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38話 裏切りの闇


 アイリスの様子を確認したシュウは、無事な様子を見て安堵した。セルスターを完全消滅させたことで、アイリスにかけられた魔力の封印が解けたのである。それによって不老不死の魔装が発動し、傷を負ったアイリスは完全復活したのだ。



「体はどうだ?」

「うぅー。なんともないです。でも服がボロボロなのですよー。はぁぁ」



 確かにアイリスの服は血だらけな上に穴だらけになっていた。これでは街に戻ることも出来ない。だからと言って、予備の服など持ってきていない。

 仕方なく、シュウは自分の上着をアイリスにかけた。



「取りあえずこれで街に戻るぞ」

「おー。シュウさんが優しいのです! このまま傷物にされた責任を取ってくれてもいいのですよ?」

「考えとく」

「え? ホントに?」



 いつもとは異なる反応に、アイリスは身を乗り出しつつ聞き返す。今回に関してはシュウも悪かったと思っているのだ。

 不老不死で傷など簡単に治ってしまうとは言え、アイリスも女の子である。傷は受けたくないだろう。まして、今回はシュウの不注意で起こってしまったようなものだ。多少はアイリスの提案も考慮しようという気になる。



「まずは戻るぞ。アイリスも着替えないといけないし、荷物もある」

「はーい」



 次に、シュウは周囲を見渡す。見れば、《大放電ディスチャージ》を生き延びた魔装士たちが幾らか倒れていた。このまま生かしておけば、シュウの力に関する情報が洩れるかもしれない。しっかりと口封じをしておく必要がある。

 先程も死魔力で魔力を使ってしまったので、回復のためにも死魔法を使うことにした。



「生き残りは……十人もいないか。『デス』」



 無慈悲なる魔法によって、辛うじて生き延びていた彼らは死に至る。そして、生命力は全てシュウに吸収された。死にかけということもあり、あまり魔力は蓄積されなかったが、少しは回復できた。

 電撃によって焼け焦げた死体が大量に転がっている光景は、少しばかり恐怖を覚える。

 暫くすれば、大事件として知れ渡るだろう。

 その前にシュウもアイリスもこの国から離れるつもりだが。



「こう見ると壮観ですねー」

「大量の死体が転がっているから、壮観って言葉が相応しいかは知らんがな」



 アイリスも人の世を捨てる覚悟でシュウに従っている。今更、聖騎士やその他の人間が死体となって倒れていても、後悔はない。

 この大量の死体がアイリスの使った《大放電ディスチャージ》によって出来上がったことは理解している。それでも、アイリスにとって一番はシュウとなっていた。多少は気持ちも揺らぐが、自分を捨てた教会よりも拾ってくれたシュウを優先する。

 それが本音だった。



「戻るぞアイリス。荷物を持ったら帝国側に行く」

「はいなのですー」



 二人は森の中へと姿を消すのだった。














 ◆◆◆












 誰もいなくなった元毒飛竜ワイバーンの巣。

 焼けた死体と死んだ毒飛竜ワイバーン、そして灰のように色を失くした草木や地面だけが周囲の景色となっている。まるで、この辺りだけの世界が終焉を迎えたようだった。

 だが、そんな場所に突如として一人の人物が現れた。



「……これはこれは」



 現れたのは聖騎士の正式装備を纏った男だった。白を基調とした目立つ服装であり、誰が見ても聖騎士だと分かる。

 だが、その男は仲間の聖騎士の死体を見ても、何の感情もない表情をしていた。



「団長の死体はありませんか。恐ろしいですね、冥王アークライト。まさか覚醒魔装士を塵も残さず消滅させてしまうとは」



 意外にも彼は冥王のしでかしたことを称賛していた。神聖グリニアの切り札とも言えるSランク聖騎士セルスター・アルトレインの死に対して、発狂する様子すらない。

 この男は何かがおかしかった。



「これで封印聖騎士団は壊滅。そして副長の私だけが生き残った。予定通り過ぎて不気味ですが……まぁ、良しとしましょうか。そろそろ聖騎士団で遊ぶのも終わりですかね」



 誰かが聞いていれば目玉を飛び出させて驚くことだろう。

 この男はセルスターの腹心であり、封印聖騎士団の副長だった。転移という破格の魔装を使い、あらゆる事務作業を担い、団長であるセルスターを陰から支える功労者。彼を知る聖騎士は誰もが称賛を送る男だったはずだ。

 しかし、本性を見せた彼は違う。

 自分が聖騎士団の副長であることすら、遊びでしかなかった。



「しかしあの魔術は危なかったですね」



 焦げた死体を眺めつつ、副長は少しだけ紙一重の瞬間を思い出していた。

 転移でセルスターと結界を張る五人の聖騎士を転送した直後、凄まじい雷撃が発生したのだ。シュウが強化したアイリスによる風の第八階梯《大放電ディスチャージ》。極大魔術と言われるだけはあり、その威力は恐ろしい。生身で耐えるのは不可能だ。

 セルスターは魔力障壁で耐えたようだが、副長は普通に転移でその場から離れた。そして距離を取り、その場所から観察を続けていたのである。

 勿論、シュウがセルスターを蹂躙する様子すら眺めているだけだった。



「冥王アークライトの黒い力は警戒するべき……ですか。あれは恐らく冥王の切り札。それを引き出せただけ、覚醒魔装士の面目も守れたでしょう」



 副長が見た黒い力。それは死魔力のことだ。

 ラムザ王国首都滅亡の時ですら、死魔力は見せなかった。あの時は《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》で一撃だったので、ある意味で使う余裕がなかったのだが。

 即死効果を与える死魔法だけでなく、触れたモノを完全消滅させて殺し尽くす死魔力。この二つを見れば、冥王を恐れる理由には充分だ。



「さて、面白い情報も獲得できましたから、この辺りで消えましょうか」



 そう言った副長は纏っていた聖騎士制服を脱ぎ、折り畳んで持っていたバッグにしまう。そして代わりに地味な上着を取り出し、更に目元を隠す気味の悪い仮面を手に取った。

 上着を纏って仮面をつけると、フードを被って服の皺を伸ばした。



(やはり、この姿の方が落ち着きますねー)



 その姿は黒猫の情報屋、『鷹目』そのものだった。

 裏社会すら裏から操り、情報を集めて売るにとどまらず、流れをも掌握する『鷹目』。封印聖騎士団の副長は仮の姿でしかなく、彼は初めから裏の人間だった。

 転移の魔装で各地を飛び回り、どんな長距離でも誰よりも早く情報を手に入れる。そして情報操作のみで聖騎士団上層部を動かし、思い通りに教会を操る悪趣味な男。それが、彼の正体である。



(次は帝国の軍にでも入って掻き回すのも面白そうです。確か『死神』さんも帝国へと向かうと言っていましたし、丁度いいですね。フフフフフ)



 『鷹目』は周囲の死体を軽く確認した後、再び転移の魔装を使う。

 彼がいなくなった後には虚しい風が吹き、物言わぬ亡骸を撫でるのだった。











 ◆◆◆












「馬鹿な!」



 全てを知った神聖グリニア首都にあるマギア大聖堂は驚きに包まれていた。正確には、大聖堂の奥にある司教たちの間が。



「あのアルトレインが死んだ!? 冗談も大概にして欲しいものだ!」

「黙れ。冗談でそんなことを言うものか!」

「現実から逃避するのはよせ。全ては我らが冥王の力を見誤っていたことが原因なのだ」



 司教たちは項垂れた。

 封印の聖騎士セルスター・アルトレインは覚醒した魔装士であり、人外の領域へと足を踏み入れた人だったのだ。封印という魔装の能力も加味すれば、王の魔物でも勝てるはずだった。

 まして、生まれたての王ならば尚更。



「覚醒の力すら通用しなかったのか?」

「そういうことだろう。過去視の神子によれば、恐ろしい力で一瞬にして敗北したという話だが」



 神子の中には、未来視を行う神子、過去視を行う神子など、時代によっては複数存在する。今代においては未来視だけでなく過去視の神子も存在しており、その力で冥王アークライトとセルスターの戦いを知ることが出来たのだ。



「覚醒とは世の法則から外れたということ。しかし、王の魔物もこの世の法則から外れた存在であることに変わりはない。敗北することも不思議ではないのだ。皆、一度冷静になりなさい」



 ここで、意外にも教皇が司教たちを諭した。その冷静な口調に、司教たちも口を閉ざす。そして無駄な議論で騒ぎ立てようとしていたことを恥じた。

 それを見た教皇は、状況を整理するためにもゆっくり語り始める。



「皆も知っていると思うが、覚醒は魔装士の中で数百万人に一人とも言われておる。生まれ持って定められた成長限界を突き破り、無限の強さを獲得する権利を得た者。努力が真に意味を成す領域に達したものが覚醒魔装士だ」



 魔装とは才能の力だ。

 生まれつきで成長に限界が定められていることが分かっており、どれほど努力を重ねたとしても、その限界点で止まってしまう。魔力の成長も、魔装の出力強化もだ。

 しかし、覚醒すればその限界は破壊される。

 覚醒の段階で魔装は急激に成長し、魔力も恐ろしく増大する。そして、努力次第では更なる成長を可能とするのだ。



「何より、覚醒魔装士は魔力の自然回復・・・・が可能だ。我ら人間は食事によって力を補給し、体を休めて初めて魔力を回復できる。しかし、覚醒魔装士は何もせずとも無限に魔力を回復できる。故に生命力が尽きることもなく、無限の寿命を獲得できる」



 これが覚醒魔装士の最も大きな利点だった。

 魔力の無限回復。

 通常は食事によってエネルギーを補給し、初めて回復が可能となる。エネルギー保存の法則は絶対だからだ。しかし、法則から外れた覚醒魔装士は、その理を無視して魔力を自然回復させることが出来てしまう。

 その副作用として、湧き出た魔力が自動で生命力に変換され、不老の存在に至るのだ。

 不死ではないが、決して老いることなく永遠の寿命を得ることが出来る。だからこそ、シュウの死魔法が通用しなかった。

 永き寿命の中で、覚醒魔装を磨けば、魔の王を超える力すら手に入るとされている。



「セルスターは若すぎたのだ。確か、覚醒に至ったのは六年前だったな?」



 教皇の言葉を聞いたからだろう。

 もはや慌てふためくような無様を晒す司教はいなかった。

 つまり、こう言いたかったのだ。

 自分たちが王の魔物を見誤り、セルスターを殺してしまったのだと。ここにいる司教たちは馬鹿ではない。教皇の言わんとしている言葉の意味をしっかり理解していた。

 重い空気の中、更に教皇は続ける。



「王の魔物は災禍ディザスター級以上とされておる。だが、念を入れて破滅ルイン級であることを考慮するべきだった」

「しかし教皇様。災禍ディザスター級の定義は大都市を滅ぼせるほど。ラムザ王国首都が崩壊したということを受けて、そのように想定したのでは?」

「そういうことではないと言っているだろう?」



 教皇は質問をしてきた司教を諭した。



「大都市を滅ぼせる災禍ディザスター級。それは冥王アークライトを測る最低限・・・の指標でしかないのだ。それ以上でない保証はなかった。我らが甘かったのだよ」

「あ……」



 そう言われてはじめて気づいた。

 自分たちは王の魔物という存在を知っていはいても、理解できていなかったのだと。理の外に存在するということが、どういう意味を持つのか正確に分かっていなかった。

 故に司教は頭を下げて口を開く。



「早急にするべきなのは、冥王アークライトの力を測ること……神子たちの力を使い、必ず冥王という存在を理解して見せましょう」

「その通りだ。頼むぞ」



 その後は細やかな調整を行い、会議を終える。

 その結果、全世界に向けて新たなる王の魔物の存在が公表された。





 冥王アークライト

 破滅ルイン級:軍隊では討伐不可能。

 もはや数が通用しない領域であり、絶対強者であるSランク魔装士を複数名動員して討伐できるかどうかという強さ。この強さですら暫定でしかない。




 覚醒魔装士を失った神聖グリニアは、西のスバロキア大帝国に備えて戦力の増強を始める。冥王への対策も重要だが、その脅威も任せてはならないからだ。

 冥王の誕生により、世界のバランスは崩れ始めていた。









実は『鷹目』の正体がセルスターの部下でした。

情報操作が上手い副長=黒猫の情報屋、だったというわけです。


さて、これで古代篇2章も終わります。3章が完成したら投稿しますので、暫くはお別れですね。宜しければ、その間は他に投稿している作品も楽しんでいただけると嬉しいです。

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