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37話 冥王vs封印


 激しい閃光と共に不快な破裂音が連続して響き、その場にいた者たちの視界は真っ白に染まる。風の第八階梯《大放電ディスチャージ》が発動したのだ。

 人間の体は頑丈だが、脆弱だ。

 雷に耐え切れることもあれば、小さな電流で心臓が止まることもある。結局、当たり所の問題だ。

 そして、この風の第八階梯《大放電ディスチャージ》は周囲一帯に大電流を流すという魔術だ。範囲に入ってしまった人間は例外なく死ぬと言って過言ではない。勿論、相応の防御があれば別だ。



「がっ……く、そ……」



 赤爪のボスは無系統魔術の障壁でギリギリ耐えた。全身に火傷を負ったので重傷ではあるが、生き残ることは出来た。しかし、もはや動ける体ではない。放っておいても死ぬ。

 そして彼はよく耐えた方であり、殆どの者が雷に打たれて死んでいた。

 大量の死体が転がり、肉の焼けた匂いが充満する。

 完全な不意打ちによる極大魔術の攻撃を防げたのは、たった一人だった。



「これは……なんてことだ……」



 咄嗟の障壁魔術で電流から身を守ったセルスター・アルトレインは絶句する。確かに、極大魔術を人が密集した場所に撃ち込めば、こういった結果になるのは分かる。

 だが、それを許容できるかどうかは別の話だ。



「闇組織の連中を逃さないように結界を張ったことも仇になったようだね……」



 そして《大放電ディスチャージ》がこれほどの威力になったのは、五人の聖騎士で陽魔術の結界を張っていたことも要因となっている。結界によって電流が拡散せず、内部に反射したことで威力が増大してしまったのだ。

 これがなければ、もう少し生き残りがいたはずである。



「団長! 一体何があったのですか!」



 呆然と立ち尽くすセルスターの元に、結界を張っていた聖騎士たちが寄ってくる。不本意な形とは言え、闇組織の魔装士は一掃できたのだ。結界を張る意味などない。

 彼らの姿を見たセルスターは、即座に指示を出した。



「それよりも早く治療を。まだ生きている者なら、助かるかもしれない!」

「了解です。皆、かかるぞ」



 一人の聖騎士による声掛けに、他の四人も頷く。そして、まだ息のある聖騎士の側に近寄り、陽魔術で治療を始めた。

 その間に、セルスターは周囲を見渡す。



(そういえば副長は……? 転移で逃れることが出来たのかな?)



 セルスターは封印聖騎士団の副長を信頼している。それは実力面だけでなく、人格や事務的な仕事ぶりも含めてだ。Aランク魔装士でもあるその副長が、ただでやられるとは思えない。すぐに姿を探した。

 だが、それは中断せざるを得なくなる。



「『デス』」

「がっ……」



 不意に空から聞こえてきた声。

 それがセルスターの耳に入ると同時に、力が抜ける感覚を覚えた。一気に魔力を奪われたようであり、思わず膝を着いてしまう。



「へぇ。一度で殺しきれないのは初めてだな」

「不意打ちなんて卑怯なのです」

「油断しているのが悪い。ちゃんと魔力に気を配っていたら気付けただろ」

「うわー、なのですー」



 確かにそうだ、とセルスターは思った。

 どんな攻撃か知らないが、今の攻撃は気が抜けていたからこそ喰らってしまったのだ。《大放電ディスチャージ》を仕掛けてきた犯人に気を配り、注意していれば失態を犯すこともなかっただろう。

 魔力喪失による虚脱感から回復したセルスターは、目を上げる。

 すると、上空から二人の人物が降りて着地したところだった。



「君は……!」



 セルスターにとって覚えのある顔だった。

 聖騎士団の中でも要注意人物としてマークしていたのだ。忘れるはずもない。



「シュウ……いや、冥王アークライト!」



 自分の正体を言い当てられたからだろう。シュウは目を細めながら口を開く。



「なんだ。やっぱりバレてたのか」

「言って良いのですシュウさん?」

「誤魔化しても仕方ないだろ。それに、こいつらはここで殺す予定だ。報酬金一千万は魅力的だからな」



 自分を殺す目的が報酬。

 それを聞いたセルスターは、シュウが黒猫の暗殺者『死神』であることを確信する。そして、ここで倒さなければならない敵であることも。



「団長! 助太刀します」

「こいつが冥王! ならば隣にいるのが魔女か!」

「ここで討伐だ。仲間の仇を取るぞ」

「人に害をなす邪悪め! ここで倒してやる」

「魔法に気を付けろ。まずは陽魔術で身を守る!」



 治療に専念していた聖騎士たちも、冥王の方が優先だと考えたのだろう。すぐにセルスターの側に近寄り、魔装を出現させて構えた。

 また、セルスターも立ち上がり、魔装のレイピアを出現させる。

 そのことにシュウは警戒した。



(俺の死魔法はエネルギーを奪う魔法。セルスターの生命力と魔力を全て奪ったはずだが……なぜこいつは死ななかった?)



 恐らく、覚醒しているという事実が関係しているのだろう。シュウはそう考えた。

 しかし、魔装の覚醒がどのようなものかは詳しく知らない。なので、セルスターが死なない理由までは分からなかった。



「アイリス。ここからは俺がやる。お前は見ていろ」

「わかったのですよ」



 アイリスはシュウの言葉に従って下がり、シュウは一歩だけ前に出る。

 すると、それに応じたのかセルスターが一歩前に進み出た。



「僕は封印の聖騎士にしてSランク魔装士、セルスター・アルトレインだ。君を討伐する」

「冥王アークライト。お前を殺す」



 他の五人はセルスターとの戦いで邪魔になる。シュウはそう考えて、即座に死魔法を使った。



「まずは邪魔を排除だ。『デス』」



 すると、声も出せぬまま五人の聖騎士が倒れた。魔装は魔素となって砕け散り、そのままピクリとも動かなくなる。やはり、即死の魔法が効かないのはセルスターだけらしい。覚醒というのはそれだけ特別なのだろう。

 そして仲間の聖騎士が一瞬で殺されたと分かったのか、セルスターは冷静に怒りを発しつつレイピアを突き出してきた。



「はぁっ!」

「ちっ」



 神速を思わせる突きをシュウは避けることが出来ない。基本的にシュウは魔術師であり、近接戦闘は苦手なのだ。それに、セルスターが相手では加速魔術によるベクトル反転の魔術陣も破られてしまうだろう。

 レイピアが左肩に突き刺さり、シュウは同時にもう一度だけ死魔法を使った。



「ぐ……!?」



 再び力が抜けたのか、レイピアを突き出す力が一気に弱まる。その隙にシュウはセルスターの腹部を蹴り飛ばし、肩に突き刺さったレイピアを抜いた。

 霊系魔物なので血は流れないし、痛みもない。

 だが、妙な違和感が肩にあった。



「左肩が動かしにくいな……」

「気付いたようだね」

「っ!? まだ生きているか……」



 二度もシュウの死魔法を喰らって、セルスターは生きていた。

 その事実に驚愕する。

 だが、そんなことを置いて、セルスターは立ちあがりレイピアを構え直した。



「そのレイピア。突き刺した場所を麻痺させる力でもあるのか?」

「麻痺……? そうかい。身動き一つ取れないようにするつもりだったんだけど、少し違和感を感じる程度で済んでしまったみたいだね」

「なるほどな。攻撃を加えるほど相手は動きを鈍らせ、素早い突きが放てるレイピア使いのお前は加速度的に有利となる。厄介な力だ」



 そう呟くシュウに対し、セルスターは再び神速の突きを放つことで返した。今度はシュウも動きを予測できていたのか、加速魔術と移動魔術を自分にかけて回避する。

 すると、その回避に反応したセルスターは、レイピアを横薙ぎに振るって斬撃を飛ばした。これは魔力を飛ばす無系統魔術の一種であり、霊体化してもすり抜けることは出来ない。



「くそ……」



 強い衝撃に吹き飛ばされ、シュウは地面に手をついてバク転しながら姿勢を戻した。そして目を戻すと、セルスターはシュウを無視してアイリスの方へと向かっていたのである。



「な……」

「まずは魔女を始末させて貰うよ」



 咄嗟のことで、シュウは頭の中が真っ白になる。

 アイリスも基本は魔術で戦う後衛型なので、セルスターの攻撃を避けることが出来ない。連続の突きが放たれ、アイリスの体に幾つもの穴を穿った。



「あぅ……ああぁ……」

「トドメだよ」

「させるかよ!」



 シュウは死魔法を使い、セルスターのレイピアを狙う。魔装とは魔力で形成されているため、これを殺せば魔装は砕け散るのだ。

 一撃で魔装のレイピアが砕け散り、セルスターも驚愕する。その隙にシュウは加速魔術でセルスターへと迫り、体当たりで吹き飛ばした。



「大丈夫かアイリス!」

「うぅ……痛いです」

「不老不死の魔装はどうした? 傷が治っていない?」



 アイリスは不老不死の力を持っている。魔力が続く限り、どんな傷や病や状態異常すらも直してしまう。しかし、セルスターによって付けられた傷は治る様子がなかった。

 これにはシュウも驚く。



「まさか回復を阻害する? 麻痺させる力じゃないのか?」



 そこまで考えたところで、シュウの中でピースが嵌った感覚がした。対象を麻痺させると思っていた力、アイリスの魔装を阻害する力、アルタで見た認識阻害、そして彼が『封印』の聖騎士と呼ばれる所以……



「封印!」

「気付いたようだね」



 体当たりで吹き飛ばしたセルスターが戻り、シュウの言葉に反応する。その手には既に魔装のレイピアが生成され直していた。



「自分に対する認識を封印すれば、周囲から知覚されなくなる。突き刺した対象の筋肉を封印すれば、動けなくなる。魔力を封印すれば、魔装も魔術も使えなくなる」



 セルスターは軽い口調で能力を明かす。

 つまり、これまでの全ては封印という力の魔装で引き起こされたのだ。アイリスの不老不死が封印されてしまった今、傷は治せない。



「ぅ……しゅうさぁん……」

「アイリス」



 痛々しい姿でか細い声を上げるアイリスに、シュウは声をかけることしか出来ない。何故なら、シュウは治療の魔術を会得していないからだ。

 死魔法で封印を殺そうかとも考えたが、すぐにその考えを取り払った。間違ってアイリスまで殺してしまっては元も子もないからである。

 だからシュウは、使うつもりのなかった力を使用した。



「殺す」



 漆黒の魔力が湧きだし、シュウの体を覆った。

 そして黒い魔力が渦を巻いてセルスターへと襲いかかる。慌てて回避するが、死の概念が宿った死魔力は触手のように分裂し、全方位からセルスターに迫る。



「これは……」



 そしてセルスターは見た。

 死魔力に触れた草花がボロボロに崩れ、地面すら灰となって消える。大きな樹木でさえ、一瞬の間で『死』に侵されていた。

 恐ろしい勢いで迫る死魔力は明らかに危険だ。セルスターはそう悟り、全力で回避する。そして、死魔力を封印するため、レイピアで切り裂いた。

 だが、セルスターにとって想定外のことが起こる。



「なっ! そんな馬鹿な!」



 思わずそう漏らしてしまったのは仕方のないことだろう。

 何故なら、死魔力に触れたレイピアが一瞬にして崩れ去ってしまったからだ。全てを殺す概念を宿した冥王の力。今になって、何を敵に回していたのか悟った。



(拙い……これは僕の力でも封印できない!)



 捩じれて渦を巻きながら迫る死魔力が、遂にセルスターの右腕に絡みついた。そしてあっという間にその身体を殺していき、灰のように色を失くして崩れていく。

 噴き出す血液すら殺され、自信を持っていた魔装すら役に立たない。

 セルスターの頭の中は、一瞬で絶望に染まった。

 しかし、シュウは慈悲なく死魔力を操る。そして逃げ惑うセルスターに右手を伸ばしつつ、告げた。



「お前が死ねばアイリスの封印も解ける……だろ? だから死んでくれよ。俺のために」



 そして何かを握り潰すかのように、ギュッと右手を握った。

 同時に、セルスターの体全体を死魔力が包み込む。一秒と経たずにその存在は掻き消えた。原子一つ、魔素一つ残さず死魔力が殺し尽くし、セルスターという人物を構成する要素の一切をこの世から消失させたのである。



「ふぅ……」



 セルスターが消滅したことを確認し、シュウは死魔力を消す。この死魔力は魔力の消費量もさることながら、精神的な消耗も激しい。あまり使いたいと思わない力なのだ。

 魔力を得るには、死魔法で吸収、食事をする、生物を殺すなどの行為が必要であり、自然回復しない。自分に蓄積されていた魔力がごっそり減っているのを感じた。

 しかし、後悔はない。

 アイリスの命がかかっていた以上、死魔法が効かないセルスターには死魔力を使うしかなかった。



「大丈夫かアイリス!」



 そしてシュウは即座にアイリスの方を向き、安否を確認したのだった。









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