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41話 反逆する者たち


 ローガン子爵を屋敷ごと氷像に変えることで暗殺した三日後。シュウとアイリスは再び革命軍リベリオンに呼び出された。黒猫が拠点にしている酒場に向かい、『死神』のコインを見せるとすぐに部屋へと通される。

 そこでは革命軍リベリオンリーダーのレインヴァルド、そしてレイルとリーリャが座っていた。



「三日ぶりだなレインヴァルド」

「ああ、依頼を達成してくれてなによりだ『死神』。予想よりも速すぎて驚いたが」

「一か月以内と聞いていたからな。でも、早い方がいいだろう?」

「いや、依頼したその日というのは早すぎだ。こちらも対応しきれない所だったぞ」



 レインヴァルドは溜息を吐きながら告げる。

 そもそも革命軍リベリオンがローガン子爵を暗殺するのは、単に邪魔だからではない。警備隊で不正を働いている子爵を暗殺によって引きずりおろし、革命軍リベリオンに味方しているボールド伯爵の息が掛かった者を警備隊長官に据えるためだった。

 こうも早くては対応に困る。



「文句を言われる筋合いはないな」

「確かにそれはそうだ。報酬を……と言いたいところだが、その前に聞きたいことがある」

「……なんだ」



 シュウは面倒臭そうな視線を向けるも、レインヴァルドは表情一つ変えずに質問した。



「あの氷像は何だ? 大騒ぎだぞ」

「俺流の暗殺だな。まさに『死神』だろう? 冥府から迎えが来たみたいじゃないか?」

「ああ、確かにそうだ」



 レインヴァルドは大きく頷いた。

 しかし、バンッと片手で机を叩きながら言い返す。



「確かにそうだ。魔術痕跡すらなく、誰にも気づかれずにターゲットを殺害している。間違いなく、誰が見ても暗殺に部類されるだろう。しかし……」



 そう、レインヴァルドは特に理由もなく叫びたい気持ちだった。全く意味不明な方法でターゲットが死んでいたのだ。しかも、ローガン子爵が揃えている傭兵魔装士や警備隊ごと全てである。

 本当に意味が分からない。



「あれは魔術なのか? 魔装なのか? レイルやリーリャと話した結果としては魔装だと思うのだが」

「いや、言うわけないだろ」

「それはそうだが……」



 不安なのだろう。

 『死神』とは裏組織・黒猫の一員なのだ。金を支払われれば、その牙が自分に向かうかもしれない。革命軍リベリオンが明日には氷像となってしまうかもしれない。

 それがとても不安だった。



「はぁ……愚かだ」

「なんですって? 『死神』だからと調子に乗らないでくれる?」

「よせリーリャ。で、何が愚かだと?」



 立ち上がって叫ぶリーリャを制したレインヴァルドは、静かに聞き返した。確かに愚かな質問ではあったが、レインヴァルドもプライドはある。厳しい目つきでシュウを見る。



「確かに俺の力を怖いと思うのは当然だろう。俺は死を与えることに対して世界最高だと思っている。奴隷でも平民でも貴族でも王族でも……俺は誰でも簡単に殺すことが出来る。そいつの居場所さえわかれば、護衛すら役に立たないだろう。だが、それがどうした?」

「俺としては、それで済まないのだが」

「だったら、俺を雇い続ければいいだろう。お前たちの敵に雇われないように、俺に対して仕事と報酬を与えればいい。出来なければ、俺が敵にならないよう、神にでも祈るんだな」



 革命軍リベリオンは確かに市民の味方だ。しかし、シュウが味方をする義理はない。

 ……というのは建前である。



(まぁ、基本的には革命軍リベリオンの味方をするって決めているけどな)



 理由はその方が面白そうだから。

 そしてスバロキア大帝国に『死神』の力を印象付けることが出来るからである。

 しかし、それを革命軍リベリオンに言う必要はない。



「さっさと報酬を寄越せ。『死神』は一組織に縛られるつもりはない」

「……そうだな」



 レインヴァルドが目配せすると、隣に座っていたレイルが金貨袋を取り出す。受け取ったアイリスが確かめると、中には約束通りの金貨が入っていた。

 アイリスが頷くと、シュウも頷く。



「契約通りで良かったよ。じゃあな。次の仕事があれば宜しく」

「バイバイなのですよー」



 二人は立ちあがり、部屋を出たのだった。












 ◆◆◆









「宜しかったのですかリーダー? いえ、レイ様」

「まぁな」



 レイルの問いかけにレインヴァルドは目を覆いつつ答えた。正直、良くはなかった。革命軍リベリオンの専属に出来ればどれほど心強いかと考えなくもない。



「しかし、レイ様の命は我々の宝です。間違って殺されれば……」

「そうならないように努力するしかない。この世には『死神』のような暗殺をしてくる奴もいるということだけ覚えておけばいい。出会ってしまえば対処のしようがないのも事実だが」

「それでは意味が!」



 レイルもリーリャも納得は出来ない。革命軍リベリオンは非常に勢力が小さな組織だ。組織が最も大きな規模を持つエルドラード王国でも、駐屯する大帝国軍のせいで強くは動けないのだ。

 スバロキア大帝国は属国に駐屯軍を派遣しており、それによって支配力を示している。しかも、この軍は民衆を魔物の脅威から守っているという側面があり、属国は表だって拒否する理由がない。

 結果として学のない民衆は、魔物から自分たちを守ってくれる大帝国の駐屯軍に憧れ、才能ある魔装士はスバロキア大帝国の軍に所属したがるという仕組みだ。

 革命軍リベリオンは支援を集め辛く、戦力も確保が難しい。言い換えれば、資金の確保にも難航している。『死神』を雇い続けられるほどの財もない。



「ボールド伯爵に支援は……?」

「伯爵に負担をかけ続ける訳にもいかないさ」



 ボールド伯爵はエルドラード王国に存在する貴重な善良貴族であり、革命軍リベリオンの活動を密かに支援してくれている。その派閥全体が味方だと考えていいだろう。

 しかし、本当に小さな派閥だ。

 革命軍リベリオンを無制限に支援し続けることが出来る訳ではない。



「でもレイ様? ボールド伯爵はレイ様の御爺様ですし、非常に可愛がっておられると聞いたことが……」

「だからこそだリーリャ。伯爵……祖父に甘えてばかりはいられない」

「そうはいっていられませんよレイ様。こちらも『死神』への依頼で相当な資金を使ってしまいました。警備隊については伯爵が動いてくださるでしょうけど、新しい活動には新しい資金が必要です」

「レイルの言い分も分かるが……」

「使えるものは使ってください。貴方は私たちの将来の王……そして今はこの国の第三王子レインヴァルド・カイン・リヒタール様なのですから」

「……」



 レインヴァルドは黙り込む。

 こうして革命軍リベリオンが軍と名乗れるのは、エルドラード王国第三王子がリーダーだからである。そしてレイルとリーリャはレインヴァルドの幼馴染であり側近だ。更に言えば、二人の父はボールド伯爵の派閥に属する貴族でもある。

 ボールド伯爵が小さい派閥ながらも大きな影響を与えることが出来るのは、彼の娘が王家に嫁いだという実績があったからだった。



「リヒタールは捨てた名前だ」

「しかし、この国の腐敗を正すには、レイ様以外の王族を処刑するしかありません。第一王子ロータス、第二王子リンヴルド、第四王子メドライン、第一王女ルシャーナ、第二王女ワイルスは勿論、現国王ヤンバール・キール・リヒタールも」

「だからリヒタールを捨てて貰っては困ります。貴方こそ、僕たちの王ですから」

「リーリャしかし……それにレイルも」



 レインヴァルドは幼い時から賢かった。彼の兄や弟、姉と妹が普通のことと受け入れた教育にも、疑問を感じたのだ。

 民衆は王族の所有物。

 搾り取り、王族と貴族を豊かにするために存在している。

 そう教わってきた。

 しかしレインヴァルドはそれに異を唱えたのだ。幼い彼は、それしか知らなかった。だが、レインヴァルドの兄弟も姉妹も教育係も、そして父である国王も、レインヴァルドを異端とした。

 彼を気味悪がり、異質なものとして扱った。



(確かに、俺以外の王族……そして彼らの側近貴族はダメだ。説得するとか、心を入れ替えさせるとかの段階じゃないのは分かっている)



 民から搾り取ることを良しとする彼らは、今さえ良ければ構わないと考えているのだ。故に、エルドラード王国の未来を何も考えていない。

 既に地方の村に住む農民たちが限界を迎えているとしても、彼らは対処しようと考えないだろう。大帝国も内政不干渉を貫き、何もしてこないはずだ。

 いや、寧ろそれこそが大帝国の狙い。

 属国の上層部を馬鹿にして国を荒れ果てさせ、内乱を引き起こす。そして属国の内乱鎮圧を装って国の全てを奪い去る。既に、この方法によって三つの国がスバロキア大帝国へと併呑された歴史すらある。

 当然、スバロキア大帝国はその歴史を属国に隠しているが。



「レイル、リーリャ。俺はリヒタールの王族を捨てた。ただのレインヴァルドだ」

「レイ様……」

「ですがそれでは……」

「分かっている。だが、この血を継いで生まれた義務まで忘れたわけではない」



 レインヴァルドは椅子から立ち上がりつつ二人に宣言する。



「必ずリヒタール王家を倒す。そして大帝国の圧政すら跳ね返し、俺たちの祖国を救ってみせる。俺には、その責任がある」



 その眼は決意に満ちていた。











 ◆◆◆












 エルドラード王国の王都ドレインは中心部に城がある。この城は王の住まう場所であると同時に、執政する場でもある。だが、執政を行うのは城の表にある棟だ。裏手に王族の居住区があった。



「ふん、そろそろ飽きてきたな」



 王族居住区画のとある部屋で、そんな声が響いた。



「うぐっ……」



 鈍い音と共に呻き声が聞こえ、ボロボロの女性が床に倒れる。床には高級な絨毯が敷かれているので、倒れた痛みはないだろう。しかし、彼女の体には痛々しい傷が大量にあった。

 そして、その原因を作った男はベッドの上で溜息を吐く。



「ちっ……新しい女を探さないとな。おい、それを捨ててこい」

「畏まりました。好きにしてもいいんですよね王子?」

「そんなボロボロの女が好きならな」

「では遠慮なく」



 答えた男とは別に、控えていた二人の男が倒れている女性に近寄り抱える。そのまま、部屋の大扉を開けて出ていってしまった。

 それを眺めつつ、男は口を開く。



「それで王子……いや、リンヴルド様」

「なんだ」

「もう綺麗な体の女はいませんよ」

「分かっている。だから新しい女を探さないといけないんだ……ああ、いつもの許可証だな」

「ええ、お願いします。流石に我ら近衛でも、王子の証文がなければ誘拐罪となってしまいますからね。徴税として美しい女を捕える権利書をください」

「すぐに用意する」



 第二王子リンヴルドはベッドから立ち上がり、椅子に掛けてあったガウンを羽織る。そしてペンを手に取り、証文を書き始めた。

 リンヴルドは王子の中でも女好きとして有名だ。これは王都ドレインにも知れ渡っていることであり、彼が街の女を攫って手籠めにしてることは誰もが知っている事実だった。それこそ、最近王都に来た・・・・・・・外国人・・・でない限りは。



「今度は十人ぐらい纏めて連れて来い」

「えぇ……王子の目に適う女を探すのは大変なんですがね」

「黙って言うことを聞け。俺は王族だぞ」

「……それは分かっていますよ。そりゃ、王子の目に適う女が十人存在するならば、我ら近衛が王都中を探して連れてまいります。ですが、存在しないのであれば不可能ですから」

「だったら他の街からでも攫ってこい」



 無茶苦茶な言い分だった。民を民とも思わないクズの思考である。

 だが、近衛は忠言しようとしない。なぜなら、王子が使い終わった・・・・・・後、その女を自由にさせてもらえるからだ。リンヴルドは暴力的で、女を犯しながら殴る蹴るを行う。

 なので、すぐに女性は力尽き、新しい女を探すことになった。



「ほら書けたぞ。早く連れてこい」

「畏まりました。いつもの四人と一緒に行ってきます」

「さっさと行け、ドンパ」



 ドンパと呼ばれた近衛は一礼して部屋を去る。

 厭らしい笑みを浮かべているのも、いつも通りだった。











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