26話 初めての暗殺
首都アルタの酒場を出たシュウとアイリスは、貰った支度金で宿を取った。神聖グリニア、およびその属国では紙幣が流通しており、それなりの大金を貰ってもかさばらない。それだけは有り難かった。
ちなみに、取った宿は中流程度のものであり、アイリスとの二人部屋となる。
「おお! 思ったよりも綺麗なのですよ!」
「そうだな。シーツも白いし、床も目立った汚れはない。払った金額に見合う宿だな」
黒猫で貰った支度金はそれなりに多い。だが、二人で宿生活を続ければ、十日ほどで全額使い果たしてしまう。ただ、暗殺依頼を成功させれば、かなりのお金が手に入るので、贅沢しなければ数か月は過ごせるようになるだろう。
暗殺は危険度や難易度の高さもあり、高額報酬なのだ。
「シュウさんシュウさん!」
「どうしたアイリス」
「今夜はお仕事に行くんですよね……」
仕事……と濁しているが、アイリスの複雑そうな表情を見れば分かる。彼女としてはあまり暗殺という仕事が乗り気ではないのだろう。元々、聖騎士になろうと考えるほどの心意気を持っていたのだ。気持ちは分からなくもない。
シュウはそんなアイリスの内心を想像しつつ真面目に答えた。
「ああ、だがこれは――」
「だったら私の体でベッドを温めておくのです! 帰ったら美少女の体温に包まれて眠れるのですよ! どうです? 楽しみでしょう!」
「――俺の心配返せアホ」
「痛いっ!?」
シュウは速攻でアイリスに手刀を振り下ろした。心配して損である。
好意を向けてくれるのは有り難いが、時と場合を考えて欲しかった。
「ベッドは二つあるだろ。寝るときは別だ」
「ふっふーん。そんなことを言っていられるのも今の内なのです。夜の男は狼だと相場決まっているのですよ!」
「残念だったな。俺は食欲、性欲、睡眠欲が皆無の霊系魔物だ。たとえ隣で美少女が寝ていたとしても襲う気にならんな」
「なの……です……ッ!?」
なので、アイリスのお色気作戦は初めから成功するはずもなかった。
「この辺りが残念娘たる所以だよなぁ」
「うぅ……」
「そう嘆くな。お金が手に入ったらアルタの観光にでも連れて行ってやるから。議会堂の庭が有名な観光地だったよな?」
「本当なのです?」
「本当だぞ」
「じゃあ、大人しく待っているのですよー」
アイリスはそう言いながら、ベッドの上に転がる。
そこからシュウを見つめる目は、少しだけ輝いて見えた。実に単純だとシュウは呆れそうになるが、これこそがアイリスらしいと考え直す。
そんなところも可愛らしいと思えば、少しは見方も変わってくる。
魔装の力で不老なので、実はアイリスが二十歳であることは忘れることにした。永久に生きることが出来ると思えば、二十年などまだまだ子供である。
(ニムロス・ブラート財務大臣暗殺、そして金貨の回収ね……『鷹目』からターゲットの自宅も教えてもらったし、すぐに片付くだろ)
月も眠る深夜となるまで、シュウはアイリスと歓談するのだった。
◆◆◆
町が静まり返る深夜。
まだ電気が普及していないこの世界では、既に就寝時間である。つまり、暗殺者の時間だった。
「さて、行くか」
隣で眠るアイリスを一撫でしてからシュウは立ちあがる。
そして霊体化し、すり抜けて宿の屋上に出た。明かりとなるのは月と星だけ。夜行性の動物が鳴く音以外は何もない。
(あっちか)
霊体化していると魔力光で少し目立つため、実体化して屋根を走った。可能な限り音が無くなるよう走っているつもりだが、意外と難しい。この辺りは要練習だろう。
それでも屋根を駆けつつ、シュウは高級住宅街を目指す。その地区はいわゆる豪邸が並び、高級な店舗が乱立する地区であり、財務大臣でありながら横領しているニムロス・ブラートの邸宅もここにあった。
(この辺りからは警備が厳しくなるな……注意しないと)
そして高級住宅街では盗難が心配される。
故に警察にとっては要警戒の地域であり、定期的に夜警が回ってくるのだ。それを避けながら移動しなければならないので、意外と気を使う。魔力感知があるので苦労はしないが。
(獅子の彫り物が置かれた正門……ここだな)
『鷹目』に言われたブラート邸の特徴を思い出し、それと照らし合わせる。どうやらここで間違いないと判断で来たところで、シュウは侵入方法を考え始めた。
(正面門には門番、恐らく庭にも見張がいるな。透過を使うと魔力光で目立つか……)
魔力を感知できる範囲で、既に見張りが三十人以上もいる。つまり、邸宅を囲む壁を抜けるにしても、透過を使うとバレてしまう可能性が高い。かと言って、飛び越えても同じだ。
暗殺という仕事である以上、見つからないようにするのがセオリー。
恐らく、以前に失敗した暗殺以降、警戒を増やしているのだろう。それをバレずに突破するのは中々に難易度が高い。
(死魔法で全員殺すか? 死魔力で死体を消滅させれば、証拠も残らないし)
物騒だが、アリと言えばアリだ。
金貨を探すにしても、コソコソと屋敷を探し回るのは面倒である。もしくはターゲットのニムロス以外を殺害し、金貨の場所を吐かせるのも有効だ。
シュウはその案で行くことを決める。
(まずは門番からだ。――『
正門を守っていた四人の門番は死魔法によってエネルギーを全て奪われ、一撃で死に至った。これが王の魔物が操る
概念にすら作用する究極の力である。
シュウはすぐに死魔力を生成し、それを飛ばして四つの死体を消去した。死魔力は死の概念が宿った魔力であり、これに触れると問答無用で物質は死ぬ。抵抗すら許されずに朽ち果て、塵になるのだ。
死体が全て消滅したのを確認し、シュウは加速魔術で正門を飛び越えた。
(六人を知覚……『
ブラート邸を守る警備兵は一撃で殺され、エネルギーを魔素としてシュウに吸収される。シュウは吸収した魔素を元にして死魔力を作り出し、死体を消滅させた。
これで合計十人。
(次だ)
こんなところで止まっている暇はない。次にシュウは庭を移動し、別の場所を見張っていた警備兵五人に死魔法を行使した。一言も発することが出来ず死体となった五人を死魔力で消滅させる。
その調子で次々と警備兵を始末していき、合計四十八人がこの世から消滅した。
後はブラート邸内部だけとなる。
(一応、内部にはライバル組織に所属している護衛がいるんだっけ?)
ニムロスは暗殺から身を守るために、自分の護衛を闇組織に任せている。その組織は黒猫とライバル関係にあるので、ここで始末しておくとシュウにとっても良い結果となるだろう。
そう決意したシュウは、霊体化して浮遊する。既に庭の警備兵は始末しているので、霊体化して魔力光を少し放ったところで見つかることはない。そのまま邸宅の二階へと透過で侵入した。
(確か三階が使用人の住み込み部屋だったか。使用人ぐらい、見逃してもいいだろ)
外の警備兵を皆殺しにしておいて今更だが、シュウはそんなことを考える。邪魔になるならともかく、意味もなく殺害するのは気が引けた。
ニムロスの寝室は二階にあるということしか分かっていないので、一つ一つの部屋を調べることにする。邸宅の二階にはおよそ十八の部屋があり、一つずつ調べるのは割と面倒くさい。だが、これも必要なことだと割り切った。
まず、一つ目の扉の前に立つ。
そしてノブを回そうとしたが、鍵がかかっているのか回らなかった。
(仕方ない)
シュウは透過で侵入する。
するとそこでは一人の男が四人の女を相手に夜の行為をしていた。
「はぁ……はぁ……」
「やめて! 痛い! うあああっ!」
「へへへ、止めるかよバーカ。テメェらは俺様の奴隷だ!」
「違……私には彼氏が――」
どうやら部屋自体が防音になっていたらしく、外にいた時は全く気づかなかった。そして男が今犯している女以外は気絶しており、体中に色んな体液を付着させている。
この様子を鑑みるに、恋人同士というわけではないだろう。
(ニムロス・ブラートの息子、カルロス・ブラートか)
議員としての権力を使い、息子の罪を揉み消しているという情報もあった。女を攫い、こうして無理矢理犯しているのも、揉み消されている罪の一つだろう。
百害あって一利なし。
有罪判決だった。
(死ね)
「ひゃひゃははは、うぐっ!?」
死魔法によってカルロスは息絶えた。そのままベッドから転がり落ち、目を剥いたまま動かなくなる。犯されていた女も急なことで驚いたのか、キョトンとしていた。
そしてシュウは女に見つからないよう、すぐに透過でその部屋から出る。
(次だ次)
カルロス殺害はついでなので、本命であるニムロスを探しに行く。そして二つ目の部屋に透過で侵入するも、そこは犬が数匹眠っていた。どうやらペットの寝室らしい。無視して次の部屋に行く。
三つ目、四つ目、五つ目……と透過で部屋を回り、遂に十二個目。
これまでとは一線を画する大きさの部屋に出た。
その部屋の隅には巨大なベッドが備え付けられており、その上には豚ではないかと思うほど太った男がいびきをかいて眠っている。
(もしかしなくとも……コイツだな)
ニムロス・ブラートの特徴は太った体と口髭、そして禿げた頭部だ。
眠っている男はその特徴とぴったり合う。
取りあえず金貨について尋問しようと考え、振動魔術を展開して防音状態にする。そしてニムロスへと近づき、叩き起こそうとした。
だが、その途中でシュウは不意に何か結界のようなものに触れたと気付く。流石は暗殺対象に選ばれるほど腐敗した議員だ。この手の対策はバッチリだったらしい。警戒音が鳴り、ニムロスのベッドが強固な防御結界に囲まれた。
同時に、寝室の奥扉が開け放たれ、三人の男たちが侵入してくる。どうやら奥扉の向こうに護衛を控えさせていたらしい。
「賊だ。仕留めるぞ!」
「おうよ」
「腕が鳴るぜ」
無手の男がシュウの正面に立ち、結界で守られたニムロスを守るような立ち位置を取る。二人目は窓側へと移動し、逃走を防止。三人目は扉側に移動し、同じく逃走を防止するとともにシュウの背後を取った。
その騒ぎにニムロスも目を覚ましたのか、飛び起きる。
「何事!?」
「あー……賊ですぜ。落ち着いてくださいよ旦那」
「何! 懲りずにまた……捕えて拷問を掛ける。殺すなよ」
「厳しいご注文で」
「ええい! グダグダと文句を言うな! 何のために大金で雇ったと思っているグレッグ!」
グレッグと呼ばれたのがシュウの正面に立つ男だ。彼はニムロスの要求に肩を竦めつつ、魔力を右手に集めた。すると収束した魔力が形を成し、ナイフの形をした魔装が顕現する。
つまり、グレッグは魔装士だった。
それに続いて他の二人も魔装を発動する。窓側にいる男がギザギザの刃を持つ剣、そして扉側の男は変身型の魔装なのか狼男のような姿となっていた。
恐らくは聖騎士でもない魔装士。
黒猫に対抗してニムロスが雇った闇組織所属の護衛なのだろう。
「一応、警告しておいてやるぜ。さっさと投降して情報を吐きな。そうすれば楽に終わる」
三対一であり、絶対の有利を感じていたのだろう。グレッグはシュウに忠告する。
だが、そんな三人に対してシュウは無言のまま死魔法を行使した。
(愚かだな。『
当然、グレッグたちは糸の切れた人形のようにバタリと倒れる。シュウは自分の内部に魔力が蓄積されるのを感じながら、そのままニムロスの方へと歩み寄り、彼を守る結界に手を触れた。
「ひっ!? どうしたのだグレッグ! 早く立ち上がれ。儂を守れ!」
しかしグレッグたちが返事をすることはない。
何故なら、シュウが殺したのだから。
「そ、そうだ! 儂にはこの結界がある! 神聖グリニアから取り寄せた最新式の結界魔道具を破れるものなら破って――」
「馬鹿が」
シュウはその一言と同時に死魔法を使い、結界を殺した。つまり、エネルギーを魔素として奪い取ったのである。どんなに強固な結界でも、エネルギーがなくては動かない。
つまり、ニムロスを守る者は完全消失した。
「ひぎゃああああああああああああ! 誰か! 誰か儂を助けろおおおおおおおおお!」
ニムロスは無様に叫ぶが、この部屋にはシュウが防音魔術を張っている。全力の叫びすら、気付かれることはないのだ。
そんなニムロスは一歩ずつ近づいてくるシュウに恐怖を覚えたのだろう。半狂乱となり、護身用のナイフを手に取って振り回し始めた。
「こ、この儂を誰だと思ってる! エリーゼ共和国の財務大臣ニムロス・ブラートだぞ! 下がれ、下がれ無礼者おおおおおおおおおおおおおおおお!」
「煩い。それとナイフ邪魔」
「ぎゃああああああああああ!?」
シュウは《
煩く叫び続けるニムロスをシュウは移動魔術で床に転がし、背中を足で踏みつける。
「うぎゃああああああああ! ぎゃああああああああああ!」
「死ぬと拙いし、止血ぐらいはしてやるか」
「あああああああああ! ああああああああああああああ!」
加速魔術と振動魔術を発動させたシュウは、分子振動の加速させて加熱する。これによって両腕の切断面を焼き、止血した。ニムロスは激痛で叫ぶが、シュウは容赦しない。
もはや暗殺というよりも惨殺のようである。
だが、これも二つ目の依頼である金貨回収に必要なことだ。
「さてと、そろそろ黙れ」
シュウは早速とばかりに尋問を始めるのだった。