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20話 公開処刑


 エルデラ森林の最奥で、シュウは佇んでいた。相変わらず丈の長い服を着て帯を締め、上から黒い上着を羽織った格好なので、本来は森の奥でする姿ではない。

 しかし、その身から溢れ出る漆黒の魔力が、それを気にならなくしていた。

 シュウの周りでは全ての草花が枯れ果て、木々は乾燥してボロボロと崩れる。辺り一帯が『死』の光景へと変貌していたのである。



「ふぅ……死の魔力も操れるようになってきたな」



 そう言って、シュウは漆黒の魔力を鎮める。全て体内に吸収され、禍々しい雰囲気は消え去った。この制御のためだけに、辺り一帯を生命の存在しない地帯へと塗り変えてしまったので、少し気まずさを覚える。自然破壊という考え方は人間に浸透していないようだが、シュウはその知識を持っていたからだ。



葬死精霊デス・エレメンタルになって魔力も増えた。アレ・・も使えるな」



 もしもの時は切り札もある。それ以前に、今は死魔法と死の魔力もあるのだ。滅多なことでは負けないだろうと思っている。どんな聖騎士が相手だったとしてもシュウの『デス』で一撃だ。ただし、これは生命力を魔力に変換して奪い取る魔法なので、シュウの魔力制御によっては一度で殺せない可能性もある。

 どこまで行っても魔力制御は大切なのだ。

 ただし、死の魔力は違う。

 漆黒に染まったこの魔力は、触れるだけで対象を殺す。これは仕組みや過程をすべて無視して、問答無用に殺す魔力だ。使いどころを間違えれば、大惨事になる。



「……うん」



 シュウは右手に魔力を宿し、『死』の概念を込めた。黒い魔力が野球ボールサイズで蠢き、禍々しい雰囲気を放ち始める。

 右手を振ってその魔力を放つと、それは枯れた一本の大木にぶつかった。

 死の魔力を浴びた大木は、ボロボロと崩れて完全消滅する。



「ヤバいなこれ」



 強すぎて逆に使いにくいとはこのことだろう。

 手加減するときは魔術を使った方が良いかもしれない。

 素直にそう思った。



「一度アイリスの様子も見に行くか」



 コントロールできるならば、森に籠っている必要はない。

 シュウはイルダナに向けて、出発したのだった。

 聖騎士が襲撃してから十二日目のことである。











 ◆◆◆










 霊体化して浮遊すれば、割とすぐにエルデラ森林を抜けることが出来る。シュウはそのままイルダナへと向かって行き、大通りを歩きながら情報を集めることにした。

 町の中心にある貴族の街は城壁に囲まれているが、一般区域や郊外は特に検問もないので、シュウは怪しまれることなくイルダナに入ることが出来たのである。



「意外と静かだな」



 シュウはそう呟くが、大通りは喧騒にあふれていた。しかし、シュウが言いたかったのはそういうことではない。聖騎士が十九人も殺されたにもかかわらず、あまり慌てた様子がなかったという意味だ。

 人間にとって、聖騎士は人外じみた存在だ。

 魔装神エル・マギアに選ばれた人類の希望と言うのが一般的な認知である。

 それが大勢殺されたとすれば、もっと混乱があっていいはずだ。



(教会が秘匿しているってことか)



 そう結論付けることで、シュウは納得した。



「それなら、掲示板を見るしかないな」



 イルダナでは公的情報は掲示板によって知らされる。街の色々な場所に張り出され、住人はそれを見ることで情報を得るのだ。例えば、聖騎士の就任式典もこの掲示板によって知らされる。

 この五年で掲示板の位置は把握しているため、シュウはすぐにそこへと向かった。

 相変わらず、掲示板前は人が多い。

 それでも、シュウは人を掻き分けながら近くまで寄って、情報収集を始めた。



(軍の募集、お祭りの告知、魔神教の式典関係……森のことは殆ど書いてないな)



 聖騎士壊滅どころか、その任務自体がなかったことにされているようだ。それ以外の掲示も順番に眺めていくが、特に欲しい情報はない。精々、エルデラ森林で魔物が増えているから注意するよう呼び掛けているぐらいだ。イルダナはエルデラ森林の薬草で成り立っている都市なので、当然の警告だろう。



(ここの掲示板はだめか。なら、次は教会の掲示板だな)



 シュウが今見ていた掲示板はイルダナを統治する貴族の命令で出しているものだ。それとは別に、教会が出している掲示板もある。そちらは信者のために出されている情報ばかりなので、シュウは今まで一度も見たことがなかった。

 しかし、今回は役立ちそうである。



「大聖堂は……あっちか」



 五年前に一度訪れたイルダナ大聖堂を目指して、シュウは歩き始めた。教会の掲示板は大聖堂前の広場に設置してある。教会掲示板はそこにしか設置されておらず、結果として一般掲示板よりも多くの人が集まるので、見に行くのは少し憂鬱だった。

 しかし、何の伝手もないシュウが情報を得るにはそれしかないのも確かなこと。

 人混みを潜って掲示板の前に辿り着いたのは、二時間後のことだった。



(こっちは魔神教の式典関係ばかりだな。聖騎士のプロフィールなんてのもあるのか。月に一度の礼拝なんてのもあるんだな)



 ラムザ王国は全ての国民が魔神教信者だ。そもそも神聖グリニアの属国は全て魔神教を国教としているので、自然と教会の立ち位置は強くなる。国民の生活にもかなり根付いているようだった。

 ボランティアによるゴミ掃除の記録まで乗せられているのが証拠である。

 シュウは順番に掲示を眺めていき、その中で一つ気になる情報を見つけた。



「……魔女の処刑?」



 それを見てシュウが思い浮かべたのは、前世の知識にあった魔女裁判である。この世界にもあったのかと興味を持ち、詳しい情報を読んでみた。



(ふむ。イルダナで捕縛した魔女が、王都の大聖堂前で火炙りの刑に処されると。日付は……三日後か)



 火炙りな所も同じなんだと感心していたところ、シュウは気になる所に目がついた。



(罪状は……魔物と契約して魔術の力を手に入れた? なんかすごく見覚えがあるぞ)



 つまり、魔物から魔術を教わったということだ。そしてシュウはアイリスに魔術を教えた経緯がある。

 あのポンコツ娘のことだ。シュウが無害だと主張するために、自分が魔術をシュウから教わったと主張して魔女疑惑を掛けられたに違いない。シュウはそんなことを考えた。



「一応、調べるか」



 何かあれば、人類を敵に回しても守ると約束したのだ。

 シュウはその場から姿を消し、魔女について調べようと決める。といっても、魔女が誰のことなのかは全て伏せられているようだ。一般には出回らないということは、少し危ない真似をして調べる必要がある。



(大聖堂に侵入、だな)



 シュウはそのまま大聖堂に向かい、魔力隠蔽を使いながら聖堂の脇に入っていく。そして誰も見ていない草木の陰で霊体化を実行し、建物をすり抜けて内部へと侵入した。勿論、すり抜ける先を魔力感知で調べることで、誰もいないことは確認している。



(教会の聖なる力が魔物の侵入を阻む……なんて設定がなくて良かった)



 大聖堂の内部を霊体化して進みつつ、時に壁をすり抜けて部屋を調べたりする。大聖堂は一般公開されて、礼拝にも使用される聖堂と、司祭や司教などが仕事や儀式をする奥の間、聖騎士の詰め所などに分かれている。求める情報は、恐らく奥の間にあるだろうとシュウは予想していた。

 魔力感知で人間の目を避けながら移動していると、それっぽい区画に行きつく。壁や天井、床をすり抜けることが出来るので、正面から人がやってきたとしても隠れるのに困ることはない。霊系魔物は潜入にも便利だと実感していた。



(しかし部屋が多すぎて、何処に入れば良いのか分からないな)



 侵入したところまでは良かったが、目的の情報は何処で集めれば良いのか分からない。結局、人間に見つからないよう、数時間ほど彷徨い続け、位の高そうな人物が使う執務室に辿り着いた。

 幸いにもデスクに置かれている書類は少ない。

 そもそも、司教や司祭の仕事は祈ることなので、書類を捌くことはあまりないのだ。そういう権限を持つ人物が処理しなければならない書類は少なくなるように、下位の神官たちが頑張るのである。

 しかし、魔女の処刑ともなれば司教クラスも関わってくる。

 シュウはこの中に記録があるはずだと考えた。



「調べるには実体化した方がいいな」



 実体になったシュウは、デスクに残っている資料を一枚一枚捲っていく。数が少ないので簡単に見つかるだろうと高を括っていたが、思わぬ問題に直面した。

 全ての資料を閲覧した後、それらをデスクにおいてから呟く。



「魔女の資料が一枚もない……か」



 処刑は三日後の日付だった。しかし、場所は王都になっている。イルダナで捕縛された魔女がこの日付に処刑されるためには、既に移送されていなければならない。

 馬車を使っても、ここから王都まで十日以上かかる。

 魔女に関する書類があったとしても、それはかなり前のものになるはずだ。つまり、既に執務室に残っているはずがないのである。

 だが、その代わりに興味深い資料を一つ見つけた。



「神聖グリニアからSランク聖騎士を複数招集か。完全に俺対策だな」



 これが本当だとすれば、アイリスの進言は失敗したのだろう。これは魔女=アイリスと考えた方が良さそうだった。



「これ以上は調べるだけ時間の無駄だな。いっそ、直接向かった方がいい」



 仮にアイリスを処刑するのだとすれば、全力を以て抗う。魔法の力を使い、死をばら撒くことになるとしても、止まるつもりはない。

 ただ、問題は王都までの時間だ。

 馬車を使っても十日以上はかかるにもかかわらず、タイムリミットは三日。以前は王都の墓地にいたので場所は分かるものの、圧倒的に時間が足りない。



「ま、こういうときは霊系魔物で良かったと思えるな」



 しかし、シュウには秘策があった。

 それは加速魔術を連続発動することで、空中を一直線に進むというもの。道に関係なく進むことが出来るのでロスタイムもなく、霊系魔物という特性を活かせば昼夜問わずに移動できる。

 加速魔術の速さも考えれば、余裕で三日以内に王都まで行くことが出来るだろう。



「……っと。俺の配下を皆殺しにされた恨みは晴らしてなかったな。アイリスとの約束で都市ごと滅ぼすわけにはいかないし、地味な嫌がらせを置いていくか」



 部屋を出ていく前にそんなことを呟き、シュウは死の魔力を溜める。

 微小な黒い魔力が集まり、それをデスクに向けて放った。死の魔力は触れたものを問答無用で殺すという効果を持っている。デスクの素材である木は腐り、資料もボロボロと崩れ、その他諸々も塵となった。

 相変わらず、恐ろしい力である。

 部屋も資料も滅茶苦茶となったので、多少は困らせることができるだろう。



「ん? 誰か近づいてきたな。さっさと退散しよう」



 魔力感知で人の接近を察知したので、霊体化して壁抜けする。

 そしてシュウはそのまま王都に向かうことにしたのだった。











 ――数十秒後、大聖堂から謎の叫び声が聞こえたとか聞こえなかったとか。










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