<< 前へ次へ >>  更新
52/365

52話 暗殺?の夜


 街中の明かりが消え、深夜となった。最近は『死神』が活発に動いているため、夜中は警備隊が常に貴族の邸宅周辺を見張っている。それ以外にも魔装士ギルドによる傭兵団を雇い、護衛として見回りをさせていることが多かった。

 しかし、冥王シュウ・アークライトには関係ない。



(この辺りでいいか)



 霊化して宙に浮いたシュウは、遥か上空から王都ドレインを見下ろしていた。そして地図を片手に水魔術を使い、レンズを作成して遠くを見通す。



(まずは一つ目)



 目にした貴族屋敷に魔力弾を飛ばし、マーキング。このマーカーを感知すれば、座標を特定できるというわけである。

 これだけ警備が厳重では、シュウも簡単に暗殺を決行できない。それゆえ、こうして遠距離から気付かれない様に魔術マーキングを施し、死魔法で片付けるのだ。



(二つ目、三つ目)



 次々とマーキングを施し、全部で十二か所の貴族邸宅をロックオンした。無系統魔術の感知を使えば、今回対象となっている貴族の屋敷を特定できる。この位置情報を元にして魔法の座標代入を行う。

 シュウの死魔法は、シュウにとって手足を操るようなもの。

 必要な情報さえあれば、自在に使える。

 そこにあるモノを手で掴むように。

 道端の小石を蹴るように。

 命を摘み取るのだ。



(全十二か所。オールロックオン。発動……)



 自身の持つ魔法の力。それは概念にすら触れる能力である。エネルギーを操り、全て奪い取る。今回は熱エネルギーを完全に奪い去り、一撃で絶対零度まで空間を変質させる。

 これによって静かなる永遠の眠りを与えるのだ。



(死ね、《冥府の凍息コキュートス》)



 その瞬間、十二の貴族邸宅が氷結した。凍結によって空気が液体化し、暴風が吹き荒れる。これによって王都ドレインでは窓ガラスが割れるほどの突風が吹いた。

 ターゲットである第四王子派閥の貴族は勿論、その家族と使用人、そして雇われ傭兵は全て死んだ。

 シュウはエネルギーを魔力として回収したことで、大量の魔力を蓄積する。魔物にとって魔力確保は命にかかわることなので、こうして簡単に魔力を回収できるのは便利だ。何より、暗殺者としては最高の能力である。



(あとは第四王子メドラインだな)



 メドラインの情報は頭に入っている。城の中にいるというのは勿論、どの居住区画にいるのかも分かっている。黒猫から情報を仕入れたので、間違いない。

 今の貴族抹殺は暗殺というより虐殺だったが、第四王子メドラインは暗殺らしい暗殺をすることになるだろう。



(城は流石に厳重な警備だな)



 水魔術のレンズで観察すると、城の周囲には大量の魔装士や警備兵がいる。どの警備も『死神』を警戒しての対策だ。恐らく魔力感知も常に行っている。シュウの魔力隠蔽で隠せるかどうかは不明だ。それに、幾ら空からとは言え、霊系魔物が接近すれば目視で見つかってしまう。



(流石にゴリ押しは無理か……)



 いや、本当に無理なわけではない。死魔法を使えば突破できなくはないのだ。寄ってくる警備兵を殺しまくり、向かってくる魔装士傭兵も使用人も皆殺しにしてしまえば良いのだ。

 これでもシュウは王の魔物と呼ばれる存在である。

 一国を滅ぼすことすら可能なのだ。城を落とすぐらい容易い。

 ただし、警備兵や魔装士や使用人が盾となっている間に第四王子が逃げてしまっては意味がないのだ。王族なのだから、抜け道の一つぐらいは知っているだろう。それで逃げられた場合、シュウでは追跡できなくなる。

 シュウは戦闘力こそ世界最高クラスだが、情報に関しては黒猫などの組織に頼るしかない。

 つまり非常に面倒なことになる。

 それを避けたいシュウは、出来るだけすぐに仕留めることを決意したのだ。メドラインの派閥貴族を一斉に殺し、その上すぐにメドラインも殺すのは同じ理由である。流石の第四王子も、派閥貴族が一掃されたら身の危険を感じて逃げてしまうだろう。

 暗殺とは非常に難しいのだ。

 特に権力者の暗殺は。



(ま、方法がなくはないか)



 別にメドラインを探し出して殺す必要はないのだ。

 要は発想の転換である。



(殺してから探せばいい。《冥府の凍息コキュートス》)



 第四王子メドラインの寝室がある区画は決まっている。つまり、その場所を凍らせてしまえばいい。そして凍らせてから死体を見つけて適当な場所に晒せば良い。

 貴族はともかく、王族の生死は政治的にかなり使える。

 例えば、第四王子が殺されたのと病死したのとでは全く状況が異なる。病死したのなら、最低でも表面上は悲しまれつつ死が処理されるだろう。そして他の王族が適当の演説をすれば丸く収まる。

 ただし、殺されたと明白に分かる場合、王族の求心力が下がる。国民は不安を抱え、王家に対して強い不信感を抱くだろう。果たしてこの王家に従っていて大丈夫なのだろうか、と。

 王家とは国家の象徴であり、決して殺されてよい存在ではないのだから。

 あくまでも殺されたという状況が革命軍リベリオンにとって最良なのだ。『死神』へのオーダーもメドラインが殺されたと分かるように仕立てて欲しいとあった。シュウはその注文を守るため、王子の死体を分かりやすい場所に晒さなければならない。



(……凍ったな)



 第四王子メドラインの居住区画が《冥府の凍息コキュートス》によって永久の死を迎えた。そしてシュウは霊系魔物であり、極寒の環境であっても寒さなど感じないし死なない。

 今回は絶対零度にまで冷やしたので、空気が液体化して風が吹き込む。

 その暴風に乗って、シュウはメドラインの居住区画へと向かう。透過で内部まで侵入すると、氷像となった使用人の他、暴風で割れた窓ガラスが散らばっていた。

 床には液体化した空気が満ちており、蒸発して白い気を放っている。

 視界が徐々に白く染まっていくので、手早くメドラインを見つけなければならない。



(寝室は確か……こっちだったか)



 シュウは半透明の姿で壁の向こうに消えた。











 ◆◆◆











 突如として王都を突風が襲った夜も過ぎ、朝となった。

 王都中でガラスが割れたり軽いものが飛んで行ったりと、住民たちだけでなく貴族の使用人たちも辟易していたのだが、そんな感情ものは軽く消し飛んだ。



『きゃあああああああああああああああああ!』



 一等区画の広場で響く悲鳴。

 宿で眠っていたシュウとアイリスも目覚めた。



「うぅ~……なんです……?」

「晒しておいた死体が見つかったみたいだな」



 シュウはグッと背伸びしながら起き上がる。一方のアイリスは目を擦りながらベッドの上で身をよじる。



「死体って第四王子のことです?」

「そうだ。完全に凍らせてから回収した。それで広場に晒しておいた。王子の服装とか装飾品とかも付けたままだから、誤魔化されることもないだろ」

「これで依頼は完了したな。暫くは遊んで暮らせる」

「ですねー」

革命軍(リベリオン)鎮圧に乗り出していた貴族たちも瓦解。それに第四王子派閥とは言え、貴族を十二家も失ってエルドラード王国は国を保つのも大変だろうな」



 貴族は国政の一部を担っている。たとえ敵派閥だったとしても、貴族が失われるのは痛い。しかも、シュウのように邸宅ごと滅ぼして後継者や血族すら死んでいる場合は非常に困る。その貴族が担っている仕事に丸ごと穴が空くからである。

 ただでさえ、シュウは革命軍リベリオンの依頼で貴族を大量殺害している。

 そして担う者がいなくなった仕事は革命軍リベリオンに味方している貴族が引きついでいるのだ。具体的にはレインヴァルドの祖父であり、革命軍リベリオン派のボールド伯爵である。時間が経てば時間が経つほど、革命軍リベリオンが有利になるという状態である。



革命軍リベリオンはこれでさらに勢力を増すだろうな。外側も内側も」

「じゃあ、本格的な内乱になるです?」

「内乱にはならない。革命軍リベリオンが本気を出せば、一日で王都は落とされるだろ。問題が起こるとすれば、その後に帝国軍が手を出して来たときだな。大帝国はエルドラード王国なんて目じゃないぐらい戦力を保有している。いくら勢力を増している革命軍リベリオンでもあっという間に潰されるはずだ」

「えー。じゃあ拙いのですよ」

「別に俺たちには関係ないだろ?」



 その言葉を聞き、アイリスもなるほどと思う。

 別にエルドラード王国の国民ではないので、大帝国がちょっかいを出してきたところで他人事で済む。多少は困ることもあるかもしれないが、基本的に被害はないだろう。



「まぁ、大帝国軍をどうにかしてくれって依頼があれば受けるかもしれないが、依頼がない限りは俺も特に動くつもりはないな」

「お金が無くなったらどうするのです?」

「無くならないさ」

「なぜです?」

革命軍リベリオンは俺を頼るしかない。大帝国軍を潰すには俺の力を借りるしかない。依頼が来るのは殆ど確定だ。精々、巻き上げてやる」



 そもそも、エルドラード王国側の依頼を断り、革命軍リベリオン側の依頼だけを受けているのには理由がある。それは、二つの勢力を争わせ、依頼を増やすためだ。

 革命軍リベリオンは『死神』の味を占めてしまっている。もう手放すことは出来ないだろう。

 そして貴族と王族の同時暗殺など、パフォーマンスも完璧だ。

 大帝国軍という強大な敵がやってくるなら、確実に依頼してくる。つまり、お金が舞い込んでくる。

 暗殺稼業という不安定な職種なのだ。仕事が不安定ならば、確実に仕事が来るよう、世の中を乱してやることも一つの策である。その策により煽りを受けるエルドラード王国は堪ったものではないだろうが。



「シュウさんもあくどいのですよ」

「俺は魔物だ。人間の常識に当て嵌められても困る」

「人間に混じって生活していながら勝手ですねー。別にいいですけど」

「お前は別だ。俺がちゃんと守る。まぁ、不老不死の魔装使いだから、死ぬことなんてないだろうけどな」

「それは言っちゃお終いなのですよ」



 忘れそうになるが、アイリスの魔装は不老不死という最強と言っても過言ではない力だ。魔力が途切れぬ限り、決して死ぬことがないし老いることもない。

 Aランクの魔力量を持つアイリスが死ぬことは滅多にないだろう。

 だからと言って、シュウはアイリスを傷つけさせるつもりもないが。



(聖騎士セルスターみたいな覚醒魔装士はアイリスの不老不死を無効化できるかもしれない。油断はしないさ)



 取りあえず、外の騒ぎを聞きながらシュウは二度寝した。
















<< 前へ次へ >>目次  更新