31話 聖騎士到来
シュウとアイリスがエリーゼ共和国から出ようかと相談した翌日。
残念ながら二人の目論見は砕け散ることになった。今朝、神聖グリニアからきた聖騎士団がエリーゼ共和国の首都アルタへとやってきたのである。
「聖騎士様ー!」
「セルスター様だ!」
「こっち向いて!」
「手を振ってー!」
首都アルタの大通りで聖騎士団が列をなして行進していた。これは本国の正式な聖騎士団……封印聖騎士団が訪れるからこそのお祭り騒ぎ。いつも賑わっている大通りは、これまでになく人々が集まる。
だが、その一方でシュウとアイリスは少し焦っていた。
「あれが最高の聖騎士か」
「なのです」
「魔力感知だけでヤバいって分かるな。アイリスは絶対に魔力隠蔽を解除するなよ。俺やアイリスの魔力量だと注目されるかもしれないからな」
「そこまで気にする必要あるのです?」
「普段なら気にしないな」
シュウも聖騎士団が来たから注意する訳ではない。今回に関して言えば、その背景が関係している。封印聖騎士団をまとめるセルスター・アルトレインはSランク聖騎士だ。そして、恐らくは冥王アークライトと魔女アイリスを追っている。
そのために怪しい者は片っ端から調べるだろう。
魔力が多いというだけで、シュウとアイリスは目を付けられかねない。
「今回の聖騎士団訪問が終わるまでの間……首都アルタから不用意に出ようとする奴は調べられるだろうな」
「じゃあ、アルタからも出られないのです?」
「出られる……が、身分とか職業とか諸々を根掘り葉掘り聞かれるかもしれないな。そして俺たち二人はまともな職業してねぇ」
「あとは私でも予想できるのですよー」
アルタから逃げるとすれば、こっそりと誰にもばれないように逃げる。または強行突破する。後は聖騎士団がアルタから去るまで静かにしているか。
この三つが大まかな選択となるだろう。
だが、この三つに当てはまらない四つ目の方法もある。
「聖騎士セルスター・アルトレインと封印聖騎士団が
「シュウさん……それは流石に……」
滅茶苦茶だが、アリと言えばアリである。
シュウは魔物であり、魔神教は魔物を神の敵としている。根本から敵なのだ。敵がこちらを察知しない内に、不意打ちなどで仕留めるのは理に適っていると言える。元よりシュウは裏社会に所属しているので、犯罪者に認定された所で失うものはない。
そう思えば、理に適っている。
「ま、すぐに何かするわけじゃない。聖騎士が来たことで黒猫にも動きがある。まずはそちらの動きに合わせるぞ」
「暗殺も続けるのですか?」
「余裕があればな。まぁ、俺の暗殺方法は誰にも止められないだろうが」
「死魔法とかインチキ過ぎなのです」
「努力の成果だ。インチキとは失礼だな」
大通りの端で聖騎士の行進を見守る二人組。
その姿は裏路地の影に消えていったのだった。
◆◆◆
聖騎士セルスター・アルトレインがアルタへとやってきたその日の夜。
黒猫が拠点としている例の酒場で『死神』と『鷹目』が会っていた。ちなみにアイリスは宿で留守番である。
「聖騎士セルスター・アルトレインのことは知っていますか」
「少しはな。神聖グリニアの誇る最高の騎士……Sランクの一人だろう?」
「それだけではありませんよ」
『鷹目』はグラスの酒を口に含みつつ言葉を続ける。
「彼は覚醒した魔装士ですからね」
「覚醒……?」
聞きなれない言葉にシュウは首を傾げる。
しかし『鷹目』も予想していたのだろう。
「知りたいですか? 覚醒については少し高くなりますが」
「具体的には?」
「二千万マギです」
「買えるかボケ」
流石に高すぎる。冗談かと思ったが、そうではないようだ。『鷹目』は表情一つ変えずにグラスを傾けて酒を流し込んでいる。
もう少しお手軽ならば買おうとも思ったが、これは高すぎだ。全財産でも足りない。
「覚醒は秘匿された情報ですからね。国家上層部クラス、または魔神教の中でも司教クラスでなければ知り得ないでしょう」
「……まぁ、ある程度は予想できる。そもそも覚醒というぐらいだ。秘匿される程の力を得た魔装士というところだろう」
「言ってしまえばそういうことですね。とても強い魔装士です」
「問題はどんな強さか……」
覚醒と言うほどだ。
並の強さとは言えないだろう。
挙げられる可能性をシュウは口にした。
「魔力の増加、魔力質の向上。この二つだけで魔装は強化される。けど、それなら覚醒とは言えない。覚醒と称するなら、魔装そのものが変質しているということ。魔物の使う魔導が魔法に変化するように。覚醒魔装士は王の魔物に匹敵する? いや、人という種であることを考えれば、僅かに劣る程度か」
「いい線です」
しかし、逆にそれを聞いたからこそシュウは安心した。
覚醒魔装士が王の魔物に匹敵する。ならば、シュウを超えることはない。警戒はしても、恐れる必要などないのである。
それが
「ま、今日はセルスター・アルトレインの情報を聞きに来たわけじゃない。黒猫は聖騎士に対してどう動くのか、そんな話をしに来たんだ」
「おや、そうなのですか?」
「俺は幹部級と言っても新人だからな。何をしたらいいのか分からん」
「そう言えばそうでしたね」
シュウは黒猫という組織の仕組みについてもあまり知らない。流れで暗殺を行ったりはするが、その目的も何も認知していないのだ。シュウにとって、黒猫は仕事を斡旋してくれる闇組織なのだから。
それで、この際だから『鷹目』に組織について聞くことを決めたのである。
「そういうわけだ。黒猫について話せ」
「いいでしょう。幹部割引で五十万マギでどうです?」
「二十万」
「四十五万です」
「三十万」
「三十五万。これで限界ですね」
「いいだろう」
シュウは懐から金を取り出し、三十五万マギを渡した。すると『鷹目』は金を数え、ちゃんと揃っているのを確認する。その間にシュウは振動魔術で防音措置を施した。
「防音済みだ。全部話せ」
「おや、準備がよろしいですね」
互いに酒を飲み、口を湿らせる。これから長く話すかもしれないので、酒は必須だ。
「黒猫とはなんだ?」
「そうですね……強いて申し上げるなら―――」
『鷹目』は少し思案してから再び口を開いた。
「――特に目的はありませんね。幹部級の者は好きにして構いません」
「は?」
シュウは『鷹目』の言葉を疑った。
これだけの影響力を持ち、力ある魔装士すら抱える黒猫が何の目的もないとは理解できない。
『鷹目』は目を丸くするシュウのために説明を始めた。
「黒猫という組織に目的はありません。幹部たちは自分たちの欲望、目的のために組織へと所属しているのですから。十人の幹部にコードネームがあるのも、それが理由です。その幹部の存在理由であり、目的を表している」
「つまり……俺たちは組織に所属している個ではなく、個の集団でしかないと?」
「はい。それこそ黒猫です。ボスである『黒猫』さんは個の集団である私たちを纏め、黒猫という組織を形にすることを目的としている。それだけのことですよ」
「ということは……」
「ええ、お好きにどうぞ。聖騎士を殺したければ『死神』としての個を振るってください。組織はそれを全力でバックアップするでしょう。逆に何もしないならば、黒猫はそれで納得するのです。黒猫に全体の利益は必要ありません。幹部級の十人が黒猫の全容であり、十の個こそが目的なのです」
それを聞いたシュウはある意味納得する。
いきなり『死神』という立場にされた、そのフリーダムさからして普通に納得できた。つまり、黒猫にとって十人の幹部が常に必要なのだ。組織やアジトは重要ではない。十人の幹部こそ、黒猫の本体というわけである。
『死神』であるシュウは、死を操る存在。
死を以て目的を成す黒猫の個というわけだ。
「聖騎士がいようといまいと、黒猫は好きに動きます。組織の闘争など関係ありません。個が好きなように勢力を伸ばし、好きなように振る舞う」
「だから、赤爪、妖蓮花、火草がどのように動いたとしても、俺たちは俺たちで好きにやっていいと?」
「ええ、自分の利益優先で構いません。幹部の利益は黒猫の利益です」
黒猫の考え方が分かった以上、三十五万マギを払った価値がある。それに、黒猫は想像以上に自由だったことも嬉しい誤算だ。
正直、いきなり『死神』という地位にされたことに戸惑っていた。何をすればいいのか分からないし、いつまで経っても黒猫と言う組織に関する説明がない。尤も、『死神』として如何様にでも振る舞っていいというのは予想外だったが。
「……Sランクの覚醒した聖騎士か」
「ええ。ちなみに私は彼の情報を調べてみるつもりですよ」
「じゃあ、俺は無視しよ」
「暗殺してくれてもいいのですよ?」
「邪魔になりそうならな」
二人はそのまま雑談しつつ、用意された酒を飲むのだった。
◆◆◆
聖騎士セルスターはアルタ大聖堂で司教と話し合っていた。彼の率いる封印聖騎士団は聖堂の奥で休んでおり、旅の疲れを癒している。実際に仕事へと向かうのは明日からだ。
「まずはようこそアルタ大聖堂へ。『封印』の聖騎士セルスター・アルトレイン様」
「歓迎に感謝するよ司教殿」
聖堂の一室で向かい合う二人の前には温かい紅茶が置かれ、皿の上にには茶菓子も用意されている。部屋の片隅に飾られた花のお蔭で、部屋全体にいい香りが漂っていた。
セルスターは聖騎士の制服のまま、そして司教はいつもの礼服である。
「こうして封印聖騎士団が来られたのは、闇組織に関係しているとか」
「ええ、より正確には新たに誕生した王の魔物……冥王アークライトを追っているんだ。冥王アークライトは人間に近い姿をしているようでね。人の街に紛れていると考えている。そして身分のない冥王は闇組織の中に身を隠しているハズ。そう考えたから闇組織を追っているのさ」
「理解いたしました」
王の魔物を倒すというのは、人間業ではない。魔導を覚醒させ、魔法へと至らせた存在が王の魔物なのだ。魔神教では魔王と呼ばれており、決して手を出してはならない。何故なら、王を怒らせれば国が滅びるとも言われているからだ。
しかし、例外がいる。
王を倒せる可能性を持った聖騎士。
覚醒した真なるSランク。
その一人であるセルスター・アルトレインこそ、冥王を殺せる可能性を持った人間なのだ。だから司教も恐れるどころか納得していた。
「そのような極秘任務を……素晴らしいことです。エル・マギア神もお喜びになるでしょう」
「ただ、手掛かりも掴めていないけどね」
苦笑するセルスターに対し、司教は首を横に振った。
寧ろSランク聖騎士が苦戦する程の事態なのだ。非常に重い案件だと改めて考える。
「して、どうされるのですか? こうしてアルタにいらっしゃったということは、手掛かりはなくとも心当たりはあるということで?」
「いや、そうでもないさ」
セルスターは右手でカップを持ち、そのまま口に運ぶ。
そして口当たりを愉しんだ後、コトリと音を立ててカップを置いた。
「取りあえず、闇組織を全部潰してみようかと思ってね」
彼の笑みにはどこか愉しそうな雰囲気が含まれていた。