うー。そうですけどー」



 極大魔術と戦術級魔術では難しさの格が違う。

 一般的に、極大魔術である第八階梯は、どうにか辿り着ける領域の魔術だ。それに対して戦術級魔術は、天才が努力を必要とする領域。更に戦略級魔術は、天才が何十年と努力して辿り着けるかどうかという領域となる。

 シュウのように魔術陣を解析していないので、大規模魔術になると指数関数的に難しくなるのだ。

 魔術陣が持つ意味をしっかりと理解していれば、魔力と知識だけでどんな魔術でも使えるのだが。残念ながら、人間はそこまで魔術の深淵を覗いていない。



(そろそろアイリスにも理論物理学を教えるべきか……となると、まずは数学から教えないとだめか。流石に微分積分なしで物理を理解するのは難しい)



 来るべき日、革命の時は近い。












<< 前へ次へ >>目次  更新