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50話 小物王子


 エルドラード王国の王都ドレインから西に十キロほど行った場所に、スバロキア大帝国軍の駐屯地がある。属国一つに付き、このような駐屯地が一つ以上存在しているのだ。エルドラード王国のような小国の場合、駐屯地は一つとなっていることが多い。

 そして、この駐屯地にはSランク魔装士が率いる軍団が滞在していた。



「ピエル将軍。王都ドレインから手紙です」

「差出人は誰だ?」

「第一王子殿下ですね」

「ふん。聡明な人物の皮を被った小物か」



 現在、駐屯地は絶影軍団と呼ばれる部隊が滞在している。その軍団長であり、金獅子の紋章を授かったSランク魔装士、『絶影』クルーゲ・ピエル将軍は部下から手紙を受け取りつつ鼻を鳴らした。

 ペーパーナイフで封筒を切り裂き、中身を取り出して目を通す。



「……」

「どうです将軍?」

「援軍を寄越せとのことだ。例の革命軍リベリオンに国の東半分を奪われたと書いてある。革命軍リベリオンのボスと拠点の場所まで添えてあるぞ」

「なるほど。俄かには信じられませんでしたが、こちらの集めた情報も正しかったということですね」

「そのようだな。諜報部隊には後で特別給金でも出してやろう」



 クルーゲは手紙を封筒に戻し、魔術で燃やす。

 その様子を見て部下は尋ねた。



「援軍は出されるのですか?」

「出すわけがないだろう」

「属国とは言え、王族からの要請です。宜しいのですか?」

「構わん」



 そう言い切ったクルーゲは、立ち上がって壁にかけられた地図の前に立つ。そして、真っ赤な太線で囲われたある国を指さした。



「これが我が皇帝陛下の国、スバロキア大帝国だ。そしてその周辺には多くの属国がある。数にして十六もの属国だ」

「存じております」

「そしてこのエルドラード王国は仇敵である神聖グリニアの属国とも隣接する弱小国家である。国王は老齢ということもあり、もはや傀儡にもならん弱腰の王だ。そんな王の統治する国が、敵国に付け込まれないはずがない。早めにスバロキア大帝国の手を入れるべきだろう」

「傀儡の王を立てるのですか?」

「その通りだ。革命軍リベリオンという舞台装置を存分に利用しようではないか」



 『絶影』とも呼ばれるこの将軍は、魔装士としての実力は勿論、知略の面でも優れている。混乱気味である弱小エルドラード王国を皇帝の支配で強めるべく、既に戦略を練っていた。



「我が絶影軍団はエルドラード王国に援助を惜しまんよ。だが、本当の窮地に陥るまでは何もしないさ。ギリギリになってから助けて差し上げようではないか」

「人が悪いですよ将軍」

「全ては皇帝陛下のためさ。エルドラード王国に限らず、周辺で大帝国に叛意を抱く連中が活発になりつつあるそうだ。奴らは心が折れるまで諦めないだろう。そして早々にこちらが潰すより、革命の希望が見えたところで潰した方が絶望は大きい。大帝国に歯向かうなど無理だったのだと思わせるのだ」



 かなり酷い話だ。

 しかし、これが属国の運命と言えばそれまでだが。



「それで将軍。表向きの断る理由はどうしますか? 手紙を持ってきた使者に返答しなければならないでしょう?」

「外敵ならまだしも、内乱程度はそちらで抑えろ。そう返答すれば良い」

「了解です。そのように」



 部下は部屋を退出した。











 ◆◆◆












「援軍を拒否された? どういうことだ?」

「申し訳ありません殿下。自国の内乱は自分たちで解決しろとの一点張りで……」

「馬鹿な。そのための駐屯軍だろう。我々は軍の所有を放棄し、守護を大帝国に一任している。そのために少なくない上納金も払っているのだ。こういう時に動かないでどうする!」

「大帝国軍はあくまでも外敵から国を守るためにある。そう言って聞かないのです」

「戯言を! ……いや、お前に当たっても仕方ないな。済まない」



 エルドラード王国の王城にある一室。そこは第一王子ロータスの執務室だった。既に国王は老齢であり、王としての業務は半分以上ロータスが担っている。これは、次期国王がロータスであると示唆しているようなものだった。

 候補としては第四王子メドラインもいるのだが、彼は執政の勉強中であり、実践には至っていない。



革命軍リベリオン鎮圧には警備隊を使うしかないのか?」

「ギルドを作っている魔装士に依頼する手段もあります」

「だが、ギルドは民間組織だ。金払いによっては向こうに寝返るぞ。奴らは我が国の東半分を支配し、かなりの財力もある。民衆の人気もあるそうだ。厄介なことにな」

「はい……これがただの賊なら大帝国の力を借りることも出来たでしょう。賊は外敵と呼べなくはありませんからね。しかし、革命軍リベリオンのリーダーが、あのレインヴァルド元第三王子と公表されてしまったのが痛手です」

「全くだ。我が弟は厄介なことをしてくれる」



 革命軍リベリオンはエルドラード王国の東半分を支配するにあたって、リーダーの正体を一般に公表した。その名はレインヴァルド・カイン・リヒタール。エルドラード王国の第三王子であり、正当後継者の血統でもある。

 この革命は反乱ではなく、正当後継者による悪政への鉄槌だとみなされたのだ。

 そしてスバロキア大帝国は革命軍リベリオンの活動は内乱であるとしてしまった。



「……革命軍リベリオンの本拠地はイリースタという街だったな?」

「殿下の仰る通りです」

「あの街に諜報員を放てないか? 情報を集め、レイ……いや、逆賊レインヴァルドを暗殺できないだろうか?」

「並の暗殺者では不可能でしょう。既にこちらの派閥の貴族たちが間者を送っているようです。しかし、何の成果も得られなかったと聞いております。それどころか、幾人かの貴族が逆に暗殺されてしまったという話です」

「何? そんな話は聞いていないぞ?」

「先程入ってきた情報ですので。どうやら、今朝がた死体で発見されたそうです。パルム子爵とゲリック伯爵ですね」

「あいつらか……まぁ、奴らなら死んだところで構わん。跡継ぎとも懇意にしているし、大した被害はないだろうさ」

「ええ、ですので報告は後回しにしようと思っていました」



 ロータスは問題ないと言いつつも、溜息を吐きながら椅子に背を預ける。



「まぁいい。頭の固い爺共が消えたと思えば、私にとっては大きな利益だ。何なら、口煩いコロンズ公爵の首でも持ってきてくれたら良いのだがな。はははは」

「いや、流石に言いすぎですよ殿下」



 ロータスの目の前で肩を竦める部下は、彼の幼馴染だ。そして現国王の弟であり、ロータスからすれば叔父にあたるコロンズ公爵はやたらと権力を握りたがる老害である。二人からすれば、死んでくれると非常に助かる人物なのだ。

 誰も聞いていないと思って本気に近い冗談で笑い合う二人。

 しかし、一人だけそれを聞いている人物がいた。



「―――面白い話だな」



 窓際から聞こえてきた声に、ロータスは固まる。幼馴染の部下はすぐに腰の剣を抜き放ち、ロータスを庇う位置に移動した。

 見ると、窓には一人の男が座っている。

 顔はフードで隠しており、肩には革袋を背負っている。そして、滲み出る雰囲気はただ者ではなかった。



「何者だ!」



 ロータスはそう言って立ち上がり、腰の剣を抜く。剣術の腕は微妙だが、無いよりはましだ。そしてすぐに警備兵を呼ぼうとするも、それよりも先に窓に座った男が動いた。



「悪いけど、騒がないで貰う」



 無詠唱で魔術陣が展開されたことにロータスは驚いた。だが、驚いている暇はないとばかりに声を張り上げる。



「誰か! 賊だぞ!」



 だが、叫んでも誰一人として部屋に入ってこない。一応、執務室の前には警備兵が二人配置されており、隣の部屋にも警備兵が数人ほど待機している。聞こえないはずがない。



「無駄だ。俺が魔術で音を遮断している」

「殿下! 下がってください」

「……勇敢だな。君の部下は」



 窓に座った男は、肩に担いだ袋をこれ見よがしに示した。そして再び口を開く。



「これはプレゼントだ」



 そう言って放り投げられた袋は、絨毯の上に落ちると同時に鈍い音を立てる。それなりに重たいものが入っているらしい。袋の揺れ方からして球状の物体らしかった。



(なんだ……?)



 ロータスは絨毯に上に落ちた袋を観察する。すると、落ちた衝撃もあり、袋の中からコロコロと物体が転がって出て来た。それは白い毛玉のようであり、嫌な匂いを放っている。

 よく見ると、人間の頭部だった。



「な……これはコロンズ公爵の首だと!?」

「殿下それは本当で……本当のようですね」



 驚くべきことを聞いた幼馴染の部下も、思わず窓から目を離して振り返る。そして確認したところ、コロンズ公爵の頭部だと分かった。

 公爵は王の親族であり、かなりの警備によって守られている。それを容易く暗殺したのだから、窓に座っていた男はかなりの暗殺者なのだろう。この事実に気付いた部下の男は、勢いよく振り返る。僅かでも目を離すのは拙いと思ったからだ。

 しかし、既に窓際には人の気配すら残っていなかった。



「消えた……? いや、それより殿下は大丈夫ですか」

「ああ。私はなんともない。だが……」



 ロータスは絨毯に転がっているコロンズ公爵の首を眺める。

 どう見ても本物の首であり、よく見ると表情は安らかな印象を覚える。よほど一瞬で殺されたのだろう。警備にも、公爵本人にも気付かれない様な一瞬で。

 そんな暗殺者の実力を見て、ロータスは恐ろしくなった。



「おや……袋にまだ何か入っています」



 ここで幼馴染の部下は袋の口からはみ出している紙に目を付ける。血で汚れているが、躊躇うことなく手に取って、そこに書かれている文字を追った。拙いシビル文字で書かれた手紙は、彼を青ざめさせるのに十分だった。

 その様子を見たロータスは彼に尋ねる。



「なんて書いてある?」



 部下は声を震わせながら答えた。



「『愚かなる公爵、依頼により始末した。死神』そう書かれています」

「死神……黒猫の『死神』か!」

「恐らくは」



 大帝国でも悪名を轟かせる世界最高の暗殺者。闇組織・黒猫の幹部であり、狙われた者は例外なく死を迎えるという。

 そして第二王子リンヴルド、第一王女ルシャーナ、第二王女ワイルスも死神によって殺されたと考えられているのだ。ロータスは急に恐ろしくなった。

 『死神』にとって、弱小国の警備などないに等しいのだ。

 いつ、自分も狙われるか分からない。



「……引きこもりたい」

「素が出てますよ殿下」



 どこかの将軍がロータスを小物だと称したのは、間違いではないのかもしれない。



















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