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34話 甘い罠


 闇組織が動く。

 その情報を目ざとく集めてきたのは『鷹目』だった。そして金蔓になると思った『死神』をいつもの酒場に呼び出したのである。いつもの仮面で目と鼻を隠し、中々に怪しい姿をしている。表通りを歩けば警備員に呼び止められるのではないかと思うほどだ。



「というわけで如何ですか? 今なら二百万マギで情報を売りましょう」

「だから高い。俺の資金も無限じゃないんだよ。一人養っているから余計にな」

「はいはーい。養われている人なのですよー!」



 いつもの酒場で個室を借り、シュウが防音の魔術を使っている。元から防音の部屋でもあるため、特に騒いでも問題はない。



「俺が聖騎士を五人殺したからお前も調査がやりやすくなったんだ。闇組織の情報も方々に売って儲けてるんだろ。タダで言え」

「横暴ですね……」

「じゃあ、今日の酒は驕ってやるから言え」

「……精々高い酒を飲みます」

「交渉成立だな」



 高い酒はアルコール度数が高いのでそれほど多くは飲めない。油断ならない仕事をしているので、『鷹目』も酔わない程度にしか飲まないだろう。

 つまり、シュウの勝ちである。



「で、動いている組織は?」

「赤爪、妖蓮花、火草ですね」

「全部じゃん」

「全部なのです」

「まぁ、どの組織も聖騎士に嵌められているようですが」



 『鷹目』は一口だけ酒を含み、しっかりと舌で転がしてから喉を通す。その後、再び口を開いた。



「事の始まりは聖騎士が一度に四人も暗殺された事件です」

「俺じゃねーか」

「シュウさんなのです」

「その通り。『死神』さんが始まりですよ。そしてあっさりと不審死を遂げた聖騎士は、市民から不信を覚えられます。これは教会として許せないのでしょう。信頼を取り戻すために、大規模な魔物討伐をすることになりました」



 これについてはアイリスが一番納得できた。これでも元聖騎士なのだ。教会の面子を保つために振り回された経験もある。

 今回の件もその一環だろうと考えていた。



「運良くと言いますか……アルタの近くに魔物の巣が見つかりましてね。毒飛竜ワイバーンが群れで生息しているようです」

毒飛竜ワイバーンといったら……」

「天竜系の魔物なのです。中位ミドル級なのですよ。でも空を飛ぶ上に毒使ってくるから注意が必要なのです」

「よく知っていますね。まぁ、中位ミドルとは言え飛竜ですから、デモンストレーションにはピッタリということです」

「なるほどなぁ……」



 シュウも感心するが、ここまではまだ序論でしかない。本題は別だ。



「話は変わりますが、エリーゼ共和国は議員の争いが激しい。そして議員たちは闇組織を利用し、自身の利益を高めたり邪魔者を消したりしている。例えば、特定の闇組織を融通する代わりに、賄賂を貰うとかの。まぁ、『死神』さんもよく知っておられると思います」

「暗殺依頼は受けたからな」

「ええ。だから議員の中には、闇組織を取り締まる教会や聖騎士を毛嫌いする者もいるのです。今回、そういった議員たちが火草に依頼を出しました。魔物の大規模討伐を行う聖騎士団に襲撃をかけ、暗殺するという依頼を」

「抱えている魔装士が多いのは赤爪と火草だったか。なんで火草なんだ?」

「あの組織は聖騎士に先代ボスを殺されていますからね。その恨みを晴らすチャンスだと考えたのでしょう」



 闇組織・火草は大手の闇組織として有名だが、実を言うと先代ボスが聖騎士によって殺されていた。そのため、火草のメンバーは聖騎士に恨みを持つ者が多い。二つ返事で依頼を受けたのが目に浮かんだ。



「そして次にこの情報は赤爪へと流されました」

「流された?」

「ええ。教会の手によってわざと、赤爪へと流されました。赤爪と火草は暗殺や殲滅を得意とする闇組織ですからね。領分が似ていますし、お互いに邪魔だと思っているでしょう。赤爪がこの情報を掴んだらどうなるのか……わかりますね?」

「横槍を入れて火草の戦力を減らす。そして聖騎士も殺す。そうするだろうな」

「ええ。そうでしょう」



 簡単な予測だ。世間知らずのシュウでも分かる。

 だが、事態はこれに収まらない。



「もう一つここで情報です。教会は妖蓮花へとこれらの情報を流しました。聖騎士を襲撃しようとしている火草について、そして横槍を入れようとしている赤爪についてです」

「なら妖蓮花も?」

「ええ。今度は聖騎士、火草、赤爪の戦力を一網打尽にしようとするでしょうね」

「ややこしい話だ……」



 シュウは酒を口に含みつつ整理する。

 『鷹目』の話を信じるなら、大手の闇組織は一網打尽にされようとしている。聖騎士団による毒飛竜ワイバーン討伐を囮に三つの闇組織主力を誘い出し、セルスターが一気に叩くのだ。

 情報ではセルスターは街に残るということだが、それは嘘だろう。

 認識阻害をする方法も持っていたようなので、何かしらの方法で隠れて待ち伏せしているハズだ。もしくは別の方法でもあるのかもしれないが、それはシュウの知る所ではない。

 しかし、解せない点もある。



「闇組織は教会の作戦に気付いていないのか? 『鷹目』が気付いたということは、他の組織が気付いていてもおかしくないと思うんだが」

「ああ、それについては私が原因ですね」

「お前が?」

「はい。少しばかり情報操作して、教会の思惑通りになるよう仕組みました。私が得意とするのは情報収集だけではありません。情報操作もお手の物です」



 『鷹目』は少しだけ得意げにそう話す。

 しかし、だとすれば恐ろしい相手だ。『鷹目』に部下や伝手がどれだけあるのか知らないが、大手の闇組織を相手に自在な情報操作を行っている。敵に回したくない相手である。

 故にシュウは尋ねた。



「そんな操作をして何が目的なんだ?」

「表向きは黒猫の敵となり得る大手闇組織を潰すこと。ですが本音を言えば――」



 途中で言葉を切り、唇を舐める。

 そして気味の悪い笑みを浮かべながら言葉を続けた。



「――本音を言えば、楽しいからですよ。自分より強い者たちを掌で踊らせるのが」

「趣味悪いな」

「完全に悪役の顔なのです」

「私の勝手ですよ。文句を言われる筋合いはありません。特に邪魔だからと聖騎士を速攻殺す人には」



 言い返せないので、シュウは代わりに酒を飲む。弱めの安酒なので、誤魔化しにもならなかったが。

 代わりにアイリスへと視線を向けつつ口を開いた。



「俺にとってはコイツだけが大切だ。それ以外の命は知ったことではないな」

「あ、今のってもしかして告白なのです? 私はいつでもウェルカムなのです」

「聖騎士だろうが農民だろうが、俺の前には等しい」

「あれ? 無視なのです?」

「気まぐれに死を弄ぶ人ならざる者。それが『死神』なのだろ?」

「シュウさん? スルーは酷いのですよー」



 アイリスが茶々を入れてきたが、シュウの言葉は『鷹目』も納得できるモノだった。互いにコードネームに応じたアイデンティティがある。そこに文句はない。十人の幹部による個の集合こそが黒猫という組織なのだから。

 『鷹目』は笑みを浮かべつつ、左手で仮面に触れる。



「では『死神』さん。死を弄ぶ貴方は、今回の情報を得て何をするおつもりですか?」

「そうだな……」

「私としましては、是非ともSランク聖騎士と『死神』の戦いを見てみたいものですが……」

「見物料取るぞ」

「払いますよ? 一千万マギで如何ですか?」

「え? ホントに?」

「嘘偽りなく本当です」



 シュウはちょっと揺れた。

 冗談のつもりだったが、一千万マギと言われると心が動きそうになる。

 それを察したのか、アイリスも尋ねた。



「受けるのです?」

「ちょっと悩ましいな。一千万は魅力的だ」



 少し考えてから、シュウは答える。



「百万を現金。残り九百万を金塊で寄越せ」

「ええ。宜しいですとも。明日には用意しますので、お受け取り下さい」

「早いな」

「何事も早さが命ですよ」



 『鷹目』は仮面の下で楽しそうな目をするのだった。









 ◆◆◆









 翌日、シュウが『鷹目』から百万マギと九百万マギ相当の金塊を受け取った後、教会の大聖堂奥で聖騎士団がミーティングを開いていた。

 封印聖騎士団は勿論、アルタ大聖堂に所属している聖騎士もここに集まっている。当然、司教や司祭たちも出席していた。



「ここに封印聖騎士団副長が集めてくれた情報がある」



 会議の議長役も担っているセルスターが口を開いた。すると、全員が配布された資料へと目を落とす。



「副長が上手く情報を操ってくれたみたいだからね。恐ろしいほど予定通りだよ」

「いえ、私などまだまだ。それに、これが私の役目ですから」



 封印聖騎士団ではセルスターが団長として力を振るう象徴となり、副長が聖騎士団を上手く運営している。更に、作戦実行においては立案から下準備まで、全て副長が手配していた。

 謙遜した口調だが、かなり優秀なのである。



「僕たちは囮となり、毒飛竜ワイバーン討伐に向かう。勿論、そこで毒飛竜ワイバーンの巣を潰して貰う予定なんだけど、僕はその場にいることができない。聖騎士セルスター・アルトレインはアルタに残ってることになっているからね。詳しい話だけど……」



 セルスターはとある方法で戦場に乗り込む予定だ。そして聖騎士団を襲う火草、聖騎士団と火草を襲う赤爪、聖騎士団と火草と赤爪を襲う妖蓮花が見えた時点で結界を張る。これがもとより予定していた作戦だった。

 しかし、ここまでセルスターが説明したところで、副長が手を上げた。

 すかさず名指しする。



「どうしたんだい副長?」

「いえ、実は新しい情報がありまして、それで少しばかり作戦を変更したいと思います」

「新しい情報だって?」



 そんな話、セルスターすら知らなかった。つまり、本当についさっきにでも仕入れた情報なのだろう。他の聖騎士や司教、司祭たちも驚いていた。

 ざわざわとした空気の中、副長は立ちあがって説明を始める。



「黒猫の『死神』がやってくるようです。団長を仕留めるために」



 ミーティングの場が一気に騒がしくなった。『死神』と言えば、黒猫に所属する正体不明の暗殺者。何度も代替わりしており、捕縛しても殺害しても新しい『死神』が出現する。一部では『死神』を育成する機関が存在するのではないかとも予想されているが、実態不明のままだった。

 そんな暗殺者がSランク聖騎士を狙っているというのである。

 驚かないはずがない。

 しかし、副長の話はそこで終わらなかった。



「ですが、これは大きなチャンスです。調べたところ、黒猫の『死神』こそがシュウという人物であり、冥王アークライトなのです! 更に、処刑されるはずだった魔女アイリスも一緒にいます」



 これは驚愕するべき事実だった。

 まず、シュウという男は聖騎士五人を殺した犯人の最有力容疑者として上げられている。そして教会としてはシュウが冥王アークライトと同一人物ではないかと疑っていた。

 どういったルートで情報を仕入れたのか不明だが、副長の言葉はこの場に衝撃を与えたのだ。

 新たに出現した王の魔物と、教会を裏切った魔女。

 その二人を討伐するチャンスだと気付いたのである。



「素晴らしい情報だよ副長。流石だね」

「この程度……当然です」

「謙遜しすぎさ。みんなもそう思うだろう?」

「その通りですよ副長」

「これが封印聖騎士団の副長か……とんでもないな」

「恐ろしき情報力だ」



 副長はやはり謙遜するものの、セルスターを始めとして皆が口々に褒める。

 そして新たに『死神』と魔女も討伐対象へと盛り込み、作戦を練り直すのだった。











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