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46話 反乱に向けて


 第二王子リンヴルドが惨殺されて一か月が経った。人の噂も七十五日というが、王子殺しの大事件といえど十日もすれば人々の話題から消えてなくなる。

 首都ドレインは元の雰囲気を見せていた。

 そして妹であるルシャーナとワイルスも、リンヴルドのことなど気に留めていなかった。



「あら? 今日の紅茶にはお花の香りがしますね」

「さようでございますワイルス殿下。バラより抽出した香りを僅かに混ぜてみました」

「まぁ素敵ね。暫くは同じものをお願いできるかしら?」

「勿論でございます」



 第二王女ワイルスは一見すると儚い少女に見える。無害そうな容姿と雰囲気から、貴族たちの中にもファンは多い。是非とも嫁にと狙っている子息たちはかなりいる。



「ワイルスの言う通りね。私に相応しい良い香りだわ」



 そして対面に座っているのが第一王女ルシャーナである。この二人は腹違いの姉妹であり、ルシャーナがリンヴルドと同腹の子である一方、ワイルスは第四王子メドラインと同腹だった。

 ちなみに、第一王子ロータスとレインヴァルドが同腹であり、同時に正妻の子でもある。



「ねぇ。同じ香りの香水はないのかしら?」

「ございます。御入用ならば、お取り寄せしますが?」

「そうね。任せたわバンズ」

「かしこまりました」



 バンズと呼ばれた執事は頷き、心にメモする。

 ルシャーナはワイルスと異なり、化粧が濃い。他にも香水や煌びやかな小物、ドレスを大量に所持しており、着飾ることで美しさを保っている。醜いとは言わないが、素の姿は平凡に近い。

 しかし、それは決して触れてはいけないことだ。

 以前、その噂話をしていたメイドは告げ口され、即座に処刑となった。

 故にバンズはルシャーナの要望に全て従い、ルシャーナの求める回答を用意する。



「そう言えば、四日後に晩餐会があったわね。ワイルスはドレスを仕立てたの?」

「いいえ。私は既に持っている物から選ぼうと思っていますの。以前にリュート伯爵様から誕生日に頂いたドレスが丁度いいとメイドたちとも話していまして」

「……」



 ルシャーナはワイルスの不用心さに溜息を吐く。

 恐らく、ドレスを勧めたメイドはリュート伯爵から指示を受けているのだろう。リュート伯爵家から送られたドレスで晩餐会に出席したとなれば、ワイルスとリュート家が特別な関係であると周囲にアピールすることが出来る。

 実際はそうでなくとも、既成事実さえ作ってしまえばどうとでもなる。

 最終的にはリュート伯爵家にワイルスを迎え入れ、王家の血筋を取り込む予定なのだろう。

 狙いが見え見えである。

 ただ、頭の中がお花畑のワイルスは理解していないようだが。



(ま、この子が馬鹿なお陰で私が好きに出来るんだけど……)



 ワイルスは操りやすい。それっぽい理由を付ければ、簡単に首を縦に振る。そしてワイルスはファンの貴族も多く、ワイルスを操れば芋づる式にその貴族たちも操ることが出来るのだ。

 ルシャーナにとって、腹違いの妹は都合の良い駒なのである。



「そうそうワイルス。ちょっと貴女の耳に入れておきたいことがあるのよ」

「私のですか? お姉様のお話はためになりますから是非」

「良い子ね。実はね、革命軍リベリオンと名乗っている輩が、国の治安を乱しているの。それは知っているかしら?」

「初耳です。お姉様は何でも知っておられるのですね!」



 目を輝かせているが、革命軍リベリオンが一体何のことかは理解していないのだろう。ワイルスは情報にどん欲だが、それはあくまでも噂好きの女の子という範囲である。それが何を意味しており、どういう風に利用できるかは考えない。

 これが陰で愚かといわれる所以である。



「その革命軍リベリオンはね、この国で悪いことをしているのよ。そして、とある村では革命軍リベリオンに味方しているなんて話もあるわ」

「まぁ、なんてことでしょう」

「ワイルスはどう思うかしら?」

「そんな村には兵を派遣して、懲らしめなければいけませんね」

「そうね。どんな刑罰がいいかしら?」

「流石に命を奪うのは可哀想です……どうしたらよいのでしょうお姉様」



 流石は脳みそ花畑。

 ルシャーナの思った通りに喋ってくれる。

 扇で口元を隠し、笑みを浮かべている事実を隠しながら、ルシャーナは提案した。



「そうね。奴隷化なんてどうかしら? 奴隷にして王家のために作物を作らせるの。悪いことをしたのに、命を助けて貰って、それだけじゃなく王家に奴隷奉仕する栄誉を与えられるの。素晴らしい恩赦じゃないかしら?」

「流石ですお姉様! 是非そうしましょう!」

「そうね。だったら、すぐにでも兵士を動かす用意をしましょう。貴女もこの書類にサインしてくれないかしら?」

「勿論です」



 初めから用意していた書類を使用人に持ってこさせる。それをワイルスの目の前に置くと、彼女は躊躇うことなく自身の名を書き込んだ。

 しかも、書類の内容には全くと言って良いほど目を通していない。

 一方でルシャーナは、人気のあるワイルスの支持を得ることが出来たのだ。後は自分の派閥の貴族も動かせば、兵を動かす権限も手に入る。



「はい、出来ました」

「ありがとう可愛いワイルス」



 口元を扇で隠したルシャーナは、心の底から笑みを送った。

 嘲笑という笑みを。















 ◆◆◆














 数週間後、二等区画のカフェでお茶をしていたシュウとアイリスは、大通りが騒がしくなっていることに気付いた。



「何かあったんですかねー?」

「出征で騒ぎになってんだろ。確か、革命軍を潰すために出兵するって噂が流れてた」

「あれって本当だったのです?」

「出兵しているってことは事実なんだろうさ」



 シュウの魔力感知で、大量の魔力が知覚できる。数えきれないほどであるため、これが一つ一つ兵士なのだと理解した。



「この数はかなりだな。千に近いと思う。城の兵士……というか警備兵が殆ど出陣したんじゃないか?」

「エルドラード王国も本気なのですねー」

「ま、これだと城の守りが空っぽだろうけどな。それは大丈夫なのか?」

「最低限の警備はあると思うのですよ」

「だが、愚かだな」



 革命軍リベリオンは王都ドレインにまで侵入している。そしてその頭領は王城のことをよく知る第三王子レインヴァルドなのだ。もしも王城の戦力を落とせば、それを機に仕掛けてくる。それはこの国をよく知らないシュウとアイリスでも簡単に予想できた。



「これで城を落とし、革命が成功すれば内乱も終わりだな」

「ですねー」

「第二王子が謎の死を遂げたばかりだってのに愚かだな」

「原因は私の目の前にいる人ですけどねー」

「まぁな」



 ある意味では、第二王子が死んだからこそ事が動いたとも言える。

 王子や王女たちは協力し合っているわけではなく、互いにライバルと認識している。リンヴルドが死んだということは、その分だけ動く余地が生まれる。その死を上手に利用するため、目立ったことをしてもおかしくはない。

 だが、動くのはリンヴルドの死をしっかりと解明してからにするべきだった。

 簡単に王族を殺せる何かが王都に存在しているのだから。



「多分、王族の誰かが乗せられたんだろうな。革命軍リベリオンに対して軍を派遣するように唆したってところだろ」

「あー……レインヴァルドさんって元は第三王子ですもんね。王城にも味方が潜んでいるとか?」

「そういうことだ。リンヴルドが死んだ以上、普通なら王は出兵を認めない。だが、押し切るだけの味方が革命軍リベリオンにいたって訳だ」

「なら、革命軍リベリオンが動くのは決まりなのです」



 そう話している内に、店の外が騒がしくなる。

 暫くは兵士の列が続くので店を出られなくなるだろう。



「ケーキをもう一つ頼むか」

「あ、私はこのフルーツタルトが欲しいのですよ!」
















 ◆◆◆














 四等区画にあるスラム街。

 その中でも大きな建物が革命軍リベリオンの潜伏地だ。勿論、リーダーであるレインヴァルドもここにいた。



「どうだイーザン。何か掴めたのか?」

「慌てんなよレイさん。分かったからアンタを呼び出したんだ」



 スラム街の頭領であるイーザンは、レインヴァルドを諫めながら資料を渡す。レインヴァルドは奪い取るように資料を手にして、あっという間に目を通した。



「……なるほどな。例の出兵はルシャーナの独断だったのか。ボールド伯爵の派閥が背を押したのか?」

「そういうことさ。伯爵様は、アンタたちに動けと言っている」

「これだけ情報が揃えられているんだ。達成して見せる」



 革命軍リベリオンを名乗っているのだ。

 いずれは国をひっくり返し、清浄なる姿に戻す。そのためにレインヴァルドは戦ってきた。今更、日和るつもりはない。



「これからやることが多くなるな。王族を全て殺害すれば、俺が王になる。国を作り変え、大帝国の圧政から脱却する。国民全員に利益が行きわたるようにしなければいけない」

「大変だよな。ククク」

「茶化すなイーザン」

「悪いが、俺もタダ働きじゃないんでな。ちゃんとこっちの利益は頂くぜ。具体的には、国庫を襲撃させて貰う。俺たちの血税を搾り取った財宝だ。俺たちの元に返すのさ」

「良いだろう。そちらは任せる」



 レインヴァルドたち革命軍リベリオンの魔装士は、少数精鋭で王城に侵入して国王ヤンバール、第一王子ロータス、第四王子メドライン、第一王女ルシャーナ、第二王女ワイルスを全て殺害する。場合によってはワイルスを生かすことも考えたが、遺恨を残さない様に全員を等しく処刑することに決めていた。

 また、悪政の片棒を担いでいた貴族も全て消す。

 そしてボールド伯爵を始めとした革命軍リベリオンの考えに賛同している貴族を重臣に据え、新たな王権を擁立するのだ。

 一方、スラムの協力者たちは革命軍リベリオンが騒ぎを起こしている間に国庫を襲撃する。そしてエルドラード王国が集めた国民の財を奪い返す。その財産はスラム街の取り分であり、貧しい者たちに分配されることになっていた。



「出兵と言っても、所詮は警備隊だ。まともな行軍ができるはずもねぇ。時間はたっぷりあるぜ」

「そうだな。決行は五日後を目途にしよう。場合によってはずらすかもしれないが、今はそのつもりで準備を進めてくれ」

「俺たちの方はすぐに準備が終わるさ。レイさんの方こそ、急ぐことだな」

「分かっている」



 その後、二人は小さな決め事を話し合い、早々に別れたのだった。





















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