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32話 疑惑と死


 聖騎士団がアルタにやってきたことで、闇組織の活動は一時的に静かとなった。エリーゼ共和国に残っている赤爪、妖蓮花、火草も覚醒聖騎士は警戒しているということだ。

 大手の闇組織であったとしても、Sランク聖騎士は怖い。

 Sランク魔装士は一軍にも匹敵する戦力なのだから。

 若干平和になった首都アルタだが、一般市民たちはそんなことを知らない。昨日も今日もいつでも平和だと思っているのだから仕方ないだろう。



「あ、シュウさん! いつの間にか新作スイーツが追加されているのですよ!」

「ホントだな。季節の果物を使っているのか」

「これを食べますか?」

「そうしよう」



 大通りに面したカフェテラスでシュウとアイリスは寛いでいた。少し前の暗殺依頼で稼いだので、暫くは暮らせる。しかし、情報を買うために三十五万を使っているため、少し減っている。聖騎士の滞在が長いようなら、また依頼を受けなければならないだろう。

 だが、それまでは特に何もするつもりはなかった。

 好き好んで王の魔物に対抗できると言われる覚醒魔装士に挑むつもりはないからだ。



「お茶は何にします?」

「いつものでいい」

「じゃあ頼むのですよー」



 アイリスは店員を呼び止め、注文する。二人とも既にこのカフェの常連なので、店員とも顔見知りだ。『あらあら今日も熱いわねぇ』『ラブラブなのです』『ちげぇよ』という会話をしつつ、注文を終える。

 スイーツとお茶が来るまで、二人は話しながら待つことにした。



「この国にも少し飽きてきたのですよ」

「確かに、遊び尽くした感じはあるよな」

「次はどんな国に行くのです?」

「そうだな……いっそ帝国側に行ってみるか」



 教会の追撃が面倒なので、魔神教の影響がない帝国は安住の地と言える。しかし、帝国は帝国で危険だ。実力主義的なところがあり、治安はあまり良くない。更に、帝国の圧政が続き、属国では反乱の兆しすらあるとされている。

 ただ、教会によって集中的に狙われることはない。

 そう言った面では安全だ。



「ん?」



 シュウが視線を感じて目を向けると、こちらを見ている人物がいた。その人物が纏っている白い服は見覚えがある。聖騎士の制服だった。



「聖騎士……俺たちを見ているな」

「バレたんですかねー」

「いや、バレたわけじゃないだろ。俺たちの……正確には俺の持つ裏社会に染まった気配を感じたってところかもな」

「シュウさんに?」

「俺は人間じゃない。魔物を討伐し慣れている奴らだからこそ、そっちの勘が働いたってことも考えられる」



 馴染んでいるつもりだが、聖騎士の眼は誤魔化せないのかもしれない。

 聖騎士はカフェテラスにいるシュウとアイリスの元へと近寄ってくる。そして近づいてくる途中でシュウは彼の正体に気付く。



「あれは……例のSランク聖騎士セルスター・アルトレイン」

「あれ? 本当なのですよ」

「おかしいな。あんなパレードしていたんだからアルトレインの顔は知られているハズだ。なのに誰も騒がない。そもそも、奴があそこにいること自体気付いていないのか?」



 事実、通りを歩く周囲の人々はセルスターの姿に気付いていなかった。目にすら入っていないかのように通りを歩いている。

 セルスターはそんな人々の間をすり抜けるようにして歩いてくるのだ。

 そして誰にも話しかけられることなく、二人が座るテーブルの前に辿り着いた。



「やぁこんにちは。いい天気だね」

「何か俺たちに用が?」

「こんにちはなのですー」



 シュウは警戒しつつセルスターを見上げた。勿論、その警戒を表情に出すことはない。しかし、完全に警戒を隠せている自信はなかった。

 のほほんとしているアイリスが羨ましいぐらいである。

 そんな二人に対し、セルスターは優し気に話しかけた。



「ちょっと気になってね。君たちはとても魔力が多いようだから」

「……どうしてそれを?」



 言い当てられたことでシュウは警戒を強める。



「簡単なことだよ。僕は認識を阻害しているんだ。これに気付くことが出来るのは保有魔力量の多い人物ということさ」

「なるほど。それは凄い」



 そんな方法で見抜かれるなど予想できない。周囲を歩く人々がセルスターに気付かなかったのはそういう理由だったのかと納得できたが。

 更にセルスターは続ける。



「そんな君たちに聞きたいことがあるんだが――」

「お待たせしました。ご注文のケーキとお茶ですよ」



 そこへ店員が注文したケーキとお茶を持ってきた。店員はセルスターに気付いていないので、まだ認識阻害が働いているらしい。



「新作ケーキといつもの紅茶よ。楽しんでいってね」



 ケーキを並べ、店員は去って行く。

 流石にセルスターも気が抜けたのか、指で頬を掻いていた。



「どうやらタイミングが悪いようだね。またいつか会おう」



 白い聖騎士の制服を翻し、背を向ける。

 そして人混みの中へと消えていくのだった。









 ◆◆◆











「気付かれたと思うか?」

「どうです?」



 セルスターが去って行った後、シュウとアイリスは静かに話しあう。警戒するべきだと思っていた矢先にSランク聖騎士が話しかけてきたのだ。注目されていると考えるのは当然である。

 シュウはケーキを食べながら魔力感知を実行した。



「いるな。四人だ」



 魔力量の多い人物がシュウとアイリスを監視している。この魔力量ならば高確率で魔装士だ。つまり、聖騎士の見張がついていると思うべきである。

 目を向けると聖騎士の制服を纏った四人の男がいた。

 巧妙に姿を隠しているものの、聖騎士の姿をしているのですぐに分かる。



「俺に喧嘩を売っている……と見れば良いのか?」

「どうするのです」

「殺す」



 シュウは右手を出し、握りしめるようにして徐々に閉じていく。その間、魔力感知を利用して死魔法のロックオンをする。

 死魔法を用意しているのが分かったのだろう。アイリスはジト目で話しかけた。



「慎重にやるんじゃなかったのです?」

「相手に合わせる理由などないな。面倒なら殺す。それが冥王だ」

「えー……」

「どうせ証拠は残らない。注目されているなら、敵を減らせばいい。最悪、俺たちはこの都市で暴れまわっても気にしない。慎重になるべきは聖騎士たちのほうだ」



 セルスターがわざわざ話しかけてきたのだ。もう、ある程度は掴まれていると思って良いだろう。魔力量が多い人物は高確率で魔装士だ。そして軍の存在しないこの国で、魔装士はイコール聖騎士だ。仮に聖騎士でないならば、闇組織に所属する魔装士ということになる。

 魔力量の多さを見抜かれたシュウとアイリスはもう要注意人物とされているだろう。



「『死神』の足音でも聞かせてやるさ。『デス』」



 右手をギュッと握り、死魔法を発動させる。あらゆるエネルギーを魔力に変換して奪い取る魔法。エネルギーの消失という『死』を操る力だ。

 人間に抵抗できるはずがない。

 世界の法則すら超えた魔の力。それが魔法なのだから。



「やったのです?」

「ああ、殺した」



 シュウの感知で魔力がゼロになったのを知覚した。生命力もゼロになって消えているだろう。何故なら、シュウが全て吸収したのだから。



「ほどほどにするのですよー」

「俺とアイリスの邪魔にならなければな」



 アイリスも人間のことは見限っていると言って過言ではない。魔物であるはずのシュウを愛し、不老不死の魔装を以て永遠にシュウの側にいることを決意しているのだ。

 聖騎士が死のうと、あまり気にしていなかった。

 そして、この聖騎士四人の死こそ、アルタは騒乱の序曲となったのだった。










 ◆◆◆









 聖騎士不審死事件。

 昼間の大通りで四人の聖騎士が突然死した事件である。殺害されたのか病死したのかすら不明。恐らくは殺害とされているが、その方法は判明していない。

 大通りの影でいきなり聖騎士が死んだのだから、市民に隠しきることも出来ない。教会ではこの事件に頭を悩ませていた。



「敵の力は判明しましたか?」

「不明だよ。犯人の目星はついているけどね」



 大聖堂にある奥の間で聖騎士セルスター・アルトレインと司教が話し合っていた。この部屋には封印聖騎士団の副長や、司教の補佐官も二人ほどいる。

 封印聖騎士団と教会は闇組織を探ると同時に聖騎士不審死事件も追っていた。



「アルトレイン様。それで目星とは?」

「僕たちで調べたところ、シュウという人物が怪しいね。魔力量の多さに気付いて目を付けたんだけど、その瞬間に聖騎士が殺されたんだ。魔装の力だとすると予想がつかない。何か仕組みがあるのか……それとも」

「魔法ですな」

「ええ」



 ラムザ王国王都で魔女処刑が実行されたのは教会が認知している。そして、その際に冥王アークライトが登場し、聖騎士の命を魔法で奪ったことも。

 つまり、冥王には即死の魔法が使えると教会も知っていた。

 聖騎士の不審死事件。

 これと繋がりがないと思うならそれは無能である。



「シュウなる人物こそが冥王アークライト。そして彼の側にいる女性が魔女アイリスだろうね」

「おお! すでにそこまで!」

「だけど!」



 喜ぶ司教に対し、セルスターが制止を掛ける。

 そして言葉を続けた。



「証拠がなくてね」

「証拠など!」

「それに確証もないんだ。これ以上になく黒に近いと思っているけど、絶対の確証がない。勘違いでは済まされないことだけに、慎重に動かざるを得ないんだよ」



 聖騎士は教会に仕える者だ。

 だからこそ、法に厳正でなければならない。魔神教は慈愛、尊重、叡智を大切にしており、決して不正なことがあってはならないと考えている。そう言った高潔な精神があるからこそ、神聖グリニアとその属国全体で魔神教が影響力を持っているのだ。



「僕たちは野蛮人じゃない。エル・マギア神に仕える者だよ」

「はい。勿論です」

「だから……釣ろうと思ってね。確証がなければ、確認すればいいのさ」



 何も、方法がないわけではない。情報は掴んでいる。

 セルスターは不敵な笑みを浮かべるのだった。


















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