39話 貧しい属国
お久しぶりです。
今日から古代篇3章を更新しますよー
ちょくちょく書いててようやく完成しました
エリーゼ共和国を出たシュウとアイリスは、西へと旅を続けた。流石に教会の追跡が鬱陶しいので、大帝国へと逃れることにしたのである。
スバロキア大帝国。
それはスラダ大陸の西半分を支配する巨大国家である。とは言っても、大帝国の領土は更にその半分ほどであり、残りは属国の領土だ。しかし、力の差は圧倒的で、軍事力で属国を完全に従えている。徴税するだけでなく、強い魔装士が成り上がれるシステムを作り、属国出身の強力な魔装士は大帝国軍に所属することで身分が保証されるようになっていた。
結果として、属国の戦力は徐々に下がる。大帝国の戦力は急激に上がる。更に支配は強くなる。そんな状態なのである。
「これで首都……属国の貧しさは末期だな」
スバロキア大帝国に属する国家の一つ、エルドラード王国に到着したシュウとアイリスは、取りあえず首都までやって来た。途中で幾つかの街や都市を経由したのだが、そのどれもが貧しさの中で暮らしていた。首都だけは期待していたものの、それは淡い希望だったようだ。
「街並みも不潔なのです」
「インフラも整っていないみたいだ。これは近い内に崩壊するぞ」
「どうするのです?」
「長くて数年ほどはこの国に座る予定だ。計画を変えるつもりはない」
シュウがこの国にやって来た理由は、仕事のためだった。勿論、黒猫の仕事である。
エルドラード王国は完全に疲弊しているのだが、上層部である貴族や王族に関しては煌びやかな生活を保っている。民衆の貧困の上に、贅沢が成り立っているのだ。
当然、闇組織・黒猫への暗殺依頼も多くなる。
黒猫は大帝国に強い根を張っているので、それなりのコネも持っている。中には、大貴族との繋がりすらあるのだ。そういったルートから依頼を手に入れ、金を稼いでいるのである。
シュウは『死神』として、この地へとやってきたのだ。
「聞いていた酒場を探すぞ」
「はいなのです」
まずはここ、首都ドレインに存在する黒猫の拠点を探すところからだ。エルドラード王国に入ってから立ち寄った街にも黒猫の拠点はあったので、そこで情報は得ている。エリーゼ共和国の時から順番に拠点の情報を手に入れていき、ここまで辿り着いたのだ。
なので、ある程度の場所や酒場の名前は知っている。
二人は大通りを歩き始めた。
「ところでシュウさん」
「なんだアイリス」
「私たちってもしかして注目されているのです?」
「されているな」
強い視線を全身で感じているのはシュウもアイリスも同じだ。理由は簡単に察することが出来る。
「俺たちの身なりだろうな。ここは誰もが貧相な恰好をしている。けど、俺たちはそれなりに良い服を着ているだろ? だからだな」
「居心地悪いのですよー」
「いっそのこと、振動魔術で姿を隠したいほどだな」
「じゃあ、やって欲しいです」
「街中で魔術なんか使ったら捕まるだろ」
基本的に、街の中では魔術や魔装の行使が禁止されている。正当な理由があれば別だが、ただ視線が鬱陶しいからと言って魔術を使うのは許されないだろう。また、エルドラード王国は警備組織にも腐敗が浸透しているのだ。下手に罪状をかぶせられて、面倒なことになると、またシュウは都市ごと滅ぼしかねない。
所詮、シュウは人ではなく魔物だ。
人間の都市が壊滅しようと、数百万人が消滅しようと、アイリス以外に心が動くことはない。
しかし、進んで滅亡をもたらそうとは思わないのである。
それぐらいの常識的判断力はあった。
「治安も悪そうだ。気を付けろ」
「だったらシュウさんに守って貰うのですよー」
アイリスはそう言ってシュウの左腕に絡みつく。ゆったりした服装なので目立たないが、アイリスはかなりスタイルがいい。何がとは言わないが、シュウは柔らかさを感じていた。
霊系魔物であるが故に興奮は全くしないのだが。
しかし、それで気を抜いてしまったのは油断だっただろう。シュウはアイリスに忠告したばかりだったが、予期していたことがすぐに起こった。
「おおっと……痛ぇなぁ……」
わざとらしくシュウにぶつかり、右肩を抑える男が一人。顔に傷があり、人相も悪い。体格もそれなりに良いので、見るからにガラの悪いイメージだとシュウは思った。
そして、男は低い声で唸るようにシュウを問い詰める。
「おいおい。こりゃ、骨まで逝っちまってるなぁ。治療費を払ってもらおうか? ああ?」
「人にものを頼む態度とは思えない言い方だな」
「んだと? 傷害の罪で警備に引き渡してやってもいいんだぜぇ?」
男が怪我などしているはずがない。
ならば、警備に引き渡せば、詐欺罪と公務執行妨害――この国にそんな罪があるのかはシュウは知らないが――で御用となるのは男の方だろう。
つまり、この男は警備隊と何かしらの繋がりを持っているということである。大方、賄賂でも送っているのだろう。もしくは、初めから男と警備隊がグルでシュウを嵌めようとしているのかもしれない。
(どうしたものか……)
シュウは少しだけ考える。
方法はいくつかあるのだが、穏便に切り抜けるのは難しいかもしれない。
だが、考え事の雰囲気を見せるシュウを見て、払う金がないとでも思ったのだろう。シュウの逆鱗に触れかねない提案をしてきた。
「払う金がねぇってのなら仕方ねぇな。そっちの女を貸すだけで赦してやってもいいぜ?」
「……そうかよ」
シュウは右手を男の方へと少しだけ伸ばし、ゆっくりと掌を閉じ始めた。それは死魔法を発動させるときの予備動作である。
アイリスは慌ててシュウを止めた。
「シュウさんストップなのです! 穏便に済ませる話はどうなったのです!?」
「穏便に殺そうと思っている」
「全く穏便じゃないのですよ!?」
小声で話していたので、男までは聞こえていない。まさか自分が殺される数秒前だとは夢にも思っていないことだろう。
「そもそも私が陽魔術で治してあげれば済むことなのですよ。たとえ怪我が形式的であったとしても!」
「ま、それもそうか」
「ふぅ……やれやれなのですよ」
アイリスは大きな溜息を吐いてから、シュウの左腕を離して男に近寄る。男はアイリスが自ら自分の方にやって来たのだと勘違いし、興奮気味に鼻息を荒くした。
そもそも、アイリスは可愛らしい見た目なのだ。
聖騎士時代から、こういったことに慣れている。変態的な男に見られるのは不快だが、冷静な判断を降せるほどには理性が残っていた。
そして、アイリスは男の右肩に向かて両手を伸ばし、陽魔術を発動する。
「回復するのですよー」
「な……なに……?」
突然現れた魔術陣が、魔術の発動を表している。そして、男の右腕に淡い光を注いだ。回復の魔術であるため、男は妙に疲れが取れたような感覚を覚える。
「はい、これで回復したのです。治療代は必要ないと思うのです」
「あ、いや……ああ、その……」
「治療代は必要ないと思うのです」
「でも……」
「治療代は必要ないと思うのです」
「アッハイ」
終始笑顔のアイリスに迫力を感じたのだろう。それに、治療の陽魔術によって金を毟り取る言い訳を失ってしまったのだ。男は縦に頷くことしか出来ない。
その返事を聞いたアイリスは、一瞬でシュウの左腕へと戻り、再び密着した。
「じゃあ、行くのですよシュウさん!」
「そーだな」
流石にこんな対応をされたことのない男は、茫然とシュウとアイリスの後姿を目で追う。
一目で強面だと分かる彼も、唖然とした顔は間抜けそのものなのだった。
◆◆◆
エルドラード王国の王都ドレインにある薄暗い酒場。その奥に通された三人組は、用意された飲み物に手を付けることなく小声で話し合っていた。
「なぁ、本当に大丈夫なのか?」
「問題ない。ボールド伯爵の紹介だ。お前たちも、ボールド伯爵は俺たちに味方してくれる数少ない人物だってことを知っているだろ?」
「情けないわね。男ならレ……リーダーみたいに堂々としなさいよ」
リーダーと呼ばれた人物はフードを被っており、顔は見えない。しかし、体格や声からして男だと推測することは出来る。
そして、彼が三人の中でもまとめる立場にあることは、リーダーという呼び名から容易に予想できた。
「レイルは気弱すぎるのよ」
「う、煩いぞリーリャ! 慎重と言ってくれ!」
「弱腰なのは間違いじゃないでしょ? いっつもリーダーの背中に隠れているじゃない」
「俺は戦闘が苦手なんだ。仕方ないだろ」
「女の私にも劣るものねぇ?」
「なにをー!」
「お前ら静かにしろ」
言い争うレイルとリーリャを見て、呆れたようにリーダーと呼ばれた男が制止をかける。一応は防音対策の施された部屋だが、絶対ではないのだ。余計な物音は立てたくない。
リーダーに言われてハッとした二人は、すぐに静かさを取り戻した。
そんな二人にリーダーは口を開く。
「お前たちの憂慮も分かる。裏組織・黒猫へ暗殺を依頼するのだからな。俺たちの理念から少し離れてしまうのも確かだ。だが―――」
「分かっていますよリーダー」
「私たちも納得した。もう、この国はどうしようもないところまで来ている」
「――そうか」
リーダーがそう呟いたところで、部屋にノックの音が響いた。ようやく、黒猫側の人物が到着したらしい。レイルが扉に向かい、慎重に開いた。
すると、そこには酒場の主が立っていた。
「連れてきたぜ依頼主さんよ」
それだけ言って、店のマスターは戻っていってしまう。すると、大柄なマスターの背中に隠れていた二人の人物が姿を見せた。
若い男女。
それがレイルの抱いた感想である。共に黒髪であり、かなりの美形だ。こんな二人が黒猫の者とは少し信じがたい。しかし、マスターが連れてきたのだから本物だろうと考え、部屋に入れることを決めた。
「入ってくれ」
「ああ」
レイルは二人が入ると同時に扉を閉め、リーダーの隣に戻った。その時点で、男女は机を挟んだ正面へと腰を下ろしており、会話の準備が整っている。
そこで、まずはレイルから口を開いた。
「アンタたちが依頼を受けてくれるのか?」
「一応な。逆に聞くけど、俺たちが受けるのは暗殺依頼ってことで合っているよな?」
「その通りだ」
話がかみ合ったところで、本題に入る。
そこで、リーダーの男が口を開いた。
「俺たちは
「
シュウも話は聞いていた。
スバロキア大帝国の圧政に苦しみ、腐敗し疲弊した属国の中で、打倒帝国を掲げる組織だと。各地で細々と活動しているということも知っていた。
しかし、まさか目の前の男がそのリーダーというのは驚きである。
「まぁ、別にどうでもいい。暗殺対象は? どこの誰だ?」
「その前に一つ聞きたいことがある」
「……答えられることなら答えてやる」
「お前は確かな実力を持っているのか? 言っておくが、俺たちが依頼するのは貴族以上の暗殺だ。かなりの警護もつく。暗殺は非常に難しいだろう」
レインヴァルドの言いたいことも納得は出来た。
確かに、シュウは見た目も若く、実力があるようには見えないだろう。しかし、シュウこそが世界最強クラスである王の魔物であり、魔法の領域へと足を踏み入れた存在なのだ。貴族だろうが王族だろうが、依頼されれば暗殺することが出来る。
シュウにはその実力があった。
「問題ないな。金さえ払えば誰だって殺してきてやる」
その言葉に、レインヴァルドは信用してよいものかと迷った。しかし、大帝国の支配地域で大きな力を持つ闇組織・黒猫が持ってきた人材なのだ。実力は確かなのだろう。
それに、ここはレインヴァルドがエルドラード王国で唯一信頼できるボールド伯爵の紹介があったからこそ来たのだ。
故に覚悟を決めた。
元より、楽観的な気持ちで裏組織を頼るつもりもない。
「……依頼の詳細を話そう」
レインヴァルドは静かに語り始めるのだった。