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48話 王女付きの憂鬱


 王城、賊に襲撃される!

 その一報は瞬く間に城下町で広がった。王城の騒ぎをいち早く察することが出来る一等区画は勿論、二等区画、三等区画、四等区画でもあっという間に知れ渡ったのである。

 四等区画では尾ひれがついて根も葉もない情報に変化していることもあったが、王城が賊によって襲撃されたという事実だけは伝わっていた。



「なぁ、『死神』さんよ。噂は聞いているか?」

「王城が襲撃されたって話ならな」

「そう、それだ」



 闇組織・黒猫が拠点とする酒場で、シュウとアイリスは弱めの酒を片手にマスターから情報を貰っていた。以前のように『鷹目』がいれば、もっと精度の高い情報を集めることが出来るのだが、あれは各地を転々としているので滅多に捕まらない。

 以前が幸運だったのだ。



「王城を襲撃したのは革命軍リベリオンの奴らだ。まぁ、聞いての通り、革命は失敗したそうだな。情報が洩れて、大帝国からの援軍に返り討ちだったそうだ」

「情報か……それも黒猫が売ったりしたのか?」

「それは秘密だ」



 マスターは男臭い笑みを浮かべて答えたが、黒猫の仕業だというのは察することが出来た。そもそも、黒猫は大帝国を本拠地としている。属国であるエルドラード王国に革命が起こり、大帝国の影響が薄れるのは困るのだ。

 もっと言えば、エルドラード王国と革命軍リベリオンが対立を続ける構図が最も好ましい。

 両陣営から裏の仕事を請け、金を稼いだり勢力を拡大したりできるのだから。



「大帝国から援軍に来たのは誰なのです?」

「良い質問だ嬢ちゃん。やって来たのは大帝国で獄炎軍団といわれている奴らだ。今回は第二中隊、第三中隊、第四中隊が選抜できているようだぞ」

「獄炎軍団? なんだそれは?」

「知らねぇのか『死神』?」

「有名なのか?」

「当たり前だ」



 マスターはやれやれといった態度を示す。

 シュウとアイリスはエルドラード王国に来たばかりであり、大帝国の内情までは知らない。有名な軍団らしいが、残念ながら聞いたことがなかった。

 そこで、マスターは説明を始める。



「スバロキア大帝国には幾つかの軍団があるんだ。その軍団は、それぞれSランク魔装士が率いている。奴らの二つ名が、そのまま軍団の名前になるのさ」

「つまり、獄炎軍団は『獄炎』の二つ名を持つ奴の軍なのか?」

「その通り。『獄炎』シュミット・アリウール大将軍だ。金竜の紋章を許された大帝国最高の魔装士を知らなかったのか?」



 金とは将軍と大将軍にのみ許されるバッジだ。そして竜が大将軍、獅子が将軍を表す。

 この階級は個人の強さによって与えられるため、シュミット・アリウールとは、大帝国で最強と言われる存在だと推定できた。



「アイリス、シュミットって奴は覚醒魔装士だと思うか?」

「うーん……分からないのですよ。そもそも私は覚醒なんてこの前まで知らなかったのです。多分、国家機密だから情報を得るのは難しいと思うのですよ」

「そうか」



 シュウとアイリスはそんな風に小声で話し合った。

 覚醒魔装士とは、人としての限界を超えた存在だ。神聖グリニアではセルスター・アルトレインが覚醒魔装士としてシュウに襲いかかってきた。エネルギーを魔力として奪い取る死魔法を使っても殺せず、死魔力によって何とか勝利した。

 スバロキア大帝国も神聖グリニアと同じ規模の大国なのだから、覚醒魔装士を抱えていてもおかしくない。



「それでマスター。その援軍は今も王城にいるのか?」

「ああ。だが、もう少しで大帝国に帰還するそうだ。派遣していた警備兵が戻ってくるからな」



 そもそも、革命軍リベリオンが動いたのは、第一王女ルシャーナの命令で警備隊が王都ドレインから出ていたからだ。

 出兵の名目は革命軍リベリオンに協力している村を殲滅し、奴隷化して農作業をさせるというもの。警備兵が帰還するということは、その作戦が成功したということだろう。



「奴隷化は本当に行われたのか?」

「勿論だ。四つの村が襲われ、五百人近い奴隷を生み出したと聞いている。革命軍リベリオンもバックアップになる村が消えて勢力を格段に落としているな。既に国外の拠点へ逃げているって噂もある」

「リーダーのレインヴァルドはどうしたんだ?」

「さぁな。この国に残っているかもしれん。まだこの国での活動が完全に鎮火した訳じゃない。それにレインヴァルドがこの国に残っている可能性が高いといえる理由はちゃんとある」



 アイリスが空になったグラスを差し出すと、マスターが流れるような動作で追加を入れた。シュウはその酒に対する代金の三倍を出す。

 すると、マスターは情報を差し出した。



革命軍リベリオンの王城襲撃は失敗したが、完全な失敗じゃなかったのさ」

「どういうことだ?」

「奴らの襲撃ルートは四つだった。一つ目は第一王子と第四王子を狙うグループ、二つ目は王を狙うグループ、三つ目は第一王女ルシャーナと第二王女ワイルスを狙うグループ、そして四つ目が王城の財を狙うグループだった」

「なるほど。四つ目だけ成功したってことか」



 先程、マスターから聞いた大帝国の援軍は第二から第四中隊だった。つまり、三か所は守り切ったのだと分かる。そして守るとすれば、それは王族の身柄だろう。

 故に、王城の財が盗まれたことはすぐに推測できた。

 その予想は正解だったらしく、マスターも笑みを溢しながら頷く。



「勘が良くて助かるぜ。『死神』の言った通り、王家の財宝が盗まれた。だから革命軍リベリオンは立て直しの可能性がある。立て直すなら、リーダーが残っていなきゃならんだろ?」



 尤もな意見だった。

 しかし、どさくさに紛れて財宝を盗むとは大胆である。シュウもアイリスも感心しつつ呆れた。



「で、俺たちに仕事はあるか? こんだけ状況が動いたんだ。一つや二つぐらいあるだろ」

「そろそろ資金が尽きそうですからねー」

「確か前に仕事したのは一月前だったか? かなりの大金を報酬で貰っていたはずだが?」

「そこそこ良い宿に泊っているし、必要なものを結構買ったからな。それに宿に荷物を管理して貰う費用も掛かっている。後は外食で散財したからか?」

「ですねー。美味しいものを一杯食べたのですよ」



 呑気なことだ、とマスターは呟く。

 自由気ままに死を弄ぶ『死神』は想像以上に自由らしい。マスターはそう実感した。

 そもそも、黒猫の幹部に会うことすら希少な体験なのだ。風の噂で『コイン持ち』は性格が破綻している、なんて話はよく聞いている。殺しで得た金を使って、よくもまぁ楽しめるものだと逆に感心した。



「まぁいい。仕事はあるぞ。それもとびっきりの高報酬仕事がな」

「じゃあ受けるわ」

「おいおい……碌に内容も聞かなくていいのか?」

「大丈夫だ。必ず成功する。暗殺依頼で、暗殺対象の場所と人相が分かればな」

「大した自信だ。流石は『死神』と言ったところか? じゃあ、説明するぞ―――」



 シュウは密かに防音の魔術を発動する。これから先は絶対に秘匿するべき事項なのだ。間違っても他人に聞かれたくはない。

 元から小声の会話だったとは言え、そこはケジメを付けておくべきだ。

 シュウとアイリスが酒場を出たのは、それから暫くの後だった。










 ◆◆◆











 無事に賊を撃退した王城では、第一王女ルシャーナが不機嫌そうにしていた。専用のソファに身体を預け、大量のクッションに身を包まれている。部屋にはお香が焚かれており、強い花の匂いが漂っていた。人によっては苦手だが、ルシャーナはこれが好みらしい。



「ねぇ……盗まれた財宝を取り戻せないってどういうこと?」

「申し訳ありませんが姫。我ら獄炎軍団は王城を守るために派遣されました。盗まれた財宝を取り戻すことはエルドラード王国警備隊の仕事でしょう。エルドラード王族からの頼みであっても、我ら軍は皇帝陛下の持ち物故、簡単に引き受けることは出来ないのです」



 ルシャーナの文句に返したのは、獄炎軍団第四中隊長リカルド・エンパルドだった。彼は革命軍リベリオン襲撃の時、王女たちの住まう区画を警護した。派遣した警備隊が戻ってくるまで、彼が王女の居住区画を守護する責任者となっている。

 そういう役目を持っているため、財宝を取り戻すために動くとは言えないのだ。

 しかし、ルシャーナは引かない。



「それぐらい譲歩しなさいよ」

「それならば、我らが皇帝陛下へと手紙を送ってください。尤も、手紙が到着する頃には我が部隊も帰路に就いているでしょう。新しく財を取り戻す部隊が派遣される時期には、既に財宝の手がかりも消えていると思います。いっそ、戻って来る警備隊に任せた方が賢明でしょうね」

「役に立たないわね」



 リカルドは目の前の王女を殴りたくなる衝動を抑える。属国の馬鹿姫とは言え、王族なのだ。問題を引き起こすわけにはいかない。

 左胸にある銀狼の紋章に賭けて、帝国に恥をかかせるわけにはいかない。



「ねぇ、アウリー侯爵」

「何でございましょうか?」



 ルシャーナ王女の派閥を率いるアウリー侯爵は常に彼女の側で仕えている。何か裏で動くべきことがあるならば、大抵はアウリー侯爵が実行していた。



「そう言えば、貴方も何とかするって言ってたわね。何か解決策を見つけてきたのかしら?」

「勿論ですよ殿下。とびきりの者を雇いました」

「貴方がそう言うなら、期待できそうね。フリーの魔装士かしら? この国に有名な魔装士なんて殆どいないはずだけど……」

「表に生きるものではございません。殿下は『死神』の名を知っておられますか?」

「『死神』? 聞いたことのない名ね」



 ルシャーナは首を傾げたが、代わりにリカルドが反応した。



「『死神』だと!? まさか黒猫の『死神』を言っているのか?」

「ええ、そうですよエンパルド中尉兵殿。どうやらこの国に潜伏しているようですね」



 スバロキア大帝国にとって、黒猫というのは厄介な存在でありながら必要と認識されている。違法な魔術・魔道具・薬物研究に破壊工作といった犯罪だけでなく、護衛や情報収集のような仕事も請け負ってくれる。

 あまり公には言えないし証拠もないが、貴族や皇族も闇組織・黒猫を利用しているのだ。

 そのため、リカルドも強くは非難できなかった。

 勿論、褒められた行為でないことは確かだが。

 一方でルシャーナは興味深げに『死神』のことを追求する。



「『死神』ってどんな人物なのかしら?」

「残念ながら、人相は不明です。狙われた人物は例外なく死を迎えるそうですから。私も『死神』に依頼するため、幾つかの仲介を挟んでおります。男性だという噂はありますが、人相については存じ上げておりません」

「はぁ~。役に立たないわね」

「申し訳ありません殿下」



 アウリー侯爵は慣れた態度で謝罪する。

 彼は長くルシャーナに仕えているため、彼女の高慢さには慣れていた。自分を至高の美女だと勘違いしている小娘に媚びを売るのは癪だが、ルシャーナのお蔭で利益を得ているのも事実。故にアウリー侯爵は嫌な顔一つ見せない。



「そうだわ。『死神』をここに連れてきなさい。この私が顔を見てやるわ」

「え? は? なんと?」

「聞こえなかったのかしら? ここに連れてきなさい」



 流石のアウリー侯爵も耳を疑った。

 愚かな姫ゆえに操りやすいとは思っていたが、これは馬鹿というレベルではない。『死神』は最高の暗殺者に与えられる異名であり、そんな殺人鬼を一国の姫の前に連れて来るなど言語道断だ。

 しかし、それを説明してもルシャーナは聞き入れないだろう。

 アウリー侯爵は名目だけでも保つために、警告した。



「殿下。『死神』は暗殺者でございます。そして暗殺者は標的を殺すために情報を集めます。その情報力を期待して盗まれた財の行方を調べようと思ったのです。しかし、暗殺者は暗殺者。殿下の前に連れてくるなど……」

「馬鹿ねアウリー侯爵は。この世の至宝たる私を殺すはずがないでしょう? この私が直々に会って差し上げるんですもの。泣いて喜ぶに違いないわ」

『……』



 アウリー侯爵もリカルドも、そしてこの部屋にいた全ての使用人も絶句した。

 確かにルシャーナは美しい部類に入るのだろうが、それは化粧や装飾品も含めてのものであり、その気になれば町娘でも同じ領域に立てるだろう。所詮はその程度のものだ。

 ルシャーナが仮に質素な姿をしていれば、町娘と間違えられるに違いない。

 少なくとも、彼女の美しさに惚れて狂信するなんてことはない。

 それは断言できた。



「分かったわね。頼んだわよアウリー侯爵」

「……かしこまりました。最善を尽くしましょう」



 ここで確約しないあたり、最後の抵抗をしているのだろう。

 流石のリカルドも、アウリー侯爵に対して同情の視線を送ったのだった。













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