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17話 戸惑い


 アイリスは驚いた。

 魔術の師匠であり、長い付き合いであるシュウがザムスに捕らえられていたことに。



「なんでシュウさんが?」

「知り合いですかアイリス?」

「はい」



 先輩の女性聖騎士の問いかけにアイリスは頷いた。しかし、アイリスとて、なぜこんなところにシュウがいるのか意味不明である。

 そんな風に混乱していると、周囲から続々と残りの聖騎士が集まってきた。

 終結した聖騎士は元からいたザムスを含めて十六人。

 初めは二十人いたので、残り四人のはずである。

 だが、魔力感知を得意とする聖騎士が首を傾げつつ呟いた。



「あれ? 四人の魔力がないな?」



 それを聞いた聖騎士たちは動揺する。

 魔力が感じられないというのは、死んだということと同義だ。今回の魔物集落には、高位グレーター級こそ何体か存在していたものの、聖騎士が後れを取るような相手ではなかった。

 だから死んだというのが信じられなかったのである。

 しかし、目の前でペアだった聖騎士を殺されたザムスは、大きな声で皆を制した。



「皆落ち着け! 恐らく、俺たちの仲間を殺したのはコイツだ」

「ぐっ……」



 ザムスは左腕を水に変化させることでシュウを捕えている。そして首を絞めるように絡ませたまま、空中に浮かせた。霊系魔物のシュウも、魔力が込められた水から脱出することは出来ない。

 なので、実体化したまま大人しく捕らえられていたのだ。



(これが聖騎士……強過ぎだろ……)



 身体を水に変えることが出来るザムスは、シュウにとって最悪の相性を持つ敵だった。必殺の魔術である《斬空領域ディバイダー・ライン》も無効化され、その他の魔術もザムスの魔力によって無理やり破壊されてしまう。

 残る魔導の力も、これだけ魔力を持つ相手ではほとんど意味がない。

 途中から『吸命』でザムスの魔力を削っていたのだが、削り切れずに捕まってしまったのだった。

 そして、アイリスはザムスの言葉に驚き、否定を口にする。



「そ、そんなはずはありません! 異議を申し立てるのです!」



 それにはザムスも目を見開き、それでも落ち着いたまま尋ね返した。



「それは理由があってのことか?」

「はい! シュウさんは私の師匠なのです! 魔術は全てシュウさんのお蔭で使えるようになったのです!」

「それは本当か?」

「勿論なのですよ!」



 確かに、ザムスの眼から見ても奇々怪々な魔術を使っていた。四属性二極のどれにも当て嵌まらない、不思議な魔術を無詠唱で発動させていたのだ。魔術の腕は超一流なのだろうと考えていた。

 しかし、聖騎士の中でも魔術の腕が良いアイリスの師匠だとは思わなかったのだ。

 ザムスは少しだけ水の拘束を緩め、シュウに問いただす。



「アイリスの言っていることは本当か?」

「……知らんな」



 シュウは敢えて否定した。

 ここで肯定すれば、アイリスにとって良くないことが起こるかもしれない。そう思ったからこそ、自分とアイリスは関係ないと言ったのだ。

 しかし、ここでポンコツ少女アイリスはシュウの思いをぶった切る。



「ちょっと酷いですシュウさん!? 私を魔物から守ってくれたり、魔力や魔術制御を教えてくれたりしたじゃないですか!」

「……そう言っているが? シュウとやら」

「さぁな。勘違いじゃないか?」



 空気を読めと視線で合図するが、アイリスには届かない。この誤魔化しも茶番になりつつあった。

 しかし、シュウとしてはどうしようもない状況だと思っている。

 ザムスにすら勝てないのに、残る聖騎士を倒せるとは思えない。

 既に生存はかなり諦めていた。

 なので、せめて愛着のあったアイリスに不利とならないように立ち回るべきと考える。



「そこの女は人間だ。そして俺は魔物だ。相容れない存在が仲良しなわけないだろ」



 シュウは隠していた手札を切って、霊体化する。

 そして『吸命』で魔力を奪い取り、水の魔装をただの水にしてから透過によって抜け出した。たった一度しか使えない手段であるため、次に捕まったら終わりだ。

 ならば、今はアイリスと自分が関係ないことを主張し、逃げに手するのが最善と言える。逃げ切れるかどうかは運次第だが、何もしないで終わるつもりはない。



「霊系の魔物だと!? まさか精霊エレメンタルか!」



 ザムスは自分の魔装から簡単に抜け出したことより、シュウが魔物だったことに驚いた。空中に逃れたシュウは、そのまま逃げようとする。

 しかしザムスは左腕に魔力を込めて水へと変換し、鞭のようにしならせてシュウに攻撃した。

 予測不可能な軌道を描く一撃は、加速魔術陣を展開しようとしていたシュウの胴を薙ぎ払う。霊体であっても魔力を纏った一撃は食らってしまうので、シュウはそのまま叩き落された。



「魔物ならば殺す! 総員、やれ!」

『おーっ!』



 それぞれが魔装を使い、地面に落ちたシュウを攻撃する。

 まずは弓を使う聖騎士が矢を放った。矢は恐ろしい速さで飛来するが、シュウはギリギリで直撃を回避する。しかし、矢は爆発してシュウを吹き飛ばした。すぐに浮かんで態勢を整えるが、そこへ今度は大きな岩が飛んでくる。

 これが物理攻撃ならば回避せずともすり抜けられたが、残念ながら魔装による攻撃だ。魔力が込められているので、喰らえばダメージを受けてしまう。



「反射」



 即座に加速魔術陣を描き、加速度を負に反転させることで大岩を弾き返した。岩自体には魔術陣を打ち消すほどの魔力が込められていなかったので、魔術陣は壊されることなく機能する。



「おわっ!? 跳ね返ってきやがった!?」

「気を付けろ。コイツは奇怪な魔術を使う」



 実際に見て、ザムスも注意を飛ばしたのでアイリス以外の全員が気を引き締めた。一方で、アイリスはシュウが魔物だったことを知り、茫然としている。

 五年もの付き合いをして、全く気づかなかったのだ。

 ちょっと常識を知らないところはあったが、特に何も考えず慕っていた。

 だから事実に対する理解が追い付かず、固まっていたのである。



(シュウさんが……魔物? でも……)



 魔物は倒すべき敵だと知っている。しかし、アイリスにはシュウを攻撃することなど出来なかった。だからと言って、聖騎士たちに追い詰めらえていくシュウを助けることも出来ない。

 自分は聖騎士であり、人々に恐怖をもたらす魔物を狩る存在なのだ。

 やるべきことは分かっている。



「……シュウさんに攻撃なんて出来ないのです」



 思わず、そんな呟きを漏らしてしまった。

 他の聖騎士たちはシュウを攻撃しているので、アイリスの言葉を聞いてはいない。しかし、仮に聞いていたとすれば、眉を顰められていたことだろう。魔神教の教えで、魔物は絶対悪だと決まっているからである。仮にも教会に仕える聖騎士が、そんなことを口にするなど有り得ないことなのだ。

 アイリスは動くことも出来ず、ただただ見守る。



(私はどうすれば……)



 身体強化で動体視力を上げていなければ見ることも叶わない戦いが繰り広げられる。シュウは隙をついて逃げようとしているが、十五人の聖騎士による包囲を破ることは出来ない。少しずつ、追い詰められていく。

 風の魔術が得意なアイリスが参戦すれば、もっと早く勝負は決まるだろう。

 陽魔術の結界で逃走を防止するのも良いかもしれない。

 そんな風に、自分のするべきことを理解している一方で、シュウを助けたいという感情も沸き上がっていた。シュウはアイリスにとって自分を変えてくれた恩人であり、魔術の師匠だ。

 この葛藤が、彼女の足を止めていた。



「ぐあっ!?」

「ぎゃああああああ!」

「エルメス! アーロン!」



 シュウは《斬空領域ディバイダー・ライン》で聖騎士を殺害する。現在、落ち着いた状態で使えば半径三十メートルは《斬空領域ディバイダー・ライン》の範囲に出来る。しかし、咄嗟の発動ではその範囲も極端に狭くなるので、聖騎士を一網打尽にすることは出来ない。

 ただ、こうやって地道に減らせば逃げるチャンスもあると考えた。

 少なくとも、シュウの能力ではザムスを倒せない。



「水の第三階梯《水球牢アクア・ジェイル》!」

「喰らえ、土の第二階梯《絡縛蔦プラント・チェイン》」

「いいぞ、そのまま捕まえろ!」



 そして遂に、拘束系の魔術によってシュウは捕らえられた。水が檻となってシュウを捕え、決して逃さないように蔦が全身を絡めとる。

 そこに聖騎士の一人がタクトを構えた。

 彼は武器型魔装の使い手であり、タクトによって炎を操る。より正確には、熱を操る魔装士だ。魔力が込められたタクトによって熱が溜まり始める。



(拙いな)



 シュウは捕らわれた状態で、即座に魔術陣を展開した。

 直後、聖騎士はタクトを振るって熱線を発射する。

 白い炎となった熱線は、《水球牢アクア・ジェイル》と《絡縛蔦プラント・チェイン》を突き破ってシュウを打ち砕こうとしていた。

 しかし、熱線はシュウを外れ、僅かに《水球牢アクア・ジェイル》を蒸発させつつ別の方向へと飛んでいく。その先にあった魔物の家が一瞬で燃え尽きたが、聖騎士たちは驚いた。



「外れた? 何をしている!」

「違う! ……外したつもりはない」

「なんだと?」



 外れたのはシュウが咄嗟に振動魔術を使っていたからだった。これによって光の屈折を操り、僅かに狙いを逸らしていたのである。

 そしてシュウはその隙に振動魔術を再び発動し、水の分子振動を低下させて《水球牢アクア・ジェイル》を凍らせた。同時に《斬空領域ディバイダー・ライン》で氷を切り裂き、バラバラにして脱出する。



「逃がすな!」



 ザムスはそう叫んでハルバードを右手で振り上げ、左手を水に変えて鞭のように操る。続いて弓の聖騎士が爆発矢を放って牽制し、シュウが空中に逃げられないようにした。

 残りの聖騎士はいつでも対応できるようにそれぞれの魔装を構え、余裕のある者は魔術詠唱を始める。

 少し隙をついたとしても、経験豊富なザムスがすぐに纏め上げてしまうのだ。

 逃げる暇がない。

 いや、寧ろこれだけの聖騎士を相手に高位グレータークラスのままで、ここまで戦えることの方が異常なのである。普通ならば、とっくに討伐されていてもおかしくない。

 また、《斬空領域ディバイダー・ライン》を警戒したのか、シュウに近づかずに魔術で攻撃する頻度も増えてしまった。積極的に近づいてくるのはザムスぐらいなものである。



(ハルバードはすり抜けるから効かないけど、水の魔装が厄介すぎる)



 変幻自在の攻撃を可能とするザムスの魔装は、シュウにとって最悪だった。振動魔術の応用で凍らせたいところだが、動きが早すぎて当てることが出来ない。そもそも、ザムスの魔装は豊富な魔力を宿しているので魔術が殆ど効かない。

 時間と共に追い詰められるのはシュウだった。

 そして遂に、ザムスの攻撃が直撃する。



「捕らえたぞ!」



 触手のように変化させたザムスの左腕が、シュウの胴体を穿ったのだ。地面に縫い付けられ、シュウは動けなくなってしまう。

 そこに、大剣の武器型魔装を使う聖騎士がトドメとばかりに躍り出た。

 彼の能力は破砕。

 その大剣で切り裂くとき、対象はボロボロと崩れるようにして砕かれながら切られる。いわゆる、防御不能という魔装士だった。

 武器型魔装は反射が効かず、魔術陣ごと切り裂かれるので意味がない。移動魔術で地面を隆起させ、壁を作ったところで破砕の前には意味をなさない。



(ここまでか)



 《斬空領域ディバイダー・ライン》も間に合わない。シュウは迫る大剣をスローモーションで感じながら、自分の死を確信した。

 この世に生まれて六年という短さだが、これも仕方のないことだ。

 生きるために自分も聖騎士を殺したことがあるのだから。

 時には魔装士候補生を殺したこともある。

 今回は自分の番だったという話に過ぎない。

 だが、大剣がシュウの眼前に迫った時、不意に凛とした声が耳に届いた。



「風の第一階梯《衝撃インパクト》なのです!」



 不可視の衝撃が聖騎士の大剣に直撃し、軌道がずれる。そのまま振り下ろされた結果、シュウのすぐ側の地面を切り裂きつつ破砕した。

 魔装の能力で地面が砕かれ、その衝撃でシュウは吹き飛ばされる。縫い付けていたザムスの魔装もその時に外れてしまった。

 これには流石のザムスも呆気にとられる。

 そしてすぐに元凶の方へと振り向き、怒りを露わにしながら叫んだ。



「何のつもりだ! アイリス・シルバーブレット!」



 絶体絶命のシュウを助け出したのは、アイリスだった。












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