25話 闇組織
闇組織・黒猫の一員を名乗る仮面の男は、倒れて呻くチンピラたちに侮蔑の目を向けていた。
「そこの男たちは黒猫が背後にいると騙って悪事を行う不届き者でしてね。制裁しようと機会をうかがっていたのですよ。それを貴方に見抜かれてしまったということです」
「へぇ、そうか」
シュウは警戒を解かずに返事をする。
裏の組織だと名乗っているのだ。警戒を解くなど有り得ない。また、闇組織ということは可能な限り知られたくないはず。それを明かしたということは、何かあるに違いないと確信していたのである。
シュウの警戒に気付いているのか、仮面の男は両手を上げて何もしないという意を示した。
「そんな目を向けないでください。こうして私が身分を明かしたのは理由があってのことです」
「理由ね……」
「ええ、実は貴方を黒猫に勧誘しようと思いまして」
「俺を?」
「はい」
それを聞いたシュウはますます警戒を強めた。裏組織とは言え、こうも簡単に勧誘されると違和感を覚えてしまう。シュウの腕の中で、アイリスも警戒の目を向けた。
二人の反応を見て、仮面の男は少し慌てる。
「落ち着いてください。先程、チンピラたちを倒した手際、そして私の隠れ蓑を破った知覚能力を買っているのですよ」
「へぇ? 俺たちがお前を捕まえて警察に突き出すとは思わなかったのか?」
「その時はその時なので、逃げさせて貰います。ですが、貴方からは表の人間ではない特有の空気というものが出ているのです。そんな人物が真っ当なことをするとは思いませんので」
「……」
シュウが表の人間ではない……それは確かだ。
裏で生きる人物というほどでもないが、疚しい部分があるのも事実。男はシュウのそういった雰囲気を見抜いたらしい。とんでもない観察眼だった。
「我ら黒猫はいろんな仕事をこなします。子守、輸送、密売、護衛、暗殺……貴方に合った仕事を斡旋しますよ。表で生きていけない人がお金を得られる、良い場所だと思いますがね」
それを聞いたシュウは少し気持ちが揺れた。
現在無職無収入ということもあり、仕事が出来るのは嬉しい。そもそも、自分もアイリスも教会から追われている身であり、真っ当な職業に就けるとは考えていない。これを逃すのは少し惜しかった。
「どうするアイリス。俺はアリだと思うが」
「でも犯罪ですよ?」
「今更だな。俺は何万もの人間を都市ごと滅ぼしている」
「そうでした」
シュウは腕に抱えたアイリスと小声で話し合う。目の前にいる男は、シュウを黒猫のメンバーとして誘っているようだ。つまり、アイリスは無関係と言える。
「ある意味チャンスだ。話は受けるぞ」
「分かったのです。私はシュウさんに付いていくのですよ」
「……悪いな」
元はと言えば、自分のせいでアイリスも魔女認定されたのだ。本格的に裏世界へと関わらせることに、少しは抵抗もある。
だが、シュウはだからこそ決意を固めて答えた。
「いいだろう。黒猫に入らせて貰う」
「即決ですか。良い判断力です」
ニヤリと笑みを浮かべた仮面の男は、早速とばかりにシュウへと告げた。
「では、後ろにいるチンピラを抹殺してください」
「ああ」
言われるがままに、シュウは『
流石にこの光景には男も驚いたのだろう。
唖然としていた。
「どうした? 始末したぞ。早く黒猫へと案内しろ。どうせ連れて行くつもりだろ?」
「え、ええ……」
予想外にとんでもない人物を引き込んでしまったのかもしれないと仮面の男は悟る。だが、後悔しても遅い。良い人員をスカウトできたとポジティブに思うことで恐れを祓った。
「こちらです。ついて来て下さい」
「行くぞアイリス」
「はーい」
そして三人はその場から去る。
残るは汚物の匂いと、三人分の死体だけだった。
◆◆◆
シュウとアイリスが案内されたのは意外にも表通りにある酒場だった。仮面の男は堂々と扉を潜り、マスターへと挨拶する。
「やぁ、奥は空いているかい? 新しい葡萄酒を頼むよ」
「……いつもの部屋が空いている。好きに使え」
「ありがとうマスター」
仮面の男がそのまま奥へと向かって行ったので、シュウとアイリスもそれに続いた。シュウはその時、酒場のマスターへと一瞬だけ目を向ける。
髪を全て剃った頭部には生傷が残っており、痛々しさを覚えた。猛禽類のような目つきを見ると、どうやらこのマスターも裏で色々やっていると想像できる。つまり、黒猫とこの酒場はグルなのだ。シュウはそのように考えた。
(しかし表通りとは意外だったな。いや、だからこそ盲点になるのか)
店自体は普通に経営されており、一般客も多かったように思える。恐らく、特定の隠語をマスターに使うことで黒猫としての側面を見せてくれるのだろう。
酒場の薄暗い通路を通り、シュウとアイリスは奥へと案内される。
辿り着いた部屋はそこそこ広い個室で、中はランプが一つ灯されているだけだった。どうやら防音になっているらしく、壁は分厚そうに見える。
「適当に腰を掛けてください」
「分かった」
シュウは近くの椅子に座り、アイリスはその隣に腰を下ろす。
仮面の男は机を挟んで対面の位置に座り、口を開いた。
「まぁ、早速ですが、正式な黒猫となるために試験があります」
「試験だと?」
「ええ、実力を見るための依頼ですね。具体的には、この都市に住むとある議員を暗殺して欲しいのです」
「いきなり殺しか」
眉を顰めるシュウに対し、仮面の男は笑顔で返した。
「いやぁ、先程チンピラ共を仕留めた手際は素晴らしかったのですよ。まさにピッタリではありませんか?」
「……否定はしない」
事実、シュウは冥王だ。死魔法を使えば簡単に生物を殺せる。また、霊体化することでどこにでも侵入可能だ。まさに暗殺向けの能力だろう。
「その議員とやらを殺せば完了か?」
「ええ。追加で言えば、彼が保有する金貨を一枚盗むと尚良いですね」
「金貨?」
「はい。通貨として使用されているものではなく、観賞用の金貨です。まぁ、貨幣なんて帝国とその属国でしか使われていませんけどね。この辺りは紙幣が一般的ですし。あ、金貨は表に杖を持った猫、裏には髑髏とナイフが刻まれていますので」
「そちらは最悪、なくてもいいのか?」
「はい、実を言うと暗殺と盗みの依頼が二つ重なっているのですよ。盗みの方も大事なんですが、暗殺は一度失敗していますので手早く済まさないと依頼主から怒られるんですよねぇ」
苦笑を浮かべる仮面の男の言葉を信じるなら、シュウが暗殺する議員は黒猫によって暗殺未遂にあっている。つまり、それだけ警戒されているということだ。
かなり難易度が高い。
それを苦笑だけで試験にしてくるのだから、仮面の男も人が悪いのだろう。
「……まぁいい。余裕があれば金貨も探しておく」
「ええ、お願いしますね。もしも金貨を持って帰って下されば、入団後の対応も良いものとなりますので」
「ほー、なるほどね」
それを聞くと少し興味が湧く。
無理をせずに挑戦してみようとは思えた。
「そろそろ葡萄酒が運ばれてくると思います。お酒でも飲みながら暗殺依頼について説明しましょう。今回は試験という面もありますし、支度金も幾らかお渡しいたします」
「ああ、頼む。それとこの話を聞いているアイリスだが……」
「はい?」
シュウは隣に座るアイリスに目を向けてから、再び仮面の男へと視線を戻しつつ言葉を続ける。
「コイツは俺の相方だ。便宜上、黒猫では俺の配下として扱え」
「問題ありませんよ。黒猫の情報を漏らすようであれば、話は別ですが」
「それでいいなアイリス」
「えっと、はいなのです」
戸惑いつつもアイリスは返事をする。
すると、そこで扉がノックされて酒場のマスターが葡萄酒を持ってきた。
「注文の酒だ」
「ありがとうございますマスター」
「……こいつらが新入りか?」
「ええ、まだ仮団員ですが」
マスターはシュウとアイリスを見定めるような目つきになる。暫く二人を見つめた後、持ってきた酒をテーブルに置いて部屋を出ていこうとした。
そして去り際に一言だけ仮面の男へと言葉を投げかける。
「あまり遊ぶなよ『鷹目』」
「勿論です。それに遊びではありません。期待の表れですよ」
「どうだかな?」
そんな会話をしてマスターは部屋を出ていった。
シュウは扉が閉じられるのを見計らい、男へと問いかける。
「『鷹目』ってのは?」
「私のコードネームのようなものです。貴方たちも私のことは『鷹目』と呼んでください」
「コードネームねぇ……」
闇組織らしいと言えばそうなる。
『鷹目』と呼ばれるこの男は、そのコードネームから察するに観察する系統の仕事を得意としているのだろう。つまり、諜報や調査といった情報収集だ。もしくは獲物を狙うという風に解釈することで、暗殺系の仕事がメインだとも考えられる。
「まぁ、私のようにコードネームが与えらえるのは幹部級の実力者だけですよ。貴方はあまり気にしなくても構いません。任務をこなせば自然と貰えるようになるでしょうからね」
「そんなもんか……」
シュウとしては少しだけそういったものに憧れてしまう。
だが、そんな内心は表情に出さず、『鷹目』へと質問を投げかけた。
「葡萄酒も来たんだ。暗殺依頼について教えてくれないか?」
「そうですね。では早速ですが仕事の話に入りましょうか」
『鷹目』はグラスへと葡萄酒を注ぎ、それをシュウ、アイリス、そして自分の目の前へと置く。そして一口だけグラスの酒を流し込んでから話し始めた。
「まず初めに、依頼主は私の口から明かせません。知りたければ独自に調べてください。もしくは、口止め料以上の金を払ってくだされば、私から話しましょう」
「別にいい」
「そうですか」
今はお金がないので、そう言ったことはスルーする。
しかし、今のやり取りで『鷹目』が情報を扱うエキスパートであると予想できた。
「ではターゲットの話をしましょう。今回の暗殺対象はエリーゼ共和国の議員の中でも財務を扱う地位に就いている人物です」
「へぇ。なら、その地位を利用して横領……なんて感じか?」
「そのようですね。しかも横領したお金で賄賂を贈り、自分の罪を他人に着せたりもしているようです。裁判官なども買収済みと調べがついています。後は息子の罪を揉み消したりもしていますね。まぁ、典型的なクズ議員という奴ですよ。こういった暗殺対象なら、初めてでも良心が痛まないでしょう?」
「まぁな」
法で捌けない罪人に裁きを。
これが今回の依頼ということだろう。
既に大虐殺をしてしまったシュウでも、多少の良心は残っている。暗殺するにしても、善人よりは悪人の方がいい。
「それで……一度黒猫では失敗しているんだってな?」
「ええ、誠に遺憾ながら。今回のターゲット、ニムロス・ブラート財務大臣は横領した大金を注ぎ込み、優秀な護衛を雇っているのです。その護衛は黒猫のライバルにあたる闇組織所属でしてね……それなりに優秀な魔装士だということは分かっています」
「ライバル組織があるのか?」
「元々、黒猫は帝国発祥なので……この神聖グリニアの支配が強い東側ではまだ立場が弱いのです。いや、お恥ずかしい」
それを聞いたアイリスは『どの口が……』と内心で思う。
神聖グリニアでは聖騎士が積極的に闇組織に所属する魔装士を排除しているので、弱小の闇組織はすぐに潰れてしまう。結果として、大規模で強力な戦力を揃えている闇組織が残っているのだ。
つまり、東側で活動できているだけで『黒猫』の影響力が窺える。
立場が弱いと言っても、それはとんでもない謙遜だ。
ただ、そんな事情を知らないシュウは素直にそれを信じたが。
「それじゃあ、今回の暗殺依頼はライバル組織の力を削ぐ依頼でもあると?」
「結果論ですが、そうなりますね」
「まぁ、いい。機会があれば、その護衛とやらも殺しておいてやる。これから所属する組織の力は強い方が何かと便利だ」
「ほほう? 自信あり気ですね」
「殺すことにかけては世界最高だと自負しているからな」
誇る様子もなく、当然と言った様子でその言葉を紡いだシュウに『鷹目』は動揺しかけた。事実、シュウは死を司る冥王だ。最も死の概念に近く、それを操ることに長けている。
今の言葉は紛れもない事実なのだ。
「取りあえずターゲットの家を教えろ。今晩の内に殺してきてやる」
シュウは真っすぐ『鷹目』を見つめながら、淡々とそう告げるのだった。