27話 死神のコイン
「はぁ……うぐ……ああああ!」
叫び過ぎて体力が尽きたのか、ニムロスは両腕の痛みに耐えつつ喘いでいる。シュウは彼の背中をより強く踏みつけ、質問した。
「金貨の場所を言え」
「ぜぇ……き、金貨だと……?」
「表は杖を持った猫、裏には髑髏とナイフ。そんな金貨だ。持っているだろ?」
「んぐぅ……あれの……ことか……」
ニムロスは痛みのせいで思考が回らないのだろう。思ったより素直に答える。
「あんな……気味の悪いものは……グレッグの奴にやった。報酬としてな……うぐ」
「そいつか」
売り払ってなきゃいいけど、と内心で呟きつつグレッグの方に目を向ける。パッと見ただけでは、金貨を身に着けているようには見えないので、ポケットにでも入れているのだろう。
シュウはニムロスを力強く蹴り飛ばした。
「うぎゃああ!」
痛みで叫び声を上げるが、それを無視してシュウは死んだグレッグに近寄る。そして上着やズボンのポケットを探った。すると、ズボンの左ポケットに硬いものが入っていることに気付く。取り出して窓から入る月明かりに照らすと、目的の金貨であることが分かった。
「表は杖を持った猫、裏には髑髏とナイフ。目的の金貨に間違いないな」
そこそこ大きな金貨であり、観賞用と『鷹目』が言っていただけあって緻密な模様が彫られている。シュウはそれをポケットに入れた。
これで二つ目の依頼も完了である。
「ぐおおおお……うぐぅ……」
「じゃ、楽に殺してやる。『
呻きながら床でピクピクと痙攣していたニムロスからエネルギーを奪った。どんな悪人でも、シュウが殺せば等しく魔力となる。ある意味、死は平等と言えた。
そして防音魔術を解除し、透過で外へとすり抜ける。
(依頼完了っと。明日にでも『鷹目』に報告だな)
財務大臣ニムロス・ブラート死亡。
更に彼の屋敷で息子カルロスが不審死しているのも発見され、四十八人の護衛が謎の失踪を遂げる。そんな大事件として、翌日のエリーゼ共和国を騒がせるのだった。
◆◆◆
翌日、シュウはアイリスを連れて酒場を訪れた。
まだ昼前であり、流石に客は少ない。カウンター席が空いていたので、二人はそこに腰を下ろす。すると、マスターが目の前にやってきた。
「『鷹目』は昨日の部屋で待っている」
「そうか。取り合えず軽めの食べ物でもくれ。丁度昼前だし」
「あ、私も同じものが欲しいのですよ!」
「……分かった」
マスターは溜息を吐くと、厨房に向かう。律儀に何かを作ってくれるのだろう。少し経つと、焼いたベーコンとマッシュポテトが出て来た。軽めと注文したからか、量はそれほどでもない。
「取りあえず喰うぞ」
「はーい」
シュウとアイリスはフォークでベーコンを突き刺し、口に運ぶ。厚切りなので噛み応えもあり、肉汁も溢れて非常に美味しかった。続いてマッシュポテトを口に運ぶが、こちらは少しパサパサしている。ベーコンの油があると、丁度良い塩梅になりそうだった。
「割といけるな」
「お肉が美味しいのです」
「そいつは自家製だ。ウチの看板メニューみたいなもんだよ」
「道理で」
マスターが少し自慢げだったので、本当に人気なのだろう。これをツマミにお酒を飲むのが、この酒場で最も人気なのだという。
ちょっと試したくなったが、この後に『鷹目』と会うので一応止めておいた。魔物が酒に酔うのかは謎なので、念のためである。
「美味しかったのですー」
「御馳走様。幾らだ?」
「そうだな……初依頼成功を祝ってサービスしてやる」
「いいのか? てか、情報速いな」
「『鷹目』の奴がやけに嬉しそうに話してやがったからな」
既にニムロス・ブラート暗殺事件は一部で騒ぎとなっている。だが、一般市民の所まではまだ情報が降りていないはずだ。マスターが知っているのは、彼が自己申告した通り、『鷹目』からの情報ということだろう。
「それなら、ありがたくご馳走になる」
「ああ、そろそろ奥に行ってやれ。『鷹目』の奴もニヤニヤし過ぎて気持ち悪かったからな」
「一気に行く気が削がれたなー」
「さっさと行け」
マスターが手で払うようにして奥へと促すので、シュウは仕方なく立ち上がった。それに続いてアイリスも立ち上がる。二人は昨日入った奥の個室を目指し、薄暗い廊下へと入っていく。流石に昨日の今日なので場所も覚えており、すぐに目的の場所へと辿り着いた。
シュウはそこをノックもせずに入る。
中にはニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべた『鷹目』が待っていた。相変わらず、仮面が胡散臭さを放っている。
「真顔に戻れ気持ち悪い」
「おっとすみませんね」
ズバッと毒を吐いたつもりだったが、『鷹目』は特に反応することなく真顔に戻った。シュウは昨日座った椅子に座り、アイリスは入ってきた扉を閉めてからシュウの隣に腰かける。
すると、まずは『鷹目』の方から口を開いた。
「まさか本当に一晩で成功させるとは驚きです。いや、本当に」
「殺すことにかけては世界一だと自負していると言っただろ?」
「はは、その通りかもしれませんね」
『鷹目』は口調こそ穏やかだが、シュウが一体何者なのかと探るような雰囲気を出していた。ただ、それは疑うようなものではなく、単なる興味のようだ。だから、シュウも特に気にせず話を進める。
「それと回収した金貨だ。これで合っているだろ」
ポケットから金貨を取り出し、机の上に置く。すると『鷹目』はそれを手に取り、両面をチェックし始めた。暫く金貨を眺めた後、『鷹目』は無言でそれをシュウに返す。
なぜ返すのかと疑問に思ったシュウは、当然尋ねた。
「間違っていたか?」
「いえ、依頼の金貨で間違いありません」
「なら何で俺に返すんだ?」
「それは既に貴方の物だからですよ」
どういうことかと首を傾げるシュウに対し、『鷹目』は説明を始めた。
「その金貨は黒猫に所属する幹部を表すものです。暗殺を司る幹部の証、コードネーム『死神』のコインですね。ちなみに私も『鷹目』のコインを持っているのですよ?」
そう言うと『鷹目』は何処からともなく金貨を取り出した。そしてシュウに見せつけるようにして表と裏をの模様を指し示す。
どうやら『鷹目』のコインは表に杖を持った猫、裏は三つ目の鷹になっているようだ。
「『鷹目』のコードネームは情報屋を意味します。他にも色々と幹部を表すコードネームはあるのですが、それは追々でいいでしょう」
「ちょっと待て。黒猫に入ったばかりの俺が幹部に? 何の冗談だ」
「冗談ではありませんよ。先代の『死神』はニムロス・ブラート財務大臣の暗殺に失敗し、金貨までも奪われてしまいました。そして暗殺を成功させ、金貨を取り戻したのですから、貴方が次の『死神』で間違いありません」
「……そういうことかよ」
シュウの中で色々と繋がった。
暗殺と金貨回収……『鷹目』は二つの依頼が重なっていると言っていたが、後者である金貨の回収は黒猫からの依頼だったのだ。『鷹目』がシュウと出会ったところまでは偶然だったのだろう。だが、シュウに殺しの才覚を見出し、モノは試しとばかりに難易度の高い任務を当てたのである。
昨日あった、マスターと『鷹目』の会話、『あまり遊ぶなよ『鷹目』』『勿論です。それに遊びではありません。期待の表れですよ』『どうだかな?』もそういう意味だったのだ。
「ニムロス・ブラート暗殺任務は試験、金貨を回収すれば好待遇をします……私は何一つ嘘など言っておりませんがね」
「確かに嘘は言ってなかったな。嘘は」
適当に裏組織で稼ぐつもりだったが、いきなり幹部級になってしまった。そのことでシュウは頭を抱えそうになる。確かに表の世界で自由に生きられるとは思っていないが、ここまでドップリと裏世界に浸かるつもりもなかった。
これはかなり予定外である。
「で……黒猫の幹部に何か義務はあるのか?」
「特にありませんよ。組織を裏切らなければ、自由に仕事してください。幹部と言っても、特別に強い力を持つ者という意味に過ぎませんからね」
「そんな大雑把なのか?」
「強いて言えば、偶に黒猫の幹部会合がありますので、それに参加して頂ければと」
新人にしていきなり幹部というのは些か不安だ。
まだ黒猫という組織のシステムにも慣れておらず、分からないことも多い。その状態で『死神』というコードネームを受け取って良いものかと悩んだ。
そんなシュウの様子を感じ取ったのだろう。『鷹目』はアドバイスを送る。
「そんなに悩む必要はありません。幹部を示すコインがあれば、黒猫の各拠点で優遇して貰えます。お得な地位を手に入れたと思えば良いのです」
「優遇? 例えば?」
「分かりやすい例であれば、優先的に報酬の良い仕事を紹介して貰えます。普通の団員は隠語を使いながら支部のマスターたちに信用して頂くのですが、幹部はこのコインを一枚見せるだけで良いので楽です。各拠点によってキーワードが異なったりしますからね。これは便利ですよ」
「なるほど」
つまり、シュウの目の前に置かれた金貨は大きな力を持っているということだ。それでいて、その力を縛る義務はほとんど存在しない。
シュウは右手を伸ばし、髑髏とナイフが描かれた金貨に触れた。
「……『死神』」
冥王アークライトとしての力を考えるならば、これほど相応しいコードネームはないだろう。少しの迷いはあったが、シュウは『死神』のコインを手に取り、握りしめた。
「いいだろう。俺が『死神』だ」
「改めてよろしくお願いします」
そしてシュウは手に取ったコインをポケットにしまう。
成り行きだが、黒猫の幹部になってしまったのだ。情報屋だという目の前の男から、ある程度は黒猫について聞いておきたい。早速とばかりに質問をする。
「幹部はコードネームがあるって言ってたよな? そもそも幹部は何人だ?」
「合計十人ですね。リーダーを含めると十一人になります」
「それぞれのコードネームは?」
「それはお楽しみということで」
「おい……」
割と重要な話だと思ったのだが、『鷹目』はニヤリと笑みを浮かべるだけだ。
シュウが眉を顰めていると、ヤレヤレと言った様子で口を開く。
「『死神』さん。私は情報屋ですよ。情報が欲しいなら、報酬が必要なのです」
「金の亡者か」
「失礼な。仕事に忠実なだけですよ」
新人から金を毟り取ろうとしているのだから、充分に金の亡者と言えるだろう。今のシュウは金に余裕があると言えないので、情報料を払うつもりなどない。
その内にでも自分で調べようと決意した。
「それならもういい。さっさと報酬金を寄越せ」
「連れないですね。まぁいいですよ」
『鷹目』は少し残念そうに報酬の札束が入った袋を取り出した。かなりの額が入っているので、これでアイリスと共に数か月は過ごせる。念のため、シュウは中身を数え始めた。
それを見たアイリスは感嘆の声を漏らす。
「わぁー。凄い大金なのですよー」
「確かにそうだな」
「ざっと聖騎士の給料二か月分ってところなのです」
「そう思えば確かに大金だな」
聖騎士はかなりの高給取りだ。その二か月分を一回の仕事で稼いだのだから、かなり割が良い。とは言え、暗殺などポンポン発生する仕事ではないので、本当に割が良いのかは微妙な所だが。
金を数え終えたシュウはそれを再びまとめて袋に仕舞う。
「ピッタリだ」
「それなら良かったですよ」
立ち上がり、部屋を出ていこうとするシュウとアイリスに向かって、最後に『鷹目』が告げる。
「私に会いたくなったら、マスターにコインを見せて伝言をお願いしますね」
その言葉を背に受けつつ、二人は部屋から出るのだった。