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24話 黒き傷跡

2章です

また暫くは毎日更新します。


 ラムザ王国の王都が消滅してから八日後。

 神聖グリニアから派遣されていたSランク魔装士セルスター・アルトレインの部隊が到着した。彼らは、王都の惨状を見て驚愕することになる。



「アルトレイン団長、報告します……」

「ああ、頼むよ」

「生存者は確認できず、王都があったと思われる場所には瓦礫一つありません。跡から察するに、凄まじい威力の魔術で消滅させられたと考えるべきかと」

「やはりね」



 セルスターは唇を噛んだ。

 神子姫の予言に従い駆け付けるも、既に時遅し。ラムザ王国首都は綺麗に消失していた。跡地として残っているクレーターは接近が難しいほど冷えており、氷の禁呪でも使用されたのではないかと思わされる。しかし、炎の魔術で吹き飛ばされたかのような傷跡であるため、どんな魔術が使用されたのか見当もつかなかった。

 そもそも、瓦礫一つ残さないほど綺麗に都市を消失される魔術など存在しない。

 神呪と呼ばれる第十五階梯魔術でも、可能かどうか不明だった。

 しかし、王都を跡形もなく消失させたのだから、発動された魔術は暫定で神呪と断定できる。間違いなく『王』の魔物が出現したのだろう。

 つまり、冥王アークライトと名乗った魔物は、間違いなく王なのだ。



「本国から新しい連絡はありましたか?」

「いや、特にはなかったよ。寧ろ本国がこちらからの情報を求めているほどだね」

「謎の王……冥王アークライトですか……」



 遠距離で通信できる魔道具を持たされているので、セルスターは神聖グリニア首都にあるマギア大聖堂と密に連絡を取っている。距離が長くなるほど大量の魔力を消費するのだが、覚醒した・・・・Sランク魔装士であるセルスターならば問題なかった。



「新しい命令も預かっているよ」

「……それは?」

「僕たち封印聖騎士団は冥王アークライトを調査し、可能ならば討伐する」

「無茶苦茶です。冥王アークライトは最低でも災禍ディザスター級。ラムザ王国軍が崩壊していることを考えれば破滅ルイン級です。災禍ディザスター級ならばともかく、破滅ルイン級だったならば我らの部隊だけでは……」



 魔物の等級に関する定義では、災禍ディザスター級はSランク魔装士一名で討伐できるレベルだ。だが、破滅ルイン級にもなれば軍隊での討伐は不可能となり、複数名のSランク魔装士を必要とする。

 冥王アークライトの強さがハッキリしていない今、調査はともかく討伐は無茶苦茶な命令だった。



「仕方ないさ」



 しかし、セルスターは肩を竦めながら答える。



「それだけ本国は新しい王を警戒している。神子姫が厄災だと予言した存在だからね。討伐して欲しいと願ってくるのは当然だよ」

「ですが……」

「ラムザ王国の教会から最期の通信を受け取った時、冥王は『死』を操るって話だった。これを元に調査したいと思う」



 そう言い切るセルスターの姿から、決意を感じ取ったのだろう。

 副長でもある部下の聖騎士もこれ以上は追求しなかった。



「では、本日はここで野宿をして、明日から周辺都市や国家へと足を延ばしましょう。何か情報が得られるかもしれません」

「そうだね。冥王は教会を裏切った魔女と共にいるらしい。だから必ず食料調達のために街へと足を踏み入れるはずだよ。男女の二人組を中心に捜査してくれ」

「了解です」



 返事をした副長はその場から去り、キャンプを準備している他の聖騎士や従騎士たちの元へと駆けていく。その後姿を眺めつつ、セルスターは思いに耽った。



(罪なき人々を殺戮した魔の王……必ず僕が討伐する)



 セルスターの眼は決意に満ちていた。













 ◆◆◆












 事実上崩壊したラムザ王国の北西部には、エリーゼ共和国と呼ばれる国がある。この国も神聖グリニアの属国であり、魔神教を国教とする共和制の国だ。

 各都市で選挙によって選ばれた議員が国を取り仕切り、固有の軍隊は持たず、外部への戦力は教会の聖騎士に委ねている。その代わりに警察組織が存在しており、定期的に見回りをしているので表向きは治安の良い国だった。

 ただし、裏では横領や政治的不正も多く、そう言った面で問題を抱えている。議員たちによる派閥争いも激しく、平気で暗殺が行われるような国だった。

 そんな国の首都アルタにシュウ・アークライトとアイリス・シルバーブレットは入り込んでいた。



「ここが噂のアルタか」

「観光地として有名なのですよ! 議会堂は庭が解放されていて、そこで食事や遊戯を楽しむ観光客も多いのですよ」

「へぇー」



 この国は警察組織による内部の治安維持が発達しており、観光で収入を得ているせいか、街に入ること自体は簡単だった。特に税も取られず、身分証明書の提示も必要ない。城郭で囲まれた都市としては珍しいと言えた。

 道路も舗装されており、街並みも整って美しい。

 道行く人々にも笑顔が見られた。



「シュウさんシュウさん見てください! パンに具材を挟んだ名物料理が売ってあるのですよ!」

「分かった分かった。欲しいなら買ってこい」

「わーい」

「子供かお前は」



 実は二十歳のアイリスに呆れつつ、シュウは彼女を送り出す。

 その間にシュウは近くにあったベンチを確保し、そこで座って待つことにした。どうやらこの通りは観光客を相手に商売する店が多く、屋台のようなものも大量に並んでいる。まるでお祭りだった。

 道行く人々も多く、通り全体が賑わっている。



(それにしても……金がない)



 シュウは楽しそうにしている観光客たちを眺めつつ内心で吐露した。魔物であるシュウは当然ながらお金など所持しておらず、仕事を必要としている。

 ちなみに、アイリスがお金を持っているのはアルタへと来る途中で商人を魔物から助けたからだ。シュウは無視しようとしたのだが、アイリスは助太刀に入り、風魔術で一掃。そのお礼としてお金をもらったのである。



(俺は食糧費が必要ないとしても、アイリスには必要だからな……どうにかして稼がないと)



 せめてアイリスを養えるようにならなければ、男が廃る。成り行きとは言え、アイリスを助けたのだ。教会から魔女認定されているアイリスを守ることは自分の責務だと考えている。

 また、アイリスから好意を向けられていることも理由の一つだ。

 人間と魔物という異種族間の恋であることを除いても、何も返せないのは情けない。今のところ、アイリスはやはり手のかかる妹のように思ってしまう。好意を好意で返せないのなら、せめて養えるようになりたいというのが本音だった。



「……それにしても遅いな。食べ物を買うだけに時間かけ過ぎだろ」



 ふと考え事を止めたシュウはアイリスの姿を探す。人混みのせいで探しにくいが、魔力感知を使えばアイリスの魔力を探すことが出来るだろうと思ったのだ。

 アイリスは高ランクの魔装士であり多くの魔力を保有している。探知でもすぐに引っかかるだろう。

 そう高を括っていた。



「………」



 シュウは十秒近くアイリスの魔力を探したところで嫌な予感に囚われる。

 まさか、少し離れた程度で……そんなはずはないと思いたかった。



「…………あいつ、迷子になりやがった」



 完全に忘れていたが、アイリスは方向音痴だ。加えて言えばポンコツだ。アホの子だ。

 この短時間で迷子になれるとは予想外であり、シュウも慌てる。



(……アイリスの魔力はあっちか)



 取りあえず感知を広げて見知った魔力を知覚し、シュウはそちらへと向かう。人が多いせいで中々進まないが、急げば追いつけそうだ。

 流石に街中で霊体化することはできないので、今のまま探すしかない。

 始原魔霊アルファ・スピリットに進化しても、こんな時には役に立たなかった。



「見つけたら説教してやる」



 そんなことを呟きつつ、シュウはアイリスの元へと急ぐのだった。











 ◆◆◆









「うーん……困ったのです」



 アイリスは買ったばかりのパンを食べつつ、唸り声を上げていた。

 立ち並ぶ屋台に引かれて歩く内にシュウを見失い、シュウを探す内に見知らぬ路地に迷い込み、勘で近道しようと裏路地に入ったことで帰り道すら分からなくなった。

 典型的なポンコツ迷子である。



「ちょっと治安の悪そうなところに来てしまったのですよー」



 エリーゼ共和国の治安が良く、アルタが観光に力を入れていたとしても、輝かしい場所のどこかには影が出来上がる。ここはアルタのスラム地区に通じる裏路地であり、滅多に人も訪れない。来る人と言えば、裏に通じた人物やチンピラぐらいである。

 つまり、可愛らしく、綺麗な服を着て、世間知らずな雰囲気をだすアイリスは格好の的なのだ。



「よぉ、お嬢さん。こんなところでどうしたぁ?」

「ひゃひゃひゃ……旨そうな物を食ってんじゃねーか」

「ここは冒険するような場所じゃねぇぜ?」

「はい?」



 背後から声を掛けられ、アイリスは間抜けな声を上げる。振り返ると、ガラの悪そうな男が三人も立っていた。薄汚れたボロボロの服装であり、身体にも汚れが多い。浮浪者と呼ぶに相応しい格好だった。



「中々可愛いじゃねぇか。なぁ?」

「おうよ。いいところに案内してやるぜぇ」

「たっぷり気持ちよくしてやんよ。ぎゃはははは」



 流石にアイリスも二十歳だ。ポンコツではあるが、状況が分からないほど世間知らずではない。元は聖騎士ということもあり、三人の男たちがどういう目的で近づいているのか予想できた。



「ダメですよー。私がこの身を捧げたいと思っている人は決まっているのです!」

「おいおい……つれねぇなぁ」

「そんな奴よりも楽しませてやるぜ?」

「尤も、拒否権なんてないけどよぉっ!」



 男たちはアイリスを逃がすつもりなどない。

 その言葉を皮切りに襲いかかってきた。しかし、アイリスは冷静に魔術を発動する。



「風の第一階梯《衝撃インパクト》なのです」

『ぎぎゃあっ!?』



 不可視の衝撃に吹き飛ばされ、男たちは地面を転がる。一瞬で展開された魔術陣を見たことで、男たちはアイリスが魔術を使うと悟った。

 しかし、使用されたのは第一階梯。

 それほど強い魔術とは言えない。

 現に男たちも鈍痛がする程度で、大きな怪我はなかった。これによって男たちは激昂する。



「テメェ! 俺たちを怒らせたな?」

「もう叫んだって赦してやらねぇぜ? まぁ、誠意を見せるんだったら考えなくもないからなぁ」

「おうよ。俺たちにゃぁ裏ギルド『黒猫』がバックについてんだ。後悔しても遅いぜぇ?」

「……『黒猫』?」



 アイリスは眉を顰めつつ小さく呟いた。

 それは元聖騎士だからこそ知っている有名な裏組織。神聖グリニアとその属国のみならず、西の帝国にも勢力を伸ばしている大組織だ。その実態は全くと言って良いほど知られておらず、証拠を掴んだと思っても猫のように腕からすり抜けてしまう。

 モグリの魔装士も多数所属しているとされており、教会や国軍以外に魔装士の所属を認めない魔神教は『黒猫』を追っていた。



(こんなチンピラのバックに『黒猫』が?)



 そんなことを思った一瞬、アイリスは気が逸れた。



「悪いがこのアホ女は俺のモノなんでな。お前たちにはやらんよ」

「うがっ!?」

「ぎゃあああああ」

「げふぅっ!?」



 何処からともなくシュウが現れ、一瞬でチンピラたちを無力化したのである。

 ここで殺さないあたり、一応は気を使っているのだろう。骨の数本は折れているだろうが。



「あ、シュウさん」

「このアホ」

「あいたーっなのです!」

「速攻で迷子になるな」



 手刀で頭を叩かれたアイリスは、痛む頭部を抑えつつ涙目になる。だが、シュウは容赦なかった。何度も軽く手刀を振り下ろし、説教を続ける。



「お前はなんであの一瞬で迷子になるんだ? あ?」

「痛い、痛いのですよー! そんなに叩くと馬鹿になるのです!」

「それは元からだろ」

「酷いのですよーっ!?」



 逆襲とばかりにポカポカと殴りながらアイリスは抗議するも、シュウはそれを全て受け流す。

 背後で呻いているチンピラ三人衆など完全に放置だ。



「しかもご丁寧に裏路地に迷い込むな。せめて大通りで迷え」

「む……近道しようと思ったのですよ」

「それは典型的な迷子のパターンだっての」



 もはやシュウは呆れ顔である。

 だが、その顔つきは急に鋭くなった。シュウは右手に魔力を集め、無系統魔術の一種である魔弾を作り出す。それを裏路地の壁に向かって放った。

 すると、壁の模様が魔弾を回避する。

 正確には、壁の模様と一体化していた何かが回避したのである。



「シュウさん?」

「静かに。何者だ?」



 シュウは急いでアイリスを抱き寄せ、未だに壁の模様に擬態している何かへと問いかける。すると、その壁模様は崩れ去り、黒い衣服に身を包んだ仮面の男が姿を現した。仮面は目と鼻だけを隠すタイプであり、口の動きは見えている。



「おやおや。まさか私の擬態が見抜かれるとは……恐ろしい魔力感知ですね」

「風の第二階梯《風防壁ウィンド・ヴェール》のアレンジってところか。何者だと言っている。早く答えろ」

「警戒しないでください。私はそこに倒れているチンピラに用があるのです」

「そいつらに?」



 シュウは首を傾げた。

 安っぽいチンピラだと思っていたが、実は凶悪犯だったのではないかと一瞬だけ考える。だが、すぐにそれを否定した。重犯罪を犯す者特有の雰囲気がなかったからである。

 あまり期待はしていなかったが、シュウは念のために尋ねた。



「ちなみに理由は?」

「ええ、これでも私、闇組織『黒猫』の者でしてね」

「『黒猫』!? 本当なのです!?」



 シュウは理由を素直に話そうとした彼に、そしてアイリスは『黒猫』という単語に驚いた。

 そして二人の驚く表情が見えたからだろう。

 仮面の男は悪戯が成功した子供のような表情で理由を述べ始めるのだった。









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