45話 愚王子の結末
王城の一室で、第二王子リンヴルドは怒りに燃えていた。
「どういうことだ!」
「申し訳ありません王子」
必死に頭を下げる部下に対し、リンヴルドは小さな杖を構える。そして魔力を込め、呪文を唱えて魔術を発動した。
すると、岩の弾丸が放たれ、部下の足を穿つ。
「ぎゃああああああ!」
「床を汚すな下僕の分際で!」
「ああああああああああああああ!」
「煩いぞ!」
リンヴルドは倒れて血を流す部下に魔術を放ち、痛めつける。得意としている土の魔術は質量体を生成して飛ばす。質量体が打ち付けられるたびに部下は痙攣し、血を流した。
そして徐々に力を失っていき、遂には動かなくなる。
流石のリンヴルドも部下が死んだことには気付いたらしい。攻撃は止めた。
「ちっ……誰か! このゴミを片付けろ!」
すると扉が開き、数名の使用人が現れた。血に塗れて死んでいる男の姿に一瞬だけ震えるも、すぐに行動へと移す。もたもたしていれば、次は自分たちが標的になると分かっているからだ。
第二王子の横暴は城の中でも良く知られていることで、彼の怒りに触れないよう、使用人や部下は毎日を必死に過ごしていた。
死体が連れ出され、床も綺麗に片付けられた後、リンヴルドは部屋で一人となる。
「クソ……ドンパ達が殺されただと……」
親衛隊の中でも実力者だった四人を連れて、いつものように女を誘拐する。それだけだった。しかし、ドンパたちの帰りが遅く、異変を感じたリンヴルドが調べさせたのである。その結果、ドンパたちは謎の二人組によって殺されたことが分かった。
やっていることがほぼ犯罪だったとはいえ、王子の部下を殺したのだ。
当然、その二人組を罪に問うことは出来る。
「俺の部下を殺したんだ。絶対に許さない。この俺自らが魔術の実験台にしてやる」
リンヴルドは魔装の才能こそなかったが、それなりの魔力量はあった。故に、魔術を実戦レベルで使用可能だった。嗜み程度に覚えている魔術だが、殺傷性のある軍用魔術を使える。横暴な王子に持たせてはいけない武力だった。
誰もいなくなった部屋で、その二人組の処刑方法を考え続ける。
(両手両足を少しずつ削いでいくか? 目玉をくり抜くか? いや、片方は女だったな。だったら、男の目の前で犯してやる……)
醜い笑みを浮かべるリンヴルドは、どうやって女の尊厳を踏みにじるかを想像する。それだけで興奮し、身体の一部が熱くなるのを感じた。
だが、それゆえに部屋へ侵入した存在に全く気付いていなかった。
「お前が第二王子か?」
「っ! 何者だ!」
リンヴルドが振り返ると、窓際に一人の男が立っていた。窓は空いた形跡がなく、壁にも穴はない。どこからどうやって入ってきたのか、見当もつかない。
しかし、リンヴルドが無断で自分の部屋に入ってきた人物を許すはずがなかった。
「曲者だ! 誰か来い!」
まずはそうやって叫ぶ。
高貴な王族たる者、自ら戦うことはしない。最低限の防御魔道具は身に着けているので、それを使って時間稼ぎを行い、部下を呼ぶのだ。
リンヴルドは陽属性の結界魔道具を起動し、防御を展開した。
「ふん。俺の部屋に無断で侵入するとは無礼者め」
「無礼……ね。なら、お前は街の女を攫う誘拐犯だな」
「なんだと貴様!」
顔を赤くして叫ぶリンヴルドに対し、侵入者は平然としたままだ。黒髪黒目という闇に紛れる姿であり、暗殺者ではないかと疑う。
残念ながら、普通の暗殺者は問答無用で殺しに来るという思考は彼の頭になかった。
「お前が第二王子かと聞いているんだが?」
「ふん。当たり前だ。この俺こそが第二王子リンヴルド・ヘリックス・リヒタール様だ。跪け愚か者」
「お断りだ愚鈍な王子」
そう言った侵入者は、一瞬で距離を詰めて蹴りを放つ。
だが、それはリンヴルドの体を覆うように発動している結界に阻まれた。
「はははは! 馬鹿め! それにしても家来どもは何をしている……」
侵入者を馬鹿にする一方、呼んでから音沙汰一つない家来に苛立ちを覚えていた。そこで、リンヴルドは仕方なく杖を構える。
「この俺が直々に始末してやる。魔力伝導率を極限まで高めた最高級の杖があれば、お前程度は簡単に殺せるんだよ!」
リンヴルドが使ったのは土の第三階梯《
第二王子は愚か者として有名だが、魔術の才能だけの面で見れば天才だった。
残念ながら努力をしないため、第三階梯止まりだが。
「死ね!」
「邪魔だな」
侵入者は迫る砲弾に手を翳した。すると、掌に触れた瞬間、砲弾は完全停止して床に落ちる。一瞬で速度が失われ、ただの石ころとなった。
これにはリンヴルドも驚く。
「なんだと!?」
「下手だな。魔術ってのはこうするんだよ」
侵入者は落ちた石ころを拾い上げ、二枚の魔術陣を形成する。すると、石ころは一瞬で加速され、音速すら超えてリンヴルドの障壁に直撃した。
砲弾は結界で砕け散ったが、その恐怖までは消し去れない。
リンヴルドは思わず腰を抜かしてしまう。
「ひいっ!? な、何者だお前は!」
「……『死神』」
「し、死神だとぉ……馬鹿な! あの『死神』か!」
「今更気付いても遅い」
『死神』ことシュウは、右手を伸ばして握り潰す動作をする。すると、リンヴルドを守っていた結界が消失した。死魔法でエネルギーを奪ったのである。
陽属性結界が消えたことに気付き、リンヴルドは慌てふためいた。
「うあああ! 誰か! 誰か俺を助けろ!」
「無駄だな。この部屋には初めから防音魔術をかけている。お前の叫びは誰にも届かない」
「ひあああああああああああああああ!」
情けない声を上げながら、這うようにして扉を目指す。その姿からは傲慢で横暴な王子を想像することは難しく、死に怯えた一人の人間だった。
シュウは容赦なくリンヴルドに殺気を向ける。
この男はアイリスに手を出そうとしたのだ。誘拐をしていた部下は殺害したものの、放置すれば報復に走ることだろう。ならば、その前にこちらから仕掛けるまで。この暗殺は完全なシュウの私情であり、『死神』としての仕事ではない。
しかし、リンヴルドという小物を怯えさせるには『死神』の名は充分以上に効いた。
「派手にいこうか。《
「あ……あぁ……」
部屋を覆うほどの魔術陣が完成し、分解魔術によって分子結合を破壊する。極薄の領域で発動されたことにより、分解魔術は斬撃として残った。部屋は無数の斬撃跡が残され、部屋の主であるリンヴルドは全身をバラバラに引き裂かれて床に転がる。
大量の血液が流れだし、部屋に生臭い匂いが充満した。
「じゃあな。愚かな王子」
シュウはそう言って、霊体化する。
そして壁をすり抜け、城の外へと出て行った。
リンヴルドの惨殺死体と荒らされた部屋は、翌日になってから発見されることになる。
◆◆◆
「大変よレイ様!」
「リーリャか。ノックもなしにどうした? そんな緊急なのか?」
「あ……申し訳ありません!」
いきなり扉空けて入ってきたリーリャには驚いたが、それで怒るようなレインヴァルドではない。
「まったくよぉ。レイさんの部下には困ったもんだぜ」
「申し訳ない」
レインヴァルドと共にいた禿げ頭の男がポリポリと頬を掻きながら呟く。一応は秘密の話をしていたので、確認を取ってから入ってきて欲しかった。
この男の名はイーザン。
四等区画にあるスラム街を仕切る頭領である。スラムには独特のルールがあり、様々な者が領地を作って自治している。エルドラード王国も、ゴミはゴミ捨て場にとばかりに犯罪者予備軍や貧者をスラムへと追放するため、自然とこの形が出来上がったのだ。
当然、スラム街には王国への不満を抱える者が沢山いる。
レインヴァルドたち
「レイ様、イーザン殿、申し訳ありません」
「いや、それよりも報告があるんだろ? リーリャが慌てるなんて珍しい」
「そうです! そうなんですよ! とんでもない報告ですよ!」
頭を下げていたリーリャは、ガバッと起き上がって興奮気味に捲し立てる。
「第二王子が……エルドラード王国第二王子リンヴルド・ヘリックス・リヒタールが殺されました!」
「何っ? リンヴルドが?」
「おいおい……嘘だろ? 何者だ? 俺たちみたいな勢力がいたってのか?」
「分かりません。でも、お城の使用人として潜入させている仲間からの報告で……部屋中を荒らされ、リンヴルドは惨殺されていたと」
それは
つまり、殺したのは別の勢力ということになるだろう。
「リーリャ、何処の勢力が殺したのか分かるか?」
「いえ。でも侍女たちの噂では第一王子の派閥がやったと……」
「ロータスが? だが、次の王は殆どロータスで決まっていたし、わざわざリンヴルドを殺す理由が浮かばないな。それなら、第四王子のメドラインの方がまだ分かりやすい」
元はエルドラード王国の第三王子であるレインヴァルドは、王家の情勢も多少詳しい。優秀で容姿端麗な第一王子ロータスに比べ、第二王子リンヴルドは王としての資質が殆どなかった。魔術の才能があったので、将来は軍事に関わる役職に就くだろうとは言われていたが、基本的にリンヴルドを次の王に擁立する派閥は少数派だったと記憶している。
王としての器なら、第四王子メドラインの方がまだ上だった。
なので、メドラインならともかく、ロータスがリンヴルドを殺す理由はない。
「どう思うイーザン殿?」
「案外、姫さんの仕業だったりしてな」
「ルシャーナかワイルスが? いや、ルシャーナならあり得るな」
第二王女ワイルスは脳みそお花畑のポワポワした娘だが、第一王女ルシャーナはリンヴルドに似た性格をしている。傲慢で横暴で、自分こそが至上の美女だと信じて疑わない。
同族嫌悪というやつだろう。
リンヴルドとルシャーナは仲が悪かった。顔を合わせる度に悪口を浴びせ合い、その度にレインヴァルドやワイルスが仲裁していたのだ。ロータスは我関せずと言った様子で、メドラインも興味なさそうだったのを覚えている。
「しかし……いくら嫌っていても殺すだろうか」
あの二人は互いに嫌い合っていたが、殺し合うほどではなかった。本当に、仲が悪い兄妹の範囲だったと思っている。
しかし、レインヴァルドは王宮を離れて暫く経つ。関係性が悪化していてもおかしくはない。
「調べた方が良さそうだな。頼めるかイーザン殿」
「任せな。そういった裏の情報は俺たちの得意分野だ」
イーザンはニヤリと笑みを浮かべた。