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47話 革命の初手


 その日、エルドラード王国の王城から爆音が響いた。



「国王ヤンバールは優先的に探せ! 今日でケリを付ける!」



 革命軍リベリオンのリーダーであるレインヴァルドは、剣を手にしながら叫ぶ。それに続いて革命軍リベリオンのメンバーが城内へ切り込む。

 第一王女ルシャーナの命令で、城の警備兵は殆どが王都ドレインから出ている。城の中は警備が非常に薄く、革命軍リベリオンの奇襲に対して対応できていなかった。元から、戦力は大帝国に頼っている国なのだ。警備兵の練度も高くない。

 一方で、革命軍リベリオンの士気は高い。

 彼らは自分たちが国を変えるんだという強い意志によって行動している。故に、絶対に成功させたいこの作戦で、非常に士気が高くなっていた。

 戦況がどちらに傾くかなど、予想に難くない。



「兄上の部屋は……確かこっちだったか」



 第一王子ロータスとレインヴァルドは同腹の兄弟だ。しかし、だからと言って殺すことに躊躇があるわけではない。レインヴァルドは血族を滅ぼし尽くし、エルドラード王国を作り変えようとしている。親族殺しの呪いを受ける覚悟は出来ているのだ。

 また、そうすることで、最小限の血で革命を為すことが出来ると信じている。



「レイ様。スラムの連中も暴れ始めたようです」

「そのようだな。あっちにはレイルが見張っている。やり過ぎることはないさ」

「レイルに彼らが止められますかね」

「……」



 今回の作戦において、レインヴァルドは従者であるリーリャと共に第一王子ロータスを殺すことになっている。国王ヤンバールは捕らえて公開処刑する予定だ。王子や王女たちは、新たな王権擁立の材料とならない様に、今日の段階で殺害するのである。

 ロータスについては、せめて自分が引導を渡そうと思ったのだ。



「いたぞ! 曲者だ!」

「レイ様は下がってください!」



 廊下の角から現れた警備兵に対し、リーリャの率いる部隊が対応する。レインヴァルドを守る部隊は当然ながら魔装士ばかりであり、並みの警備兵では歯が立たない。

 強力な魔力の前に、警備兵たちはすぐに意識を落とされた。

 こうして殺さないように気を使えるほど、戦力差があったのだ。



「急ぎましょう」

「悪いなリーリャ」



 残念ながらレインヴァルドは魔装士ではない。それに魔術の才能も微妙だ。生活に便利な小規模魔術程度ならばともかく、攻撃威力を持つ軍用魔術を扱うほどの実力はない。

 現在、全世界で体系化された魔術として使用されているのが、古代の賢者が編纂したと言われるアポプリス式魔術だ。最も効率良くなるように、詠唱などが工夫されている。

 全ての詠唱や効果や会得方法が記述された魔術書は、国が厳重に管理している。一般に出ているアポプリス式魔術は、口伝によって細々と受け継がれてきたものに過ぎない。特に極大魔術とも言われる第八階梯より強力な魔術はほとんど秘匿された情報だ。

 それでも革命軍リベリオンは可能な限り強力な魔術を修め、魔装を磨いた。



「レイ様、こいつらどうします?」

「放置してまた起き上がってきたら面倒ですよ」

「でも、縛るにもロープなんてないぞ」

「目覚める前に全部片づければいい。急ごうぜ。なぁ、レイ様!」



 仲間たちの言葉に頷き、レインヴァルドは先に進む。王城のことをよく知るレインヴァルドとリーリャが先頭に立ち、速足でロータスの部屋に向かった。

 途中で何度か警備兵を倒し、強引に突き進む。

 今は国庫や王の居室にも革命軍リベリオンの手が伸びており、城は混乱に包まれている。思ったよりも簡単に事は進んだ。



「この先の扉を抜ければ、ロータスの居室がある区画です! そうですよねレイ様」

「ああ、行くぞ!」



 リーリャが区画を分ける大扉を開く。そしてレインヴァルドが中へと走り込んだ。

 だが、ここでレインヴァルドのすぐ後ろにいた部下の一人が叫ぶ。



「危ない!」



 それはレインヴァルドにかけられた言葉であり、同時にレインヴァルドは押し倒された。すると、一瞬前までレインヴァルドの頭があった場所を槍が通り過ぎる。



「ぎゃっ!?」



 空気を裂くような勢いで通過した槍は、革命軍リベリオンメンバーに突き刺さった。いや、突き刺さるどころか、貫通して直線上に並んでいた四人を一気に殺した。

 一人分の悲鳴は聞こえたものの、残る三人は声を上げる間もなく息絶える。

 扉を開けたリーリャは一部始終を眺めていたのだが、仲間の血肉が飛び散ったことで、思考が一時停止していた。



「おいおい……外しちまったじゃねぇかよ」



 奥から聞こえた声に反応して、皆がそちらを向く。

 そこには、紺色の軍服を纏った男の姿があった。右目を眼帯で隠し、頬には三つの傷がある。左胸に見えたバッジに、レインヴァルドは思わず驚愕の言葉を漏らした。



「銀の狼の紋章! まさか大帝国軍の中尉兵か!」



 大帝国の軍人は実力によって九つの階級に区分されている。まず、魔装士でない兵は三等兵からスタートし、一等兵までにしか昇進することができない。一方で魔装士は、一等兵の上にある下装兵、中装兵、上装兵、下尉兵、中尉兵、上尉兵からスタートする。どの階級になるかは、魔装士としてのランクが関わるため、スタート地点には個人差がある。ただし、実力を伸ばせば、上尉兵の上にある将軍、更に上の大将軍の階級に昇り詰めることすら可能だ。

 ただし、これはあくまでも実力による階級だ。軍における地位は別であり、一等兵でありながら、作戦指令室の室長に着任することもある。勿論、命令権は基本的に階級が優先されるが。

 そして銀のバッジは尉兵を示しており、狼の紋章は中尉兵に与えられるもの。

 だからレインヴァルドはスバロキア大帝国軍の中尉兵だと断定できた。



「ほう? この紋章の意味を知っているのか?」



 眼帯の男は不敵な笑みを浮かべつつ、右手で何かを掴む動作をした。すると、魔力が集まり、魔装によって形成された槍が出現した。

 そして男は槍を自在に振り回しながら自己紹介をする。



「俺はスバロキア大帝国軍中尉兵にして獄炎軍団第二中隊の隊長イグナート・ローゼン。属国であるエルドラード王国に謀反の兆しアリと聞き、助太刀に参った」



 それを聞いたリーリャは思わず叫ぶ。



「まさか! 情報が漏れていたというの!?」

「そういうことだ」



 イグナートは再び槍を投げる態勢になった。狙いは当然ながらレインヴァルドである。革命軍リベリオンのリーダーを潰せば、エルドラード王国の脅威は消える。イグナートはそれを分かっていた。

 すぐに近くの部下がレインヴァルドを突き飛ばした。



「ふん!」

「ぐあっ!」



 槍が右わき腹を抉り、レインヴァルドの部下が犠牲となる。他のメンバーも立ち直り、すぐにイグナートを攻撃するべく魔装を展開した。

 魔装を投げて武器を失ったかに見えたイグナートだが、魔装を解除して再展開することによって再び手元に槍を出現させる。これは魔装を高速展開する高等技術であり、余計な魔力を消耗するため、滅多に使う者はない。しかし、イグナートはAランク魔装士としての魔力量でゴリ押しを可能としていた。



「これでもロータス殿下の警護を承っているのだ。簡単にやられるつもりはないとも。無論、メドライン殿下や姫様方の方にも大帝国からの援軍が護衛として付いている。貴様らは終わりだ……賊よ」

「なんだと……!」



 レインヴァルドは戦慄する。

 革命軍リベリオンは裏を掻かれ、こうして誘い込まれてしまったのだ。そしてエルドラード王族は、自らの城に賊をおびき寄せるようなことはしないだろう。つまり、この作戦はスバロキア大帝国から提案された作戦だったと推定できる。

 やけに上手くいっていると思っていた。

 ルシャーナの無茶ぶりで城の警備兵がいなくなっていたあたりから、革命軍リベリオンは大帝国の掌で踊らされていたのだ。

 イグナートが魔装の槍で床を叩いた。ガンガンと響く音が通路を木霊し、するとすぐに複数の人間が走ってくる音が聞こえてくる。レインヴァルドを始めとした革命軍リベリオンメンバーはすぐに魔装を構えたが既に遅い。

 通路の影から八人の大帝国兵が現れた。

 胸に付けられたバッジの色は青銅。これは装兵の階級であることを示している。剣の紋章が上装兵、杖の紋章が中装兵、盾の紋章が下装兵の証だ。

 彼ら八人は全員が魔装士であり、イグナートが連れてきた部下なのである。



「拙いな」

「どうしますかレイ様」

「このままでは作戦遂行は不可能だな。そもそも、逃げることすら難しそうだ」



 丁度その時、凄まじい爆音が響いた。

 城全体が揺れ、レインヴァルドたちがいる通路の天井にも罅が入った。



「なんだ!?」



 革命軍リベリオンメンバーの一人が叫ぶ。

 すると、それに応えたというわけではないのだろうが、イグナートが語った。



「これはコングラード上尉の魔装だな。確か姫のいる区画を守っていたはずだが……まさかここまで被害が届くとは」

「ローゼン中尉! この通路も崩れそうです!」

「そのようだな」



 上尉、ということは上尉兵の階級を示しているのだろう。レインヴァルドはそのことにまたも戦慄した。目の前のイグナートでさえ強敵なのだ。その上、彼よりも強い上尉兵の存在を聞けばそう反応しても仕方がない。

 なんにせよ、革命軍リベリオンは罠に嵌められたのだ。



「ふむ。あの爆発では姫方を襲った賊は全滅と言ったところか。では、我らも賊を殲滅するとしよう。コングラード上尉に負けるわけにはいかんのでな」

「くっ!」

「レイ様は逃げてください!」

「僕たちが時間を稼ぎます」

「コイツは強いぜ! 覚悟を決めなきゃなぁ!」

「待てお前たち!」



 レインヴァルドは制止するが、革命軍リベリオンメンバーは勇んでイグナートへと飛びかかる。その間にリーリャがレインヴァルドの手を引いた。



「早く! こっちですレイ様!」

「だが……」

「レイ様さえ無事ならやり直せます。どうか!」

「……わかった」



 革命軍リベリオンにおけるレインヴァルドの地位は、レインヴァルド自身が一番理解している。この国をやり直すために、必ず必要となる柱なのだ。ここで敗走しても、死ぬわけにはいかない。



(済まない)



 レインヴァルドは心の内で仲間に謝りつつ。リーリャと共に脱出を目指した。

 しかし、それをイグナートは見逃さない。



「逃がさん!」



 槍の魔装が発動し、柄が伸びてレインヴァルドへと襲いかかる。しかも、それは直線的ではなく、グネグネと湾曲しながら革命軍リベリオンメンバーという盾を避けてレインヴァルドに向かった。

 革命軍リベリオンメンバーの一人が槍を叩くが、柄はぐねりと曲がるだけで止まらない。まさに暖簾に腕押しだった。

 そして迫る槍に気付いたリーリャが、レインヴァルドを突き飛ばす。

 リーリャの脇腹に槍が突き刺さった。



「っ! うああ!」

「リーリャ!」

「外したか……」



 イグナートは舌打ちをするが、すぐに槍を操ってレインヴァルドを狙おうとする。勿論、リーリャの脇腹を貫いたままだ。

 しかし、革命軍リベリオンメンバーが土の第一階梯《土壁ウォール》を発動し、イグナートやその部下に対して目くらましを仕掛けた。この《土壁ウォール》は残った革命軍リベリオンメンバーの背後に発動されたものであり、自分たちの逃げ道を塞ぐものだ。

 つまり、玉砕の意思を以て立ち向かっている。

 レインヴァルドを確実に逃がし、自分たちがここで死のうとも次に繋げようとしたのだ。



「厄介だ。魔術で壁ごと吹き飛ばせ!」

『はっ!』



 イグナートの率いる三人の部下が魔術詠唱を開始し、残る五人が魔装で革命軍リベリオンメンバーに襲いかかる。勿論、革命軍リベリオンメンバーも抵抗する。



「絶対にレイ様を逃がせ!」

「賊を全て殺せ!」



 革命軍リベリオンメンバーは魔装士だが、精鋭というわけではない。精々、Cランクの魔装士と言ったところだろう。そもそも、優秀な魔装士は大帝国に行って軍に所属することで成り上がれる。属国で燻ぶる必要はない。

 故に、戦力差は明らかだった。



「ぐあ!」

「まだ……うおおおおおお」

「ここは通さない」

「命に代えてもレイ様は守る!」

「あ、足が! あああああ!」

「うおおお! 俺はまだ戦える!」



 捨て身になった死兵は強い。

 実力ではなく、気持ちがだ。

 決して折れることなく、ボロボロになっても立ち向かう。肉の一片や血の一滴すらも注いで、文字通りの全力を尽くすのだ。

 実力差故に革命軍リベリオンメンバーは次々と倒れていくが、時間稼ぎには充分だった。

 イグナートは苛立ちながら叫ぶ。



「魔術はまだか!」

「完成しました! 放ちます!」



 三人の部下が使用したのは風の第五階梯《風刃エア・カッター》。青白い魔術陣が強く光り、風の刃が三つ同時に放たれる。

 それは肉盾となった革命軍リベリオンメンバーを容易く切り裂き、《土壁ウォール》の壁すら破壊した。

 だが、破壊された壁の向こうを見ても、既にレインヴァルドはいない。



「逃げたか。追うぞ」



 今の《風刃エア・カッター》で革命軍リベリオンメンバーは全滅した。その死体を踏み越え、イグナートは部下を伴ってレインヴァルドを探す。

 しかし、その姿を見つけることは出来なかった。














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