28話 デート
冥王アークライトにして裏組織・黒猫の幹部『死神』という側面も手に入れたシュウ。そんな彼は現在、アイリスと共に首都アルタの観光を楽しんでいた。
「シュウさん! アレが有名な議会堂なのです!」
「外観が全て大理石で出来ているらしいな。確かに凄い」
「早く大庭園に行くのです!」
「分かった分かった」
大金を手に入れたことでシュウには余裕が出来た。そこで『死神』はお休みして、アイリスとデートすることにしたのである。途中で幾つか食べ物を購入したので、それを議会堂の大庭園で食べることにしたのだ。
この大庭園はエリーゼ共和国が運営しているため、非常に広く美しい。季節の草花が茂り、泉や噴水も整備されている。ここでピクニックをするのが首都アルタでは一般的な庶民の楽しみだった。
「結構人が並んでいるな」
「やっぱり人気スポットなのです」
「期待大だな」
長蛇の列に並び、二人は入場を待つ。こうして綺麗に人が並んでいる辺りを見ても、エリーゼ共和国の民度が高いことが示される。国全体として豊かな証拠だった。議員たちによる不正が横行している部分はあるものの、基本的には良い国なのである。
エリーゼ共和国は貴族が存在しておらず、国民は平等という価値観だ。その代わり、国の統治も自分たちでしなければならない。
貴族に統治を任せれば、一般人は自分の生活のことだけを考えるだけで良いだろう。しかし、共和国においては自分たち一人一人が国家を運営していると自覚し、政治経済にも興味を抱かなければならない。だが、それは理想論である。当然、エリーゼ共和国の国民は政治経済に対して興味を持たない者も多く、その結果として議員たちの不正に気づかなかったりしている。
この辺りは非常に難しいところだ。
(暗殺依頼や調査依頼も多いだろうな。黒猫も大活躍って訳か)
不正を行う議員たちは、法に引っかからないよう上手く操作している。結果として、暗殺による強制退場が主流となるのだ。
治安の良い国であることは間違いないものの、重要人物の暗殺は周辺国随一だった。
先代『死神』も大活躍だったことだろう。
残念ながら、既にお亡くなりになられているが。
「シュウさん、もうすぐなのです」
「ん、そうだな」
周囲を見渡しながら考え事をしていると、あっという間に時間が経過したらしい。もうすぐシュウたちの番だった。
そして二人の番になると、大庭園入口で受付している女性が口を開く。
「ようこそ。入場料は二百マギです」
ちなみにマギというのは神聖グリニアとその属国で使用されている共通通貨の単位だ。シュウは百マギの札を二枚渡し、その場を通り抜ける。これで二人分なので、一人あたり百マギということらしい。
ちなみに百マギあれば一日分の食事になる。
入場料としては手頃な金額と言えるだろう。
勿論、この入場料は大庭園を整備するための費用として利用されている。
「早くいきますよシュウさん! 目玉は庭園中央の噴水広場なのです!」
「引っ張るなよ……」
興奮気味のアイリスに引かれ、シュウは大庭園中央部まで行く。目玉の場所というだけあり、かなりの人がそこへと向かっていた。
実際に到着すると、百人を超える人々がそこに集まっていた。
だが、それでも広さを感じられるぐらい、中央広場は開放感がある。
「わあぁ……綺麗なのです!」
「かなり高くまで水の上がる噴水だな。どうやってあの圧力を確保して……ああ、魔道具か」
「花も綺麗ですね。凄く香りがいいのです!」
「鳥や虫も多いみたいだ。なるほど、こうやって生態系に近い状態を維持し、管理コストを下げているのか。思ったより考えられているな」
「……ってシュウさんは何を考察しているんですか! もっと純粋に感動するのですよ!」
「あ、悪い。ついな」
元々魔物とは本能で生きている存在だ。感情は薄く、感動よりも先に考察が走ってしまう。
より正確に言えば、愛情や友情といった内から湧き出る感情は弱い。逆に怒りや妬みなどの外部によってもたらされる感情は強い。
そう言った側面があった。
故に素直に感動できなかったのである。
「あの辺りが空いているぞ」
「ホントなのです。早く行くのですよ!」
二人は急ぎ気味で空いている場所へと向かう。そこは草が青々と茂る場所であり、丁度目の前に噴水も見える絶好の場所だ。多くの人が行きかうので、手早く確保しなければ取られてしまうだろう。
幸いにも、その場所は確保できたので、アイリスは途中で買ってきたシートを敷き、手に持っていたバスケットを置く。途中で買った食べ物は、このバスケットに入れておいたのだ。
早速とばかりにシートへと腰を下ろしたアイリスは、感嘆の声を上げた。
「綺麗ですー」
二十歳とは思えないほどキラキラとした目である。
尤も、シュウとしては別に構わないのだが。
「お腹もすいたし、食べるぞ」
「はいなのです。あ、口移しとかお勧めなのです! 今なら私が大サービスするのですよ!」
「いらん」
「冷たいのですー」
そんなやり取りをしつつ、二人――主にアイリス――はデートを愉しむのだった。
◆◆◆
エリーゼ共和国に存在するとある都市。
そこは首都アルタから南方に進んだ最も近い都市であり、商業が盛んである。故に経済的に余裕があり、金持ちの多い都市として知られていた。
だが、金が集まる所には犯罪者も集まる。
この都市にはとある闇組織の本拠地があった。
スラム近くに存在する寂れた建物が闇組織の本拠地であり、地下空間を作って潜んでいた。各地に支部を作り、それなりの財力と顧客を持つ勢力として知られていたのである。
だが現在、闇組織は崩壊寸前だった。
「くそ! くそ! なんでこんなところに聖騎士が!」
ボスの男は緊急用の脱出路を走りながら悪態をついていた。エリーゼ共和国は闇組織の暗躍がしやすい場所として知られており、聖騎士による監査も緩い。だから気が抜けていたのは事実だ。
しかし、警戒は解いたことがなかったし、本拠地を悟られない様に工夫してきた。
こんなにもあっさり襲撃されるなど予想だにしない。
「ボス! もうすぐ出口だ! まずは逃げよう!」
「分かっている。覚えてやがれよ聖騎士共!」
着いてきた六人の側近と共にボスは地下通路の脱出口から地上へと出た。そこは殆ど人が近寄らないスラム街であり、ここから伝手を頼って都市を脱出する予定になっている。
「既に連絡は行っているのか?」
「一応は。だが襲撃が急だったから、逃がし屋も遅れるかもしれねぇ。ボスには済まねぇが、今夜はここで一夜を明かして貰うことになると思う」
「くっそ……襲撃が読めなかったのはとことん痛いな」
通常、襲撃される可能性が浮上すれば、事前に逃がし屋へと連絡しておくのが定石だ。いざという時は、逃がし屋の力を借りて都市の警戒網から脱出するのである。
だが、今回は急なことで、逃がし屋の準備がない。
そこが歯痒かった。
「明日の朝日が出るころには来るはずです」
「つまり太陽が俺たちの勝利条件って訳かよ。闇組織を皮肉ってんのか畜生……」
苛立ちを込めるが、ここで叫んでも仕方ない。
ボスはグッとこらえる。側近たちも周囲を警戒しつつ、ピリピリとした雰囲気を放つボスに気を使っていた。
だが、やはりそれが気を逸らす原因になったのだろう。
六人の側近たちは、とある人物の接近に気付けなかった。
「情報通りだね。やはりここが脱出路の出口だったのか」
『っ!?』
ボスを含めた闇組織の生き残りはビクリと体を震わせる。
そして一斉に声のした方へと目を向けると、カツカツと地面を踏み鳴らす音と共に闇の中から一人の青年が姿を現した。
忌々しい白の礼装を纏っており、どことなく笑みを浮かべているように見える。
「聖騎士がここに! 何故!」
「僕には情報収集に長けた優秀な副長がいてね。彼のお蔭さ」
聖騎士の返しに、側近の一人が声にならない声を上げる。
それも当然だ。この場所は組織の中でも一部しか知らない地下脱出路を通った先にあるのだ。下部構成員から漏れる心配もないはず。どうやってここの情報に辿り着いたのか、見当もつかない。
魔装の力で何かしたのではないかと疑うが、それを疑い始めればキリがない。
「どうでもいい! 奴は一人だ! 倒せ!」
ボスはそう命令を下した。訳の分からないことを考えるより、今あるピンチを切り抜ける方が先だ。幸いにも相手は聖騎士一人。こちらは魔装を有する側近六名に加え、自分も魔装が使える。
これなら勝てると踏んだ。
「死ねぇ!」
「敵は一人だ。ボスを守れよ」
「はっ……当然だ」
まずは三人が聖騎士に襲いかかる。オーソドックスな剣の魔装を持つ男が正面から斬りかかると、聖騎士は展開したレイピアでそれを受け止めた。本来、レイピアは武器を受け止めるほどの強度がない。しかし、魔装に魔力を込めたものならば、可能となる。
側近の男もこれぐらいで驚いたりはしない。
寧ろ、聖騎士ならこれぐらいやってのけると考えていた。
「甘ぇよ」
正面から斬りかかったのは囮のため。
本命はその側からすり抜けるようにして繰り出される槍の一撃である。剣の魔装使いが影になることで、槍を突き出す瞬間を悟らせない、いい連携だった。
勿論、この槍も魔装である。
しかも穂先から毒を出す魔装であり、傷さえ与えれば勝利だ。
これで勝ったと確信した。
だが、甘かったのは自分たちだと知ることになる。
「その程度かい」
「ば、馬鹿な……」
突き出された槍は、聖騎士の左手で止められた。その左手には青白い魔力光があるので、魔力障壁で受け止められたのだと察することは出来る。
だが、魔装の攻撃をただの魔力障壁で止めるなど信じられない光景だった。
そもそも、魔力とは密度の高い方が勝つ。
よって魔力の塊である魔装は一般的な魔力障壁では防げないのだ。よほど魔装使いが弱いか、魔力障壁が高性能かでなければあり得ない。
当然、側近たちは優秀な魔装使いであり、考えられるとすれば聖騎士の魔力制御と魔力量が化け物じみているということだった。
「悪くはない。だが――」
「死ねこの野郎!」
「――やはり甘いよ」
念のために備えていた三人目が背後から攻撃する。彼は置換型魔装の使い手であり、両手の爪が自在に伸びる武装へと置き換わる。それによって聖騎士の頸動脈を切り裂こうとした。
しかし、やはり魔力障壁で弾かれる。
「物騒な武器は封印させて貰うよ」
聖騎士がそう言うと、突き出された槍を弾きつつ、レイピアを強く振り抜いた。
「ぐあっ!」
「うぐ……」
剣と槍の魔装を持った二人が同時に吹き飛ばされ、その間に背後にいたもう一人の男をレイピアで突き刺す。吹き飛ばされた男二人が見たのは、倒れる仲間の姿だった。
「畜生!」
再び魔装の剣を構えようとする。
だが、それで違和感に気付いた。いつの間にか魔装が消えているのである。消したつもりはないにもかかわらず、魔装が消失していた。
それは槍の魔装使いも同じなのか、戸惑いの表情が見える。
「な、なぜだ!」
「魔装が使えない? どうして!」
再展開しようとするも、魔力の収束すらされない。
もはや意味不明だった。
慌てる二人を眺めつつ、レイピアを引き抜いた聖騎士は告げる。
「君たちの魔装を封印させて貰ったよ。僕はそんな能力者でね」
「魔装殺し……? そんな力があるのか!」
聖騎士に対して目を見開く側近たち。
だが、組織のボスは少し心当たりがあった。敵の魔装を封じ込める魔装士殺しの聖騎士となれば、情報網に引っかからないはずがない。
「ま、まさか……」
ボスは後ずさる。
その予想が正しいとすれば、自分たちに勝ち目などない。
まさに天と地ほどの差があるからだ。
「貴様……封印の聖騎士セルスター・アルトレイン!?」
それは神聖グリニアが誇る
真なるSランクにして世界最強の一角。
ボスはその予想が外れであってほしいと願った。
だが、現実はいつも甘くない。
「おや? 本国から離れた地でも僕の名は有名になっているみたいだね?」
「ほ、本物!」
「拙い! 敵うわけがない!」
事実を知った側近たちも恐怖に顔を歪める。
覚醒魔装士は規格外だ。奇跡とか偶然とか天運とかで間違って勝利を収めるということはあり得ない。もしもの可能性すら潰える存在だ。
彼らは闇に生きる者として、それを知っていた。
「そういうわけだ。大人しく捕まってくれ」
貴公子のような笑みを浮かべるセルスターがレイピアを構え直す。
闇組織・月華草のボスが捕獲されるまで殆ど時間がかからなかった。