33話 教会の思惑
封印聖騎士団が首都アルタへとやってきて四日後。シュウとアイリスは大通りを歩いていた。基本的にアルタは観光地なので、歩くだけでも色々とある。例えば屋台のような出店、そしてテラス付きのカフェ、大道芸人も歩けば見つかる。
「美味しそうな匂いなのですー」
「この前食べた串焼きの匂いだな。辛口のソースが美味しかった」
「買っていくのですよ!」
「ああ」
シュウはその屋台へと向かう。アイリスは自然にシュウと腕を組み、共に屋台へと向かった。二人が屋台の前に辿り着くと、店主が陽気な口調で話しかける。
「へいらっしゃい!」
「肉串二つな」
「まいど。二十マギ」
「ほれ」
シュウがお札を渡すと、代わりに肉串を渡してくる。それを受け取りその場から去った。その途中で腕を組むアイリスの口に肉串の一本を放り込む。
「あむ!?」
「おー、やっぱり旨いなー」
「酷いのですよー!」
「旨いだろ?」
「勿論、美味しさ十倍なのです! 食べさせて貰ったのですよー」
アイリスは頬を緩ませながらモグモグと口を動かす。実に幸せそうだ。
「それにしても……やっぱり聖騎士はいるようだな」
「はいなのです」
「後ろに一人。振り返るなよ」
シュウは串を口に咥えながら、魔力感知で聖騎士をロックオンをする。そして串から右手を離し、何かを握り潰すように閉じ始めた。
そのまま、一気に掌を閉じる。
「『
後ろで一人倒れた気配がした。
「きゃあああああああああああああああ!」
「うああああ! なんだ! なんだ!?」
「聖騎士様が倒れている! 早く救助を!」
「魔術師はいないのか! 陽魔術師だ!」
そんな叫び声が背後から聞こえてくる。
だが、シュウはチラリと背後を見ただけでそのまま大通りを進んで行くのだった。
◆◆◆
昼間の大通り。
突然倒れた聖騎士の元にセルスターはやってきた。封印聖騎士団の部下が殺されたのだ。浮かべている表情は非常に苦々しいものである。
「これで五人目……」
「副長」
「ああ、分かっている。丁重に弔ってもらおう」
セルスターは死体となった部下に白い布を被せる。
シュウと会話した日に四人の部下を殺されている。そして今日で五人目だ。
「団長……やはりあの者が犯人です。すぐに殺しましょう!」
「何かの術を使った証拠はあるかい?」
「魔術陣どころか……魔力の痕跡すら」
「魔力の痕跡も?」
「はい」
シュウの死魔法はエネルギーを魔力として奪い取るというもの。魔力の痕跡など残るはずがない。流石にこれはセルスターを戸惑わせた。
「魔力の痕跡すらないなんて……一体どういう……」
シュウが冥王だと仮定して、想像以上に力を持った相手なのではないかと予想する。魔力の痕跡を残すことなく人を殺すなど信じられないことだ。
冥王が人を即死させる魔法を操ることは既に知られている。魔女アイリスを処刑する際、冥王アークライトが現れて聖騎士を即死させたからだ。それが伝わり、神聖グリニア本国でも冥王の力は把握しているのである。
これらの情報から、シュウこそが冥王アークライトであることを確信していた。
人を即死させる力など、そうそうあるものではない
「もう私には我慢できません団長!」
「分かっているよ。僕としてもシュウという人物をこのまま襲撃したいほどさ。だけど、この街中で戦うつもりかい?」
「そ、それは……」
「奴らは初めから僕たちに対してアドバンテージを取っている。僕たちが街の中で奴らを襲撃できないと分かっているから堂々と歩いているのさ。そして僕の部下を殺しても平然としている」
セルスターは悔しそうに言葉を吐いた。
襲撃をかけるにしても、どこか別の場所に誘導しなければならない。後は証拠を提示し、住民を避難させて
襲撃場所を確保するかだろう。セルスターに思いつくのはその辺りである。
「あの作戦を早く仕掛けるしかない」
「はい。準備を進めております」
「他の闇組織はどうだい」
「鳴りを潜めていますが、聖騎士四人が不審死を遂げたことで活発化の傾向を見せています。そして今日のことで更に……その……」
「そうだね。特にどこを注意するべきかな?」
「赤爪です。あそこは魔装士による戦力が多いですから、直接的被害が出るかもしれません。あとは火草も少しだけ」
闇組織・赤爪。
ここには暗殺者が所属しており、違法魔装士も多く所属している。エリーゼ共和国の議員たちは、この赤爪に暗殺を依頼することが多い。ちなみに同じ闇組織・火草も暗殺を得意とする組織で、赤爪とは仲が悪い。
その赤爪も封印聖騎士団がやって来たことで暗殺依頼を控えていたのだが、四人の聖騎士が不審死を遂げたことで活発さを取り戻しつつある。
つまり、暗殺が横行しようとしていた。
「丁度いい。手順は分かっているね? 頼むよ」
「かしこまりました」
副長は意味深な笑みを浮かべつつ、深く頭を下げたのだった。
◆◆◆
エリーゼ共和国の首都アルタ。その表通りにある大きな建物が闇組織・赤爪の本拠地だ。闇組織だけにスラム街にでも本部がありそうなものだが、大組織だけあってそんなことはない。とある商会を隠れ蓑にエリーゼ共和国へ根を張っているのだ。
「おいおい……こーんなに依頼が溜まってるぜぇ?」
そう言って手に持った書類を投げたのはボサボサの髪を伸ばした男だった。ひょろりと背が高い痩せ型であり、目が充血している。
「まぁ、厄介な聖騎士共がいたから依頼を控えていたし……仕方ないのでは?」
「うっせーなぁ……あんな野郎どもにビビるなよ」
「いや、ビビりますよ。Sランク魔装士ですよ? あの聖騎士」
「ああ?」
「凄まなくて良くないですか? ボス」
気味の悪いボサボサ髪の男こそ、赤爪のボスだった。
そしてデスクに座り、書類仕事をしているのが補佐役である。血色の良い少年のような見た目だが、その通りの歳ではないのだろう。そうでなければ、大手の闇組織・赤爪ボスの補佐役などできない。
「僕が組織を回しているお陰でボスも勝手に動けるんですよ? 感謝してくださいよ?」
「うるせぇよ。俺は赤爪の頂点に座り、殺しが出来れば満足なんだ。面倒は請け負う気にならないな」
「それってただのダメ人間――」
「何か言ったか?」
「いえ、ボスは最高だなーと」
「はっはっはぁ! だろぉ?」
赤爪のボスは下品な笑い声を上げる。
丁度そこへ、ノック音が響いた。そして扉を開き、部屋へと入ってくる。
「失礼しますよ。ボスもいらっしゃるんですね」
「あ? てめぇか。依頼でも持ってきたのかよ」
「まぁ、その通りと言えばその通りです」
「なんだその含んだ言い方は? 見せやがれ」
入ってきた男は依頼書をボスへと手渡す。荒っぽいボスにも教養はあるのか、文字はしっかり読める。そして内容を吟味し、野蛮な笑みを浮かべた。
「なるほどなぁ……こいつはいい。最高だ」
「ボスならそう言うと思いましたよ」
男は肩を竦める。
そして尋ねた。
「どうするんです?」
「上手くやるさ。コイツはチャンスだぜ? 逃す方がどうかしてる」
ボスはデスクワークしている補佐役に依頼書を投げた。空気抵抗で舞いつつも、綺麗にデスクの上に落ちる。補佐役はそれを手に取って読み始めた。
「えー、何々?」
補佐役は依頼書を読みかけて眉を顰める。
何故なら、これは赤爪に対する依頼書ではなかったからだ。
「何かの間違いですか? これって火草に対する依頼の内容ですよ?」
「ああ、だがチャンスだろう? 本来、闇組織への依頼情報は別の組織にまわって来ねぇ。極秘の情報だからよぉ」
「ええ。裏を突けば火草に壊滅的被害を与えられそうです。依頼が依頼だけに」
補佐役は依頼書をデスクへと置き、この依頼書を持ってきた男に尋ねた。
「この情報は何処で?」
「諜報役の奴が頑張ってくれたって訳。まぁ、諜報手段については俺も知らないな。あいつらの持つ特別な伝手や技術は仲間にも明かしちゃくれないってのは知っているだろ?」
「念のために裏を取っておきましょうか」
「あ。それは俺の方で取っておいた。だから持ってきたんだ」
「仕事が早くて素晴らしいです」
補佐役がデスクに置いた依頼書にはこのように書かれていた。
『魔物討伐任務中の聖騎士暗殺を依頼』。
アルタの外で聖騎士がデモンストレーションの魔物討伐をするため、その際に聖騎士を暗殺して欲しいという依頼だ。闇組織と繋がっている議員が依頼主だろうが、詳細は書かれていない。
聖騎士が白昼不審死を遂げたことで、世論では聖騎士に対する不信感が広がりつつある。それを払拭するために魔物討伐に乗り出す。
そして情報によれば、ここに聖騎士セルスター・アルトレインは参加しない。
絶好のチャンスというわけだ。
闇組織を排除する聖騎士を邪魔だと考える議員にとって。そして聖騎士を殺害し、裏社会で名声を高めたい火草にとっても。
「ボス、指示を」
「ああ、奴らの仕事に横槍を入れてやれ。聖騎士の壊滅の名誉は俺たちのもんだ! んでもって、火草の奴らに致命傷をくれてやる」
ボスは不敵に笑みを浮かべるのだった。
◆◆◆
同時刻、アルタの大通りから少し外れた場所にある酒場でとある会合が行われていた。その場所は防音が施された特別な部屋であり、盗聴への対策を完璧に施している。
円卓に集まったのは四人。
彼らの前にはグラスが置かれ、非常に高価なお酒が注がれていた。
「コイツを見てくれ。どう思う?」
「あ? 罠か?」
「裏は取ってある。それにチャンスだ」
用意された資料を読んだところ、そこには非常に興味深いことが書かれていた。
「アルタ周辺の魔物を聖騎士が大規模討伐。それを暗殺しようと計画する火草。更に火草の仕事に妨害を入れて、聖騎士排除の名声をも得ようとしている赤爪。いい情報じゃないか」
「赤爪の奴らも俺たちが更に横槍を入れようなんて思っちゃいないだろうさ」
「これは我ら妖蓮花の一人勝ち……だな」
彼らは怪しい笑みを浮かべる。
そして彼らの内の三人が、残る一人の方を向いて言葉を待った。
「ククク……妖蓮花ボスとして告げる。奴らの邪魔をしてやれ。俺たちは麻薬取引で大きなシェアを持っているが、これで暗殺市場にも手が出せる。やってやろうぜ!」
四人は自分たちの輝かしい未来のために、グラスをぶつけて乾杯するのだった。