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40話 死の芸術


「俺たち革命軍リベリオンが依頼するのは警備隊長官のライリィ・ローガン子爵だ。彼は爵位こそ低い貴族だが、その影響力は計り知れない。王都全ての警備隊を操る悪人だ。貴族子息たちの犯した罪を金で握り潰したりしている」

「いきなり大物だな」

「言ったはずだ。貴族以上を狙った暗殺を依頼するとな」



 レインヴァルドは横に座っているレイルへと視線を投げる。すると、彼は床に置いていたカバンから大きな袋を取り出した。

 机に置かれると、ゴトリと重い音がする。



「この中に二百金貨が入っている。前金で百、成功報酬で百だ」

「気前がいいな」

「用意するのは苦労した」



 一金貨あれば、大人一人が慎ましく一月暮らせる。合計報酬で考えると、シュウとアイリスが八年以上も暮らせる大金だった。

 つまり、ローガン子爵の暗殺はそれだけ難しいということである。

 シュウはそれを訪ねた。



「これだけの金を用意するということは、警備が厳重なのか?」

「勿論だ。魔装士の傭兵を独自に育成し、自分の警備にしている。不正で得た金を投資してな」

「傭兵魔装士のランクは?」

「詳しくは分からない。だが、最低でもC以上だと思ってくれ。特に身辺警護はAランクの魔装士を揃えていてもおかしくない」



 その程度なら問題なかった。シュウは破滅ルイン級に認定されている魔物である。Sランクが複数名でない限りは全く問題にならない。



「大丈夫だ。依頼は完遂してやる」

「……本当に大丈夫なのか?」

「ああ、それよりも、暗殺について要望はあるのか? 例えば、静かに殺害、屋敷ごと破壊して殺害、あとは広場に死体を晒して欲しいとか、その辺りの要望だ」



 そんな要望まで聞いてくれるのか、とレインヴァルドは一瞬だけ目を見開いた。しかし、すぐに表情を戻して答える。



「いや、特にはない。やりやすいようにしてくれ」

「分かった。期限は?」

「一月以内に可能か?」

「充分だな。ああ、それとローガン子爵とやらの屋敷がどの位置にあるのかだけ教えてくれ」

「それぐらいなら構わない。そう言われると思ってメモを用意してある」



 そういうと、レインヴァルドは懐から一枚の紙を取り出し、シュウに渡した。受け取ったシュウは中身を確認して記憶する。

 シュウが確認している間、レインヴァルドは更に言葉を続けた。



「成功の報酬金だが、暗殺成功を確認した後に、再びこちらからコンタクトを取る。遅ければ五日ほど待たせるかもしれないが、契約を蔑ろにするつもりはないので安心して欲しい」

「別に構わない。それに、報酬が払えないなら後で困るのは革命軍リベリオンの方だからな」

「理解している」



 闇組織との契約は絶対に遵守しなければならない。

 仮に契約を裏切ったならば、その情報が裏社会で一気に広がり、次はどの組織も依頼を受けてくれなくなってしまう。酷い場合は闇組織から報復があるぐらいだ。注意しなければならない。

 汚い世界だからこそ、そのあたりはきっちりしているのだ。

 レインヴァルドもそれを知らないわけではなかった。



「で、ターゲットはそれだけか?」

「ローガン子爵だけを暗殺してくれれば十分だ。彼の周囲の人間は生きていても死んでいても構わない」

「分かった。なら、早速だが前金を貰おう」



 レインヴァルドが無言で差し出してきた金貨入りの袋を、アイリスが受け取って百枚数え始める。そして数え終わったら、アイリスが持っていた袋に入れた。

 シュウは立ちあがりつつ、レインヴァルド、レイル、リーリャに告げる。



「一応、名乗っておく。俺が『死神』だ」

「なに?」



 そんな問い返しを無視してシュウとアイリスは部屋を出る。後には、呆けた表情を浮かべる三人だけが残っているのだった。











 ◆◆◆










 黒猫の酒場を出たシュウとアイリスは、手に入れた金貨を使って良い宿を取った。最高級というほどではないが、セキュリティを含めて質の高い場所である。

 夕食は部屋に運ばせ、二人きりで食事をとっていた。



「それにしてもシュウさん?」

「どうした?」

「シュウさんは革命軍リベリオンに味方するのです?」



 アイリスの質問は色々な意味が含まれていた。

 まず、革命軍リベリオンと名乗ってはいるが、まだ軍を名乗るほどの戦力ではない。各地で細々と活動している程度なので抵抗者レジスタンスと言った方が近いかもしれない。そんな小さな組織に手を貸しても良いのかというのが一番初めの意味だった。



「別に味方するってほどじゃない。金を払えば誰でも殺してやるつもりだ」

「そうなのです?」

「人間の争いには興味ないな。ちょっかい出すのは楽しそうだけど」

「趣味悪いですよー」

「魔物の俺に人間の感性を当て嵌められても困るな」



 シュウは人型であり、人であった記憶もある。

 しかし、人間に対して思い入れがあるわけではない。今のところ、アイリスだけだ。他の人間はどうでもいいと考えている。仲良くしようと、戦争しようと、人は人だ。



「でも、それなら革命軍リベリオンに手を貸す必要はないと思うのです。わざわざ弱者に手を貸さなくても、強者である帝国側についた方が金も手に入りやすいですよ」

「帝国軍にでも入るか?」

「それでもいいと思うのですよ。スバロキア大帝国の軍人は羽振りが良いのです」

「よく知っているな」

「聖騎士の常識なのですよ」



 それも大きな理由だった。

 スバロキア大帝国は優秀な魔装士や魔術師を軍に受け入れ、優遇している。魔装士であれば給金を与えて贅沢出来るだけの生活を保障し、魔術師には成果に見合った研究資金を充分に与えている。

 シュウは魔術師でアイリスは魔装士だ。

 軍に入っても恩恵を受けることは出来るだろう。しかも帝国の中では圧倒的な強者として君臨することが出来る。

 それに対して、シュウも意見した。



「まぁ、アリと言えばアリな選択だ。別に貧しさで困っている民衆を助けようと思っているわけじゃないからな。受けられる恩恵は受けてもいい。だが、簡単になれるものか?」

「その辺りはちょっと分からないです。帝都に行けば大丈夫だと思うのですよ」

「そうか」

「シュウさんはどうしてこの国で暫く暮らそうと思ったのです?」



 帝国の領域で楽しく暮らすなら、帝国本土や帝都に行くのが一番だ。しかし、シュウはそうではなく、貧しい属国で暫く時を過ごすと言っている。

 アイリスはそれが疑問だった。

 そんな彼女に対し、シュウは静かに答える。



「んー……まぁ、一番の理由は名前を上げておくことだな」

「名前をですか?」

「ああ、黒猫は帝国での活動がメインだからな。『死神』の恐怖をスバロキア大帝国とその属国にしっかり刻みつけておきたい」

「ああ、だから革命軍リベリオンに味方を?」

「そういうことだ。『死神』が大帝国で知られるようになるのが目的だな」



 別に目立ちたいというわけではない。

 だが、大帝国で『死神』の名前が広がれば、シュウは活動しやすくなる。軍に縛られるよりも自由に動きたいシュウは、『死神』の名を上げて裏で活躍することを望んでいるのだ。

 また、他にもっと子供っぽい理由がある。



「それに、弱い方に力を貸してやる方が面白そうだからな」

「遊び感覚です?」

「まぁ、遊びといって過言じゃない」

「うわーなのですー」

「何を今さら。俺は魔物だ。人間に遠慮して生きる必要はないな」



 そうでなければ都市を消滅させたり、暗殺業を営んだり、聖騎士を皆殺しにしたりはしない。人間に合わせて力を隠すつもりはないし、必要ならば国を滅ぼしてでも奪い取る。

 魔物であるシュウの本音だった。



「じゃあ、『死神』としてスバロキア大帝国に喧嘩を売るんですか?」

「んー……取りあえずは、大帝国と革命軍リベリオンが戦う様子を眺めて楽しもうか。というわけで、早速だけど今夜から仕事に行ってくる」

「例のナントカ子爵ですか?」

「ローガン子爵な。そいつを暗殺すれば百金貨貰えるらしいし、頑張ってくるわ」

「ベッドを温めて待っておくのです!」

「だから寝る場所は別だ」



 それからは、ゆっくりと夕食を食べつつ、歓談するのだった。












 ◆◆◆











 月と星だけが光となる深夜。シュウはレインヴァルドたちから受け取った情報を元に、ローガン子爵邸へと訪れていた。

 より正確には、ローガン子爵邸が見える位置の貴族邸宅にやってきたのである。ローガン子爵邸とは関係のない貴族邸宅の屋根から目的の屋敷を見下ろしていた。



(あれがターゲットの屋敷……か)



 既にライリィ・ローガンがいることは確認済み。振動魔術で盗み聞きをしたので、本人が屋敷にいることを知れたのだ。

 どうやら、これから就寝するらしい。

 屋敷の内部ではどんどん明かりが消えているので、真に静まり返るのも間もなくだろう。ただ、彼の警護役をしている警備員や傭兵魔装士は寝ずの番をするようだった。



(さてと、どう始末をつけるか)



 ここまで来たまでは良いのだが、どうやって始末するかは考えていない。適当に始末してやろうと考えていたので、ここで少し迷ったのである。



(大きな魔術を使えば、魔術陣の魔力光でバレてしまう。侵入して倒すにしても、ローガン子爵本人の顔は知らないからな……警備の傭兵たちも面倒だし)



 シュウは屋敷にローガン子爵がいることを知っている。しかし、それは振動魔術による聴覚情報で知ったのであり、本人の顔を知っているわけではない。



(周囲の人間の生死は問わないんだったな)



 適当に屋敷の人間を拷問しても良いが、面倒だ。それに、ローガン子爵が明らかに殺されたと分かる方がレインヴァルドたちも良いだろう。

 暗殺と呼ぶには派手すぎるが、暗殺と呼ぶに相応しい魔法・・

 シュウはそれを選択した。



「やるか」



 右手を伸ばしたシュウは、まず座標を固定する。魔法・・の発動範囲を定義し、その場に存在する熱と魔力エネルギーを掌握した。

 その範囲は広い。

 ローガン子爵邸を全て覆い尽くすほどの領域。

 死魔法を応用した領域型魔法であり、その場全てに死をもたらす滅びそのもの。



「発動、《冥府の凍息コキュートス》」



 その瞬間、ローガン子爵邸が全て凍った。生命エネルギーと魔力エネルギーと熱エネルギーが奪い取られたことで、その場に存在する水分が氷結したのである。

 今回の場合、生命力と魔力は全て奪った。

 しかし、熱エネルギーは程々しか奪っていない。

 具体的には、空気がマイナス百度に留まる程度だ。充分に冷たいと言えばそれまでだが、シュウはマイナス二七三度にまで完全に熱を奪うことも可能なので、手加減している。勿論、この手加減には理由がある。

 まず、全ての熱エネルギーを奪って絶対零度にした場合、空気が液体化してしまう。すると、空気の体積は劇的な減少を見せるため、周囲の空気が大量に流れ込み、恐ろしい突風が生じる。とても暗殺とは呼べない派手な効果となってしまうのだ。



(ま、そのためにマイナス百度に留めているんだけど……)



 その程度の低温ならば水分が凍り付くだけで済む。つまり、領域内の生物は体内の水分が凍結することで氷像となり、そもそも死魔法によって生命力を全て奪われ死ぬ。

 静かな死を迎えることだろう。

 まさに暗殺だ。

 規模は桁違いだが……





 パキ、パキパキ……





 急激な冷凍で物質が体積変化を引き起こし、罅割れが生じているのは御愛嬌だ。この辺りはまだ《冥府の凍息コキュートス》に慣れていないからこそだろう。エネルギー奪取速度を操れるようになれば、この辺りも解決するハズだ。

 今回は《冥府の凍息コキュートス》の発動及び効果実験が出来ただけで充分である。



「よーし。世にも珍しい氷像の芸術クリスタル・アートの完成っと」



 シュウはそれだけ言って、その場を去る。

 今は深夜であり、ローガン子爵邸が凍り付いたことを知る者はいないだろう。そして、この氷像は明日の朝まで充分保存できるはずだ。

 つまり、翌日に氷像となったローガン子爵が発見されるという寸法だ。








 そして翌日、ローガン子爵邸の惨状を見て、大きな騒ぎとなるのだった。












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