15話 苦戦
加速魔術によって上空に飛び出したシュウは、無事に魔物集落で着地した。寸前で再び加速魔術を使い、減速して緩やかに降り立つ。
するとそこでは、聖騎士の制服を纏った者たちが魔物を殺して回っている光景が広がっていた。
「こいつら……っ!」
シュウは即座に魔術陣を広げた。
地面には半径三十メートルほどの魔術陣が広がり、青白く光る。
「死ね」
その一言と同時に《
この異常に気付いたのは、《
「なんだこれは……貴様がやったのか!」
「ああ、それがどうした」
「それがどうしただと!? いや、そもそも貴様は何者だ? こんな魔物の集落に人間がいるなど聞いていないぞ」
「さぁ、何でだろうな?」
シュウはそう言って、魔術を発動させる。
《
あっさりやられたユミルと異なり、突然現れた魔術陣にも対抗して見せた。
「ふん! ……不意打ちか。卑怯な」
「魔術陣を切り裂くか。それも魔装だな?」
「質問しているのはこちらだ。貴様は何者だと聞いている」
ここで会話を続けるのも良いが、そうしている間にも集落は徐々に破壊され、魔物たちは殺される。大きな集落に成長しているせいで、シュウ一人では全体をカバーできないのだ。さっさと目の前の聖騎士を片付ける必要がある。
故に、シュウは質問に答えることなく、聖騎士に攻撃を始めた。
「加重」
「む……これは……」
シュウの思考力によって一瞬で展開された魔術陣が強い加重を生む。聖騎士は足元に展開される魔術陣にまで反応できなかったので、容易に魔術の餌食となった。
膝を着き、片手を突いてどうにか立ち上がろうとする。しかし、通常の何倍も重くなった体は言うことを聞かない。身体強化を使ってどうにか動くことが出来る程度だった。
「……仕方ない。貴様は人間のようだが、敵とみなす。文句は言うなよ」
だが、それは聖騎士が手加減しているからだった。
これでも彼はAランクの魔装士なのである。膨大な魔力を宿し、凄まじい戦闘力を持つ人間だ。数倍の加重がかかった程度で動けなくなったりはしない。
手加減していた分の魔力を身体強化に回し、剣の魔装にも魔力を纏わせて地面に展開された加重魔術陣を突いた。すると、魔術陣は容易に破壊される。
魔術は物理に対して絶対的な効力を持つが、魔力に対してはそれほど抵抗力がない。よほど制御されているか、魔力密度に相当な差がない限りは簡単に魔術陣を壊されてしまう。
(やっぱり強いな)
かなり前に、シュウは聖騎士ゼク・バラットを倒している。あの時は初見殺しのベクトル変換で瞬殺できたが、今回も出来るとは限らない。
また、前回と違って今回はシュウが魔術を使うと知られてしまった。恐らく、次からは常に魔力を纏って攻撃してくるだろう。シュウの魔力も無限ではないので、次々と魔術陣を潰されては困る。魔力は奪うか食事かでないと回復できないので、無駄に消費したくはない。
そして聖騎士は考察する時間すらくれない。
剣を構え、身体強化で一気に踏み込んできた。
「はぁっ!」
「やっば……」
シュウは移動魔術で自分の体を強制的に動かした。地面を滑るような移動に聖騎士は驚くが、即座に対応して見せる。振り下ろした彼の剣から雷が飛び出し、シュウに襲いかかった。
流石に不意打ちで雷速の攻撃は回避できないので、左腕に直撃する。
どうやら心臓を的確に狙っていたようだが、移動魔術で動いているので僅かにずれたようだった。
「ちっ……!」
実体化していたとしても、元は霊系の魔物なのだ。痛覚とは無縁である。しかし、逆に霊系の魔物であることが弱点にもなる。
基本的に魔力の浮遊集合体である霊系魔物は魔力による攻撃が苦手だ。
普通ならば酷い火傷跡が残る程度の攻撃だったとしても、霊系魔物はそれで済まない。構成している魔力が吹き飛ばされ、その部分が霧散してしまうのである。
シュウは聖騎士の雷撃を受け、左腕を消し飛ばされた。
ただし、血は流れない。
「何……?」
驚いたのは聖騎士の方だった。
苦し紛れで放った雷程度で腕が消し飛ぶなど有り得ない。まして、血が流れないなど意味が分からない。
しかし、流石は聖騎士だ。
そこからすぐに答えを導き出せる知識を持っていた。
「貴様……人ではなく霊系魔物だな。それも実体化が出来る
「御明察」
「ふん。
シュウが霊系の魔物だと分かったからだろう。聖騎士は魔装による攻撃へと切り替えてきた。濃密に魔力を含んだ雷撃が走り、シュウを打ち砕こうとする。
反射的に転がったところ、偶然にも回避できた。
ただ、これは単なる幸運によるものだとシュウも理解している。
(想像以上に強い)
これまで聖騎士を倒してこれたのは運が良かっただけだった。
素直にそう感じられるほどの差がある。
「運がいいな。ならば、これはどうだ?」
「くそ……」
バチバチと白い雷が周囲を埋め尽くす。これが物理現象ならば加速魔術による反転で電子を弾くことが出来るのだが、強い魔力が乗っているので上手く反射できない。
ならば、自身を加速魔術で吹き飛ばすのが最善だ。
思考力で即座に魔術陣を展開し、魔力を流して自分の体を後ろに弾き飛ばす。
魔物たちが作った家にぶつかりつつも、雷は回避することが出来た。雷の魔装を使う聖騎士からも離れることが出来たので、ひとまずは安全となる。
「想像以上に相性最悪だな。『吸命』もあのレベルだと役に立たないし、魔術も逃げるだけで攻撃する余裕がない」
既に魔物たちはかなりの数が狩られている。
集落が広すぎるので全体の把握は出来ていないが、魔力を感知した限りでは凄い勢いで数を減らされているのだ。そして、魔物たちの魔力を消す大きな魔力が十以上もある。これが聖騎士なのだろう。
全滅も時間の問題だ。
「まずはあの聖騎士を倒すところから」
雷は厄介だが、倒すしかない。
逃げたところで見逃してくれるはずもないのだから。
その証拠に、聖騎士は身体強化してあっという間にシュウの元へと走ってきた。一応、シュウは
「しぶとい魔物だ」
「俺もこの集落の支配者として簡単にやられるわけにはいかないからな」
「何? 霊系の魔物が鬼系や豚鬼系の魔物を支配だと?」
「意外と可愛いものだぞ?」
魔物が群れを作る時、その統率者はその魔物の上位種であることが多い。異種の魔物が群れを率いるというのは非常に珍しいパターンなのだ。
それ故、聖騎士は驚いた。
同時に、シュウを危険だと判断した。
「なるほど……貴様が集落の支配者だったのか。つまり、我らの標的ということだな?」
「目的を持って俺たちを狙ってきたということなら、そうなるかもしれないな」
「ならば貴様はこの手で始末する」
聖騎士は魔装の剣を掲げた。すると、そこから激しい雷光が飛び散り、周囲を破壊しながらシュウへと迫る。しかし、そう何度も見ればある程度の対策も立つ。
シュウは即座に《
「何?」
切り裂かれた雷はそこで消失してしまい、シュウまで届かない。聖騎士は訝しげに首を傾げる。
そもそも、《
「死ね!」
シュウは次に聖騎士を狙う。不可視の攻撃は聖騎士をバラバラに引き裂こうとした。
しかし、魔力感知で違和感を感じたのか、聖騎士は咄嗟にその場から飛びのく。『吸命』で魔力を吸い取ってから発動するという特性上、《
聖騎士は身体強化のお蔭で、そのわずかな時間に回避して見せた。
(このレベルになると《
正直、聖騎士を舐めていたとシュウは思い直していた。
これまで勝てていたのは、やはり偶然だったのだ。幸運が重なり、上手く返り討ちに出来ただけだったのである。実戦経験豊富な聖騎士相手に、シュウが有利な戦いを進められる道理はない。
しかし、逆に聖騎士もシュウの意外なしぶとさに驚いていた。
(まさか
本来、
集落の各地では爆発音が響き、風や水も猛威を振るう。
別の聖騎士たちが魔物を猛烈な勢いで狩っているからだろう。
しかし、自分はどうだ。
目の前にいる
「舐めるなよ魔物がああああああ!」
聖騎士は咆哮しながら魔装に大量の魔力を注ぎ込む。Aランク魔装士の彼ですら多いと感じる量を注ぎ込んだのだ。それは本当に膨大な量なのである。
そして魔装である剣の切先をシュウへと向け、魔力を解放した。
「滅びよ、邪悪なる魔物め!」
「ちょっ……」
流石にこの魔力が込められた一撃は《
(この手の膨大な魔力がある場合、それは相手が切り札に近い技を出してくることが多い。そして切り札とは確実に相手を殺せる技だ。ならば、それは先程みたいな放電じゃなく、収束した荷電粒子砲のようなものだと予想できる。指向性があるなら、防御よりも回避が最適!)
シュウは一瞬でその答えを導き出し、加速魔術と移動魔術の併用でその場から消える。まるで瞬間移動のようだが、単純に加速魔術で上に飛び出しつつ、移動魔術で制御したに過ぎない。
どうにか空中に逃れた直後、激しい雷光がシュウのいた場所を貫いた。
それは予想通り、荷電粒子砲だったので、空中に逃れたシュウは無傷である。凄まじい電磁場が生まれ、周囲をピリピリとさせているが、ダメージはない。
あとコンマ三秒ほど遅ければ、シュウの霊体は木端微塵に砕けていただろう。
しかし、危機は去って逆にチャンスが訪れた。
聖騎士はあれ程の一撃を放ったので、寸前で避けたシュウのことは見えていない。そして膨大な魔力が一度に放出されたことで、魔力感知も僅かな間だけ役に立たない。つまり、空中にいるシュウは不意打ちし放題なのだ。
「加速、加重、振動」
自由落下を始めたシュウは、加速魔術で一直線に聖騎士へと迫る。そして同時に加重魔術を使い、威力を底上げした。
更に振動魔術を待機状態にしておく。
空気を切って迫る音に聖騎士も気付くが、もう遅い。シュウの体重を乗せた蹴りが、加重魔術と加速魔術で増幅されて聖騎士に直撃する。
その際、待機させておいた振動魔術を使い、発生する衝撃や音を増幅させた。
結果として、聖騎士は体内で反響した蹴りの衝撃や音を増幅され、内臓から破壊される。勿論、蹴りによる外からの衝撃も凄まじいもので、身体強化すら意味をなさず即死させた。
ズドン……と轟音が響き、聖騎士の体は爆散する。
周囲には血が飛び散り、放射状に広がった。
かなりの魔力が蓄積されるのを感じたが、進化にはまだ足りないようだ。ただ、魔術で消費した分は無事に回収できている。
「はぁ……ギリギリか……」
周囲を見渡せば、死体となった魔物たちが数えきれないほど倒れている。集落のどの場所でも似たような光景となっているのだろう。
この集落はシュウが見守ってきた場所なのだ。
愛着を持っていた魔物たちをゴミのように殺されると、マグマのように怒りが湧いてくる。
「殺してやる」
先の戦いで潰された左腕を修復しながら呟く。
シュウは移動魔術を使い、その場から消えたのだった。